滅亡へのカウントダウン
幻想郷とはまた違う異界にあるらしい紫さん宅で散々交わった後は、1人用の敷き布団に、汗まみれ汁まみれの全裸の状態で、紫さんと休んでいた。
休んでも休んでも、胸の鼓動も呼吸も、収まってくれない。紫さんは俺の腕を枕にして、サラサラの髪の頭を乗せて休んでいる。
「……本当に気持ち良かったわ……ありがとう♡」
「こちらこそありがとうございました。俺も、凄く気持ち良かったです……」
「ふふ……。出会った頃からは、考えられない関係になったわね。まさかこんな結果を迎えるなんてね」
「結果だなんて……俺達はここから始まるんですよ」
「……」
「……紫さん。今年の6月────俺、やっと鈴仙と結婚します」
「!」
「その次に紫さんと結婚したいなとか……思ってるんですけど……どう、でしょう。紫さんとしては」
「ッ……」
「勢いで言ってるんじゃあないですよ。それだけは分かってほしいです」
「それは……分かってる。大丈夫よ。………………」
コロンと寝返りを打って、紫は、反対側を向いてしまった。目を見て話していたのに、急にこうして目を逸らされるとちょっぴり傷付くのだが。
ぷくっと頬を膨らませながら、紫の両の頬を手で鷲掴みにしようと手を伸ばすと、汗ではない温かい液体に、指が触れたのが分かった。
よく見ると、小刻みに肩が震えている。……紫は、泣いていた。
「……紫さん?」
「……ふふ……あなたのプロポーズとても嬉しいわ……ありがとう。……でも……ごめんなさい。その願いは叶えてあげられそうにないかもしれないわ」
「そっ、か……俺じゃ……紫さんの伴侶にするラインには届かないか」
「ううん、そうじゃないの。正確には……『あなたと6月を迎える事ができない』から……だからあなたの願いを叶えられないの」
「え」
「6月の結婚……ジューン・ブライドよね。あなたにしてはロマンチックで……素敵な提案だと思ったわ。だけど……だけどっ…………!」
言葉を詰まらせ、少女のように涙を流し、嗚咽を漏らす。どうにも様子がおかしい。
「な…………何があったの?隠さないで教えて」
「……エスカルゴ。私はあなたに、これまで、色々と特訓の手助けをしたわね。そして、それらは全て、幻想郷を守る為に手伝うのだと言ってきたわね」
「うん」
だから俺が能力を使えなくなった時も、10年分の時間をズラしてまで、特訓の為のスキマ空間を提供してくれたのだ。
「でもダメだった……これでも足りなかった……」
「!?」
「もうすぐ、世界は滅ぶ……。幻想郷どころか日本、いえ、世界……地球、太陽系が滅びるわ……」
あまりに突拍子も無い話で、紫は涙を流しているのに、俺は、その話が冗談か何かじゃないかとしか思えなかった。
脳が理解を拒むとか、単なる思考停止状態になるだとか、そんな次元ではない。正直なところ「何を言ってるんだこの人は」という心境だ。
しかし、どうにも演技には見えない。順を追って話すよう慰めながら促すと、震える声で話し出す。
「……私が、天文に通じているのは知ってるわね?」
「うん。紫は数字に強いから……星々の軌道の計算、その他諸々から色々導き出せるんだよね」
あまりに衝撃すぎて自然と敬語が消えるくらい、強烈な衝撃だった。昔の俺ならパニックを起こしただろう。
「そう。……あれは、昨日の深夜。私はいつも通り、天体観測に勤しんでいたわ……。そこから導き出せる事柄をまとめる事も、賢者としての私の仕事の1つだからね。だけど、どうも違和感があったのよ」
「?」
「月……月光が、妙に強まっていたの」
「月光?……」
「あなたも知っての通りだけれど、月光とは日光が跳ね返っただけのモノ。だから私は、宇宙に移動し太陽を観測することにしたの」
紫は更に言葉を続ける。しかしその言葉はにわかには信じ難い、誰に話しても信じてくれなさそうなくらい、荒唐無稽で、有り得ない話だった。
太陽が目に見えて分かる程に動いていた────紫はそう言った。そして、動かぬ観測者こと紫と、動き回る太陽との間に、動かぬ何者かが居た……。
「────ギリシャの元主神……大神ゼウスよ」
「ぜ……ゼウス……!?」
「ゼウスは元とはいえ天空神だった神。天空には、宇宙すら含まれているというのは、エスカルゴなら知ってるわね?」
「……まさか、俺とへカーティアによって太陽に追放されたゼウスが、太陽を手中に収めたのか……!?」
「ええ……その通りよ。そしてゼウスは太陽を使って地球を滅ぼそうとしている」
「バカなッ!!」
「信じられないと思うけれど……事実よ」
「……」
「ねぇ、エスカルゴ。さっきまで幻想郷は、綺麗な雪景色だったでしょう?」
「うん」
「あれから半日も経っていない現在、幻想郷は既に春の陽気よ。……ほら」
「は……っ」
信じたくはなかった。紫の言葉でも。冗談だと、嘘だろうと、思いたかった。しかし紫のスキマから幻想郷を覗くと、雪も氷も既に溶け、地面、枯れた草花が顔を出していた。枯れた草花、つまりこれは本当の春ではないのだ。
「ッ……これ、は……」
「あなたが特訓を終えて幻想郷に戻ってきた時は、まだ、どこからどう見ても冬だったでしょ。だけどスキマ空間の中で私と対戦し、私の家で交わった。その間に幻想郷は擬似的な春を迎えていたのよ」
「……まさか紫……」
「そうよ。このペースだと、私達は、あと2回すら日の出を拝めないでしょう……」
「────ッ!!」
「だから最後は、あなたに想いを伝えたかったの。あなたは不老不死だから地球が滅んでも未来永劫、生きる事になると思うわ。だけど、地球が滅べば、私は死ぬのでしょう。最後に私が初めて心を許せたあなたに────また、抱き締められたかったし、抱き締めたかった……」
「紫……」
「……流石のあなたも、太陽はどうにもできないわ。その規模まで特訓しようものなら、流石の私でも、危険視してあなたを止めるもの。……そうでしょ?」
「ッ……」
「パチュリーも、魔理沙も。当然ながら、霊夢も。太陽なんてモノを、どうこうできたりしないのよ。私も無理よ」
「……へカーティアだ!へカーティアなら……」
「エスカルゴ。────この私が
そう言って紫は更に一筋の涙を流す。微笑んで。悲しみで胸が貫かれそうな程の、酷く悲しい微笑みだった。そして俺はその微笑みを見て、察した。
「……へカーティアは……戦ってるんだな」
「そうよ……彼女がギリシャ神の頂点に台頭するのが面白くないと、ゼウス
へカーティアから紫へ連絡があってからは、より注意深く天体観測や周辺の世界へ警戒をするようにしているとのこと。だからこそ月の異変に気付け、太陽への違和感も掴めたのだそう。
そして────。
「へカーティアは死んだわ」
「……え」
「正確に言うとしたら、地球のへカーティア、月のへカーティアが死んだ。彼女の本体は、それぞれの地獄にある。けれどギリシャの神々が彼女の
「!?」
「……月の都も今頃、まずい事になっているはずよ。異国の神が突然現れたと思ったら、月の地獄を破壊したのだから」
「ま、待ってよ、紫……ち……地球の地獄って事は……映姫は!?阿求は!?」
「あなたのよく知る『地獄』は、『異界』判定よ。だからまだこちらの地獄は生きてる。ギリシャの神であろうと、幻想郷にはそう簡単には侵入できないからね」
「……もし侵入され、地獄ごとへカーティアの本体が壊されたら、へカーティアは……へカーティアは!」
「本当の意味で死ぬ事になるわ」
「────ッ!!」
へカーティアは現在、ギリシャの神々と交戦中。そして、地球のへカーティア、月のへカーティアが殺された為、今のへカーティアは、本気を出しても全盛期の3分の1。
本気のへカーティアでさえも、ギリシャの神々を鎮圧するのには、それなりに時間を要したのに。
「ねぇ……エスカルゴ。どうする?私はあなたにこの現実を伝えた。それなら、あなたは?幻想郷の皆にこの事を伝える?それともゼウスの怒りを甘んじて受け入れ……何も知らない幻想郷の皆……地球の皆と心中してみる……?」
「………………」
「エスカルゴ……ねぇ……答えてよ…………ッ!!」