サグメとの可愛い娘、神愛の誕生と能力判明から数週間。例によって、数週間も経てば俺達の子供は幼稚園児程度の大きさまで成長する。しかしこの子だけは、ちょっぴり特異な成長を遂げている。
まず第一に、極めて大人しい。そして極めて無口なのである。生まれつきの能力というだけあって、本人も本能的に理解しているんだろう。それとも、俺達がレミリアに運命を聞いたからこの子が騒動を起こす運命が変わり、このような成長をしているのかもしれない。
「神愛、今日のおかずは目玉焼きだぞー」
「……!」
「あれ、神愛は塩胡椒派だっけ?醤油派だっけ?」
「……」
「塩だけだっけ?」
「……」
神愛は「気分による派」だが、ちょっぴり意地悪してみた。しかし頑なに口を開かない。首を縦に、または横に振る事で答えてくれるが……。
「これくらい別に運命変わらないし大丈夫だぞ?」
ブンブンと首を横に振って答える。慎重なのか、運命を変えてしまうのを恐れているのか……。俺にはその辺のことは分からないが、意思疎通を図るのが困難なのがちょっぴり玉に瑕である。
「……ほら神愛、言ってみ?好きなモノはたっぷりと食べないと損した気分になるだろう?」
「……」
「頷くくらいなら何が食べたいか言ってみ?」
「……」
「スケッチブック持ってくるか?」
「……」
全力で首を横に振る。神愛は現在、文字を練習中なのである。本人も意思疎通が図れないのは嫌だと思っているようで、サグメが俺以外の人と話す時と同じように、スケッチブックやノートなどに書いて話そうという事で決めているからだ。
けれども、神愛は何処か完璧主義に近いきらいがあるようで、平仮名と片仮名に加えて、ある程度の常用漢字、更には英語をも勉強中なのである。
常用漢字については、俺が外の世界から教科書を購入する事で学ばせている。それ以外の漢字は主に
「意思疎通には使わないだろうから」という理由で放置している。
様々な種類の辞典、辞書を新たに買い集めては、神に奉納するかのように日々神愛に与えているが、神愛はそれを喜んで受け取ってくれる。
お礼くらいだったら運命も変わらないだろうに、神愛は笑顔で足に抱きついてくれる事で感謝の意を表す。……それがどうにもこうにも可愛すぎる……。
英語に関しては、俺や身の回りの人物のスペカ名などに英語がふんだんに使われているからとのことらしいので、恐らく神愛は中高レベルの英語を習得するまでは喋らないつもりだ。
……泣き声しか娘の声を聞いたことがないなんて、まるで、全く育児をした事の無い父親みたいだ。
「もし話さないなら目玉焼きは抜きかな〜」
「!?」
泣きそうな顔で首を横に振る。言っちゃ悪いが、可愛くて仕方ない。誰かに影響されやすいとこも、隠してはいるが思ったより表情豊かなのも。
因みに、神愛の目玉焼き推しはレイチェルからと緋月から聞いている。何でも、子供達が雑談集会を開いたときに、新しい子供が参戦すると殆ど確実にレイチェルは「目玉焼きの良さ」を演説するそう。
リサが参加した時には無かったが、今回の神愛の初参戦の時に久しぶりにそれが聞けた、と緋月から聞いている。
そんな集まりがあったのかと感慨に耽っていると数週間ぶりに神愛が口を開いた。
「………………私が喋ると、
「ッ!!神愛……」
思わず感動し抱き上げたくなるが、そこはグッと押さえて普通の会話をする。普通に接するからこそ彼女もまた話してくれるというものだ。
「大丈夫だって。何をしようとも絶対に目玉焼きを食わせてやる。運命は変わらない。もし変わったとしても、俺が更に捻じ曲げる。分かったか?」
「………………」
「神愛」
「………………お醤油」
「よーし、分かった!!父さん、腕によりをかけて美味い目玉焼きを作ってやるからな!!」
「!!」
全力で頷くと、ガシッと力強く足に抱きついた。これが可愛くて対話を試みているとまで言っても、さして過言ではないだろう。
「ほら、父さんが目玉焼き作ってるところ見てろ?神愛は運命を捻じ曲げない、良い子なんだぞって、俺が証明するからな。あ、離れて見ろよ?」
「……!」
親子揃って台所へ向かう。とりあえず冷蔵庫をと思って冷蔵庫を開こうとするが、何故だか冷蔵庫の扉は開かれていて、作り置きの料理達がグズグズになっていた。
前回冷蔵庫を開けたのは恐らく3時のオヤツの頃だろうか。現在、7時過ぎ……定刻通りだとするなら4時間放置されていたと言える。
殻を割っていない状態故にセーフと思われるが、食中毒の危険が高めだと思われるものを娘の口には入れられない。
「……新しい卵、買ってくるか!」
「………………卵、ある」
「う」
「見た」
「ほ、ほら、新しい卵の方が美味しいだろ?あと、紅魔館の食材は全て新鮮な状態で
「あるなら要らない」
「……」
神愛の言う通りだ。食中毒になる運命にあるなら俺がそれを捻じ曲げればいいだけ。そうだ、神愛のその感覚が正しい。わざわざ新調することはない。
「そう、だな。よし、作っちゃおうか」
「!」
「卵料理は特に得意だから、失敗はしないんだぜ?ついでに、ちょっとつまみ食いしちゃうか!」
「!!」
更に目を輝かせる神愛。可愛すぎて写真に撮って見せびらかしたいくらいだ。サグメが巫月への家庭教師の仕事中なので仕方ないが……。
「まぁ待て、座って待ちなさい。油がはねて、火傷しちゃうかもしれないからな」
「……私達は、絶対、火傷しない」
「あ。そんな事に能力使っちゃあダメだぞ〜?」
「……お父さん……点火に、能力使った」
「まぁな」
「お互い様」
「へっ、上手いこと言うね。でも座って待てよな」
「……」
ワクワク、ワクワクと今にも口に出しそうな顔で完成を今か今かと待っている神愛。やはり可愛い。そして完成した目玉焼きをお皿に乗せて熱いうちに食べさせようと彼女の前に運ぼうとするのだが……。
「うあっ!?」
「!?」
足を引っ掛けて顔面からコケた挙句、目玉焼きをお皿ごと床にひっくり返してしまった。
「あっ………………スーーーッ…………やっちまった……」
「んう……うぅっ……ううううっ…………!!」
「な、泣くな神愛ッ、また作る、作るから!なっ!まだ作るから!……あっラスイチの卵だったのコレ」
「やっぱり……私、喋ったから……食べれないの……?うぅ……うっ…………うぇぇええぇん…………」
「ちょ、待って……待って待って…………うわああああこうなったらもう時符『バイツァ・ダスト』ッ!!3分、時間を巻き戻すッ!!」
モルモーや咲夜さんなど、影響を受けない人達にとっては「3分前からやり直す」事になる訳だが、娘を泣かせない為だ……これは仕方ない。
3分前は料理中。そして足を引っ掛けて転ぶのが分かっているのなら、こんなのはもう対処可能だ。
◆
「ほ〜ら、完成だぜ神愛。皆より一足早く目玉焼き食べちゃおーかァ!」
「うんっ……ありがと……お父さんっ……!」
「……あれ?フライパンに引っ付いて剥がれねェ……油、少なくしすぎたかな。えーっとぉ、フライ返しフライ返しっと……んぎゃっ!?」
「!?」
2回目。フライパンの底に引っ付いた目玉焼きをフライ返しで剥がそうとするものの、フライ返しの反動で目玉焼きを吹っ飛ばし、天井にブチ当てた。
◆
「お……お待たせ神愛……」
「ありがとっ……お父さん!」
「ぷぎゃっ!?」
「!?」
3回目。神愛へ運ぼうとしている途中で、余熱で弾けた白身の欠片が俺の目に入りそれに驚いて皿を落としてしまい、お皿諸共おじゃんに。
◆
「ウオオオオォォお待たせェェ!!」
(何か気合いが入ってる……?)
「魔法による転送で落下防止、油は多めで焦げ付き対策、ラップを巻きゆっくり冷ましながらも白身の破片飛び散り防止も……うーん完璧だァ……」
「いただきますっ……!」
「あ、コラ引っ張るな、ラップは丁寧に剥が……」
5回目。様々な対策を施しながらも、目玉焼きがラップにくっ付いてしまい、娘が力任せにラップを剥がしたことによってラップは千切れ、目玉焼きは反動で彼方へと吹っ飛んでしまう。
10回目。いつも通り能力で点火しようとするも、火花のせいか台所で
15回目。緊張のあまりにフライパンを握り潰してしまい、卵と一緒に滅茶苦茶にしてしまう。
20回目。普通の手順で目玉焼きを調理し、無事に完成させる。しかし神愛が持った瞬間、箸で二分割してしまい、分かたれた目玉焼きが床に落ちた。
そして、遂に30回目。
「……ん?」
「やっと見付けましたよ、旦那様?」
「咲夜さん……」
時間が止まったかと思うと、コツンコツンと軽い靴音を立てて咲夜さんが入ってきた。いつの間に、この永遠亭に侵入したのやら……。
「旦那様ですね?何度も3分巻き戻しているのは」
「……ッス」
何度も何度もやり直すうちに次第に忘れていた。俺の時間魔法は他の時間能力者にも感知されると。忘れてはいけないことなのに……。
「えぇと……調理中、ですか?」
「……そう……なんですよね……アハハ」
「調理で失敗してやり直した、とでも?見たところ作っているのは目玉焼き……に見えますが?」
「それが……もしかしたら神愛の能力の影響なのか、何をやっても上手くいかなくなってしまってて……」
「確かこの子はサグメさんとのお子さんですよね。とすると……運命に干渉する能力でしょうか?ですがもしそうなら旦那様の矯正の範囲内では?」
「俺もそう思ってたんです。でも、どうやっても、俺の目玉焼きが神愛の口に入らなくって……」
「能力とは?」
「まだ確定ではないですが、口にした事が実現するような感じの能力っぽくて……。良い事も悪い事も。だから普段は無口なのに、俺が『それくらいで運命変わらないから』なんて言ったから……神愛が喋った結果として、今、こうなってて……」
「これまで幾度となく運命を曲げてきた旦那様でも矯正の範囲外となると……かなり強力なのですね」
「……目玉焼きを食べさせてやりたいだけなのに……もう合計で90分程度はやり直しに費やしています。申し訳ないです……」
「でしたら、私が目玉焼きを作れば良いのでは?」
「え?」
◆
「いっただっきまぁーすっ!」
「召し上がれ〜!」
時間が停止したまま咲夜さんに目玉焼きを作ってもらった結果、なんと、特に問題は起きず、無事に神愛のお腹へ届けることが出来た。
恐らく、神愛の能力は「俺が作った目玉焼き」に掛けられていたのであって、咲夜さんが作った方は無関係なので無事だったのだろう。
そしてこの結果から考えてみると、神愛の能力は彼女が「そう」だと認識する事により起きるのではなく、客観的な事実に基づいて結果が弾き出されるタイプらしい。
リサの能力はリサの解釈によって結果が変わる。対して、神愛の能力は神愛の解釈に関わらず客観的事実によって結果が変わる。
愛娘の笑顔は、中々どうして可愛らしいものだ。
「やっぱり、お父さん……運命、変えられるね!」
「…………ああ、神愛の父さんだからな」
俺のこの能力というか、この特性も、遂に鍛える必要が出てきたのかもしれない。
これから先もずっと、今回のように、誤魔化してどうにかなるものではない。そんなのは、俺だって分かっているのだ。
でも……これくらいは良いだろう。
娘の笑顔を守れたんだ。このくらいの嘘は、神も許してくれるだろう。