「許すわきゃねーだろ、そんな横暴……!!」
「……そうよね。信じてたわ。私の知るエスカルゴは絶対にそう言ってくれるって……」
紫は目元に光る涙を拭って微笑んでくれる。だが問題はこれから。太陽をぶつけようとするゼウスにどう対抗しようというのか。
ぶっちゃけ不可能だ。不可能と言わざるを得ない状況まで追い込まれてるのは確かだ。
「紫さん。太陽が地球にぶつかるまでのリミット、いや、違う。それじゃあ遅いか……。地上の動植物が燃え始める、水が干上がるリミットは?」
「……少なくとも、35時間といった所かしら。太陽と地球の引力によって、最後は加速するだろうから……多く見積っても40時間は絶対有り得ない。安全策を採るなら多く見積って35時間と考えた方がいいわ」
「よし。シャワー浴びる暇はある。シャワー浴びて身体ァ綺麗にして……準備しましょうか」
「準備するったって……どうするの?」
「決まってるじゃないですか。『一致団結』……ってヤツです。俺は諦めない。やっと手にした幸せ……。ゼウス如きに壊されてたまるか。紫さんとだって、無事に6月を迎えて結婚するんですよ。つーか俺、こんだけ嫁カノ居るのに4人としか結婚してねェ!責任、全然取り切れてないんだから!死ぬわけにゃいかないンですよ!この問題を解決し、無事6月を迎えた暁には、今年は鈴仙と紫さんと結婚する!」
「……それ、失敗フラグよ」
「ヘッ。ンなモン気にしてちゃ、ハーレム王なんて務まらないんスよ。フラグなんてね、飲み込んで、へし折ってナンボなんですから♡」
◆
その頃、日本────京都府の某大学にて。
「あっつ〜……何よこれ、冬のはずなのに初夏の気候なんじゃないの……?つい一昨日まで雪降ってたとか蓮子が言ってたけど、流石に嘘でしょこれは……」
冬服を来て大学に来ていたメリーこと八雲茜は、図書館のクーラーに当たりつつ愚痴を呟いていた。周りを見れば、他の生徒も冬服だった。ちらほら、初春の気候に合わせたような服装の生徒も居なくはなかったものの、大体が冬服だった。
放課後である現在、例によって茜は、図書館にて蓮子と待ち合わせをしている。秘封倶楽部の活動の為である。が、これまたいつも通り、蓮子は約束の時間に遅れているのだ。
「あと5分以内に来なければアイス奢らせよっと。それも、バーゲン&ダーツの最高級のヤツ♪」
神様とは、やはり無慈悲なモノらしい。茜がそう呟いたまさにその直後、図書館の自動ドアに猛烈な勢いで衝突した女子生徒が、1人。蓮子だった。
「ぶぇっ!?いっ、いったぁ〜〜〜ッ!?」
「ちょっと、宇佐見さん!!」
「ご、ごめんなさいぃ!それどころじゃないの!」
司書がいつも通り蓮子を咎める。しかし、彼女のその慌て様はどうもおかしかった。メリーは暑さでボヤケ始めていた思考と目を、自分の頬を叩く事でスッキリ覚ます。
「どうしたの蓮子。ただ事じゃなさそうね」
「大事件も大事件!日本の異常気象なんかよりも、ずっとず〜っとヤバい大事件が起きてるのよ!!」
「!?」
スマホを横画面にして茜にTVの映像を見せる。そこには、「未曾有の大災害」と翻訳のテロップが出ていて、火山が、とてつもない火柱を上げて噴火していた。
それだけではない。雷雲か噴煙と思しき真っ黒な雲から稲妻が落ちてきては、家屋を破壊していく。しかも意図的に狙っているかのように的確に。雷が落ちる度に、何かしらが破壊されている。
「なに、これ……!?」
「これ、まさかとは思うけど、エスカルゴじゃあ……ないんだよね?」
「お父さんがこんな事するわけないでしょうよっ!というか、ここはどこなのよ!?」
「ギリシャ……」
「ギリシャ!?」
「ギリシャのサントリーニ島……さっき調べたけど、ここはカルデラ地形の
「な……っ!?」
火山の噴火で、そこまで小さいワケでもない島が吹き飛んだ。面積としては、100km²にすら満たないサイズの島ではある。だがそんな島が普通の噴火で消えるなど、信じる方が難しい。
だからこそ妖怪などの人外と繋がりのある蓮子は直感した。自然現象ではないのでは?もしくは自然現象に見せ掛けた何かなのでは?……と。
「これはもう災害じゃない……天変地異よ。しかも、沿岸地域は大波で水没してる。まるで狙ったようにギリシャにだけ天変地異が起きてるわ!」
「一体、何が起きているの……」
────その時。
「「「助けてくれえええええっっ!!!」」」
「「「焼け死ぬううううううううっっ!!!」」」
近くに居た大学生や周辺住民が、一気に建物内になだれ込んできた。そしてこの人の密度のせいなのだろうか、クーラーを点けているはずの図書館も、ジリジリと暑くなってきたのである。
直後、ニュースを見ていた蓮子のスマホが、更に近くの人間達が持つスマホから、聞いた事のない、キンコンキンコンとうるさい、謎のアラームを奏で始める。どうやら緊急の速報が入ったようだ。
「JAX○から緊急の会見です」
近くの人々は一斉に蓮子のスマホを覗き込むか、自分のスマホでニュースを見始めた。会見で矢面に立たされている中年男性は、震えながら、マイクに向かって呟いた。
『────太陽が、地球に迫ってきているようだ。地球滅亡のカウントダウンが、始まってしまった』
◆
「……よぅ、八千慧。元気にしてるかよ」
「フッ……。さっきまで獄卒に殺され続けていた私を見てその言葉が出るとは、あなたも相変わらずだ」
「フン」
シャワーなどなど身支度を終えた俺は、少し前に八千慧を落とした地獄に来ていた。話をする為に、獄卒は少しだけ痛めつけておいて、今は席を外してもらっている。
「……何の用ですか」
「お前を地獄から出してやる」
「……はい?」
「生きた状態でだ。折れた角も、百々世に喰われたその尻尾も、完全に、完璧に治して、だぞ。俺達が出会う前の状態に治してやる。だから、協力しろ」
「いや……いやいや…………はい?いや、あのですね……何を言っているか、自分で理解してるのですか?」
「娘を痛め付けたテメーを許したくはない。けど、もう、そうも言っていられない状況になった。話を聞いてくれるのなら、手始めに角を治してやるよ。大事な角……なんだろ?」
「……いいでしょう。まずは話を聞かせなさい」
八千慧に話して聞かせた。腹を割って、全てを、ありのままに話した。表情は変わらない。しかし、何かしらの思う所があるのか、時折、考える様子を見せてくれる。
「……ふむ。あなたの言いたい事は分かりましたよ。私の能力を利用し、へカーティア・ラピスラズリに助力して、ギリシャの神々の鎮圧に手を貸す、と。地獄の女神に恩を売れるのは大きいですねェ」
「もしこの騒動が俺達側の勝利で終わった暁には、俺が殺した鬼傑組の組員も蘇生させる。どうだ?」
そう言うと、八千慧はクスクス笑い始め、やがて大笑いに変わった。腹を抱え、おかしいおかしいと俺を見て大笑いする。ブン殴りたい衝動を抑えて、八千慧の笑いが落ち着くまで待った。
「いやぁ、久しぶりに笑わせてもらいましたよ……。面白いものですねぇ……。あれだけ私の大切なモノを奪っておいて今度は『自分の大切なモノを守りたいから手を貸せ』とは。いやぁ、流石は傲慢な悪魔。心底、恐れ入りますよ……クククッ……」
「……だよな。お前ならそう言うと思った」
「!」
「お前じゃなくてもいい。極彩組の
「……」
「じゃあな、今度こそ二度と会わないだろうよ」
背を向けスキマを開いたその時。背後から、他の誰でもない、八千慧の声が飛んできた。
「……どうしてもと言うのなら、私に謝罪しなさい。それで全てを赦しましょう。それきり完全に和解し全ての遺恨を忘れましょう。もう出会ったあの頃に戻りましょう。どうです?」
「……絶対だな?」
「ええ。どうしても私が信じられないのであれば、あなたの主導で契約しましょうか?構いませんよ。私はあなたの提示する契約内容を1つも確認せず、契約を結びましょう」
「………………いや……いい。……すまなかった。もう、これきり和解しよう」
大笑いされるんだろうなと思いながらも、少し、投げやり気味にそう言う。すると八千慧は、意外と言わんばかりに目を見開き、さっきの紫のように、悲しげな笑みを一瞬だけ覗かせた。
そしておよそ予想だにしなかった言葉が八千慧の口から飛び出す。
「私も、すみませんでした。あの当時は……勝つのに必死で、つい娘さんを盾にしてしまった。今思えばアレは奸計でも何でもありませんでした。それに、策略を用いて翻弄する鬼傑組として、最低の戦い方だったと、冷静になった今なら思えます。心から……謝罪させてください。申し訳ありませんでした」
そう言って、土下座した。プライドの塊だとさえ言える八千慧が、誰に強要されることなく土下座をする。有り得ない光景だと思った。しかし現実問題八千慧が地に額を付けている。
契約こそしなかったが疑り深い俺は、念の為に、八千慧に畳み掛ける事にした。
「心からの謝罪と……受け取っていいんだね」
「そうして下さると、私としても嬉しいです」
「部下ごと畜生界に戻る為の打算ではないと、証明できる?」
「部下など蘇らせなくても構いませんよ。それに、お望みとあらば何でもします」
「何でも?」
「何でもです。死ねと言われれば死にます。身体を差し出せと言われれば、喜んで股を開きましょう」
「何故?……何故、そこまでするんだ?」
「……正直に言うと…………意地になっていたんです。私は、あなたに嫌われ、殺されるような事をした。それは自覚しています。しかし、だからとここまでされる事かと、逆ギレするような気持ちも……正直、ありました。謝りたいとは思っていたんです。でもその機会がまるで無かった。いや私自らその機会を何度も何度も何度も何度も自分の手で潰してきた。今更謝る事などないと、自分に言い聞かせて……」
「……」
「まさに今だってそうです。あなたの謝罪なんて、これっぽっちも要らなかったんです。それなのに、早く自分が楽になりたいからと……。私が、あなたに謝りやすいように、先にあなたに謝るよう言った。私はそういう奴なんです……申し訳ありま────」
自嘲の言葉ばかりを呟く八千慧の唇を、塞いだ。俺の唇で。時間も無いし、さっさと話を進めたい。そういう気持ちもあったが、何より初めて八千慧が可愛いと思えた。
曇る姿を見て「可愛い」なんて、おかしい。そう思ってはいるが、確かに、そう感じたのだ。
唇が重なる瞬間、八千慧はビクリと身体を震わせ俺を突き飛ばそうとしたが、意図を感じ取ったか、大人しく身を任せてくれた。
「……ぷは……」
「はぁ……まさか…………地獄で、しかも全裸のままで抱き締められて唇を奪われるとは……初めてなのに……///」
「けど、悪くなかったろ?小悪魔仕込みの舌技♡」
「………………うるさいですよ……///」
◆
図書館及び大学が避暑地となって数分後。今や、大学中のあらゆる大画面が、ありとあらゆる地域のニュースを映し出していた。流石優秀な大学に通う大学生なだけあって、普通は入らない局の電波すら混乱に乗じて
しかし映されるのは相変わらず気象庁やJAX○、国連だったりNAS○だったりの記者会見ばかりだ。ネットニュースですら、ギリシャのニュースが霞むくらいに「地球滅亡」「太陽接近」などのワードがトレンド入りしている。
クーラーの設定温度は既に最低にしているようでゴウゴウと凄まじい音を立てていた。そして人々の目がニュースやスマホに釘付けになっている最中、突然、カメラに揺れが起き始めた。スタッフのものらしき悲鳴や叫び声が聞こえてくる。そして……。
『
『俺は悪魔!人に仇なす悪魔だ!』
『言うことを聞かねえなら今すぐに遠隔でブチ殺す!!分かったのなら黙れ、人間共!死にてえかッ!?』
全国、いや世界中のニュース画面に全く同じ顔の
「悪魔」を名乗る、紅眼の男の顔が映し出された。その男の背には一対の蝙蝠の翼があった────。
いじっぱり八千慧は可愛いね。
曇る八千慧はもっと可愛いよ……。(吉良吉影並感)
次回「演説」。