「いいさ……ブン殴られてやる!一か八かだ!!」
「やめろ、チルノーーーーーッッッ!!!」
ピースが止めるのも聞かず、チルノは自らの頬を差し出す。そして虔魔は無言のままチルノの顔面を殴り飛ばした。
「ぐはっ……」
1人目が顔を殴り、チルノは口元から血を流す。2人目も同様に殴ろうとするも、その血に触れて、身体を大炎上させた。
「ぎゃあああぁっ……うあああっ、なん、なんです、これはぁあっ……あぁぁああぁっ……」
「ッ!?2人目が触れただけで……?」
「今のあたいの血に触れたらこうなるぜ……!何者もバーニングチルノ様には連続攻撃を与えられない!どうだ参ったか!」
「……!肉を切らせて骨を断つってヤツですね……。まさかそんな手があるとは……」
チルノが「一か八か」と考えたのは、これが理由だった。もし一撃で殺されれば、二撃目からは拳が効こうが効くまいが関係ない。一撃目で死んでいるからだ。
だからこそ彼女は一撃目で自分が殺されない事に賭けた。この世界の虔魔が酷く疲労しているからか他の世界の虔魔もほんの僅かだけだがパワーダウンしている。チルノは、そこまで見抜いた上で自らの頬を差し出したのだった。
「あれあれ?どーした?あたいに触れられないの?そんなんじゃ勝てないんじゃないのかー?」
「っ、妖精のクセに!!」
「僕を舐めないでください!!」
「舐めてない!あんたとは違うし!あたいが舐めるのは、氷とアイスとエスカルゴだけだーーっ!!」
「!?」
「放熱『クロッグブレス』!!」
熱を込めた弾を同心円状に放つ。熱を逃がさない為か、弾幕の速度自体は遅い。しかし密度は濃く、そしてチルノが本気を出しているからか、触れるとまたもや燃え始めた。
「いぎゃあああああぁぁぁっ……」
「湖っ……湖に!」
「いいぜ、飛び込みたいなら飛び込みなッ!!」
「何言ってんだチルノ、火が消えるだろ!?」
「いいのさピース!見てな!」
全身が炎上した虔魔達はこぞって霧の湖へと身を投じる。しかし次の瞬間、勢いよく湖が爆発した。その爆風に巻き込まれクラウンピースは更に上空へ吹き飛ばされた。
「な、何が起きたんだ!?サニー達がまだ爆弾でも残してたってのか?」
「違うよ。アレは水蒸気爆発ってヤツだよ」
「スイジョーキバクハツ……?何だそれ?」
「水がすっごく温度の高い物と接触すると、一気に気化して爆発するの。エスカルゴの受け売りだけどそういう事らしいよ」
「……って事は、エスカルゴ、今のこれ知ってんの?まさかチルノ、エスカルゴにこれを?」
「うん。前にエスカルゴとの特訓中に喰らわせた。エスカルゴの場合は、そーぞー魔法?ってので水を出したんだけど、全く効かなくて。それどころか、その場で爆発したんだけど、水蒸気爆発についてはその時に教えてもらったんだ。『まさか爆発する程高温だと思わなかったよ』って褒めてくれたんだ♪」
「ほ、ほほー……」
「あの身体が燃えた場面で湖に飛び込むってのは、水蒸気爆発を甘く見てるか、それとも水蒸気爆発を知らないか。虔魔はどっちだろーね。あたいよりもバカだから、知らなさそー♪」
「おいそれあたいにも言ってるのか?」
「ピースは知らなくて当然でしょ。特訓してないし地獄の妖精だし。あいつは紅魔館っていうトコロに住んでるのにバカなんだもん」
「あー……弦月姫とかは天然にも見えるけど頭は割と良いんだよな」
あまりの熱で霧の湖の霧が晴れていった。爆発による水蒸気も蒸発し、視界良好となる。するの虔魔7人の内、6人は光と共に元の世界へ帰っていき、この世界の虔魔のみがポツンと取り残された。
2人の視界の端ではわかさぎ姫が打ち上げられた魚の如くビタンビタンと暴れていたが、そちらには関わっている余裕は無い。
「さぁ虔魔、降参しろ。そして妖精に謝れ。二度と妖精を殺すな!」
「誰が……降参、なんか……しますか…………ッ」
「ダメだなチルノ、コイツ往生際が悪いよ。バカにしてた妖精にここまでボコボコにされてんのにさ、よくもまぁここまで自我を保てるよな。あたいなら恥ずかしくて消え去りたくなるわ」
「ッ……」
「なぁ虔魔」
「………………妖精なんぞから名前で呼ばれる筋合いはありませんね」
「コイツマジで殺していい?」
「ダメだよピース、こんなんでもエスカルゴの息子だし。……なら、こう呼ぶよ、雑魚吸血鬼って。なぁ雑魚吸血鬼」
「……」
「殺されないと、分からないのかな。エスカルゴと違って復活できるワケでもないクセに。それとも、まだ奥の手でもあるのか?あるなら出しなよ、全部へし折ってあげるよ。このバーニングチルノ様が。分かった?」
「……あぁ、そうですか。分かりました。これにて、僕からの最後の抵抗とさせて頂きましょう……。並行
『アナザー・ワールド』……!!」
目の前にポポッと光が2つ現れる。現れたのは、虔魔、そして虔魔と手を繋ぐチルノだった。予想もしていなかった人物の登場にチルノとピースは息を呑んで驚いていた。
「な……あたいが…………なんで虔魔と!?」
「こっちの虔魔は、紅魔館で働く傍らご近所さんのチルノと恋仲に発展しているようですから」
「「えー!?」」
そちらの虔魔は、ほんのり爽やか男子な雰囲気を漂わせている。こちらの虔魔とは違いねちっこさを感じない。彼女の有無がここまで人生、人の性格を左右するのかと、クラウンピースは戦慄していた。
もし自分がへカーティアと出会っていなければ。もし彼と付き合っていなければ。……そんな事を深く考えてしまいそうになっていた。
「どうしたんです僕?彼女と喧嘩でも?」
「付き合ってませんし、喧嘩どころか敵対中です。虔魔、そしてそちらのチルノ。この争いの平定に、協力してくれますね?」
「うん!虔魔の敵はあたいの敵!」
「頼もしいです。では……火傷が回復するまで2人に任せますよ」
「「
恋人虔魔とチルノが2人に迫る。しかしここで、まず動いたのはこちらの世界のチルノ。つい先程、別の世界のチルノをその手で殺してしまったのが、軽くフラッシュバックしていた。
「待て、そっちのチルノ!」
「何だ、赤いあたい!」
「そっちの虔魔は大丈夫かもだけど、こっちの虔魔なんてただの暴君だ!あたいの友達……妖精を何人も何人も何人も、それはもうたっっくさん、いっぱい殺してきたんだぞっ!」
「……え……」
「お前はそんな奴の言う事を聞くのか!?そんなにバカなのか!?友達を殺されて悔しくないのか!?コイツに殺されたんだぞっ!サニーも!スターも!ルナも!名前も知らない妖精達も!大ちゃんも!!何百人も!なのにそんな奴に従うってのかッ!?」
「…………」
「……チルノ?どうしたんです?やりますよ」
彼氏の虔魔から揺さぶられても、チルノは俯き、ただただ黙っていた。だが、やがてキッと顔を上げ虔魔の手を振り払うと、大きな音を立てて思い切りビンタをした。
「え……な……何です……?」
「サイッテー!妖精達を殺すなんて信じられない!あんたって妖精を下に見るような事も言ったりするけど、全部聞かないフリしてた。でも、もうダメ!別の世界の虔魔がそんな事してるなんて、そんなの聞いて黙ってられない!」
「……」
「ねぇ?何でこっちの虔魔に協力するの?やっぱりあんたも妖精を殺したがってるクズなんじゃん!?そうじゃなかったら、協力なんてしないよね!?」
「……」
「虔魔、前に言ってたよね!?別の世界に入ったらその時点でその世界の虔魔と記憶を共有するって!なら、
「……はぁ。仕方ありません。口を滑らせた、過去の僕が憎いですね」
「何を言────」
目にも留まらぬ速さで、ナイフを振るう。すると数秒遅れてチルノの首がズレ、大量の血を噴き出しながらゴトンと落ちた。
「う……うわぁぁっ!?や、やべーってコイツッ……さっきまで手ェ繋いでた彼女を殺した!!」
「お……お前ぇぇぇえええええっっ!!!やっと……やっと味方になってくれそうになったのに……よくも殺してくれたな!!」
「やれやれですね。妖精にしては力が強いので
「裏切り者はお前の方だ!このッ……ゲス野郎ッ!!エスカルゴの子供の風上にも置けない!!別世界のあたいをよくも裏切ってくれたな!」
「……さて。では僕は僕の世界に帰ります」
「「「え?」」」
別世界の虔魔のセリフに、チルノ、ピース、更にこちらの虔魔までもが驚きを露わにした。
「何故です?協力してくれるのでは?」
「いやぁ……妖精相手にボコボコにされるような僕の言う事を聞くのは癪ですしね。雑魚の言う事を聞く必要が、何処にあります?」
「ッ……僕より戦闘能力が劣る雑魚のクセに……」
「そんな雑魚に頼るようでは、言葉も出ませんね。お労しや、こちらの世界の十六夜虔魔……。僕はね、これから忙しくなるのですよ。チルノと別れた今、ご機嫌取りに利用していたあちらの妖精は用済み。鬱憤晴らしに、これから皆殺しにするのですから」
「なっ!?」
「それでは、さようなら。二度と僕に関わらないで下さいね。雑魚な方の十六夜虔魔くん」
「待てッ……」
「アディオス」
にっこりと笑って手を振ると、召喚された虔魔は帰って行った。これからあちらの世界では彼による妖精大量虐殺が始まるのだろう。
しかし今のチルノとピースにはそれを止める手は無いし、あちらのチルノの目を覚ます事ができた今
「それはあっちのあたいの仕事だ」と考えていた。
「さぁ〜て、さてさて、打つ手の無い虔魔くぅん?泣きを入れる準備は出来たかコラァッ!!」
サポートをしていたピースも、ポキポキと派手に指を鳴らして絶望に打ちひしがれて膝をついている虔魔の前に立つ。
「……こんな事で僕は折れませんよ。侵入者は須らく処理する。それだけです」
「お前、まだそんな事言ってんのか……!!本当に、救いようのないバカだぜお前……ッ!」
「もういい」
「チルノ……?」
いつまで経っても折れる様子の無い虔魔に、遂にピースは業を煮やし松明で顔面を殴ろうとするが、チルノの暗く低い言葉に、ハッと正気に戻る。
チルノは、いつになく暗い雰囲気を纏っていて、ゴミ以下のモノを見る目で虔魔を見ていた。
「……帰ろ、ピース」
「は!?こ、コイツは!?」
「死んでも治らないよ。コイツは」
「だからって諦めるのかよッ!?」
「……その為の作戦を考えるんだよ。だから、行こ。ピース。……行こう」
「チッ……分かったよ。この騒動が片付くまでお前に従うって決めたのはあたいだからな」
チルノはバーニング化を解き、虔魔に背を向けて歩き出す。しかしその前に、虔魔の両足をパキンと凍らせ、身動きを取れないように固定してしまう。
「何の真似ですか、これは」
「動けるようになるまでそこで頭冷やしてな」
「冷やされてるのは足ですがね」
「……」
「……マジで口が減らねーヤツだな」
ピースは吐き捨てるようにそう言い、それきり、黙ってチルノについて行った。あとには、足を固定された虔魔だけが残った。
◆
次の日。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう虔魔くん。顔の火傷……は大丈夫そうね。凍傷はもう平気?」
「はい。業務に支障はありません」
「そう、良かった。……1つ業務連絡があるわ」
「はい」
「今日から団体さんのお客様が館に来るわ。何れも昼から夜に掛けての長時間よ。妖精だから、誤って始末しないように。分かったわね」
「
「それから、館の外の見回りは暫く弦月姫ちゃん、美鈴、天子に任せる事にしたわ。そしてあなたにはもう少し屋内での仕事を覚えてもらう。いいわね」
「御意」
◆
「ちょっと待ってくださ〜いそこの妖精さん達!」
「なーにー?」
「あわわわ、門番さんに見付かった……っ」
「
「ほんと!?自由なの!?」
「ええ!昼頃から夜まで自由ですよ〜!」
「やったぁ!」
「ねーねー!それ友達に教えちゃっていーい?」
「はい、ドンドン広めちゃってください!なんなら幻想郷中の妖精に広めてください!」
「「はぁ〜いっ!!」」
それから暫く、昼から夜まで、紅魔館は妖精達で溢れかえる事になった。そして「自由行動が可能」という甘い響きが妖精にも効いたか、朝に侵入するような者は誰一人として居なかったという。
業務中も妖精が騒ぎ立てているので、慣れるまで仕事は進まなかったが、過去、紅魔館はメイド長のワンマンだった事もあり、そして時間能力者が居るということで、実は、そこまで大きな問題には発展しなかったそう。
妖精を殺したくても殺せない虔魔のみがひたすらストレスを抱える事となった。
そう、それこそがチルノの「復讐」だ。殺したい相手に囲まれた虔魔は、これ以上無い精神的苦痛を感じる。そう読んで、虔魔の足を凍らせた後ですぐ紅魔館に向かい、レミリアに直談判したのだ。
この結果を知ったチルノは、計画通りとばかりにピース達と小さな宴を開いたのだった────。