互いの家族にも隠しながら「死後の婚約」をした俺達は、それ以降は偶然の出会いから始まるデートではなく、ちゃんと約束をして、デートするようになっていた。
と言っても小春は人間の幼女。性行為はせずに、散歩や食事をするだけだ。何か性的なことをするとしても、せいぜいキスまで。小春は、一生涯純潔を貫き、死後、俺に純潔を捧げると誓ってくれた。
別に、亡霊となってからの処女だとしても満足はできるのだが、小春がそうしたいのであればと俺は彼女の提案を飲むことにした。
昼間は食事や散歩、夜は星空を眺めたり、妖怪の跋扈する「里の外」へ連れ出し、リアルお化け屋敷みたいなハラハラドキドキするスリリングな散歩をしてみたり。
「コレがアンドロメダ座だ。図鑑と空を見比べて、この空の何処にあるか探してごらん?」
「えっ、と…………あっ!アレですか!?」
「そうそう、よく見付けたね。じゃあ次はこれだ。金星、これはどうかな?」
「ふふん、金星は私も分かりますよ!図鑑から探すまでもありません!明けの明星、宵の明星としても有名ですから!……アレです!」
「お、流石だね。なら今度は────この双眼鏡を使って、天王星を探してみようか。これは肉眼じゃ見えやしないくらい遠くにあるのさ。参考画像は、図鑑のコレね」
「えっとぉ〜…………」
そんな逢瀬を繰り返し5年────俺の子供達も増えに増え24人に達していたのだが、俺は寝る間も惜しんで小春との逢瀬を重ねた。
この頃、小春は12歳になろうとしていた。
元服しても、おかしくない年齢だ。「元服」とは大体は男子のものを指す言葉であるが、とりあえず小春も成人するような年齢になったのである。
例えば、かの徳川家康は14歳で元服したと記録に残っている。織田信長は13歳。そして伊達政宗は、驚異の11歳。これは当時の武将の中でも早い方だとされている。
そして、12歳の誕生日を迎える
「────お誕生日おめでとう、小春」
「ありがとうございます……!これで私も、いよいよ大人の仲間入り……でしょうか?」
「いやぁ〜、どうだろうねぇ。12歳はまだ子供だと思うけどなぁ」
「もー、エスカルゴさんってばー……」
「ふふ、冗談。お母さんの後ろに隠れてたあの頃と比べりゃ……大人になったよ」
「んっ……エスカルゴさん……♡」
「ハハッ……キスはその辺の大人より上手だね」
「もうずっと、キスばかりしてきましたから……♡」
「それもそうだ」
この後、いつものように小春を家まで送り、俺はその日に泊まる予定だった博麗神社へ急いで戻る。俺が小春の訃報を知るのは、それから僅か半日後のことであった。
◆
「ふわぁ〜ぁ……ねっみぃ……寝過ごしたか……ん?」
翌日の昼頃、俺は目を覚ました。俺にしてはよく眠った方だと思う。しかし、どうも神社内の様子がおかしい。活気が無いというか、なんというか。
誰も居ないのなら気配で分かる。皆が居るから、余計におかしいと感じるのだ。
「おはよう霊夢」
「……おはよう」
霊麗と霊魔が境内で特訓しているのを、縁側から見守っている霊夢。博麗家の末っ子である霊子は、姉と兄の特訓を間近で見ているようだった。
「どーしたよ、えらくテンション低くねェ?つーか霊愛は?気配もねェし……霊愛だけ外出中か?」
「里に、ちょっとね」
「里に?そんなのいつもの事だろ。何かあった?」
「ん……まぁね……」
どこかモヤモヤしている。気分が悪くなるな、と思っていると、姉兄の特訓を見ていた霊子が一息で縁側まで距離を詰め、事情を話してくれた。
「霊愛お姉ちゃんの友達が死んじゃったんだって。葬式っていうか、別れの言葉?とか、そういうのを言いに、また里に戻ったんだよ」
「え……。そう、か……霊愛の友達か……」
霊子の「里に戻った」という言葉から察するに、霊愛は一度、お使いか仕事で里に行ったのだろう。そこで友達の訃報を知り、帰宅後にまた里に行った
────そう考えれば流れとしての辻褄が合う。
「……ていうかさ、娘の友達なら、一応俺らも挨拶に行った方がいいんじゃね?」
「私もそうは思ったけど……妖怪だからね。お別れの場に妖怪、しかも悪魔は不謹慎じゃないかと思って霊愛に代表として、挨拶しに行ってもらったのよ。なんでも家族葬にするそうだから今日中に手配してお葬式を済ませるんだってさ」
「ん……不謹慎か。ま……それもそうだよな」
「香典はちゃんと人数分包んであるから安心して」
「そいつは安心した。俺の分も入れてるよな?」
「そりゃそうよ。アンタも世話になってるんだから頭数に入れないワケないわ」
「俺も?……世話になってる?その人間にか?」
「あの米問屋にはアンタも通ってるでしょ。そこの娘さんよ。今朝、自室で遺体で発見されたのはね。知ってるでしょ?小春ちゃんよ」
思考が完全に停止した。霊夢が何を言っているかまるで理解できなかった。脳が理解を拒否している感覚がする。霊夢が何かを話してくれても、言葉は耳に入らず何もかもを通り抜けていく。
霊夢と霊子に肩を揺さぶられハッと我に返るが、言い知れぬ喪失感は隠せないでいた。
「……アンタは妖怪なのに里やお店にも通ってたし、小春ちゃんとも顔見知りだったんじゃない?」
「あ……あぁ…………だから……ビックリ、してな……」
あぁ、やっぱり。妹の日和ではなく小春だった。そりゃ、博麗の巫女となるべく特訓しまくっている霊愛は遊ぶ時間が少ないのに、そんな霊愛の友達と呼べる存在など、それこそ片手で数えられる程度。寧ろ、小春じゃない可能性の方が低いくらいだ。
「何で、だろうな……。強盗か何かに入られたのか?そんで見付かったから殺されたとか……」
「……話はちゃんと聞いていなさいよ。さっき霊愛が聞いたご家族の話によると、どうやら小春ちゃん、自殺したって話なのよ」
「…………は?」
「布団に寝たままで寝具の綿を喉に詰まらせて……。小春ちゃんの字で遺書もあったってさ」
「い……いや…………おかしくねぇ?ホントに自殺か?寝てたからか?でも、苦しくて吐き出さないか?」
「さぁ……分からないけど。今日は12歳の誕生日で、小春ちゃんが起きてきたら家族全員で誕生日祝いをする予定だったんだって。なのにあまりにも彼女が起きてこないからと様子を見に行ったら────」
「そんな……」
「子供に自殺されるとか、家族も不憫だよね。でも自殺するにしても何が原因があるはずだし、それに気付けない家族もどうなんだろ?」
「コラ霊子!」
「イテッ」
俺は小春と死後の婚約をしていた。なら俺も家族だろう。小春を自殺させる程に追い詰める存在に、何故、気付けなかった。
「……悪ィ、ちょっと出掛けてくる」
「ん。気を付けてね」
「おう」
博麗神社を出て真っ直ぐに向かったのは、冥界。
「行き先」が決まる前の魂が一時的に集う場所だ。俺はここで小春に会い、自殺の原因を問いただす。そして願わくば、復讐を────そう思っていた。
「ム。噂をすれば、か」
「え……?」
「儂らも、貴様に用事があったのでな。今しがた、妖舞を使いとして幻想郷に向かわせたのじゃが……。入れ違いになってしまったが、まぁ、良いじゃろ」
「悪い妖忌、急いでる。そっちの用事は後で聞く」
「案ずる事はない。
「……!」
門前で箒を掃いている妖忌から用事を聞かされ、中で特訓中の妖夢にすれ違いざまに軽く挨拶をし、幽々子さんの待つ縁側へ向かう。
そこには幽々子さんと並んで縁側に座り談笑中の小春の姿があった。
「エスカルゴさん!」
談笑中────俺と目が合うと、弾かれたように笑顔で駆け寄ってくる小春を見て、俺は彼女が自殺した原因を悟ってしまった。
小春は確かに、自殺した。誰かに殺されたとか、何かしら後暗い理由があって自殺したのではない。この上なく、この世もあの世も合わせて、全世界の誰よりも前向きな理由で自殺したのだ。
誰かにレイプされ、それを苦にして自殺したのかなどとほんの少しでも考えていた俺は……。
「────おう。逢いに来たぜ」
「逢いたかった……逢いたかったですっ……!」
「あら、お熱いこと♡……じゃあ、私は席を外すから後は2人でごゆっくり……♡」
幽々子さんが席を外しても、しばらくはそのまま抱き合っていた。やがて抱擁を解いて、俺は縁側に腰を下ろす。小春は俺の隣ではなく、俺の足の上に座る。
普段の俺なら、勃起していたであろうこの体勢。しかしこの状況が状況だけに、今はどう頑張っても勃起できないなと予感させられた。
後ろからではあるが、そのまま彼女を抱き締め、背中越しに小春の体温、鼓動を感じる。亡霊だからなのか、人間の頃と比べてただ「体温が低い」だけなのに、酷く冷たく感じた。
「いよいよ、私達の結婚の時が来ましたね……♡」
「……」
「この時をずっと待っていました……ずっと……」
「……」
「この言い方は変かもしれませんが、私、やっぱり自殺して良かった……。だって見て下さいよ、亡霊の私の姿。お家で寝る前の私の姿のままなんですよ?死んだ時の姿で亡霊になるのであれば……私は子供のうちに死んで良かった……♡」
「……」
「エスカルゴさんは『お岩さん』をご存知ですか?怪談話で有名な、あの『お岩さん』です」
「……あぁ。顔が腫れてる、あの『お岩さん』だな。四谷怪談だったかな」
「そうですっ!私、そのお話を参考にしたんです。死ぬ前の状態が死後も反映されるから、お岩さんの亡霊はあの顔なんじゃないかなって思って。だから私、苦しかったけど、頑張って綿を飲み込んで自殺してみたんです……!」
「……」
「そしたら思い通り!最初は綿が口の中にあったんですけど、それさえ取っちゃえば体温が低いだけで人間と変わりませんっ!……本当なら、包丁をお腹や胸に刺そうって思っていたんです」
「!」
「でも、やめました。だってこれから、あなたとは結婚して、子作りするんですから……。私の身体は、絶対に傷付けられません。そうですよね?」
そう言って、小春は耳まで真っ赤にさせる。顔をこちらに向けさせ、返事をする代わりにそっと軽く何度かキスをする。
唇を触れ合わせる毎に小春の頬は緩んで、目元は潤んでいく。きっと、怖かっただろう。苦しくて、苦しくて、たまらなかったろう。異物が喉に詰まり息ができなくなって、それでも完全に死ぬまでには猶予があるとされている。
5分程度で意識を失い、心臓が止まる。そこから3倍程の時間を経て脳死に至り、完全に死ぬと本で読んだ記憶がある。
「……渡したい物がある。一旦、降りてくれるか」
「はいっ!」
創造魔法にてプレゼントを創造する。適当に創造したワケじゃない。心を込めて、泣きたい気持ちを押し殺して、魔法を使う。
「ここに来たのは────これを渡したくてね」
「わぁ……!」
「────本当は、昼頃に店に遊びに行ってそこで渡そうと思ったんだ。最初に受け取るプレゼントは血の繋がった家族からの方がいいなって思ってね」
「あ……。ごめんなさい、勝手に自殺して……」
「過ぎた事は仕方ないさ。ほら、着けてあげるよ。きっと似合うな、間違いない」
「うふふっ……どうですか?似合いますか?」
「ああ。俺が選ぶんだ、似合わないはずがない」
「えへへ……ありがとうございますっ♡」
よく似合っている。桜色の着物によく映えるなと自分で思う。こんな子に自殺させるなんて俺は……。
「1つ、聞きたい」
「なんでしょう?」
「遺書を書いた……って聞いたんだけどさ。それに、俺との事は書いてあるのか?」
「書いてませんよ?昔、約束したじゃないですか。
『俺達のことは秘密だよ』と。遺書に書いたのは、
『今までありがとうございました。さようなら』のたったこれだけです。家族宛ての遺書ですからね」
「────ッ!!」
「だからエスカルゴさん。改めて言わせて下さい。私と、こちらの世で結婚してくださいっ!」
ギュッと、可愛らしく抱きついてくる。しかし、俺はそんな彼女をほんの少しだけ抱き返しただけですぐに抱擁を解いた。
「……言ったよね。結婚は天国に行けたら……って」
「はいっ……!だから私、こうして天国に来ることができてとても幸せで────」
「違うよ」
「……えっ?」
「ここは冥界だよ。天国や地獄に行く
「めい、かい……さいばん……」
「……自分が天国に行けると信じているかい?」
「はいっ!だって私、悪い事、何一つしてません!小さい頃、エスカルゴさんに告白してからずっと!血を吸いに来た蚊でさえ、息を吹きかけて追い払うだけです!お家、お店に入ってきたネズミさんも、いつも見逃しているんですから……!」
「ふふ……健気だね」
「だって、私の血は全てエスカルゴさんに捧げる血なんですから!蚊にもあげません!これは私の意思なんですっ!……と言っても、私、もう亡霊さんなんですけどね……」
「……」
「でもこれで、エスカルゴさんが言った『死なない状態』になったんですから……裁判が終わって、私が天国に行けたら、結婚してもらいますからねっ♡」
「約束したもんな。あの時────桜の下で」
「はいっ!」
再度抱き合い、流れるようにキス。人間の頃からキスばかりしてきたからか、ついウットリしそうになりそうな程に可愛らしく、甘いキスだった。
けれど、もう、別れの
「ごめんね。まだ時間があったらもう少し話せたんだけど……今日はちょっと、予定があってね」
「あ……いえ、大丈夫です!また会えますから!」
「……そう?ごめんね……じゃあね」
「はい!また……!」
「……」
俺は「またね」は言わなかった。だって、もう、二度とあの子に会わない事は分かっていたから。
あの子は地獄に落ちる。間違いなく地獄行きだ。死ねば無間地獄に落ちるのが確約されている俺が、そう断言するんだ。間違いない。
地獄に落ちるのが確定しているのなら、裁判など行われないも同然。速やかに刑は執行されるはず。だから、小春の迎えも早々に来るはずだ。
「ごめんな、小春……逃げちまって。でもダメだ……最期の別れは笑顔でってよ……決めてるんだ……っ。泣き顔なんて見せらんねェよ……お前が泣いてないんだからよ……小春……小春ゥッ…………」
自殺とは、自分を殺すこと。虫を殺すことすらも地獄落ちの要因足り得るこの世界。「自分」という人間を殺して、地獄に落ちないワケがないんだ。
そんな事実にすら気が付けないほど、あの子供はバカじゃない。けど、気付かなかった。いや、実は気が付いていて、その上で、目を逸らしたかったのかもしれない。
若くして自ら命を散らすほど恋焦がれた相手と、あの世で結ばれ、幸せになる為に。
「はぁ────これだから人間は嫌いなんだよな」
白玉楼から遠く離れたところで、目元が熱くなるくらいにゴシゴシと擦り、涙を掻き消す。近くの、枯れ木のような木を蹴り折って、唾を吐きかける。全く、「人間」というのは反吐が出るもんだ。
動物と違って理性的に行動できるクセに、逆に、そのせいで自分の首を締める事がある。そして地獄という自らが生み出した世界に、死後、落ちる。
全く、バカみたいな話じゃないか。
「生きている内に吸血鬼化させといた方が……多分、君にとっては、幸せだったんだろうね」
あの子の願いは「俺と添い遂げること」。だからきっと、吸血鬼化なんてしなくても、人間のままで添い遂げることは────できるかできないか、と問われたら、きっと「できる」と、あの子だったら答えるんだろう。
悲しいかな、あの子は賢かった。頭が良かった。だから、理解したくなくても、
俺が人間に手を出さないのは────あの世でね、とあの子と約束したのは、「若く美しい乙女」しか恋愛対象に見ることができないからだ────と。
だからこそ、あの子は若くして自ら命を絶った。若く美しい姿で、亡霊として俺と永遠に添い遂げる為だけに。
「人間のままではハッピーエンドは迎えられない。君は頭が良い。決してバカじゃなかった。そこまで分かっていたのに、どうして諦めなかったのかな」
奇しくも、この世には「恋は盲目」という言葉が存在している。恋に溺れ、命を絶ったあの子を象徴するような言葉じゃないか。
まさにあの子は「盲目」だった。
だって、平和に俺と添い遂げる方法なんて、存在しなかったんだから。
俺が吸血鬼化させたとして、里の人間の妖怪化は一番の重罪。易者は身寄りが無かったからマシだ。だがあの子は両親、姉妹、祖父母が健在だ。妖怪化などしてしまえば、家族は悲しみに昏れる。
自殺と同じく、家族を悲しみの渦に巻き込む事もご法度以前に地獄落ちの要素の1つと言える。
かと言って、あの子が人里を抜け出したとしてもそれはそれで罪と言えるのだろう。
最初から、あの子が俺と添い遂げられる道なんて存在しなかった。
「さよなら。君は、俺と出会うべきじゃなかった」
自分に惚れた人間を地獄に落としてしまうなんて
────俺は、なんて悪魔らしいんだろう。
「小春……君の恋心を否定したくはないけど…………。ごめん。……否定、したくなっちまうよなァ……」
◆
冥界にて小春に別れを告げた、数日後。ローテが白玉楼だったその夜、俺は幽々子さんから「小春に地獄からの迎えが来た」と知らされた。
こうしてこの一件以降、俺は、人間をハーレムに入れない事を徹底するようにしたのだ。小春でさえ地獄落ちなのだから、凡人には天国など行けない。俺だって、心のどこかで小春なら地獄に落ちないんじゃないかと期待していた。だけど、ダメだった。それなら、もう、人間をハーレムに入れるなんて、諦めるしかないじゃないか。
それとも、本当に、有り得たのだろうか。俺達が幸せな結末を迎えられる道が────。
アンドロメダ座、金星、天王星の「恋愛」に関する星言葉は……。