ある日、駆翔はお供のオオカミ霊を2匹引き連れ畜生界内を移動していた。というのも、今回は先日幻想郷内では済ませた「挨拶巡り」の続きをする、というのだ。
そう、今回は勁剛霊三者同盟の相手である埴安神袿姫への挨拶だ。舐められないようにと、1人だけではなく、今回はお供を2人連れている。
「ン。お前は……」
「勁牙組の驪駒駆翔だ。霊長園の主、埴安神袿姫にお目通り願いたい」
「……入れ」
門兵埴輪に案内され、勁牙組一行は霊長園の中を進む。あちこちキョロキョロしたいのを我慢して、駆翔は真っ直ぐに一点だけを見つめてついて歩く。
やがて奥の工房に到着すると、案内を終えた門兵埴輪は門へ戻って行く。ここからは自分で行けと、暗にそう伝えている。
「おいおい、応接室じゃなくて工房かよ、ここは?うわ、埴輪がめっちゃ並んでる……これも動くのか?だとしたら兵力は母様の想定以上にあるな……」
「こりゃ、あの埴安神のヤローに舐められてますぜ坊ちゃん!」
「ここらで1発、軽くヤキ入れときましょーぜ!」
「紅魔館で生まれ育った俺を相手に応接室に通したレミリアさんとは大違いだな。それとも神としての余裕ってヤツか……?」
「どうなんでしょう?余裕ブッこいてんなら俺達が噛み付いてやりやすぜ!」
「そうですぜ!その時はいつでもご命令を!」
「バッカヤロー、それが原因で同盟が崩れたら戦争じゃねーか。あくまで挨拶に来たんだ、多少の事は目を瞑ってやるさ。まして俺ァまだガキだし、こう舐められるのも想定内ってヤツよ」
「流石は坊ちゃん……!」
「外では若頭って呼べっての」
工房内を自由に観察しながらそんな話をしている3人の元に、やけに全身汗をかいた袿姫がフラリと現れた。目が虚ろで、何日も眠っていないような、そんな疲労具合に見えた。
「いらっしゃ〜い、遠路はるばる……って程でも無いけど、ようこそ霊長園へ」
「「「あっ!」」」
「こんな所まで来てもらっちゃって悪かったわね。あとお待たせ……」
「……大丈夫か?やけに疲れているように見えるが」
「お気遣い感謝するわ……ちょっと、さっきまでね、別のお客人の相手をしていたのよ……ふぅ……全く、休ませてもくれないんだから……」
「わざわざ
「しょうがないでしょう、盟主様なんだから」
「え」
「盟主よ、盟主。私達の同盟の盟主……器くんであるエスカルゴくんが、さっきまで工房に来てたのよ」
「ええっ!?」
「「なんですとぉ!?大兄貴がァ!?」」
父が来ていたと聞き、駆翔は勿論、オオカミ霊も驚きを露わにする。
因みに、駆翔が若頭になる前から既に勁牙組内で
「兄貴」扱いだったが、彼が若頭に就任してからは今度は「大兄貴」と呼称されるようになっている。特に意味も内容も変わらない。
「……まぁ、お子様に詳細は言わないけれど、そんなワケで疲れちゃったってワケよ、納得してくれた?してくれなきゃ困るんだけどね」
「あ、あー、まぁ、納得せざるを得ないかな……」
「そう、良かった。じゃ、まぁ適当に座って」
「押忍」
「……それで用件は?」
「ああ、この度、俺が勁牙組の若頭に就任したからその挨拶に来た。今後は本格的に親子が揃って組を運営するし、話し合いの場にも参加するようになる機会が出てくると思う。その時は宜しく頼む」
膝に手をつきペコリと頭を下げる。オオカミ霊もそれに倣って犬座りしたまま、頭を下げた。両側に控えるその様はまるで狛犬のように見えた。思わずクスリと笑いそうになる袿姫だったが、それだけはどうにか我慢したようだった。
「あら、凄いわねぇ!実力主義のこの世界……中でも特に有力な組織でナンバー2だなんて!ハッキリと言っちゃアレだけど、極彩組の件があるまであなたあんまりパッとしなかったでしょう?実はちょっと心配してたのよねー……。このままじゃ口だけの男になってしまいそうで……って。だけどもうその心配は無さそうね!」
「……まぁな」
ハッキリ言ってくるなと駆翔は内心ムッとする。相手をイライラさせるレベルで本音を吐露するなど兄の虔魔以来だった。しかし、だからこそメンタル的な意味での対処法は駆翔自身よく分かっていた。
「ところでこの後、予定はあるかしら?」
「特に無いが……」
「それなら丁度いいわね。もし良ければ、戦闘用にカスタマイズした量産型の磨弓ちゃんと、手合わせしてみてくれない?エスカルゴくんレベルだと差が開きすぎててデータ取れないのよ」
「……同盟を組んでいる相手とはいえ元は敵同士って理解した上でそんな事を言ってるんなら驚きだぜ。そう簡単に手の内を見せるとでも思ったのか?」
「そう?良い機会だと思ったのだけど。でも嫌なら別に断ってくれてもいいのよ?私に対策されるのが怖くて、逃げたようにしか見えないけどね」
「ンだとクラァッ!」
「コラァッ、埴安神袿姫テメェ!」
「やめろお前らみっともねェ」
「けど、坊ちゃん!」
「コイツ完全に舐めてますぜ!?」
「……」
「どうするの?やる?やらない?」
確かに袿姫の言う通りだった。ここで引いては、まるで敵前逃亡したようにも見える。ここで一緒に話を聞いているオオカミ霊達は駆翔を庇うだろう。
しかしこの話だけ聞けば駆翔が、勁牙組が袿姫の挑戦を断り、逃げたようにしか受け取れない。組のイメージが悪くなる。
今の駆翔は若頭。組の看板を背負っているのだ。逃げは許されない。駆翔の腹は決まった。
「わぁったよ、相手してやんよ。ただし、目の前で磨弓ちゃん?……っての、壊されて泣くなよ?」
「泣かないわ、量産型だもの」
「そーかい、なら表に出よう」
「出るのはあなただけで事足りるわよ。もう外には何人か磨弓ちゃんを配置してるわ。全員撃破して、またここに戻ってきてくれる?」
「なんか気に食わねーが、まぁいいだろ。お前ら、ちっと待ってろ。5分、いや3分で戻る。河童から買ったストップウォッチ、俺が部屋を出ると同時にスタートさせろ」
「「へい!お気を付けて!」」
指をパキポキと鳴らして工房を出る。そこは既に10人もの磨弓が居て、それぞれ杖刀を構えて駆翔が出てくるのを待ち構えていた。
「何だ、量産型とか言うから100人くらい居るのかと思ってたぜ。ひぃふぅみぃ……10人て。舐めてんのか袿姫のヤツ」
「勁牙組ノ駆翔デスネ」
「そうだけど……何だその棒読み口調、マジの量産型みたいだな」
「我々磨弓軍ハアナタノ戦闘データヲ取ル目的ニテ創ラレマシタ。オ手合ワセ宜シクオ願イ致シマス」
「あー安心しろ、お前ら霊長園にくれてやるデータなんて持ち合わせてねーからよ」
「エ」
「まァ埴輪だって分かってるし、手加減はしねーぞコラァッ!!」
ビッと親指で首を掻き切る仕草をすると、駆翔は動き出す。トッ……と静かに頭に降り立ったと思うと予備動作も無く頭を踏み割った。
「俺は父様とは違うんだよ。わざわざ埴安神に俺のデータをくれてやる必要は微塵もねェな。その辺、俺ァ優しくねーぞ」
「……!」
「さァ、掛かってこいよ、残りの9人。イメトレは済ませたか?神様にお祈りは?土に還る心の準備は出来たかい?」
「……」
「そっちから来ねーんなら……俺から行くぜッ!!」
◆
「戻ったぜ」
「あら、おかえり駆翔くん」
「「お疲れ様です坊ちゃん!!」」
「時間は?」
「2分33秒55……です!」
「フン、無駄話してもか。なら、問答無用だったら1分も掛からなさそうだな」
パンパンと手を打って砂埃を払い、また来た時と同じようにドカッと椅子に腰掛ける。オオカミ霊の2人は、眩しい物を見るかのように目を細めて彼を見ている。
「流石は、畜生界のスピードスター驪駒駆翔くん。磨弓ちゃんを通して戦闘を見ていたけれど、中々の暴れっぷりだったわね」
「チッ。見てたのかよ」
「見てたわ。全方位を囲まれ動くに動けなくなり、咄嗟に能力を使った事も……砕いた磨弓ちゃん達を、土に埋めた所もね」
「……能力を使ったのを見た、だと?……あれは俺の奥の手だ。他言するんじゃねェぞ」
「もし漏らせば?」
「抗争を起こす。俺の独断でだ。そっちは、父様を味方につけても構わねーんだぜ。お前の息の根さえ止められるなら俺はそれでいい」
あまりに堂々と啖呵を切る駆翔。オオカミ霊達はその抗争が現実のものとならないよう、袿姫に対し
「余計なこと言うなよ!!」と必死な視線を送る。それを見てか、袿姫は小さくフッと笑うと、駆翔の言葉に答えた。
「あら怖いわね。ふふ、分かった、黙っておくわ」
「……」
「でも凄いわねぇ、まさかその能力にあんな使い方あるなんて。あなたって思っているよりクレバーでスマートなのね」
「ほ……褒めても俺の照れ顔しか見れねェぞ……///」
「あらら、可愛い♡」
「ッといけねー、部下の前だったな」
「「お、俺らは何も見てないッス坊ちゃん!!」」
「……それでいい。つーか、創造主が『土に埋めた』なんて言うんじゃねーよ。せめて『埋葬した』って言えっつーんだよ」
「あらあら、ごめんなさいね。だけど不思議ねぇ、ただの埴輪よ?」
「動くし喋るし生き物の見た目してるし……どうにもただ壊して放置……なーんてできそうにねーんだわ」
「ふぅん……あなた、あんまりヤクザに向いてないんじゃない?」
「あぁ?」
「その優しさ、エスカルゴくん以上だと思うわよ。ヤクザに『優しさ』は不必要じゃないかしら」
「……っせーよ……んなの……どうでもいいだろ?俺は俺なんだ。父様の事は尊敬してるし憧れてるがよ、優しさまで捨てたら……それこそ知的生命体として終わりだろうぜ」
「ふぅん……成程ね」
興味深いものを見るような目で袿姫は彼を見る。実際、彼は彼の父と似て非なる考えを持っていると見えて、袿姫にとっては身近な観察対象として酷く面白そうだと、興味を引かれると感じていた。
「って……待って下さいよ、坊ちゃん!埴輪を倒しただけじゃなくて、埋葬までやった上でこの短時間で帰ってきたんですかい!?」
「速すぎますぜ!!」
「ま、俺だからな」
「ウワーッドヤ顔だぁ!!」
「でも実力があるから憎めねー!」
「おうおう、盛り上げ役ご苦労。じゃ、帰るぜ」
「あら、もう帰るの?」
「造形神様と違って、暇じゃねーんだよ。これから若頭としての『やる事』もあるしな」
「ふぅん……ま、頑張りなさい」
「おう」
後手に手を振り、駆翔は工房を後にする。駆翔が次に向かったのは、幻想郷・博麗神社……。
妖精を「匹」扱いした虔魔、作り物、しかも量産型なんて明かされている埴輪を相手に「人」と数える駆翔……。