「小春ちゃんか、イイね、可愛らしい名前だ。俺はエスカルゴ。まぁ、好きに呼んでくれ」
「ん……」
小さく頷き、小春は母親の後ろに隠れてしまう。母親は「こっ、こら、小春っ……!!」と無理に娘を前に出そうとするが、ひしとくっついて離れない。
「ハハッ、小春ちゃんは照れ屋さんらしい。息子を思い出したよ」
「すみませんエスカルゴさん、小春ってば普段ならこんな事は無いのですが……」
「いやいや、いいよそんなの、気にしないで。妖怪だから、急に目の前に来て怖がらせちゃったかな」
「そんな事は無いと思うんですがねェ……」
2人はどうも訝しんでいるが、小春の様子は未だ変わらない。こうしていても仕方ないし、俺にも、そしてこの親子にもこれからの予定があるだろう。軽く挨拶を交わして帰る事にしよう。
「もし次も女の子だったら、そん時ゃ『
「成程……!それは名案ですな!」
「本当にありがとうございます、何から何まで……。供物は何がいいですか?」
「供物?……いやいや、神の力があるっつっても俺は妖怪だから……気持ちだけ有難く受け取っておくよ。ありがとね」
「いえいえ、そういうワケにはいきません。子宝に恵まれなかった我々夫婦に、小春という宝を恵んでくださった……!」
「どうしてもそのお礼がしたいのです!」
「どうしても?」
「「どうしてもです!!」」
その言葉に危うさを感じた俺は、この両親を少し試してみる事にした。神ではなく、妖怪だからこそ使える方法だと言える。
「そこまで言うなら仕方ない────小春ちゃんの血を捧げてもらおうかねェ」
「「……えっ?」」
「言ったろう。俺は神である前に妖怪。吸血鬼だ。そんな俺に供物を捧げたいのなら、そりゃあ、供物なんて決まっている。『うら若き乙女の血』。これ一択だよ。もし捧げると言うなら、今すぐにでも、小春ちゃんの首元に噛み付かせてもらうぜ」
「「…………」」
「なぁに、痛くはしないさ。それは断言できるよ。さァ……どうする?」
ほんの少しだけ悩んだようだったが、母親、次に父親はキッと顔を上げ、真っ直ぐに俺の目を見据えキッパリと言い切った。
「申し訳ありませんが、それだけはできかねます。あなたに感謝を伝えたいのは、私共の気持ち。娘の気持ちを度外視してまですることじゃない……!」
「いっ、いくらエスカルゴさんが相手でも、俺らの娘を傷付けられちゃ、たまりませんぜ!」
良かった。親のエゴで娘を妖怪に差し出すような親じゃないらしい。カルトにハマッた過去はあるがまともな感覚は持ち合わせていると見える。
俺はその答えを聞いて、心底、本当に、心底安心したのである。
「────だって。良かったな小春ちゃん。こんな良い両親の元に生まれたんだ……幸せになりなよ?」
そう笑いかけると、小春もまた、母親の陰に隠れながらではあるが、ゆるりと頬を緩ませてくれた。人の子らしい、可愛らしい笑顔だ。
「代わりと言ってはなんですけれど、先日収穫したお米が、既に200升ほど溜まってまして……それらを供物としてお裾分けさせて頂こうかと……」
「200升?スッゲ……300kgくらいか?いいの?」
「ええ、私共の備蓄の分、親戚縁者にお裾分けする分などを除いての200升ですから、これ以上の無駄な備蓄は米を腐らせてしまいます故……」
「ほぇ〜、そりゃ有難く受け取っておきますかね。あ、俺の宣伝も頼むぜ?子宝に恵まれない人達へ、俺を信仰するよう勧めてくれない?結局のところ、俺にとっては
「「はいっ!!」」
こうして、俺と小春の初の邂逅は幕を下ろした。この時に受け取った米は、博麗神社やら永遠亭やら紅魔館やら……各家庭に分配した。
このときに初めて明確に「神としての俺の信者」という存在を認識した俺は、この日以降、樹理愛や早苗が守矢神社の布教に里に行くのと同じように、俺自身、そして分身を使って人里で宣伝するようになったのである。
守矢神社と違って、俺のターゲット層は狭いのが少し難点ではあるのだが、順調に信者を確保しつつあるのが、何となく自分で分かった。
この数年後、同じようにデートスポットの下見をしながら布教しようと里に舞い降りると、そこにはいつか見た少女が────小春が居た。
しかし俺はそれが小春だとは気が付かず、ただの通行人と挨拶を交わす時のように、営業スマイルで一言だけ挨拶し、通り過ぎようとした。
すると小春は、まるで服の裾を掴むように、翼の端っこを掴み、俺を引き止めた。
「っとと……どうした、お嬢ちゃん」
「あっ……あっあっ、あのっ…………エスカルゴさん、ですよねっ……!」
「おうよ、吸血鬼のエスカルゴお兄ちゃんだぞー!ぎゃおーっ、食べちゃうぞー♪」
「私ですっ……!」
「……ん?」
「覚えて、ませんか……?」
今にも泣き出しそうな目で俺を見上げる。彼女を見た所、シンプルながらも上等な着物だし、恐らく良い所のお嬢様なんだろうとは思うが、そんな子と関わりを持った記憶は無い。せいぜい阿求だけだ。しかし阿求はもう死んでいて、地獄で映姫の補佐をしているから、人間のお嬢様となると俺には本当に分からない。
というのも、この頃になると布教活動の一環で、信者達に生まれた子供達との交流なんかも少しずつ行いつつあったから、1人1人全て把握する事など到底できなかったのだ。
せめて
「昔、両親と3人でお会いしたんですが……」
「両親と3人……もしかして小春ちゃんか……?」
「……!はいっ!米問屋の小春ですっ!」
「おーっ!お母さんの後ろに隠れてたロリ……いや、女の子が、いつの間にかおっきくなったなぁ!」
米問屋なんて知らなかったよ、とは言わないが、そら上等な着物も着てるわな、と納得がいった。
この後、小春と話していて初めて知ったのだが、小春の父親は婿養子で、米問屋は嫁さんこと小春の母親の実家とのこと。
しかしあの店は老夫婦がやってるはず────と思ったが、それは小春の母方の祖父母で、普段は、小春の両親は農作業に従事し、彼女は稗田家管轄の寺子屋に通っているそう。里でも指折りの米問屋が実家だ、そりゃお嬢様だわな、と納得がいった。
「……!」
霊愛が米を買いに行くと、よく話し相手になってくれると聞いている。3人目の孫みたいで可愛いと言ってくれるそうだ。
3人目の孫みたい────という事は?
「もしかして、弟か妹、生まれたのかい?」
「はい!妹が1人……
「そうか、そりゃおめでたいや。今度、赤ちゃんの玩具でも持って行ってあげよう」
「わぁ!ありがとうございますっ!……あっ……もう暗くなってきちゃいましたねっ……課題もあるので、そろそろ失礼しますっ!お話してくれてありがとうございました!」
「いいってことよ。折角だし、俺が送ってくよ」
「えっ?でも悪いですよ……」
「なに、1秒も掛からんで着くから気にすんな」
「え」
瞬間移動魔法にて、小春と2人で米問屋の前に。すると店番をしていたいつもの老婆が、パチンコに弾かれた玉のように飛び出してきた。
「おやおやまぁまぁ小春!どうしたんだい!」
「え、と……エスカルゴさんに会って……私を家まで送ってくださって……あれ?」
「全くこの子ってば神様に甘えるだなんて、なんてバチ当たりなことしたんだいっ……!」
「俺は神様じゃなくて、神の力を持った妖怪だから気にすんなって。それよりお米を1袋買いたいからお会計お願いできるかな」
「いえいえ神様からお金など頂けませぬ!どうか、好きなだけ持って行って頂いて構いません!いえ、うちの旦那と義息子に運ばせます!どうか、小春の無礼はお許しを……!」
「無礼なんて思ってないよ。寧ろ話し掛けてくれて嬉しかった。これからも贔屓にするから、そんな事言わないでくれ。俺にも、小春ちゃんにもさ」
「うぅ……ありがたや……ありがたやぁ…………」
「リアルでそれ言う人いたんだ……」
が、どうしても代金を受け取らないと言うので、小春に小遣いという形で渡す事で話はまとまった。
この時、小春は6歳だった。小春がどこか自分の娘のように思えるのは、この頃の俺の娘、姫が大体小春と同じような背丈だったからだろう。
そして次の春────真宵から神愛までの育児に追われながらも、やはり里には来ていた。そこで、桜を眺めている1人の少女が目に入った。
「……小春ちゃんか?」
「エスカルゴさん……?」
「やっぱりか!」
「こんにちは……♪」
信者達に生まれた子供達の中で最も交流があり、可愛がっている人間の子、小春。最近ではお使いの影響で霊愛とも本格的な交流が生まれつつあるとのことで、以前までより確かな親しみが湧いていた。
だからなのだろうか────小春に勘違いさせてしまったのは。
「────さん。エスカルゴさんっ」
「……ん。おう」
「聞いて……ましたか……?」
「……あ、あぁ……返事を考え中で」
「ありがとう、ございます……。私への返事を考えてくださるだけで、私は嬉しいです……♪」
考え事をしていて小春の話を逃してしまったとは言えずに、誤魔化してしまった俺だったが、小春の発言で段々と事態が見えてきた。
「思えば、私のこの恋は、初めてあなたと出会ったあの瞬間から始まっていたのかもしれません。でもずっと諦めていたんです。だってエスカルゴさんは妖怪さんだし、お友達……霊愛さんのお父さんです。そんな人に、好きだって伝えるなんて……って、私、諦めてたんです」
「!」
「でもエスカルゴさんは色んな人と付き合ってると知って……私も、もしかしたらと思ったんです……」
「……」
「ごめんなさい……。もしも迷惑でしたら……断ってください。私はそれで、諦められますから……」
小春、人間7歳。エスカルゴ、吸血鬼XX歳。軽く20歳差、いや30歳差近くあるが、俺の見た目は昔と変わらず10代後半程だ。小春から見れば、「近所のお兄ちゃん」と変わらないだろう。
そんな子供が「近所のお兄ちゃん」に恋するのは予想できたはずなのに、どうして、何回も関わりを持ってしまったんだろう。
「迷惑、じゃないよ。ありがとう。嬉しいよ」
「ッ!じゃあっ……」
「でもね」
「!」
「俺は妖怪、小春ちゃんは人間。……分かるね?」
「はい……。でもエスカルゴさんは、博麗の巫女様が人間の頃からお付き合いされてると聞いてます!」
霊愛か里の人間から聞いたか。確かに、霊夢やら咲夜さん、早苗や魔理沙とは彼女達が人間の頃からそれなりに深い繋がりがあった────それを盾にされてしまうと、こちらの告白を断る為のカードが1枚減らされてしまう。
「……小春ちゃんはまだ子供だ」
「っ!では、私が大人になったら!私とも、
そう言って、小春は泣き出してしまった。しかし俺は、いつも彼女達や子供達にやるように、小春を抱き締めるのではなく、頭を撫でるだけに留めた。そして彼女の告白を断る最大の口実を口にする。
「……。俺が妖怪、小春ちゃんが人間だからって、今言ったよね。だけど、それ以上に、小春ちゃんとは付き合えないし、結婚もできない理由があるんだ。確かに霊夢が人間の頃から付き合っていた。そして吸血鬼になる前に結婚した。だけどね、もう俺は、できれば人間とは付き合いたくないって思ってる」
「なんで、ですか……?」
「夫婦になったら、相手を大事にしたくなるよね。俺は妖怪だから、小春ちゃんと夫婦になったなら、先に小春ちゃんがおばあちゃんになって死んじゃう事になる。……俺にはそれが、辛くて堪らないんだ」
「大事な人を亡くしたくない……って事ですか?」
「そう。小春ちゃんは頭がいいから……俺の気持ちも分かってくれると思ってる」
「っ……は、い…………」
くすん、くすんと鼻を鳴らして、袖で涙を拭く。綺麗な着物を汚しては、と思ったので、ハンカチを創造して彼女に手渡す。
「……小春ちゃんは『天国』と『地獄』知ってる?」
「……知ってますけど……」
「それなら話は早い。約束しようか。小春ちゃんは死後、天国に行きなさい。そして、もうこれ以上は死なない状態になったなら……そのときは、あの世で結婚しよう」
「そ、それっ、て……」
「お化けさんになってからってことさ」
「!」
「約束、するかい?俺は約束を守るよ」
「はいっ!お願いします!」
「よし。『小春は死後、天国に行き、天国で吸血鬼エスカルゴと夫婦になる』────誓いますか?」
「誓いますっ……♡」
「ふふ……もう悪いことできないね?」
「はいっ!」
大きな桜の下で、7歳の子供と婚約のキスをした吸血鬼なんて、きっと人類史、いや地球史の中でも後にも先にもきっと俺だけだろう。
そしてこの誓いが小春の運命を決定的に狂わせる事になる────。