レミィ「殺れ」
美鈴「はい」
美鈴の拳が伸びてきた。
瞬きをする間もなく…数瞬のうちに、俺は美鈴にハラワタをぶちまけられて絶命するだろう。
美鈴の拳の威力は、俺が良くわかっている。
もうダメだ。死ぬ。
そう確信した瞬間、俺の不良時代の感覚が戻り、身体が勝手に判断し、回避行動を取った。
伸びてきた拳とほぼ同スピードで後退し、直撃を免れた。同じ方向、ほぼ同じ速度で受けることによって、衝撃を受けてもダメージをほぼ喰らわないようにするのだ。
美鈴「!?」
レミィ「ほう」
カルゴ「グッ……!」
それでも、人の身体では限界があり、美鈴の拳を受けた腹部から激痛を感じる。アバラ骨にヒビが入ったか、折れただろう。
クソッ、さすが美鈴だ…キツい…!
この原理をわかりやすく例えるのなら、車を思い浮かべて欲しい。
2車両とも時速50kmで、並走しているとする。
開いている窓から手を出す。
この条件ならば、普通にタッチ出来るだろう。
しかし、もし反対方向で動いていたら?
50+50なので、時速100kmで向こうの車に触れる事になる。だがそれでは、手が只では済まない。
俺のこの技──“後当て”と呼んでいる──をする理由は、そこにある。
つまり、相手のスピードと同化し、威力を殺す、という事だ。
または、ドッヂボールを思い浮かべて欲しい。
ドッヂボールの際に、相手がボールを投げたら、後退しながら受け止める。すると、ただ突っ立ってボールを受けるよりも、余裕が生まれるのだ。
美鈴は、自分の拳が避けられたことに驚きを隠せない様子でこちらを見下ろしている。だがすぐに戦闘態勢に入り、構えを取ったと同時に拳を繰り出す。
今度はそれを受けず、光学迷彩スーツのスイッチをオンにした。
美鈴「消えた…!?」
レミィ「消えるなんてバカなことがある訳無い。探せ」
美鈴「はい」
ここに居てはダメだと確信した俺は、近くの窓を音に気を付けながら開け、飛び出した。
フラン「あ、窓が開いたわ」
侵入者探しに参加していなかったフランは、窓の異変に気付いてボソッと呟く。
レミィ「舐めた真似を…!」
美鈴「私が行きます!」
透明化中の俺に続いて、美鈴が飛び出す。
キョロキョロと見回して俺を探すので、気付かれないかと冷や冷やするが、そんな心配はしなくても良さそうだ。
フラン「待って、お姉様。…血の匂いがするわ」
美鈴「…!そう言えばあの人、手から血が流れてました。包帯がどーのって言ってましたし…」
フランんんんんんんん!!!!
余計な事を言うなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
レミィ「なら私とフランが殺る。美鈴は門に戻りエスカルゴの分身に事情を話して、本人を連れて来させろ」
美鈴「いえ、待って下さい!私、気は探れます!それで探し当ててみせます!」
レミィ「なら3手に別れて、見つけ次第殺せ」
気を探れる…そうか、美鈴の能力は“気を使う程度の能力”、他人の気も探れるんだった!!
血の匂い、気…まずい!
ソロリソロリと足音には気をつけて歩いていた俺だが、流石にまずいと感じて、湖に飛び込むべく走り出した。飛び込めば、血の匂いは落ちる。
レミィ「足音!一体どこから…。美鈴、まだ探れないの!?」
美鈴「もう少し…!」
ドボーン!!
フラン「湖よ!」
レミィ「ヤツめ、適わないと思って入水自殺か。さぁて、朝ご飯にするか。美鈴は、食べたら門に戻りなさい」
美鈴「はぁ〜い…」
フラン「それにしてもエスカルゴ、何処に行ったんだろう…」
レミィ「さぁね…また守矢の神に呼ばれたんじゃないかしら?わからないけどね」
カルゴ「はぁ…はぁ…」
水中に聞こえてくる会話が途絶えて、近くに誰も居ないと確信した俺は湖から這い上がった。
こうして湖から這い出るのは、幻想入りした時、異変を起こして霊夢にぶっ飛ばされた時以来だ。
何故こうも長い時間息を止めていられたのか。
そのワケは、ポケットの中の空間にあった。
ポケットの中には、外気と同じ割合の空気が入っている。水中で光学迷彩を解除し、ポケットに鼻と口をくっつけ、普通に呼吸をしていたのだ。
カルゴ「…どーすりゃいいんだ……」
吸血鬼じゃ無くなったばかりか、能力も消えた。
人間ということは、いずれ死が訪れる…怖いな。
…待て。俺のために人間を辞めた霊夢の想いは、一体どうなるんだ…?
それもだけど…娘達を見届けられない……。
己の未来のことばかりを考えていた自分を恥じ、これから成すべきことを考える。真っ先に浮かんだ答えは…そう、もう一度薬を飲む事だ。
ならば永遠亭に行き、永琳に事情を全て話すのが一番手っ取り早いだろう。
そう判断した俺は、ビショビショに濡れた私服のまま、剣すら持たずに、永遠亭を目指して歩き出した。
カルゴ「はぁ……はぁ……疲れた……」
しばらく歩いた。
南東の空にあった太陽は今、南で輝いている。
朝から歩いてもう昼だ。なのに、まだ着かない。今まで、どれだけ楽をしていたのかを痛感した。
カルゴ「ぐっ……」
腹はともかく、左腕の痛みが酷くなってきた。
何故痛いのか全くわからなかったが、先ほどようやくその答えが出た。吸血鬼と腕を組んでいたので、骨が折れただとか何とかしたのだと思う。
右手の怪我はもう塞がり、赤黒い血の塊が点々と皮膚にこびりついていた。
少し休憩しよう、それからまた歩こう。そう思い近くの草むらの中にある岩に腰を下ろすが、遠くから聞き覚えのある女の声が聞こえてきて、座るのをやめた。
この声はまさか…!
巫月「鈴仙、今日はコケないでよ?片付けとか、色々大変なんだから」
鈴仙「わかってるわよ、もう…」
カルゴ「鈴仙、巫月!」
ガサガサッと草むらから飛び出して、2人の前に立つ。名を呼ばれた2人はポカーンとしている。
鈴仙「…なんか、エスカルゴにそっくりね!」
隣の娘に何かを囁く鈴仙。デビルイヤーでは無くなったので、何を言っているのかは分からない。
巫月「顔とか体型だけでしょ。こんな人間、エスカルゴと比べるのもおこがましい」
鈴仙は俺に遠慮して小声で話したのに対し、巫月はわざとらしく大きめの声で、俺にも聞こえるように言葉を発する。
鈴仙「そ、そうだけどね…」
そんな難しい言葉使えるようになったのか…。
父さん嬉しいなぁ…。
カルゴ「2人とも、俺だ。エスカルゴだ」
2人「は?」
カルゴ「朝起きたら何故か人間に戻っていた。訳がわからなくなったから、永琳に事情を話そうと永遠亭に向かっていた所だったんだ」
攻撃される前に、早口で簡潔に理由を述べる。しかし、2人の顔はだんだん険しいものになっていく。
巫月「証拠は?」
カルゴ「ん?」
巫月「エスカルゴが人間に戻ったっていう証拠はどこにあるの?そっくりさんが嘘ついてるんじゃないの?剣は?なんで持ってないの?」
カルゴ「剣、は…紅魔館のみんなに襲われたから寝泊まりした部屋に置いてきた。証拠とするなら弦月姫が作った空間がこのポケットにある。確かめてくれ」
1歩ずつ巫月に歩み寄り、ポケットの口を開く。
巫月「来ないで!もっとちゃんとした証拠見せてよ!そうやって、私を捕まえる算段かもしれないじゃん!弦月姫の事知ってるのだってそう、いつもエスカルゴをストーキングしてたからかもしれないじゃん!」
カルゴ「そんな事はしない!いいからポケットに手を入れてくれ、俺が俺だと証明したいんだ!」
鈴仙「服を盗んだとか…?まさか紅魔館の物品を盗める人間が居たなんて…」ボソッ
巫月「エスカルゴの服に似てるなと思ったら…!盗んだんでしょ!それで、その空間で嘘の証明をして、エスカルゴのふりしてあれこれ暴れるつもりだったんでしょ!」
カルゴ「違う!!」
巫月「許せない!狂砲『
目の前からピンクのレーザーが迫ってくる。
避けろと頭は指示を出すが、身体が動かない。
恐怖?違う、絶望感に打ちひしがれているのだ。
信じてもらえない悔しさ、証明したくても、その証明すらが出来ないもどかしさ。
証明するにも、ある程度の信用は必要。
しかし今の俺には、信用なんてものは全く無い。
不審者が父親にそっくりで、口調もそっくりで、見た目以外全てがそっくりだったら、娘は不審者を信用するだろうか?
する訳が無い。したら余程の馬鹿だ。
カルゴ「終わりか…」
眼前に迫るレーザー。
俺は自分の運命を受け入れ、それを喰らった。