挨拶巡りを終えて数日後。幻想郷の各勢力には、彼が若頭に就任したと知らない者は居ない程に話が広がっていた。それは、地獄や畜生界の有力者達も例外なく含まれており、あの幼さでか……と驚く事はあれど、反対する者は居なかった。
強さも実績も申し分ない上に、子供のワガママで組織を運営するほどバカでもないという事も含めてかなり広範囲に広まっていた。
そんな話題が広がっている渦中の人物、駆翔は、先日レミリアに言われた通り、紅魔館にまったりと遊びに来ていた。
今日も今日とて妖精のお客様が多いようだった。駆翔は先日挨拶に来た時までこんな光景を見た事が無かったので、妖精の来客については、やはり酷く怪しんでいた。
そこで、妖精に構われていた虔魔が1人になったタイミングを見計らい、事情を尋ねる事にした。
尤も、心当たりは既に1つだけあるのだが。
「よォ、虔魔の兄貴ィ。遊びに来たぜー!」
「駆翔ですか。お嬢様から伺っていますよ。今日はゆっくりしていってくださいね」
「それはまぁいいんだけどさ、この大量の妖精って何なんだ?どうなってんだ?」
「……さて。1週間程前でしょうか、それくらいから妖精が大量に来るようになったのです。やれやれ、メイド妖精達の仕事が滞りますよ、全く」
「時間止めちゃえば?」
「そう簡単に言いますが、そうもいかないんです。メイド長、副メイド長、モルモーさん、お父様……、時間停止の影響を受けない者の生活を阻害する事も考慮すると、時間停止は極力使わない方向で仕事をせざるを得ないのです」
「成程なぁ、確かに急に時間が止まったら迷惑だし仕方ねーか」
「ええ。なので、すみませんが僕は仕事に戻らせて頂きますね」
「そっか、頑張ってなー。……最後に1つだけ質問に答えてくんない?」
「何です?手短に頼みますよ」
「……兄貴さ……妖精を惨殺したって、マジか?」
「惨殺?人聞きの悪い……。仕事の一環ですよ」
「殺したのはマジなのかって聞いてんだよ」
「ええ、
虔魔が惨殺を肯定した瞬間に、駆翔は回し蹴りで虔魔の顎を蹴り飛ばし、彼を強く壁に叩き付けた。その騒ぎを聞き付け近くの妖精達が寄ってきたが、すぐにトンボ帰り。駆翔が軽く睨みを効かせたのが効いたのだろう。
「兄貴……嘘だろ?この前の挨拶巡り中によ……風の噂で聞いたんだ。『紅魔館の執事が妖精を惨殺したけど妖精に復讐された。紅魔館に妖精達が居るのはその復讐なんだ。もっと遊びに行こう』……ってよ」
「……やはりこれはチルノの作戦でしたか。これは、参りました。お嬢様に止められていては、僕も何もできない……やれやれです」
「兄貴よォ!何でそんな事したんだよ!?異常だろそんなの!なぁ!?」
「侵入者を排除したまでです。それが仕事です」
「追い出すように言われてたんじゃねーのかよッ!ヤクザの情報網、舐めんじゃねェぞ!?誤魔化しは効かねェからな!!」
「注意しても聞かないなら……殺すしかないですよ。あなたもヤクザなら、いずれ味わう事でしょう」
「あァ味わってるよ、現在進行形でな……!!まさか兄貴がここまでクズだとは思わなかった……!マジで父様の子供なのか?兄貴みてェなゲスがよォッ!!本当に同じ父親の血が流れてるのか……?」
「愚問ですね」
「正気じゃねェ……!確かに、妖精ってうるせーよ。見た目だけじゃなく脳内もガキだし話も合わねー。でも、アイツらは気の良い奴らなんだ……何だかんだ楽しい奴らなんだよ。それを……お前は……お前は!何百人も殺しただとッ!?ふざけんじゃねェ!!」
「侵入してくるのが悪いんですよ」
「このッ……恩知らずのドクズヤローがッ!!妖精は俺らの乳母みてーなモンだろーが!!」
「はい?」
「オメーまさか……自分が、親に付きっきりで育ててもらったなんて思ってねーだろーなッ!?」
「……そう、なのでは?」
「違ェよ!!俺らはなァッ……俺らは妖精からも面倒見られながら育ってんだッ!幾ら両親が揃ってても四六時中ガキの面倒なんざ見るワケねェだろが!!昼夜問わず騒ぎ立てるんだぞ
勁牙組には動物霊が大量に所属している。中には動物の赤ちゃんの霊だって畜生界には居るし、実際駆翔はよく見てきている。勁牙組若頭として何度も部下達の面倒を見た経験もある。だからこそ、まだ子供ながらに、擬似的にではあるが子育ての経験があった。
その経験のお陰で、駆翔は子供達の中で誰よりも父を尊敬するようになった。親として、男として、いや、生物として。
「自分が何をしたのか分かってンだろーなァ……!?妖精を自分の手で殺すなんてよ……そんなのァ、筋が通らねェよなァッ!?」
「待ってください。僕らが育つのに妖精が関わっているなど、そんなのは初耳なのですが?」
「そりゃそーだろーが。いちいち口にするよーな事でもねェしよ。……そんなのも分かんねーのかよ」
「……」
「なぁ兄貴……俺らってよ、僅かに兄貴の方が先だが殆ど同時期に生まれてるよな。一緒の館で育って、一緒の父親を持ってさ。俺の母親は紅魔館では居候だったから、咲夜さんよりは余裕あったらしいが……それでも妖精の手は借りてたそうだぜ。メイド妖精含めて……ご近所さんの妖精も、なんだとよ」
「!?」
「自分が大事な兄貴は知らねーだろうな……赤ん坊を育てるには周囲の環境が大事なんだってよ。霊愛の姉貴が、どうしてあのルーミアって妖怪と仲良いか知ってるかよ?姉貴が生まれた時からずっとそばに居たから、なんだとよ。赤ん坊の姉貴の様子を見に頻繁に博麗神社に遊びに来ていたらしいぜ」
「……」
「そんな霊愛の姉貴と同じく、俺ら紅魔館で育った子供が赤ん坊の頃には、妖精がそばに居たんだよ。メイドもそれ以外も含めてだ。分かるかよ、兄貴?弦月姫の姉貴だってそうだろ。やけにメイド妖精と仲良しだよな?植物と会話したり使役する能力とかそれを象徴してるじゃねーか。……そろそろバカでも分かるよな。妖精達を殺したっつー事が、何を意味するのか!!」
「……」
「
「……」
「俺ァヤクザだ……決して褒められた立場じゃねェ。だけどよう、クソ兄貴……筋の通らねェ事だきゃあ、これまでもこれからもしねェ!!メイド妖精にも、メイドじゃねェ妖精にも会ったら土下座しておけ!どの面下げて生きてんだッ!?」
「……知らなかったんです。妖精が育ての親なんて」
「知らなかったんならしゃーねーなぁ……ってなるかボケがッ!今、俺が教えたよな!ならもう知らないなんて言えねェ!過ぎた事はしゃーねェから、もう水に流すしかねェ。けど、これから会う妖精に謝るくらいはできるよな!?」
「ッ……」
歯を食いしばっているのか、真顔な虔魔だが頬がピクピクと震えている。ポーカーフェイスを維持はできないらしい。そんな虔魔を見て、駆翔はヂッと舌を鳴らす。
「ンだよそのツラは。謝るのが嫌か?聞けば兄貴、妖精を『匹』って数えてるらしいじゃねーか」
「!」
「テメー、妖精を何だと思ってんの?虫か何かか?しかも父様の前じゃ良い子ちゃんを演じてんだろ?父様の前でも『匹』なんて数えてんのかよ?違うんだろう?」
「……」
「テメー自身、もうよーく分かってんだろ。妖精を見下してるって。しかもその妖精に負けて、こんな復讐までされて。屈辱的で謝る事もできないって?どこまで保身に走ってんだこのクソッタレが!!」
「………………」
「今から謝って来い。それが出来ないのなら、俺が今ここで、その腐った性根、叩き直してやる!!」
「……それがいいかもしれませんね。そうでもないと僕はもう……ダメそうです」
駆翔の発言のお陰で、やっと自分の過ちを認める気になった虔魔。しかしそれでも、まだ自分からは謝れない。謝らせようとする彼に倒され、謝る為の口実を作ろうと言うのだ。
このどこまでも勝手な彼の考えに、駆翔はもう、兄を罵倒するのをやめた。
「ブッ飛ばしてやるッ!喰らえやッ!!」
「直線的な蹴りなど喰らいませ────ぎゃっ……」
「どーしたどーしたァ!喰らわねーんじゃねーのかオイ!?」
「……並行『アナザー・ワールド』」
平行世界の虔魔が現れる。弦月姫も居る。召喚の直後は動けない。記憶のコピー中だからだ。だからチルノと戦った時にはお喋りで時間を稼いでいた。しかし駆翔はそれを知らずに、両脚で十六夜姉弟を頭から踏み付ける。
すると光と共に2人は一瞬で消えてしまった。
「な……っ!?」
「俺の《踏み付ける程度の能力》が……兄貴の能力に負けるワケねェだろうがッ!!召喚されたんなら、その『召喚した』っつーのを無効化するまでだ!」
「成程……能力の相性はこの上なく悪いようですね。ならフィジカルにモノを言わせるしかないですね」
「ヤクザの俺に勝てるのかよ執事の坊ちゃんがァ!ここまでプッツン来たのァ生まれて初めてだぜ!?泣き入れるまで許さねェからなコノヤロウッ!!」
育った環境が彼にそうさせるのだろうか。駆翔は普段の彼からは想像も出来ない口調で虔魔を牽制し威嚇する。虔魔も、自分の決して軽くない罪を自覚してからは表情の動きも身体の動きも鈍っている。
「……ヤクザの力量がどれ程かは分かりかねますが、僕だって日々鍛えているのですよ」
「妖精を惨殺して、か?」
「ッ……見せてあげますよ。妖精以外をも相手にして鍛え上げた暗殺術というものをね。純血の吸血鬼の強さ、甘く見ない事ですね」
「純血、ね。そんな“血統”なんかより遥かに確かなモノを見せてやるぜ、兄貴よう……」
虔魔はナイフを構えて、駆翔は肉弾戦を仕掛けるように構える。周囲の妖精達も、エントランスにて繰り広げられるこの兄弟喧嘩に釘付けになっているらしいが、今の2人には関係ないようで、真っ直ぐ相手を見つめている。
そして遂に兄弟喧嘩の火蓋が切って落とされた。