ルーミアの妊娠発覚から、はや数日。ルーミアのお腹は、とうにはち切れんばかりに膨らんでいた。何を言ってるのか分からないと思うが、俺も彼女に何が起きているのか分からない。
頭がどうにかなりそうだ。妊娠した順番なんて、霊夢の方がずっとずっと早いと言うのに。妊娠魔法だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。もっと恐ろしいものの片鱗を俺は現在進行形で味わっている。
因みにルーミアは現在、お馴染みのヤリ部屋にて暮らしている。彼女の家となる予定の建物を魔法の森の中に建設中なので、それが完成するまでだ。
「あー……もしかして臨月か?この腹……」
「……うん、流石にこれは私でも分かるわ……霊夢のこういうお腹、何回も見てきたもの」
「早すぎんだろ」
「闇を吸収して成長してるから……」
「母胎から栄養を吸収してるって意味では、ただの赤ん坊と同じなのな」
「それが、私からは闇を吸収してないのよ」
「はぇ?」
「どうも、
「……?見えないぞ」
「嘘……闇の使い手なのに?」
「鈴仙や永琳は見えてたんだよな。つーことは多分本人以外の場合しか見えねぇんじゃ……?」
「かもしれないわね」
「ふーん。ま、いっか。元気に育ってくれりゃあ、俺はそれでいいしな」
「……この子に闇を吸われた者は何故だかそんな風に楽観的になる。場合によっては……ちょっとだけは、警戒した方がいいかもしれないわね」
「ほーん……そうだな、頭の片隅には入れておこう。んで、名前なんだけどさ」
「あー……。いつ産まれるか分かんないし、ちょっと早めに考えときましょっか」
「真宵。真夜中と宵闇で真宵。ルーミアの子にゃあこれ以上ないくらいピッタリだろ?」
「可愛いと思うけど、それじゃエスカルゴの要素が無いわね」
「なぁに構わねェよ。昔の人じゃあるめーし無理に父親の名前の要素を入れなくてもな」
「そう?あなたが良いのなら真宵で確定しちゃおうかしら」
「そうしよう。俺もこの名前以上の可愛らしい名前思い付かねーよ。この子に関してはな」
「この子に関しては?……あー、他の子の名前も……もしかして他の子もそろそろ産まれそうなの?」
「あー、霊夢が少し早まったかもしれない。真宵とどっちが先に産まれるか分からないな」
「へー、こりゃ勝負ね。どっちがお姉ちゃんになる娘となるのか……♪」
「十中八九、真宵だよ。気にするな」
「そうでもそうでなくても、霊愛共々、しっかりと可愛がってやらないとねぇ」
「その意気だお母さんルーミア」
「……まさかこの私が母になるなんてね。想像すら、した事無かったわよ」
「でも欲しいって思ったんだろ?」
「そうね。イメージできないからこそ、何故だか、無性に気になってしまって。大丈夫よ、もし霊夢の子と時期が被ってもそっちを優先してね。私の方が勝手に子供を望んだんだから」
「バカ言うな。ルーミアだけの子供じゃねーんだ、一緒に育てるに決まってんだろ。人間の子と違って育てるのも楽だし、すぐ大きくなるから」
「だと、いいんだけど。……ごめんね。私が勝手に、子供を抱いてる私を想像したせいでこんな事に……」
「マタニティブルーやめろ」
「……まっ、エスカルゴなら何とかしてくれるわね、杞憂だったわ!」
「!」
確かに、黒いオーラのようなものが、ルーミアの胸から飛び出し、そして腹に収まっていく。しかもルーミア自身は気付いていなさそうだ。
それにしても、今の「闇」は一体……この子は何を糧にしているのだろう。ルーミアの「闇」とは少し気色が違う気がしてならない。
「にしてもこの椅子って落ち着くわね。この部屋に似つかわしくないモノを作ってもらっちゃって少し申し訳ないわ」
「ロッキングチェアはイイぞってよく聞くからな。まぁ、待ってろ。ヤリ部屋暮らしはもう終わるよ。今、ちゃんとした家を魔法の森の中に作ってる」
「そ、ありがと。これで私も立派な家持ちかぁ〜。希望通りの間取りにしてくれたんでしょうね?」
「当然だ。創造魔法は自由だからな」
「……ん?今、作ってる途中なんじゃないの?」
「おう。水道やガス、電気とかのライフライン周りなんかは俺には手出しできないから、魔理沙や河童なんかにも手伝ってもらってんだ。俺が作れるのはあくまでガワだけ。建物及び建物の中身だけだ」
「そういえば前に言ってたわね、
「そーそー」
見立てではあと5日らしい。出産後の1、2日は永遠亭に入院するとしても、ルーミアの出産までにライフラインの準備が間に合うかどうか……。
ルーミアの希望で紅魔館に居候はしない。2人でのびのび生活したいらしく、そしてそこまで屋内に留まってもいないだろうという事で、かなり小さい家になっている。しかも平屋だ。必要最低限の設備なので、小さいマンションの一室を切り取り地面に置いたかのようなものなのだが、ルーミアがそれを望んでいるので仕方がない。
因みに、収納はかなり用意してある。というのも家具の他に様々なプレイの道具が欲しいと言われたからである。
家は小さめに、天井は低めに、余計な物は置かず収納は多めに。ある意味、安心はできそうな家だ。狭めの押し入れに閉じこもっているような安心感が味わえそうだと思う。
「ッ……んひゃっ!?」
「どしたルーミ……うわっ!?」
突然ルーミアは何かに驚いたように声を上げる。すると彼女の目線の先には、ちょろちょろ薄黄色の液体が流れていた。その液体の出処は彼女の股間。
「起きてるのにおもらし……なワケないよな??」
「バカじゃないの!?漏らすワケないでしょ!」
「……前期破水かッ!!」
陣痛前の破水を、前期破水という。そして大抵はこの前期破水の24時間以内に陣痛が起き、そのまま出産という流れである。しかし24時間以降も陣痛が起きず、出産もしないという場合には陣痛促進剤を使うとされている。
現在、ルーミアの身に何が起きているのか。前期破水が起きたなら後は陣痛を待ち出産を待つばかりである────が、俺にはやる事がある。
「もしもし巫月か?」
『はいはーい、どしたのエスカルゴ?』
「ルーミアが破水した、1分以内に行く!」
『了解、準備しとく!』
トランシーバーにて巫月に連絡した。鈴仙よりも手伝いの現場に出る頻度の低い巫月なら、高確率でこうしてすぐ繋がりやすいのだ。
時を止めて向かってもいいし瞬間移動しても別に構わないのだが、準備もしていない状態で永遠亭に行ったところで、準備時間があるのは変わらない。それなら事前に準備してもらった所に駆け込むのが得策だ。
これまでの度重なる出産で俺もやっとその辺りを理解しつつあるのだ。
「ルーミア、痛みは?」
「まだ、痛みらしい痛みは無いわ」
「これから来るぞ。毎度の如く俺は出産シーンには立ち会えないんだろうが……応援してるからな。俺はすぐそばに居る。気張ってくれ」
「うんっ…………あの……行く前に……応援のキス、してくれない……?」
時間は惜しい。答えるよりも早くそっと唇を重ね出発の準備を整えて、永遠亭内部に直接瞬間移動。巫月は俺の意図を汲んでくれているようで、俺達にとっての「いつもの部屋」を毎度の如く出産仕様に整えてくれていた。
「ん、巫月は……?永琳先生、呼びに行ったか?」
「ッぐ……い゙っ……あ゙っ…………!!」
「!?」
「何これッ……あ゙ぁっ……お腹が、裂けるッ…………」
グッと親指を握り込み、ギリリと歯を食いしばるルーミア。まだまだ初期も初期の段階だろうが酷く苦しそうにしている。溢れる羊水もまだ収まらない様子で、畳を、布団を濡らしている。
「エスカルゴ!」
「おう巫月、永琳先生は!?陣痛まで始まった!」
「今、鈴仙を連れてきてくれてる!」
「待ってられるか!────」
母さんから貰った《異世界へ行く程度の能力》の応用。即ち「対象の位置を特定」しスキマで2人を部屋に召喚してやった。
「うぇっ!?あ、あれ!?まだ廊下に……あれ、エスカルゴ!?」
「……能力を応用したってところかしら。何にせよ、ありがとう、エスカルゴ。後はいつもみたいに外で待ってて。この様子なら……すぐ終わらせられる」
「ウッス」
ルーミアを静かに寝かせてから、部屋を出ようとする。しかしそんな俺をルーミアが泣きながら強く引き留める。
「い゙っ……行かないでぇ……!怖いよ……こんなの……想像もしてなかったっ……怖いの……だから……っ」
酷い痛みの為なのか小さく軽く呻いて嘔吐する。咄嗟に巫月がスキマで受け止め、どこかに吐瀉物を転送してくれた。情けない事だ、俺がそうするのが間に合わないなんて。
「サンキュ巫月、助かった」
「
「成程な」
「お゙……お願い゙……行か、ないでぇ……!!」
「……分かった、すぐそばに居る。安心しろ」
退室しかけた所をUターンし、彼女の隣に座り、手を握ってやる。それだけでルーミアは安心したか小さく息をついて微笑んでくれた。
陣痛も一旦は引いたらしい。しかし陣痛の波は、執拗く、そして強い。これからが本番だ。
「仕方ないわね。でもエスカルゴ、絶対に焦ったりしない事よ!あなた、本気で焦るとスキマ乱発してその場を滅茶苦茶にするんだから!」
「は、はい!」
「ひぐっ……いやあぁっ……いっ……んんぐぅ……!」
ルーミアの陣痛が、またもや始まった。早すぎる周期だ。きっとそろそろ出産するに違いないなどと思っていた俺は……やはり甘いようだ。
「切って永琳っ……お腹切ってぇ!こんなの無理ィ、無理だよっ……いあ゙あ゙あ゙あ゙っっ……」
「……この状態ならまだ帝王切開も可能だけれど……エスカルゴ、あなたはどう思う?」
「えっ、あっ、はい、えっと、その……そうですね、ルーミアが苦しまない方法ならなんでも……」
「それなら予定変更ね。エスカルゴ、外に行って。巫月ちゃんは、脊椎麻酔と全身麻酔、今すぐに用意できる方をすぐ用意して」
「全身麻酔でっ!」
「分かったわ。いい、ルーミア、よく聞きなさい。今から全身麻酔をするわ。眠くなるからそれに身を任せて寝落ちしなさい。いいわね」
コクコクと頷くルーミア。それでも俺の手はまだ離してくれない。外に出られない。クイクイと軽く引っ張るが涙目でブンブン首を横に振っている。
「エスカルゴ何してるの、あなたが居ちゃあ彼女の腹をかっ捌けないでしょう」
「ルーミアが、行かないでって言っているんです。居てやらなくちゃ……今のルーミアには俺が必要だ。だから……。邪魔はしないです。許してください」
「……手は繋いだままでいいわ。頭の方に移動して。そこは邪魔よ。それから、もう喋らないで。ここはこれから手術室になる。普通の和室だけどね」
「!」
「ま、永遠の魔法のお陰で無菌室同然だから問題は無いけれど。人間と違って頑丈だし、多少は無理も効くはずだからね」
「永琳先生、麻酔、いきますよ!」
「構わないわ、ブスッとヤッちゃいなさい」
永琳のその言葉の直後に、巫月は雷の針を彼女に突き刺した。麻酔薬を投与する為の普通の注射だと思っていたが、違った。能力で気絶させてるのだ。予想外過ぎて思わず叫びそうになる。
俺の手を握る彼女の手から力が抜けたので一瞬でオチたらしかった。
すると永琳が囁いた。
「ただの感電による気絶じゃないから安心なさい。ちゃんと神経に作用しての麻酔だから」
「……」
巫月が永遠亭の手伝いの為に医学関連の勉強等もしているというのは知っていた。まさか、麻酔役を永琳に任されるレベルにまで達しているとは。
巫月が麻酔、永琳が執刀医、鈴仙が助手で手術をしていく。腹を切り、膨らみに膨らんだ子宮を切り中の赤子を摘出していくのが、音で分かる。
おぎゃあ、ほぎゃあ、と普通ならば産声が上がるはずのこの瞬間。部屋はしんと静まり返っていた。
最悪の事態が脳内に浮かんだ。ルーミアの体内を見たくなくて目を瞑っていたが、恐る恐る目を開け現実を直視する。
鈴仙の手で抱き上げられている赤子は、真っ黒の球体だった。しかしその「黒い球体」は物的に存在しているのではなく、例えるとドライアイスが気化しているかのような、実体のないモヤモヤらしく、鈴仙の手がその「黒い球体」にめり込んでいた。
「ウドンゲ、赤子は?どんな状態?」
「分かり、ません……。波長を見る限り、寝ていると思われますが……こんな事って…………」
「そんな、有り得ないわ……!産声というのは赤子が初めて自分で呼吸した証なのよ?」
「でも抱っこしてる感じだととても安定した呼吸をしてますし……」
「何で闇に覆われてんのこの子は……表情も何もかも見えやしない!……まぁいいわ、一先ず巫月ちゃん、赤ちゃんは任せたわよ!ウドンゲ、縫合よ。素早く縫う!」
「は、はいっ!」
ルーミアは全身麻酔でオチていながらも俺の手を離さずに握っている。俺も彼女の手を握り返して、母子共に健康、安全である事を祈っていた……。