異端の巫女、爆誕
真宵がこの世に生を受けて、早くも2ヶ月が経過していた。この頃になると、少し前まではそんなに大きくなかった霊夢の腹もそれなりに大きくなり、いよいよ出産の時が近いと分かるようになった。
その間、子供達は次の子供を迎える準備をして、俺は日々のローテーションの中で博麗神社のときはいつ陣痛が始まってもいいように身構えていた。
霊夢は、霊魔の時もそうだが、今回も博麗神社で産むつもりらしい。何が彼女にそうさせるのかは、俺には分からない。しかし慣れ親しんだ場所の方が気持ちは楽になるだろうし、霊夢がそうするのも、分からなくはない。外の世界だって「里帰り出産」という概念がある。それに近いのは間違いない。
そして、この2ヶ月の間で、真宵と博麗三姉弟の繋がりは更に深くなった。霊愛に限っては、巫月に次ぐレベルかもしれないくらいに親密になった。
真宵もまた、その突出して発達した知能を駆使し幻想郷中の闇を吸収するのを日課としている。主に妖怪の山、人里がよく吸えるらしい。やはり母数が多いとそれだけ吸える闇も多くなるのだろう。
────などなどの事柄を、真宵はルーミアや俺、霊愛や霊麗だけでなく、その母である霊夢にも逐一報告するのだ。だからなのか、霊夢も、真宵の事は自分の子供のように可愛がっている。
「霊夢さんのお腹、まぁるくなったねぇ!」
「そうね、早く真宵ちゃんや皆に会いたいって中で暴れてるわ」
「えへへ〜、きっと可愛いんだろうな〜♡ あのね、真宵ね、赤ちゃんの時ね、指とかもっちもちしてて肉の塊みたいだったんだよぉ!」
「赤ちゃんは皆、そんな感じだからねぇ」
「ね!そーなんだよねっ!あのね、パパからねぇ、お姉ちゃん達の赤ちゃんの頃のお写真とかも見せてもらったの!みーんな、もっちもちの肉の塊みたいだった!」
「ふふ……もしこの子が生まれても食べちゃダメよ?美味しそうかもしれないけどね」
「うんっ!真宵、お姉ちゃんだもん!お姉ちゃん達みたいに、下の子には優しくするの!」
「それがいいわね。それが出来ると、真宵ちゃんも素敵なお姉ちゃんになれるわよ」
「そだね!真宵、素敵なお姉ちゃんになるっ!」
(2ヶ月程度の差しかないのに、かなり大きな差に見えるわね。2ヶ月程度と言えば妖舞くんと霊麗、茜ちゃんと樹理愛ちゃんも大体それくらいだっけ。霊麗と樹理愛ちゃんでは、かなりの差があるように見えるわ……。やっぱ早苗は過保護なのよねー……。ま、それも1つの家庭の在り方ってヤツかな)
霊夢はもう既に臨月だ。予定日も刻一刻と迫り、腹の中の赤子が蹴りを繰り出す頻度も上がっているようで、念には念を入れる為に今後一週間以内には俺は博麗神社に住み込んで、一旦ローテーションを停止する手筈になっている。
「んっ……」
「ん〜?どしたの霊夢さん?」
「ううん、何でもないの。お腹がちょっとチクチクするなぁってね」
「っ!?もしかして産まれるのっ!?」
「ふふ、違う違う。赤ちゃんがお腹で暴れてるの。だから大丈夫よ」
霊魔のように生まれてすぐ飛ぶなんて場合もあるという事で、霊愛、霊麗、霊魔も常に霊夢の近くに身を置いている。中でも、霊愛は誰より気を張っているようだ。
というのも、霊魔が生まれた時なんかは、霊麗は霊魔の超音波にやられて気絶、霊夢は純粋に出産のダメージでダウンしており、唯一まともに動けて、飛び回る霊魔を捕まえ、あやせたのが霊愛であり、もし今回も同じような事になれば霊愛しかまともに動けないかもしれないからだ。
霊愛も博麗家では長女なだけあって、姉としての自覚が芽生えつつあるようだ。
「そーなんだ!真宵ねぇ、この前までママのお腹の中に居たけどね、お腹の中ってあったかいんだよ!出たくないなぁ〜って思ってたけど、なんか出た!あはははっ♪」
(胎内記憶ってヤツかしら。前にエスカルゴが何か言ってたっけ。不思議なものね……)
自分の子供にするように、サラサラと真宵の頭を撫でる霊夢。真宵も大人しく頭を撫でられていて、動物のように霊夢に擦り寄る。そんな真宵の様子を見て、霊愛も霊麗も可愛いものを見るような視線で彼女を見ていた。
「っ……何だか痛くなってきたわね……」
「大丈夫?ねぇお姉ちゃん、霊夢さんお腹痛いって言ってるー」
「んー?お母さん、大丈夫?お父さん呼ぶ?」
「大丈……夫……っ」
「お母さん!?」
「霊夢さん!?」
「……ッッ」
霊夢の額には脂汗が滲んでいた。霊夢の腹は更にビクンビクンと動いている。明らかに異常だった。霊愛は霊夢の補助、霊魔は真宵を連れて少し離れて警戒しており、霊麗はトランシーバーを取り出して父親────俺へ連絡を飛ばす。そして俺は、すぐに博麗神社へ。
「どうした霊麗!?」
「見ての通り、お母さんに異常発生だよ」
「ッ……お、真宵も来てたのか」
「ぱ、パパぁ……霊夢さんどうしちゃったの……?」
真宵は涙目でガタガタ震えている。腹を押さえ、脂汗をダラダラ流してその場で蹲る霊夢はどこからどう見ても、誰が見ても異常だ。
どんな弾幕に被弾しようとも、こんな顔は一度も見せた事が無いくらいの苦しそうな顔だった。
「……分からん。真宵、今日は帰りなさい。ママも、真宵の帰りを待ってるぞ」
「でも……」
「忙しくなるかもしれん。構えなくなるぞ」
「……いいもんねーだ。真宵、もうすぐでお姉ちゃんなんだもん。待ってるから」
「……そうか。霊魔、真宵の面倒を見てなさい」
「へぁっ!?あぅ、わ、分かった!」
一先ず霊魔と真宵を隔離し、霊愛、霊麗と一緒に寝室に霊夢を連れて行き、苦しむ霊夢を寝かせる。腹を冷やすまいと、タオルケットだけ掛けてやる。3回目の出産である霊魔の時は永遠亭ではなくこの博麗神社で産んだので、4回目の今回もまたここで産みたいらしい。前回も出来たんだから今回も、と考えているようだ。
「陣痛か?」
「ッ、違うわ……こんな痛み、体験した事ない……」
「なら永遠亭に行くぞ、霊夢も子供も心配だ」
「だからいいってば……!陣痛より痛くないし、全然問題は無いから……」
「でも様子が変だぞ?」
「そうだよ、永遠亭に行こうよお母さん」
「何か起きてからでは遅いと思うし……」
「っさいわね……大丈夫だっつってんで────」
霊夢の動きが止まる。目を見開き口元がピクピク震えたかと思うと、ゴブッと赤黒い血を吐き出し、布団を血で濡らしていく。
「霊夢ッ!?」
「「お母さん!?」」
「ガッ……あぐ……ぎっ…………お腹がっ…………あ゙っ」
短い悲鳴を上げたと思うと、霊夢の身体がタオルケットの下で大きく跳ねる。するとタオルケットに赤い染みが広がり、ズルッ、グチャッと水音に近い奇妙な音が聞こえてくる。
一気に顔から血の気が引いていく感覚があった。慌てて血に濡れたタオルケットを捲ると、そこには全身を真っ赤に染めた赤子がニッコリ笑って
「え…………お、おかぁ……さん……?」
「何が起きて……って、霊夢!!おい!!」
霊夢は泡を吹いて気絶していた。何が起きたのか理解が追い付かない。焦るだの焦らないだのの次元ではなく、目の前で何が起きたのかが分からない。
タオルを掛けたら赤子が出ました?マジックでもあるまいし、出産がこんな数秒で済むはずがない。
霊夢は「陣痛ではない」と言った。霊夢は今回で妊娠4回目なので陣痛かそうでないか区別はできるだろうし、その発言は信頼できるだろう。
この奇妙な、固形物の混ざったような血溜まり……ひょっこり顔を出している血塗れの赤子……そこから導き出せる答えは1つ。
「間違いねェ……やりやがった!!」
「え?」
「何が?」
「この赤ん坊、腹を破って出てきやがった!!」
「「ッッ!?」」
霊夢の心音に耳を澄ませる。かなり弱まっているようでいつ停止してもおかしくないリズムだった。幸か不幸か、今は昼間で電灯をつけておらず完全に自然光なので、霊愛には、目の前の「血溜まり」の中が鮮明に見えなさそうだった。
霊愛に赤子を取り出させ、霊麗に洗わせて、俺は霊夢の再生手術に取り掛かる。
「お父さん!この子、臍の緒が無い!切れてる!」
「あァ分かってる、血溜まりの中に反対側の臍の緒見付けた。ガチャガチャの切れ口を見るに、自分で食いちぎったんだ……!」
「でも赤ちゃんに歯が生えてるワケ……うッ!?」
「ウソ……生え揃ってる……?」
「成長が早いとかそんなんじゃねぇ、突然変異だ!髪の毛も白い……アルビノってヤツか……!にしてもこれは異常だッ、クソッ!」
ハッキリ言う。巫月は突然変異の産物だ。混血児なのに体質は殆ど吸血鬼、それだけならまだ良いが再生力も吸血鬼レベル、いやそれ以上。しかも俺のように鍛えるのではなく生まれつき。
ハーフのはずなのにクローンレベルで吸血鬼要素ばかりの巫月は立派な突然変異だ。純血の吸血鬼の弦月姫や虔魔や霊麗などの吸血鬼よりも優れているハーフっ子など、巫月だけだ。
これまで20人以上もの自分の子供を見てきたから分かる。この子は、間違いなく確実に突然変異だ。
阿弥だって再生力には優れているが、あくまでも
「優れている方」というだけで、吸血鬼レベルとは言い難いだろう。
何よりこの白い髪。俺と霊夢の子供が、どうして白い髪の毛になるのだろう。妊娠中の検査で俺達の親子関係はとうに証明されている。アルビノなのは突然変異の表れだとしか思えない。
「ねぇ、お母さんは!?」
「腹が破られて虫の息だが……大丈夫だ、治癒魔法を掛けてある。ただ貧血ばっかりは怪我じゃねーから俺には治せねー。霊愛、霊魔を連れて来い。3人と俺の血を霊夢に流し込む。血液型は同じだ」
「分かった!」
霊麗が赤子を洗い、産着を着せている間に霊愛が霊魔を連れて戻ってきた。真宵も2人についてきてしまったらしく、泣きそうな顔で入ってきた。
「霊夢さんっ!!」
「真宵……!外に行ってなさい!」
「やだ!パパ、霊夢さんどうしちゃったの!?凄い血だらけ……!外まで声聞こえてきてたから、真宵、びっくりして……」
「……霊夢はな、ちょっと、お怪我しちゃったんだ。だけど安心してな。もうパパが治しちゃったから。だから大丈夫。……大丈夫だよ」
「ほんと……?霊夢さん、死んじゃわない……?」
「大丈夫だよ。……霊愛、真宵を連れて外へ。すぐに戻って来い、血が足りねェ」
「分かった。……真宵ごめんね、今はちょっと忙しいから、お姉ちゃんとお外に行こっか」
「うん……」
霊愛が真宵を抱っこし、外に連れて行く。真宵は本当に優しい子だ、自分の親でもない霊夢をこんな心配してくれるなんて、霊夢としても幸せだろう。
俺も久しぶりに霊夢と血を共有する。俺は霊魔と霊麗から血を吸い、それを霊夢に流し込む。こんな作業、霊夢が仮死状態に陥ったあの時以来だ。
するとそんな所に、真宵と霊愛に止められながら魔理沙が飛び込んできた。
「霊夢、大丈夫かっ!?うわっ何だこりゃ血だらけじゃないか!!」
「な……魔理沙、何で……」
「近くを通り掛かったら真宵が泣きながら出てくるもんだからよ……。2人から話を聞けば、霊夢の腹が吹っ飛んだ、なんて言うからビックリしてな……」
「……まぁそれに近い事が起きたよ。今、輸血中だ。だけど血が足りない」
「確か血液型が違ってると輸血できないんだよな。待ってろ、血、掻き集めてくる」
「え、何処に……」
俺の問いにも答えず、魔理沙は瞬間移動魔法にて既に姿を消してしまっていた。そして数秒後、血のパックを4つ、エプロンの中に抱えて現れた。
「と、とりあえずこんなモンあればどうだ!?」
「400ccが4パック……あぁ、ありがとう。足りると思う」
パックの時点で察した。永遠亭から輸血パックを掻っ攫ってきたのだ。俺も永遠亭で妖怪向け献血は参加しているので、この輸血パックによく見覚えがあった。
そして今回は4パックだけだが、手術と違って、血を足すだけだ。足りないはずがない。
「っし、顔色も良くなってきたな……とりあえず血は足りていそうだ。ありがとう魔理沙、助かったよ」
「いいってことよ。洗濯、手伝うぜ」
「ん、悪いな。霊愛、とりあえず掛け布団だけでも洗濯してきてくれ。霊麗、赤子はどうだ?」
「喋らないし泣きもしないけど、さっきからずっとバッチリ目が合ってるよ……なんか……凄い、ね……」
流石の霊麗も不気味がっているらしい。歯は既に生え揃っていて、首も座っていて目も開いている。ここまでならまだいい。まだ理解の範疇にある。
しかしずっと霊麗と目を合わせ、そしてニコニコしているというのは……流石に、不気味と言わざるを得ない。
「……霊麗、ちょっと俺にも抱っこさせてくれ」
「ん」
霊麗から赤子を受け取ろうとした、その瞬間。
赤子が霊麗の腕から飛び出し、ゴヅンと思い切り天井にぶつかった。しかしそれでも止まることなくスーパーボールのように跳ね返り、壁、床、天井にぶつかりまくる。しかもグングン速くなっていき、部屋のあちこちがボロボロになっていく。
「オイオイどうなってんだこりゃ!?」
「おー魔理沙、洗濯サンキュ」
「いやそんなのよりこれは……」
「ドンガラガッシャン音がするから来てみれば……。何なのこれ、霊魔の時みたいなんだけど……」
「え、僕こんなんだったの?」
「霊魔、こんなんだったのか?」
「とりあえず結界で囲めば……って、あれ?消えた」
「時間を止めて俺が捕まえた」
「わお流石」
「咲夜みたいな手際の良さになってきたな、お前。それにしても、なんつー赤ん坊だ……。じゃじゃ馬に育つの確定してるようなもんだろう」
「それな。ほれほれ、お父さんだじょ〜」
「んぃ〜〜〜〜〜〜…………」
「いてっ」
捕まえてやると明らかに嫌な顔をする娘。そしてガパッと口を開けたかと思うと、ガブリと俺の腕に噛み付いた。血を吸われるのとは別の感覚。まるでルーミアが俺に噛み付いた時のような…………。
「「「お、お父さん!?」」」
「パパぁっ!!」
「おいエスカルゴ、それ……」
右手の手首から先が、すっかり消え失せていた。身を乗り出し、ガブリ、ガブリと複数回に分けて、手を噛みちぎったらしい。
「あらら……」
「んや゙ぁ〜〜あ!!やあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっ!!」
赤子は泣き始め、同時に超音波を乱発する。幾ら泣くのが仕事だとはいえ、これは余裕で気絶する。赤子の首にトンと手刀するワケにもいかないので、霊魔の時と同じようにラリホーを掛けてやり、すぐ眠らせる。
その短時間でも霊麗、そして霊魔はダウン。俺もダウン寸前までダメージを受けている。霊夢は顔を顰めている程度だ。元から気絶していて良かった。
魔理沙、そして真宵も顔を顰める程度で済んだ。今では魔理沙も人外の魔法使いだからか、ダメージらしいダメージこそ無いものの、多少は影響もあるらしい。
「霊愛……お前は大丈夫そう、だな?」
「うん、まぁね」
「悪ィ……オチそう……赤ん坊、任せられるか……?」
「分かったよ」
「すまん……。魔理沙、時間あんなら、真宵と遊んでやってくれ……俺は少し…………寝る………………」
「分かったぜ。お前が起きるまでくらいなら、面倒見といてやるよ」
久々に受けた強烈な超音波は、下手な睡眠薬より強烈に俺を眠らせた。グラグラと歪む視界の中で、霊愛が赤ん坊をあやす姿がうっすらと目に入る。
真宵は魔理沙に手を引かれて外に向かいつつも、こちらを心配するように、何度も振り返っている。本当にあの子は優しい子だ。
その優しさで自分の身を滅ぼしてしまわないよう俺は心の底から願っている。