俺が無間地獄へ落とされたその日の夜。地獄は、それはもう大変な混乱の渦に巻き込まれていた。
警報が鳴り響き、あちらこちらで避難する職員で溢れ返っている。異変が起きただのヤクザが一気に攻めてきただのと、そのレベルではなかった。
避難経路は滅茶苦茶、避難指示を聞く者も少なくまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「何が起きた!?」
「分かりません!!見えない何かが、突如、轟音と共に墜落してきて……!地面にとてつもない大きさの穴が空いたのですが、地獄に繋がってしまい……!」
「穴が地獄に
「無理です!あまりにも大規模過ぎるので土木班も対処に困っていて……!更に、観測班が観測した限りですと、等活地獄から無間地獄まで全てが繋がってしまった、と……」
「すッ、全ての階層をブチ抜いたのかッ!?」
「そそ、そうみたいです、各階層の獄卒共が混乱し刑罰がまともに執行できない状態だそうで……各地獄機能停止しています!!」
「な、にィ……!?」
「今すぐ三途の川へ避難してください!!今に炎や獄卒が溢れてきます!!」
「!?」
◆
その頃、無間地獄では、地獄の英雄ことこの俺、エスカルゴは未だに無間地獄の中を落下していた。それも当然だ、そもそも無間地獄といえば年数から算出すれば弥生時代の人間ですらも「落ちる途中」なのだから。
「しっかしまぁ、落ちるだけってのは退屈だねぇ」
手足を広げ落下速度を緩めたり、頭から直滑降し落下速度を速めたりする遊びは、落下してから30分以内には済ませている。
落下中にできる遊びなんて、こんなもんだろう。
無間地獄に落ちる罪人なんてのは珍しいようで、近くには、誰も落ちている様子は無い。落下速度を加速させて年数を遡ってみても、目に付く範囲には誰もいなかった。
今は何時だろう、そろそろ日付も変わった頃だと思うが────などと考えていると、遥か上空に穴が空いて、星々の煌めきが目に入った。
そしてその直後……。
「パパーーーーーーーッッ!!!」
「……リサ!」
隕石のような速度で、光学迷彩スーツを土埃等で汚しながらリサが無間地獄の中へ突っ込んできた。あのまま受けたら今の俺なら死ねるかもな、などと思っていると、衝突の直前に速度を弛めてくれる。
手を差し出すと、笑顔でその手を引いて地獄から引っ張り上げてくれる。
「悪いな、リサ。ガチの人間並みの筋力だと、翼を動かしても飛べないらしくてな……」
「ううん、いーの!それより、今の地獄、すっごい大騒ぎになってるからさ!今のうちに逃げよっ!」
「ははっ……大騒ぎって……まぁそりゃそうか、八熱地獄が一気に機能停止したんだもんな」
「私は、こうなるとは思わなかったけど……。パパは分かってたの?」
「そりゃそうだよ。何の為に階層を分けてるんだ?分ける事にだって意味があるんだ。それを、リサがこうして貫通させりゃあ……ね?」
「そっか……やっぱりパパは凄いねっ!」
「ふふ……。ところで、スーツのスイッチ切ったのは地獄に突入してからだろうな?そうじゃないと姿を見られちまうんだぞ?」
「もっちろん!だいじょーぶいっ!」
「なら良かったよ」
リサにこの作戦を伝えたのは、刑の実行直前に、リサと2人きりになった時である────。
◆
「大丈夫、パパは直ぐに戻るよ」
「……本当に?」
「約束する。契約してもいいよ。だからもし……もし今夜0時までに、もう一度リサに会えなかったら……パパを迎えに来てくれるか?」
「ッ!!もしかして、パパ……だから巫月お姉ちゃんじゃなくて私を……?」
「ああ。巫月は地獄に来た経験が無いから、スキマ使えても俺を助けられないんだよ。でもリサなら……その辺を全部無視できる。分かるか?最強なんだ、リサは。
「……♡」
「幻月や夢月なんて、俺が自力で戻れると思って、地獄まで来てるのに焦ってすらいないだろ?」
「うん」
「そんな2人には悪いが、今回は俺もお手上げだ。完全にお手上げだよ。どうしようも無いんだよな。この状態だと神様達とお話できないからね……」
「そんな……」
「だからリサ、お前に頼むんだ。ママにもできない凄い事が、リサならできるんだ。分かったな」
「うんっ……!」
「もしもパパを助けに来る時は、その前に紅魔館に寄りなさい。弦月姫お姉ちゃんから俺の『光学迷彩スーツ』を受け取って、それを着用してから、俺を助けに来てくれ。そうでないとリサが悪者になる。分かったね」
「『こーがくめーさいすーつ』……?分かった!でも何で弦月姫お姉ちゃんから?」
「俺が保管庫にしている方のスキマ空間はね、俺が死んでも消えないように、咲夜さんと弦月姫と共有してるんだ。だから、咲夜さんでも大丈夫だけど、咲夜さんはメイド長で忙しいからね。だから弦月姫お姉ちゃんに頼りなさい。使い方は、着てボタンを押すだけだから簡単だよ。それで姿を隠せるから」
「そうなんだね。分かったよ、パパ。……私がパパを助けるから!」
「ありがとう。リサ、愛してるよ」
「私もっ♡」
熱々の地面に膝をついて、まだまだ小さい娘と、そっと唇だけのキスを交わす。契約成立だ。いや、キスしたから契約が成立したワケではないが……。
「……ねぇパパ?もし、パパを助けられたら……私、パパにお願いしたい事があるの……」
「いいよ。何でも叶えてあげるよ。俺とリサの2人だけで完結する事なら……何でもね」
「それって────」
「ハァイそこまで!もう、遺言は済みましたよね?では、刑を執行しまァす!!」
◆
そうして日付が変わり、リサは俺を助けに地獄へ突撃してきた、というワケだ。
「あー……半日は落ちてたから昇るのも一苦労だな。単純計算で丸1日以上は昇る必要があるぞ」
「私の能力でパパの手錠も壊せないかなぁ……」
「……あぁ、できるかもな」
本当ならこのままリサに紅魔館まで運んでもらう予定だった。そこでフランに破壊してもらうつもりだったからだ。しかしよく考えれば、リサでもこの手錠を破壊できそうだ。
「ホント!?」
「恐らくな。よしリサ、契約しよう。『俺は今すぐリサを両手で抱き締める。もしも1秒以内に両手で抱き締められなければどんな罰も受ける』」
「1秒経った!契約違反!ハァッ!!」
リサが手刀を喰らわせると俺を蝕んでいた手錠はバキンとひしゃげて壊れてしまった。
思った通り。リサの能力を利用すれば、理論上、ありとあらゆる物を破壊する事が可能だ。だから、今回俺を救助するのにも、枷から解放するのにも、リサの助けが必要だった。
リサの能力は「契約を違反した者」だけでなく、
「契約を達するのを害する
物理的に不可能な事でさえ、リサとの契約の中に落とし込んでしまえば実行できてしまう。それが、リサの能力だ。
「やったぁっ!パパ、解放されたよ!!」
「これもリサのお陰だ。ありがとうな」
リサの能力は《契約を履行させる程度の能力》。リサと契約を結んだ対象が、契約を履行しなかった場合、彼女はその能力にて、物理法則や能力の相性などを完全に無視して罰を下す事ができる。
例えば、ナイフが絶対に効かないはずの天人にもナイフでダメージを与えられるし、時間停止を無視できるのは時間能力者だけであるにもかかわらず、リサが「対象が私を妨害する為に時間停止した」と認識すれば時間停止すらも無効化できるのだ。
今回の場合、リサは「
この手錠についても同様だ。
だから決して、怪力などの圧倒的パワーで地面に穴を空けたとか、手錠を壊しただとか、そういった事実は一切無いのだ。あくまでこれもリサの能力の一端なのである。
そしてその後、スキマにて地獄の入口に移動し、凄惨な状態を目の当たりにして、思わず鼻で笑う。リサが地面を突き破って助けに来たのは、星の光が見えた時点で察したが……まさか、本当にできるとは思わなかったし、リサがこれを実行してしまうとも思わなかった。
ウーウーと空襲警報のようなサイレンの響く中、俺はリサの肩を掴み、しゃがんで目線を合わせて、できるだけ諭すように優しく言う。
「リサはこのまま帰りなさい」
「えーっ!?パパを助けたらお願い聞いてくれるんじゃなかっ……」
人差し指をそっと唇に当てて、リサを黙らせる。これから起きる事は子供の教育上、よろしくない。だからできる事なら見せたくない。
「勿論、約束は守る。大丈夫。パパを助けてくれたご褒美は、明日……というか日付変わってるからな、明るくなったら、だ。これからは少しだけやる事があるんだ。パパをこんな目に遭わせた敵に、痛い目見せてやらなくっちゃ」
「……ホント?ホントに今日中にご褒美くれる?」
「あぁ勿論、約束だ。これも契約だね。大丈夫だよリサ。心配しなくとも、俺は契約を果たすからね」
「ん……分かったよ、パパ……。じゃ、『また後で』だよね?」
「そうだね。『また後で』だね」
「……うんっ!バイバイ、パパ!」
「バイバイ、リサ」
夢幻館に繋げたスキマで、リサは帰宅した。俺はすっかり荒廃した地獄の風景を改めて見て、改めて俺の娘は凄いパワーを持ったもんだと笑った。
「さぁ、
◆
その頃、是非曲直庁では────あの検事と映姫、そして甲羅を背負った誰かが、リサによる襲撃にてパニックに陥って避難しつつある職員達を建物の中から見下ろしながら何やら話し込んでいた。
「────よくやってくれました、四季映姫。これで目障りだったエスカルゴ・スカーレットを地獄へと落とす事ができた……感謝しますよ」
「っっ……約束です、検事を解放しなさい!そして、さっさと
「クスッ……ええ、構いませんよ。情報を得るよりもよっぽど素晴らしい結末を迎える事ができました」
その瞬間、検事の身体からポウッと薄緑色の霊が飛び出した。すると検事の身体はドサリと崩れ落ちそのまま灰となって消えてしまった。
「いやはやぁ、死体に取り憑くのは疲れましたよ、吉弔様ぁ……」
「それはご苦労様でした。お望みであれば暫く暇を与えますよ?」
「ありがとうございますぅ……」
「……うっ、うう……ごめんなさいエスカルゴさん……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
今回の騒動は、全て鬼傑組の暗躍によるものだ。
事の発端は、今から数年前に遡る。
地獄には、鬼傑組の組員であるカワウソ霊が潜入していた。これは、
凍魔、賽鬼愉于奈、夢摘霊黄泉が復活した騒動が解決した後で、小町は映姫に死神姉妹のその会話を報告。映姫はそれからずっと秘密裏に「地獄に潜入している鬼傑組の組員」を調査していた。
「フフ、まさかここまで上手くいくとは思いませんでしたね。今宵は宴といきましょう」
「ほんとですかっ!?やったぁ!」
しかしそれに勘づいたカワウソ霊は組長に報告。八千慧は「逆に接触しましょう。逆らえないように人質を用意して」と知恵を授けた。
更に「死にたての肉体ならば操作するのもワケはないでしょう」と教え、組員数人で検事を襲撃し、彼を殺してしまった。カワウソ霊はそこから死体に取り憑いて、検事として堂々と活動していたのだ。
検事として活動していれば、内々で出回る情報も容易く手に入れる事ができる。その上、何か情報を集めていても怪しまれる事は無い。肉体選びとして最適解だっただろう。
そして知恵を授けられたカワウソ霊は、たまたま俺が愉于奈の魂を蘇生させたままにさせていた事をいいことに、それを利用して遂に計画を実行した。
俺を連行した後、裁判が始まる前に、映姫に己の正体を暴露。検事の肉体や部下を人質にして、俺の判決を重くさせるように掛け合ったのだった。
「さぁて、これで復讐ができます。もう少し磐石な状態にしたら、幻想郷に侵攻しますよ」
「はい、吉弔様!!」
「ま、待ちなさい!復讐ですって!?一体何をするつもりですか!!」
「エスカルゴのハーレムを徹底的に壊滅させます。本人不在のまま、ね……」
「な……何ですって…………」
映姫が絶望に打ちひしがれその場にへたり込む。しかしその時、部屋の扉がカチャリと開かれた……。
「地獄に潜入していた鬼傑組の組員」については、879話で存在だけ出てきましたね。冥と一緒に黄泉の封印を解く為の情報を探していたヤツです。