紅魔館のエントランスで繰り広げられている兄弟喧嘩は、熾烈を極めていた。ナイフをも蹴り折れる駆翔の蹴り技は、たとえ吸血鬼だろうとそれなりに大きなダメージを負わされる程に強烈だった。
どちらも体術が得意だからなのか技術自体は拮抗しているように見えた。それなのに駆翔が優勢にも見えるのは、恐らくは気持ちの問題なのだろう。
「オラァッ!!」
「っ……鬱陶しいです……!」
駆翔が足払いを仕掛ければ虔魔の身体はふわりと空中に投げ出される。勢いを利用しナイフをピッと振るうが、駆翔は顔を背ける事でそれを回避する。
攻撃が空振ったまま背中から落ちる虔魔、そして追撃の踵落としを腹に喰らわせた。
「ぶ……っ」
カッと目を見開き吐血する。蹴りが当たった時、バキボキと嫌な音がエントランスに響き渡ったが、恐らく、蹴りによって骨が折れたのだろう。
「ガブッ、ゴフッ……ぐ、ふ……っ」
「この程度でノビるワケねェよなァッ!!」
「ぐぁっ!!」
メキメキと音を立てながらも脇腹を蹴飛ばして、壁に思い切り叩き付ける。すると壁は漫画のように円形に凹み、ピシピシと亀裂が走る。
それでも駆翔は攻撃の手……否、攻撃の足を緩めず更に勢いをつけて、ライダーキックのように全身で飛び込んで追撃する。
しかし、足が虔魔にめり込むのと同時に、駆翔の足にとてつもない激痛が走る。
「んぎっ……」
「あんまり、調子に乗らない事ですね……」
「テメッ……な、ナイフを……ッ!!」
時を止めないと駆翔には攻撃できないなと察した虔魔は、時を止めずに攻撃を与えるには、と、逆に考えた。その結果、わざと攻撃を喰らう事で、彼の足にダメージを与えられると考えたのだった。
「へっ、いいぜ……もっと刺せよ、オラァッ!!ンなチャチなモンで俺を止められると思うなよ……!!」
「弟だからと容赦しませんよ」
両手にナイフを持った虔魔は容赦無く駆翔の足を貫く。右足も左足もだ。ナイフとは、深く刺すと、抜く時に皮膚に覆われた内部の柔らかい肉の部分も一緒に引っ張り出す性質がある。
そしてその傷口は、まるで小さな唇のような形にぷっくりと膨れ上がり、傷口が歪むせいで、流血は簡単には止まらないのだ。
「安心しな、俺も容赦しねーからよ!テメーは今日これから『全身大怪我の刑』だッ!!」
血が吹き出る足で、虔魔をバキャッと蹴り上げる駆翔。すると彼は天井に吊り下がるシャンデリアに背中から突き刺さり、ビタビタと血が滴り落ちる。
「がッ……がはっ……」
翼に穴は空き、首の一部もガラスの破片で切られ血が吹き出す。紅魔館特有の真紅の壁が彼の赤黒い血で濡らされていく。
虔魔が駆翔にやったように、虔魔の四肢はシャンデリアのガラスや金属部分に貫かれた。ロウソクの火が燃え移り虔魔の身体をジワジワ燃やしていく。
「ハーッ、ハーッ……血ィ止まんね、クソッ……」
「がッ……ガハッ…………頸動脈が逝きましたかね……。ククッ、中々に美味な血だ」
「チッ。血だらけのクセにヨユーじゃねーか……」
「駆翔こそ」
駆翔は足を、虔魔は手足をやられ、攻撃の手段がほぼほぼ潰えた。互いに再生を待つ為か、またもや腹の探り合い、罵倒が始まる。
「正直なところよ……父様と咲夜さんから、どーして兄貴みてーなのが生まれたのか不思議だぜ!一体、何を見て、どう育ったっつーんだよ……?正直、意味わかんねーし、信じらんねーよ」
「……」
「兄貴さ、『山の英雄伝説』……知ってっか?」
「……ええ……確かお父様が妖怪の山に攻め込んだとされている逸話……でしたよね」
「そーそー。戦闘員が何千人居るかも分かんねー、あの要塞みてーな山に、単身で攻め込んだっていうその伝説だけど、何で、父様がそうするに至ったか知ってるか?」
「いえ……」
「姉貴達が言うには『文さんが幽閉されたから』……らしいぜ。しかもまだ付き合ってねー頃なんだと。それ聞いた時、心底ビビッたよ」
「付き合ってないって……ただの知り合いとか、友達だった頃……という事ですか?」
「そーらしいぜェ。なのに『冤罪で捕まったから』とかいう理由で助けに行ったんだとさ。単なる友人関係だったのに。その頃の文さんとは取材する側、される側でしかなかったのに、世話になったからと助けに行ったんだと」
「……」
「ビビッたし痺れたよ。そんで、俺、思ったんだ。筋を通すっつーのは、きっと、こういう事を言うんだって。こんな事が出来る男に俺もなりてェって、本気で思った」
「……」
「だからこそ、兄貴が育ての親とも呼べる妖精達を殺しまくったっつーのが本気で赦せねェ」
「……」
「なぁ?何で兄貴はそんな惨い事ができるんだ?」
「……それが間違っていないと、そう思っていたからです。もし、初めから知っていたのなら……意図して殺したりなんか、絶対しなかった……!僕はもう……どうすればいいのか分かりません……。謝ったって、それで済まされる問題じゃない……」
「いいんだよ、謝れば。言ったろ、妖精は気の良い奴らなんだって。誠心誠意謝れば、チルノ達だって許してくれるだろ」
「……そう……でしょうか……僕は彼女達にも酷い事をしてきた……到底許されるとは……」
「兄貴さ、ホント目の前の事しか見えてねーのな。少しは過去を振り返れば?紅魔館に攻めてきた妖精とかさ、なんて言ってた?」
「……!」
「謝らせるとかそんな感じのこと言ってたんだろ?それなら大丈夫だよ。気の良い奴らだし、なにより自分が復活可能なのをよく分かってるからさ、ただ謝罪してほしいだけなんだ。償いも何も要らねェ。ただただ、心から謝ってほしいだけなんだ」
「それでは……僕の気が済まない……」
「イイじゃねェかそれで。兄貴は自分の事ばっかで周りが見えてねーんだ。それが原因でこうなったんだろうよ」
長い沈黙の末、体内の傷が治ったのか、その場にスックと立ち上がる。まだやる気なのかと身構える駆翔だが、虔魔はナイフを仕舞い、駆翔を見やる。
「僕は……シャワーを浴びて着替えたらお嬢様の所に行きます。……あなたもどうですか、シャワー。僕の血で全身が汚れているでしょう?」
「おっ、イイねェ!裸の付き合いってヤツだな!」
「兄弟だからです。変な言い方はしないで下さい、気持ち悪いので」
「ヘヘッ、わりーわりー!」
◆
それからは兄弟らしく仲良くシャワーを浴びた。互いに背中を洗い合ったり、幾つかのシャワーにて互いの顔に水やお湯を掛け合ったり。
蒸し暑い浴室でそんなバカ騒ぎをすれば、嫌でも汗をかく。2人は再び身体を洗い始めた。そんな中虔魔は、駆翔に背中を洗われながら、こんな行動に出た理由をポツリポツリと語り始めた。
「僕は……駆翔と同じなんです」
「へ?」
「『お父様みたいになりたい』。僕も、そう思って日々を過ごしています。お父様は、嘘をつかない。だから僕も常に本音で話すように心掛けています。本音で話せば、僕もお父様のように皆から好かれ、皆に優しくしてもらえるんじゃないか、と」
身体が綺麗になっていくにつれて心まで洗われているのか、虔魔にしてはやけに晴れやかで、そして子供らしい表情だった。
紅魔館で共に生まれ育った駆翔でさえ、その顔は未だに見た事のない表情だった。
「……兄貴、父様を美化しすぎだぜ?父様、嘘らしい嘘はつかないけどさ、何かを誤魔化す時には平気で誤魔化したりしてるぜ。……通じるかはともかくさ」
「え」
「というかさ、相手に見返りを求めちゃダメだろ。自分が優しくすれば相手も優しくしてくれるだろうなんて、そんな考えが相手にも見え透いてるから、本音で話してもダメッダメなんじゃねーの?」
「……考えた事もなかったですよ、そんなの」
「えー……。しかも優しくできてねーしな」
「そうなんですか……。もう、無許可でスカート捲りなどはしていないのですが……」
「バカじゃねーのマジで……『パンツ見せて』なんて言ってOKされんの、父様くらいだろ」
「実際そうですよね。紅魔館の妖精達は、既に全員一度はお父様と寝ていますし」
「マジ、そこまでなの?流石は父様、見境の無さに定評があるだけある」
「……さて、そろそろ僕はお嬢様の所に行きますね。駆翔、ゆっくりしていってくださいね。畜生界から折角来たのですから」
「おう。結果報告、待ってるぜ〜」
「悪趣味ですね……」
「そういうとこだぞ」
「む」
◆
駆翔と別れた後、虔魔は身支度を整え、当主ことレミリアの元へ向かう。虔魔だって、何となくだが分かっていたのだ。妖精達への度重なる暴行の件について、レミリアも知っているのではないかと。
そして彼女の部屋の前に着いた時、ノックをする直前、部屋の中から声が飛んできた。
「来るのは分かっていたわ。入りなさい」
一瞬だけ怖気付く虔魔。しかし、ここで引いては元の木阿弥だ、駆翔に気付かされたのにと深呼吸をして己を奮い立たせ、ノブに手をかける。
「失礼致します」
「用件は?」
「……妖精達への暴行……いえ、殺戮の件について、お嬢様にご報告があります」
「……ええ。言ってご覧なさい」
「僕が間違っていました。お嬢様からも、お姉様、いえ副メイド長からも度々ご指摘を頂いていたにも関わらず、侵入者なのだからと、間違いを認めずに何百人も手にかけてきました」
「……そうね。それで?」
「僕にお暇を下さい。あの時、妖精達は『謝れ』と何度も言ってきました。正しいと思っていたから、無視して殺してきました。しかし間違っていたのは僕です。妖精達に誠心誠意、全力の償いをしたいと考えています」
「……」
「その上で厳罰を望みます」
「……分かったわ。それじゃあまず、あなたには罰を与えるわ。この件について、一切隠さず、事実のみエスカルゴに報告しなさい」
「!!」
「きっと半殺しにされるでしょうね」
「分かりました。お父様に報告します」
「そして、その前に、妖精達に謝罪してきなさい。まずは今紅魔館に来ている子に、次にチルノ達に。引き篭ってしまっている子には無理に会わない事。分かったわね」
「はい。ありがとうございます」
「……信頼は一度失うと再構築は難しい。これから、彼女達と良好な関係を築ける事を祈っているわ」
「……はい。本当に、ありがとうございました」
その後、虔魔は言葉通り、時間をかけて妖精達へ謝罪行脚した。そしてチルノや三妖精に対しては、特別に酷い仕打ちをしたと手作りの菓子折り付きで謝罪に向かった。
けれども当然、戦闘において汚い手を使ってきた虔魔なので、毒入りなのではと全員から疑われた。そして、目の前で毒味をさせられた上で、どうにか菓子だけ受け取ってもらえた。
駆翔はそんな兄の様子を陰ながら見守っていた。どうにか赦してもらえそうで良かったな、と内心でガッツポーズを取っていた駆翔であった。
エスカルゴが「山の英雄」と呼ばれるようになったあの事件は、駆翔世代ともなると「逸話」レベルの過去の話になっています。
エスカルゴも文を助けに行った事を自慢しませんし子供達も(妖怪の山の規模から考えて)眉唾物だと思っているので、真偽を確かめようともしません。せいぜい「なんか聞いた事あるなぁ」くらいです。
心の底から信じているのはファザコンレベルの子や懐きまくってる子だけです。例えば、阿弥なんかはこれっぽっちも信じてません。