「ん……ん〜…………」
「やっと起きたの?」
「んっ…………って、霊夢っ!?」
目を覚ました時、既に夜だった。ムニッと温かく柔らかい感覚で気付いたが、どうやら俺よりも先に目を覚ました霊夢に膝枕をされているようだった。
ふと隣を見てみれば霊麗と霊魔はまだ寝ていた。というより魘されているようだった。顰めっ面で、しかも、うーんうーんと唸っている。
「……やっぱり、アンタの言う通り永遠亭に行くべきだったかもね。ごめんなさいね、心配かけて」
「ホントだぜ。霊魔の時は何だかんだで助かったが今回は苦労したんだからな?魔理沙に、輸血パック持ってきてもらったんだぜ、永遠亭から。それと、霊愛と霊麗と霊魔、俺の血も使ったよ」
「輸血?何があったの?」
「何かよく分からんが、霊夢の腹が吹っ飛ばされて死にかけたんだぞ。臓器もメチャメチャになって、それはもう無惨な姿になってた。
「え……」
やっぱり霊夢の記憶は飛んでいるらしい。彼女が覚えているのは、これまでに体感した事の無い酷い痛みが子宮の辺りを襲い、それによって気絶した所までらしい。やたら魘されていたが、まさか……。
そしてその痛みとは、臍の緒が千切られる痛み、臓器を潰される痛み。……腹部を突き破られる痛み。そりゃ気絶もするだろうと、納得ができる痛みだ。
「まぁ……俺が治癒魔法を覚えてて良かったよ。あのレベルだと永遠亭に居ても意味無かっただろうし。とりあえず魔理沙に礼は言っとけよな」
「そうね。何処にいるの?もう帰ったかしら」
「真宵の面倒を見てもらってる。つっても、もう夜だからルーミアが迎えに来て連れ帰ってるかもな。それなら魔理沙も帰ってるだろ。……霊愛〜!霊愛、居るかー?」
幾つか離れた部屋から「はーい」と答える霊愛の声が聞こえてきた。続けて真宵の「パパ!」という声に、「行こうぜ」と促す魔理沙の声。数秒後には赤子も含め4人がドタバタと寝室に入ってくる。
「パパ、おはよっ!」
「おはよう真宵。ルーミアのお迎えはまだか?」
「んーん、さっき来たよ!霊愛お姉ちゃんと喋って帰っちゃったけど!」
「今帰らないなら今日は自分で帰ってきて、とさ。あと、結構な間、魔理沙とも喋ってたよ?」
「そーなのかー」
「そりゃ、色々と気になるからな。私にとっちゃあルーミアも子供に見えるのに、そのルーミアが子供産んだなんて……気にならないハズないだろ?」
「だな」
「何年前だっけかな?レミリアがレイチェルを出産したのだってかなりビビッたってのに次はルーミアだしな。私みたいな第三者がビビッても仕方ないと思うぞ?」
「それはそう」
魔理沙は若干俺に引いたようだ。まぁ仕方ない。彼がロリでも構わず孕ませるようなオスなのだと、数年越しに思い出させてしまったのだから。
「お母さん、大丈夫?」
「もう大丈夫よ。それより、その子……髪が……」
「あー……こりゃあ、アルビノってヤツだと思うぞ。生まれつき色素が不足してるんだよ。肌も若干ではあるが色白だろ?髪なんて綺麗な白髪だしな」
「何か病気になってるわけじゃないのね?異常は?色素とやらが不足してるだけ?」
「アルビノは、人間の場合だと、紫外線に弱い事もあって幼い内に皮膚ガンを発症して死ぬ事が多い。でもこの子は妖怪だから……その辺は分からないな。分からないとしか言えない」
「そう……。ねぇ霊愛。赤ちゃんのこと抱っこさせてくれる?」
「ん……寝てるからそっとね」
「分かってるわよ」
霊愛からスヤスヤ眠る赤子を受け取ると、少し、険しい顔を見せる。俺も、あの赤子からは、かなり危ないものを感じ取っている。霊夢も、こうやって赤子と直接触れ合い、感じるものがあるのだろう。
魔理沙は特に疑問を抱いている様子はない。だが俺や霊夢などの「霊力持ちの吸血鬼」ならば、この赤子の異常な点についてすぐ気付く。
俺は妖怪でありながらも神の器でもある。そんな俺の事は一旦頭から離して考えるものとして……まず霊夢は後天的な吸血鬼である。
ベースは人間寄りで、そして普段は
だから、吸血鬼でありながら、どこか普通と違う澄んだ気配を纏っている。それが今の博麗霊夢だ。
そして霊麗。霊麗も、普段ならば純血な吸血鬼にあるまじき気配を纏っている。しかし戦闘によってハイテンションになる事によってジワジワとタガが外れてしまい、吸血鬼特有の特性、禍々しい気配を漏らしてしまう事がある。これが霊麗の悪い癖だ。
更に、霊魔。霊魔は霊力持ちであるが結界などの技術にステータスを全振りしているせいで攻撃面はからっきし。しかし、防御系に全振りしているからなのか、それは「自身の気配」にも適用されているようで、霊魔の気配も普段の霊夢、霊麗のように、普通の吸血鬼からは有り得ない澄んだ気配を纏っているのだ。
(ともかくこの赤ちゃんについてはまた後で考える必要がありそうね。場合によっては────)
「霊夢、体調は大丈夫そうか?」
「え?あ、あぁ、そうね、大丈夫そうよ」
「なら良かった。真宵も心配してたんだぜ?霊夢のことも、急に気ィ失ったエスカルゴのこともな」
「ハハッ、真宵は優しい子だからな」
「うんっ!真宵、素敵なお姉ちゃんになるから!」
頭を撫で回され顔を綻ばせる真宵を見てほんのり頬を緩める霊夢だったが、また少し暗い顔になる。しかし親友の前でそんな暗い顔を見せる訳には、と思ったのか小さくかぶりを振り……。
「ね……魔理沙。あんたが足りない分の輸血パックを持ってきてくれたって、エスカルゴから聞いたわ。ありがとう。助かったわ」
「大した事はしてない。死にかけの親友を助けるのなんざ当たり前だよ」
「……ありがとう。あんたも抱っこしてみる?」
「赤ちゃん落としたりしたら怖いからやめとくぜ」
「あらそう。今日は夕飯食べて行きなさいよ」
「言われなくてもそうするつもりだったぜ」
「あら図々しい」
「命の恩人にそりゃないだろ〜?」
「フフッ、それもそうね。……エスカルゴ、さっさと夕飯準備しちゃいましょ」
「おう。あ、霊夢は寝てろな。俺らでやるからさ。霊魔、霊麗、起きろ」
「んぅ〜………………えっ!?もう夜!?」
「おはよう霊麗、もう夜だ。オラ霊魔も起きろ」
「……あと5分」
「霊愛の真似してんじゃあねーぞ!夕飯の準備だ、さっさとやんぞ!」
「ん……ごはん……」
全く、この寝起きの悪さは誰に似たのやら。俺や霊夢には似ていない。同じ生活をしているとはいえ姉に似てしまうとはやれやれと言わざるを得ない。ケツを叩いて、霊魔を文字通り叩き起こした。
◆
「はぁ〜、食った食った、ごちそーさん!そんじゃ私は帰るぜ。真宵、お前も帰るだろ?行き先は同じなんだ、乗ってけよ。ついでに送ってってやるぜ」
「いいのっ!?……パパ、真宵、帰っていい?」
「おう。そろそろ帰りな、ママも心配してんぞ?」
「うん……そうだね。じゃ、おやすみっ!霊夢さん、おめでと!真宵、また来るよぉ!」
「ええ、いつでもいらっしゃい。待ってるわ」
行き先は同じ魔法の森という事で真宵は魔理沙に預けた。魔理沙程の手練なら娘を預けても心配などする必要が無いから、精神的に楽ができる。真宵もあの箒に乗りたがっている素振りを見せていたから丁度いい。
そして、俺が子供達と食器洗いをしているとき、それは起こった。
「うぅ……うぁぁ〜〜ぁ……」
「あら起きた。お腹空いたのかしらね」
「うっ、また頭が……」
「痛い……」
「しゃあない、霊麗、霊魔、隣の部屋に行ってな。耳栓してまで皿洗いしなくていい」
超音波は物体に当たると跳ね返る。だから襖でも隔ててやれば超音波でやられて気絶する事もない。俺は2人を隣の部屋に行かせてやりながら、赤子をあやす。勿論、耳栓は忘れない。
霊夢は大丈夫なのかと霊夢を見るが、よく見ると自分と赤子との顔の間に結界を張っているようだ。成程確かに、それなら直接的な超音波は防げる。
だが超音波とは反響するものだ。それは防げてはいないらしく、徐々に顔色を悪くさせていく。
「霊夢も耳栓やれって」
「ん……」
あくまでも超音波を防ぐのではなく
……尤も、周波数によっては貫通するのだが。
「……飲まないわね。オムツは……何ともないから……とはいえこれまでの事から察するに、特に理由無く泣かないわよね、人間じゃあるまいしさ。まさかの哺乳瓶派?」
「まっさかぁ。霊愛、哺乳瓶持ってってやって」
「はーい」
「いや、哺乳瓶は大丈夫。ねぇエスカルゴ、離乳食作ってくれない?」
「正気か?さっき生まれたばっかだぞ」
「と言っても私の腹を食い破れるくらいには立派な歯も生え揃ってるのよねー……」
「うーんこの突然変異巫女娘……わぁったよ、一先ず一食分は用意するか」
「悪いわね」
「もう慣れたよ」
霊愛と皿洗いを終えて、離乳食の準備を始める。とりあえずはお粥をベースに作ってみようと思う。霊夢も、再生こそしたとはいえ内臓を傷付けているワケなので、一食分とは言ったが二食分は作ってもいいかもしれない。
「あー……ごめんエスカルゴ、やっぱりいいわ」
「え?」
「この子の主食、分かった。血だわ」
「……マジで?」
「マジで。指に噛み付いて離さないわ」
「てことは……吸われてるのか?」
「吸われてるのよ」
「マジか〜……じゃあ余った母乳は俺が飲むわ」
「サラッと変態発言すな。しかも霊愛も居るのに」
「あーはいはいお構いなく〜」
しかし、程なくして赤子はまたもや泣き出した。食事を終え、今度こそオムツ交換だと思っていたがやはりそうではないらしい。
「うーん……理由無く泣くなんて思えないんだけど。何かしらの欲求不満なのは分かるんだけど……」
「眠いんじゃね」
「眠いなら勝手に寝るでしょ」
「この子はあやされないと寝ないんじゃねーの?」
「えぇ〜……そんな事ってある?」
「霊愛から霊魔までが育てやす過ぎただけで、案外この子が赤子って意味では普通かもしれないなぁ」
「うーん、そんなもんかしら……」
よしよし、よしよしとあやす霊夢。すると赤子は少しずつではあるが落ち着き始める。何がしたいかなどは相変わらず分からないが、本来、赤子なんてそんなモンだ。しかし……。
「うぅ……んううぅぅ…………!!」
「……ッ!?夢符『二重結界』!!」
「お母さん!?」
「動くな霊愛!!」
「は!?」
赤子がまたもやぐずり始めるのと同時に、霊夢は自分の周囲に二重結界を展開。俺も、赤子から嫌なモノを感じ取り、咄嗟に霊愛を庇うように赤ん坊に背を向け霊愛を抱き締める。
「────────────ッッ!!!」
結界の中で赤子が叫ぶ。瞬間、結界の中で霊夢が耳から血を吹き出すのが見えた。結界には亀裂まで走り、一瞬で砕ける。
刹那、目には見えない凄まじい「音の波」が畳やちゃぶ台、襖などの何もかもを、自分を中心にして放射状に広がりながら破壊していくのが分かった。
その速度は、殆ど音速だ。音波が到達して物体が壊れるまでには、ほんの少しのタイムラグがある。けれどもほんの少しのラグ過ぎて、そこに存在する物体という物体は、赤子を中心に、次々と亜音速で破壊されていく。
霊夢は赤子を離そうとしない。だから、俺の瞬間移動を以てしても霊夢を避難させられない。
咄嗟に判断して、俺は霊愛と共に瞬間移動した。霊麗、霊魔は別の部屋に避難したままだから、この緊急事態に気付くのは遅くなってしまっただろう。そして位置も一瞬では捕捉できなかったので一緒に避難させられなかった。だがあの2人は吸血鬼だ、気絶はするかもしれないが無事ではあるだろう。
「な……何が起きたの……?」
「分かんねーが……とにかく、ヤバそうだ」
博麗神社の上空に移動した俺達は、真下の神社を見下ろす。するとガラガラと瓦が落ち始め、やがて神社全体に亀裂が走る。
「なっ……はぁ!?」
「霊麗っ!霊魔ぁっ!!お母さぁぁあああん!!」
次の瞬間、博麗神社は内側から爆破されたように吹き飛ばされてしまった。