お願いするまでもなく、彼女は協力してくれた。
それから俺たちは、事情を話さずとも理解したさとりと、どうすれば良いのかを話し合った。
結論は、俺たち4人で、会った人全員に1回1回説明してまわるという地味で面倒なものだった。
しかし、これが一番安全且つ確実なので、俺含め全員がそれに賛同し、すぐに実行すると決めた。
それからさとりは、犬を地霊殿内に放し、地底を出ようと俺たちを促し、4人で飛び立った。
カルゴ「大丈夫か?結構な汗かいてるが」
さとり「今日は普段よりも暑いので、その影響…だと思います。気にすることはありません」
カルゴ「なら…いいんだけど…。それにしても、協力してくれるなんて嬉しいよ。ありがとう」
さとり「エスカルゴさんたってのお願いですからね、協力しないワケが無いです。これからの生活がかかっているんですしね」
カルゴ「ああ…」
さとり「(信頼を無くし、攻撃され、殺されかけ…この人の心は今、酷く不安定だ。なのに、彼女らに再び会うという案…本当に、これで大丈夫なのだろうか…?大丈夫…よね、この人なら…)」
黙りこくっている俺をサードアイで見て、色々な考察を続けるさとり。
さとり「(この人は今、極少人数の者しか信用していない…。裏切られたショックだと言えばそれは仕方ない事。でも、信用してる者の中に私が入っているのは、凄く有難い事だし、凄く嬉しい…。何故、私のことは信用してくれているのかまでは分からないけど…まだ希望はある…はず…)」
文「もう少しで、穴抜けますね!まずはどこから行きますか!?」
カルゴ「そうだな…永遠亭かな。出来るだけ早く薬作って欲しいし…」
さとり「私もその案に賛成です。まずは襲われる危険が少なく、娘さんのいる永遠亭から行くべきでしょう。それから、そこから誰かを引き抜き、誤解を解くメンバーに入れたいものです。紅魔館の皆さんと衝突した際の戦力として」
文「わっかりましたぁ!穹、この穴を抜けたら、永遠亭方向に加速をお願いしますよ!」
穹「はいっ!」
さとり「(妖怪の山を登り、自殺を図るほどに追い詰められたんですね…あなたほどの方が…。少しだけ待っていて下さい。必ず、皆さんとの蟠りを解き、以前までの様な健やかな生活に戻して見せますから…!)」
そして穴を抜けた。ほんの少しだけ気温が下がったが、その代わりにセミのうるさい鳴き声が聞こえてきた。
さとり「(心の闇が深まってしまったのは痛い…。七夕の宴会の時はまだ子供のような純粋な心で、ほんの少しだけ闇を抱えていただけだった。でも今回のこれがきっかけで、エスカルゴさんの心の約半分を闇が覆っている。本人は気付いていないけど、あの闇のスペル達は、心の闇が具現化したもの。だから、解き放たれた闇は際限なく広がり留まるところを知らなかった。これでエスカルゴさんの闇の力が強まったのは間違い無い。吸血鬼に戻れたとしても何かしらの後遺症が残る可能性が、限りなく高い。そうならない様に、私がこの人の闇を少しでも削れればいいんだけど…)」
文「見えてきましたよぉ!」
穹「解除!」
穹が、俺と文とさとり、そして自分にかけていた能力を解除した。少しずつ、高度を落としながら永遠亭に接近する。
鈴仙は昨晩、「次私たちの前に現れたら自警団に通報する」と言っていた。その発言を思い出し、急速に恐怖感が増してくる。自警団に効くのは、吸血鬼・エスカルゴとしての顔だ。
人間・エスカルゴとしての顔は、里では誰1人、知る者はない。よって、捕まったら最後で、もう出られないという事だ。
さとり「大丈夫…絶対にそんな事はさせません。私が止めてみせます。ですから、心を落ち着けて下さい。…もう、玄関前です」
カルゴ「────ッ!!」
到着した。到着してしまった。
昨晩の光景がフラッシュバックし、その恐怖に、奥歯がガチガチと鳴る。足が震え、手も震える。
文「大丈夫ですか…?」
カルゴ「だ、大丈夫……じゃない…。手、握ってくれるか…?」
プルプルと震える手を文に差し出すと、文はそれを快く受け止めてくれた。
文「もちろん。落ち着くまで握っててあげます。さぁ、行きましょう!」
カルゴ「ああ…!」
また、文が引き戸に手を掛け、躊躇なく開ける。
懐かしい和風建築が目に入ってきた。
ドクンドクンと心臓が高鳴る。
悪い意味での緊張は、何年ぶりだろうか。
ああ、これがトラウマか。永遠亭の景色を見るだけで恐怖するようになっちまったのか。
俺は一生────…
さとり「落ち着いて下さい。まだ和風建築を目にしただけです。緊張するには、まだ早いですよ」
カルゴ「あ…あぁ…ごめん…」
さとり「(脆い…これがあのエスカルゴさんなの?景色を見ただけでも、心にヒビが入ったとは…。彼女や娘さんに会わせると心が壊れないか…ある意味賭けになってしまう…。事態が収拾したら、早急にケアするのが良いわね…)」
文「すいませーん!誰かいませんかー!」
鈴仙「はーい!今行きまーす!」
カルゴ「!!!」
鈴仙の声を聞き、昨晩の声が繰り返し脳内で再生されてしまう。彼女の冷たい目、声色、夜の竹林の雰囲気。全てが、今この場で体験しているかの様なリアルさで再生された。
さとり「(声だけで、ここまで思い出しますか…。かなり深い傷だ…。薬などでは到底治せない…。こんな傷、どうすれば治るのでしょう…)」
カルゴ「…あ、や…」
文「はい?」
カルゴ「俺、を…ま、守って…くれ……頼む…」
今にも泣きそうな震える声で隣の文に懇願する。
もう、自分の身を自分で守ることすら難しい。
そもそもの話、立つのがやっとの者に自分の身を守るなんてことは無理だ。
文「言われなくても守りますよ。安心しちゃって下さい!」
カルゴ「…ありがとう…」
ギュッと、握っている手に力を込めるが、プルプルと震えただけであった。
さとり「(この人は裏切りにとびきり弱い。彼女や娘さんにあんな事言われたら…そりゃ闇も深まるでしょうね…)」
鈴仙「お待たせしました!」
しばらく間を置いて、鈴仙がやってきた。
だが俺は、文の後ろに引っ込んだ。
鈴仙「あっ…その人、まさか…」
さとり「今日はこの人についての話があります。この人間の男は…って、やっと気付きましたか。なら今回は、私の出番は無さそうですね」
鈴仙「エスカルゴ!?エスカルゴなの!?」
カルゴ「……」
俺は、親に隠れる子供のように、文の後ろに隠れ続けた。見たくない。また、あの時のように、心がズタボロになるかもしれないから───。
鈴仙「ねぇ、何とか言っ…」
文の背後の俺に手を伸ばすが、文がその手を振り払う。
文「おっと失礼、鬱陶しい蚊がいたものでして」
鈴仙「…?そこ退いてよ文」
文「何言ってるんです?自殺を図るほどにこの人の心を傷付けておきながら、いざ本物とわかれば手のひら返しですか?月の兎というのは、随分と裏表が激しいのですねぇ」
鈴仙「そ、それは…本物だって思わなかったし…急にエスカルゴを名乗ったんだもの…頭おかしいとしか…」
文「仮に偽物だったとしても、それは、この人を傷つけていい理由にはなりませんよ?」
鈴仙「っ…!」
さとり「エスカルゴさんの心はもう、修復不能なくらいに傷付いてます。少しでも風が吹けば飛び散る砂のようにボロボロです。今は何とか、私や文という“水”で、その砂をつなぎ止めていますが」
鈴仙「ど、どうすれば元に」
さとり「戻りませんよ?何を甘っちょろいことを宣ってんです?骨折や打撲とか、そーゆー物理的な傷とは全く別で、心というのは、一度壊れたらもう戻りません。…サードアイを潰せば、修復不能になるのと…同じです」
鈴仙「じゃあ…どうすれば…」
さとり「答えは簡単です、結婚を諦めてスパッと別れましょう。そうすれば、この人の心が壊れることも無い。あなたは別な男性を探して下さい。それがベストアンサーだと思いますが」
鈴仙「な、何言ってんのよ…部外者のクセに…。私たちは何度も愛し合って…将来について色々と話してた…。それを邪魔するっていうの…?」
さとり「その何度も愛し合った人から深く傷付けられたこの人の気持ちを尊重すべきでは?加害者より被害者を優先、至極当然ですよね。今のこの人は、あなたに対する信頼なんてもう0に等しいですよ」
鈴仙「う…嘘よね…?嘘でしょ?」
カルゴ「……」
さとり「…そう思うのなら、そう思ってもらって構いませんよ。ですが、今のこの人の心は、人の肉体のように脆い…。ヨリを戻したいと考えるのなら、下手に刺激しないことですね」
鈴仙「…大体、なんであなたがここに…」
さとり「エスカルゴさんが、己の証明のために、私を選んで下さったのです。心という誤魔化しようのないものを読めて、なおかつ嘘をつかない私なら、と。昔から大嫌いだったこの能力が、今はとても誇らしいですよ。大事な友人を救うのに使えるんですから」
鈴仙「……お願い、エスカルゴ…。なんでもするから許して…。傷付けるつもりは無かったの…。追い出したのだって、業務上の事だし…」
カルゴ「……だろ」
鈴仙「え?」
カルゴ「自警団に通報するんだろ。通報しろよ」
鈴仙「ううん、しないわ。あれは不審者だと誤認してたからで…」
カルゴ「もういいよ、何もかも。このまま、昨日の夜みたいに妖怪に襲われて死にたい」
さとり「(まずい、闇が広がる…少しこの話題から離れなければ……)」
鈴仙「昨日の夜…やっぱりあの時…!」
さとり「自殺を図る前、この人は妖怪にその身を差し出しました。ですが、その妖怪達は堂々とした態度に不審さを感じ、逆にエスカルゴさんが短刀一本で妖怪達を屠ったようです」
鈴仙「(凄っ…)」
さとり「…失礼、話が逸れましたね。あなたが、昨晩の叫び声について考えたようなので、答えをお教えしました。…兎も角、ヨリを戻したいなら一旦この人から距離を置いてください。それが、一番の近道ですから」
鈴仙「……わかったわよ…。いつかまた、一緒に過ごそうね…」
カルゴ「……」
最後に鈴仙は、紅い目から涙を流しながら、謝罪の言葉を述べ、永遠亭内に戻って行った。
文「ふぅ〜…とりあえず1人目ですか…。証明は出来ましたね」
さとり「ですね…。一応目標は突破しましたが、依然として、状況はあまり良くなりませんね…。傷が深まったようにも見えますが……この様子を見るに、まだ、大丈夫でしょう」
文「そうですか。無理そうなら言って下さいね?あなたの心が最優先ですから」
カルゴ「…うん…まだ、大丈夫…。でも、あと…永琳にも同じように……言わなきゃ…」
今度は、永琳の言葉が脳内で再生される。信じてもらえず、夢物語だと言い放たれたあの言葉が。
さとり「いえ、その心配は無いと思いますよ」
カルゴ「え…?永琳に言わなきゃ薬が…」
さとり「鈴仙さんが、あのまま黙って引っ込むと思いますか?お師匠様、に報告に行くんじゃないですかね?」
永琳「はぁ〜…ダメね…ダメダメだわ…」
その頃、永琳は、上手くいかない薬の調合に悪戦苦闘していた。てゐを実験台にして様々な薬を飲ませるが、不完全な吸血鬼になっただけだった。
その時は薬の効果を消す薬を飲ませて、兎の姿に戻して、繰り返し実験していた。
てゐ「1回1回苦いの飲むの辛いウサ〜…」
永琳「ごめんなさいね、てゐ…。でも、あなたもエスカルゴを元に戻したいから、協力してくれてるんでしょ?」
てゐ「そうウサ…アイツには戻ってもらわなきゃダメウサ…」
永琳「あなた、まさか…」
てゐ「約束、してるウサ。今度一緒に遊ぼって。人間じゃそれが出来なくなるウサ…」
永琳「…そう…」
その時、永琳は思いついた。
永琳「(吸血鬼になる為には、吸血鬼のサンプルが欲しいわ…。そうなると、純粋な吸血鬼である、スカーレット姉妹、エスカルゴの因子を持ってる四姉妹の協力が不可欠ね…。いいや、白狼天狗のヒビキ君もね。エスカルゴの弟…血縁だし、共通の遺伝子を持っていることでしょう。遺伝子組み換えに近い作業ね…。人から吸血鬼に変化させる薬か…。大丈夫、細胞置換えの技術の応用、遺伝子置換えね…)」
てゐに薬を飲ませ、今度は、その7人をこちらに連れてくる方法を思案し始めた。しかしそれと同時に、客を迎えに行った鈴仙が、泣きながら帰ってきた。
永琳「どうしたの?お客さんは?」
鈴仙「それが…うっ…人間のエスカルゴ達で…。謝っても、許してくれなくて…私に対する信頼は0に等しいって……」
永琳「誰がそんなことを…」
鈴仙「地霊殿のさとりさん…です…」
永琳「…なるほど…心を読めるあの子に頼んで、自分が自分だと証明に来てるのね…?でも、何で信頼が0だって…」
鈴仙「それほど深く傷ついた、と…」
永琳「昨晩の彼…かなり思い詰めてる様子だったから…その話も、あながち嘘では無いかもね…」
鈴仙「っ…どうすれば…。心がボロボロだって…言ってました…」
永琳「…ウドンゲ。まずはあいつを吸血鬼に戻すことよ。でもそれには材料が必要。材料の調達に行くわよ、手伝いなさい。肉体が戻れば、精神も少しは戻るでしょう」
鈴仙「…はいっ!」
永琳「てゐはもう休んでていいわ。実験手伝ってくれてありがとうね」
素直に礼を述べる永琳だが、てゐは肩をワナワナと震わせている。
てゐ「心がボロボロ…?じょーだんじゃない…!私もやるウサ!手伝わせろウサ!」
てゐのこれまでにないほどの真っ直ぐな目に、永琳は、ニヤリとほくそ笑んだ。
永琳「わかったわ。材料は─────…」
作戦を話し終えた永琳、それを聞いた鈴仙とてゐは、一旦は愕然としたが、愛する者…または、友人を元に戻すため、幻想郷中に散らばった。