紫「ちょ〜っと待って〜?」
見送りムードの中、突如現れた胡散臭くて呑気な声。俺たちは、ムードぶち壊しだと内心でイラッとするが、それをおくびにも出さずに、紫さんの方を見る。紫さんは、スキマから上半身だけをニュッと出している。
カルゴ「…こんにちは」
紫「こんにちは〜。…話は聞かせてもらったわ。修行するんですって?」
扇子をパタパタと動かしながら、優雅な雰囲気を漂わせる紫さん。だが、やはりどこか胡散臭い。
カルゴ「はい」
紫「場所、提供してあげましょうか?あなたの力は強力だし、場所が必要でしょ」
願ってもない申し出だ。
しかし俺は、ゆっくり首を振って断る。
カルゴ「…いいえ。今の俺は、完全に力を失っています。全っ然強力じゃありませんし、並の妖怪程度です。なので、特に危険は…」
紫「力を失っているからこそよ。これから、また0から鍛え直しだけど、以前までよりも強い技、考えてるんでしょう?」
カルゴ「ですね。一応…まぁ…そこそこは」
紫「ハッキリしなさいよ…。まぁ、そういうことだから、スキマ空間を使わせてあげる。さっさと力戻して、以前のような自信も取り戻しなさい。何かあったら、私が遠慮無く頼れるくらいね」
カルゴ「わかりました」
それを聞くと満足そうに頷き、スキマを開いた。
どこかへ繋がっている…ワケではなく、スキマの中の空間で修行するから、どれ程暴れても大丈夫という事だ。…便利なものだ。
カルゴ「行ってきます」
紫「行ってらっしゃい。こちらと時間軸を大きくズラしてあるから、こちらのことは気にしないで修行に集中なさい」
カルゴ「……?わかりました。じゃあな、霊夢。ありがとう、さとり。世話になった」
霊夢「うん」
さとり「いえ」
2人に背を向け、スキマに入る。
紫さんがスキマを閉じようとした瞬間、真っ黒い何かがゴォッとスキマの中に入った。
霊夢「キャッ!?」
さとり「ルーミアさん…?」
紫「あら…行かれちゃったわ」
霊夢「スキマ開けて引っ張り出しなさいよ」
紫「イヤよ。時間軸を大きくズラしすぎたから、開けるだけでも結構な負担なのよ」
それでも、別世界同士を繋げるよりかは遥かに楽だろうに…。それに気付きつつ、また、コイツはこういうヤツだと割り切っている霊夢は、紫さんに突っかかるのをやめて、質問を変えた。
霊夢「具体的にはどれくらいズラしたの?」
紫「こちらの1時間がスキマ空間での1年くらいだったかしらねぇ。うふふっ♪」
霊夢「なっ…強くなる前に餓死するじゃない!」
紫「消化器系等の臓器の機能は停止させてるから大丈夫よ。お腹も空かないしトイレにも行きたくならない。まさに、修行の為だけの時間。…今は午前10時頃…午後8時頃に呼び戻して、10年分の修行ね」
霊夢「向こうでは、体感的に10年経つの?」
紫「多分」
霊夢「多分ってなによ…」
紫「時間軸ズラすなんて普段やらないし、私自身入った事ないからね…。でも、孤独を感じる事も無いでしょう、あの子が行ったから」
霊夢「だから心配なんだけどね…」
紫「あぁそうだ、すっかり忘れてた。1年おきに藍が様子見に行くわ。腕試しするも良し、文句をぶつけるも良し…どうなるかしらね」
霊夢「そんな手筈を整えてたんだ。どっちにしろスキマにぶち込む気満々じゃないの」
紫「彼には強くなってもらわないと困るからね。何故かは…教えてあげないけど」
霊夢「まーたそうやって勿体ぶるし…」
スキマの中に入った俺は、辺りを見回していた。
中は暗いが、見えないことも無い。吸血鬼の視力だからなのか、スキマ空間の中だからなのかは、わからない。いつも移動する際に使われるスキマと同じく、周囲には目玉やら何やらがあり、見られていると感じ、あまりいい気持ちはしない。
背後から入ってくる光が、だんだんと細くなる。
紫さんが、スキマを閉じ始めたらしい。
しかし、完全に閉じる直前に、ゴォッと音を立てながら、何かがスキマの中に入ってきた。
るみゃ「来ちゃった♪」
カルゴ「ルーミア…お前、なんで…」
るみゃ「スペルを使用する相手になってあげる。まだまだ分身を出せるレベルじゃないし、1人で出来る修行なんて、たかが知れてるもの」
封印を解いたルーミアは、随分と言いたいことをストレートに言ってくれるらしい。分身を出せるレベルじゃないという言葉には少なからず傷付くが、事実なので認めるしかない。
カルゴ「…じゃ、弾幕を発射してくれ。俺まだ、スペルすら使えないんだ」
るみゃ「あっ、そっか…。わかったわ、ちゃんと避けてよね?」
カルゴ「避けるのは得意さ」
るみゃ「ふふっ、どうかしら…?」
相手が発射し、俺はそれを避けるだけ。
10年前の俺は、こうして避けるのを磨いていた。
紅魔館のとても広い一室で、フランが虹色の弾幕を発射して、俺はそれを小動物の様にちょこまかと避け続ける。
ある時、フランが力を溜めていたので俺も同じ様に足に力を溜めると、謎の電気音が発せられた。発射と同時に逃げると、とんでもないスピードが出せた。それが、これまで幾度となく使用した、あのスペルだ。
カルゴ「雷速『クイック』!」
パリパリと足に雷を纏う。
足をつけての移動速度が飛躍的にアップする。
カルゴ「っし…少しずつ力が高まってきたな」
るみゃ「成長早くない?こんなすぐ出来たの?」
カルゴ「なんでだろーな。なんかさ、成長が早くなったように感じられるよ」
るみゃ「そうなんだ」
それからも力を高め続けて、八雲藍さんが訪れる頃には、エネルギーの具現化までは出来るようになっていた。まるで、歯は立たなかったが。
武器単体は各種作れるのだが、刀等を発射する系の混合武器になると密度が薄いのが難点だ。
もっと力を高める必要があるだろう。
藍さんが3回目に訪れる頃になると、鎧を纏う他に形を変化させ、巨大な翼を生成し、勇者の様な見た目の鎧にする事も出来た。死神の様なローブを纏ったりも出来る。
力加減をし、ツボに電気を流して身体を軽くするなど、今までやってきた事を、スペル、非スペル関わらずに復習してきた。
それと、もう1つ。
一度、ふざけ半分で地獄の雷を呼び出すスペルを使ったところ、足元に赤い魔法陣が出現して、赤黒い雷を呼び出すことが出来た。
俺1人でも魔法が使えるほど、魔力が高まった。
藍「ご報告します」
こうして藍が仕事場に現れるのは何回目だろう。
面倒臭くなったから5回目以降は数えていない。
数えなくても、現在の彼の様子が気になるので、霊夢やさとり、目覚めた文も、彼女の報告に耳を傾ける。
紫「お願い」
藍「かなり、力が高まっています。勿論、全盛期よりかはいささか劣りますが…。ほとんど、私と同レベル…いや、少し上に来ているかと。弾幕の対処でやっとになってきました」
紫「そう、流石エスカルゴね…。彼は今、なんの修行を?時系列的には多分、火球を作り始めてる頃かしら?」
なぜ時系列順に彼の身につけてきた技術を紫さんが知っているのか。その理由は、かなりの頻度で覗いていたからに他ならない。
彼は強大な力の持ち主だった。
だがそれと同時に、暴走癖があって、破壊思想があり、危険を孕んでいた。賢者といえども、心配になるのも仕方あるまい。
藍「………」
紫「どうしたの?」
藍「いえ。それは先程の時点で作っていました」
紫「えっ…ちょっと成長早くない?…まぁ良い事なんだけどね。それと、今の沈黙の意味は?」
藍「申し上げにくいのですが…。奴は今、空間を歪める修行をしています」
紫「空間を?…クスッ、そんな簡単に出来ると?いくらとんでもないポテンシャルの持ち主でも、空間を広げるのではなく歪めるのは大変なのよ、出来るわけが無いわ」
扇子で口元を隠して笑いを隠すが、ついつい声が漏れてしまった。なぜ笑うのかというと、空間を歪めるのはそう簡単ではなく、到底吸血鬼風情ができる訳が無いと考えているからだ。
藍「しかし、僅かながらも空間の歪みが目に見えました。完成させるのも時間の問題かと」
これを聞くと、紫さん含め、話を聞いていた全員が目を丸くする。
紫「…ああ、エスカルゴ…あなたはどこまで私の予想を裏切ってくれるの…?」
藍「止めますか?」
紫「続けさせて大丈夫よ。もし空間がいじれても彼は幻想郷を壊したりはしないでしょう」
藍「わかりました。それと、奴から武器の調達を頼まれました。紅魔館に置いたままの妖魔雷霊剣を使った修行もしたい、と…」
紫「なら持ってきましょう」
藍「しかし奴が言うには、結界がかけられているから自分しか触れない、と…」
紫「お馬鹿さんねぇ…。触れなきゃ運べないの?こうすれば、手を使わずとも運べるのではなくて?」
そう言って、スキマを開く紫さん。
ゴトッと落ちてきたのは、禍々しい気配を放つ、漆黒の刀身の剣。剣が立てかけてあった床にスキマを開いて、落としたのだ。
紫「ほら♪」
藍「恐れ入ります」
次に、藍さんは同じように剣の下にスキマを開き俺のいる空間に繋げた。
霊夢「ね、なんでアイツが空間を歪められるの?新しい能力でも発現したの?」
紫「多分、それは違うわ。藍、説明を」
藍「はい。…宇宙は、事あるごとに強力な電磁波を放っている。それは、空間を歪めるほどに強力なものもあれば、大したことが無いものまで結構な幅がある。電磁波……電気……奴はそこに着目して、言葉では到底説明つかないレベルの電気を生み出して、無理矢理に空間を歪めているのだ。天文学的な…まさに神とも呼べるような力でな」
霊夢「…難しくてよくわかんないわね」
藍「つまり、今の奴は全盛期の奴を遥かに凌ぐ程に力が高まっている、という事だ」
霊夢「なるほどね。空間とかよく分からないわ。咲夜は紅魔館内部の空間を拡張してるらしいけどそれと似たようなモンかしら?」
藍「空間関連という事においては、な。拡張も、歪める事に近い」
霊夢「ふーん…」
藍「でも、おかしいですよ。同じ時間修行しているはずなのに、成長にこんなに差があるなんて。あと3年は残っていますよ?」
紫「私もそれは思ったけど、少し考えればすぐにその答えは出たわ。…前回は初めてだったから、手探りで修行するしかなかった。でも今回はね、修行の要領はわかってるから、より効率的に修行出来るのよ」
藍「なるほど…」
紫「あと3年で、どういう成長を遂げるのか…。もう帰るつもりだったけど、成長が楽しみだからもう少しここで待たせてもらうわね」
文「は、はい!」
さとり「(それは良いのですが…。ルーミアさんと一緒に居るのが不安で仕方ありません…。彼女にそそのかされて、闇の力に手を伸ばさないことを祈るばかりですね…。あの闇のスペルは彼の心の闇が現れたもの。つまりエスカルゴさんは、その気になれば闇の力も具現化できるということ…。しかしその力は、心を削る行為に等しい。あの頃よりも、心の闇が深まっているから────…)」
しかし、その次の報告…8時間目の報告を聞き、さとりの悪い予感は、見事に的中してしまった事を知る。