カルゴ「霊夢……目を覚ましてくれ……」
霊夢の心臓が再び動き始めてから、ずっと彼女の手を握り、目覚めるのを待っていた。
夕飯も食べず、水すらも飲まずで。腹は鳴るし、実際お腹も空いてきた。しかし食欲が無い。
食欲が無いのに腹が鳴るとは、おかしな話だ。
鈴仙「…エスカルゴ。霊夢も蘇生できた事だし、お夕飯食べよ…?」
カルゴ「意識不明じゃ蘇生できたとはいえない…霊夢が目を覚ますまで俺もここにいる」
永琳「あなたが食べてる間、代わりに私達がそばで見てるから、食べてらっしゃい。巫月ちゃんもあなたに会いたがっているわ」
同じ室内には、いつの間にか永琳が居た。
隣に鈴仙が居たのは分かっていたが、背後に永琳が居たのは気付かなかった。
カルゴ「ダメです。断じて俺はここから動かないですから。霊夢が目覚めるまで…ずっと……」
永琳「はぁ…頑固ねぇ。それじゃあ、この部屋で食べなさいと言ったら?」
カルゴ「…いただきます」
永琳「ウドンゲ、お盆にのせて持ってきなさい」
鈴仙「はいっ!」
鈴仙は部屋から出ていき、あとには俺と霊夢と、永琳の3人だけが残る。昼間派手に突っかかったからか、重苦しい雰囲気となってしまう。
永琳「…結婚おめでとう」
永琳は唐突にそう言った。流石の洞察力と言うべきか、指輪の存在に気付いていたのだろう。
カルゴ「…気付いていたんですね」
永琳「まぁ…確信には至らなかったけれどね…。
カルゴ「霊夢の意向で、しっかりした式は行っていませんが…今朝、2人で愛を誓い合いました」
永琳「照れ屋な霊夢らしいわ。…それにしても…今朝か…。まさか、初夜をこんな形で迎える事になるなんてね……」
カルゴ「……」
俺があの時、問答無用で死神を殺していれば…。
いや、戦いを見守る時、もっとちゃんと見てればひまわり畑から出てきた死神にもきっと気付けていた。俺が気付かなかったら霊夢は今こんな状態なんだ。だったら俺が霊夢を傷付けたようなものじゃないか。なんで、俺ばかりがのうのうと生き残ってる?生きてる意味あるか?
1人の女すら救えないのに、他の女を幸せに?
そんな事出来るわけないだろう。だったら霊夢に心臓を移植して、俺はもう………。
…いや、拒否反応が出たらお終いだ。下手な事は出来ない。やっぱり見守るしか出来ないのか…。
永琳「もし明日の朝までに目を覚まさなくても、変な気は起こさないで。あなたは四児の父親なのだからね。特に、霊愛ちゃんが路頭に迷う恐れがあるわよ」
カルゴ「あいつは、そんなヤワじゃないですよ。すぐに前を見て歩き出せる。今の霊愛は四姉妹の誰よりも強い。精神的にも、弾幕的にも。博麗の巫女の修行は、伊達じゃないですから」
永琳「だからって、両親が同時に消えていいって理由にはならないからね。そこだけは肝に銘じておきなさい」
カルゴ「…ウッス…」
霊愛に、「お泊まりしてくる」と伝えてしまった以上は、絶対に…何がなんでも霊夢を助けなきゃいけないんだ。方法は…無い。ただ祈るだけだ。
カルゴ「永琳先生…」
永琳「何?」
カルゴ「今夜が山…なんですよね?」
次に太陽が登るまでに目が覚めなければ…ずっと植物状態の可能性が高い。
死ぬよりずっとマシだが、そんなのは嫌すぎる。
霊夢のために人間をやめた魔理沙が知ったらどう行動する?俺のせいだと俺を責めるだろう。
事実、これは俺のせいだから、その時は甘んじて受け入れ、死ぬ。
永琳「…ええ、そうよ。あなたもよくわかってるだろうけど、蘇生に時間をかけすぎたの。方法がわからなかったのだから、心臓が再起しただけで十分だと思うけど…。それにしても、よくそんな無茶な方法で出来たわね…。下手したらあなたが死んでいたのよ?重要な動脈を全て差し出すとかいう捨て身の輸血…前代未聞よ」
カルゴ「霊夢を助けられるなら俺如き死んだっていい。霊夢がいない世界なんて、俺には……」
永琳「…あなたが死んだ後に霊夢が目覚めたら、霊夢もそれと同じ事を言うんじゃないかしらね?『エスカルゴがいない世界なんて、私には……』って」
カルゴ「………」
霊夢ならそう言ってくれるだろうか。
もしも言ってくれたなら、俺は凄く嬉しい。
目覚めてくれ、と再び手を握る。
体温は上がってきているが、末端部分はほんのりひんやりしているように感じる。鼓動が弱くて、ちゃんと血を全身に送れていないらしい。
その時、鈴仙がお盆を持って戻ってきた。
俺の分の夕飯を持ってきてくれたらしい。
鈴仙「持ってきたよ、エスカルゴ。これ食べて、ちゃんと血を増やしてね」
パッと見、鉄分補給に良さそうなメニューだ。
命を顧みない決死の輸血で、血をたくさん失っていたから、これはありがたい。
カルゴ「ありがとう。…いただきます」
深夜になった。
草木も眠ると言われる、丑三つ時…。
リミットの朝…日の出まで、残り2時間ほどだ。
夏は太陽が登るのが早い。4時には既に出てる。
永琳は自室に戻った。
何かあったらすぐに呼べ、という言葉を残して。
鈴仙は現在、俺の隣で眠っている。
昼間あれこれ動き回り、色々手伝ってくれたからその疲れが出てしまったのだろう。
それがわかっていたからこそ、彼女には、徹夜を強要したりはしなかった。ナースだって、休める時に休むべきなのだ。
俺は変わらず貧血状態で夜を過ごすことになってしまった。休めと言われたが、俺のせいで霊夢がこんな状態なのに、休めるわけがなかった。
霊夢の心音は相変わらず微弱なまま。
俺の血が入っていたパックからの輸血も完了し、針も何も刺さっていない状態で横たわっている。
とても綺麗な寝顔なのだが、このまぶたが二度と開かれない可能性があるのだと考えると、思わず泣きそうになってくる。
不吉な考えなのは、俺自身がよくわかっている。しかし、考えずにはいられなかったのだ。
霊夢を失った時の、娘や魔理沙をはじめとする、周囲の人物たちの反応を。
それを考えるとやはり、霊夢がこのままなのだとしたら、俺は死んで償うべきなんだと思う。
自己満足だと言われても、仕方がない。
とにかく、日の出までの約2時間が、俺と霊夢の運命を左右することには変わりない。
手を握り、俺の体温で温め、強く強く祈った。
チュンチュン……ジージー……ピィピィ……
カルゴ「っ!」
鳥やらセミやらの鳴き声で、俺は目を覚ました。
いつの間にか、正座のまま眠っていたらしい。頭を垂れて寝ていたからか、首がすごく痛い。どれくらい眠ったのだろうと時計を見る。
寝ぼけ眼で時計を見たが、一気に目が覚めた。
現在、午前7時。
…リミットは、大きく過ぎていた。
霊夢を見、胸に手を当てる。
小さい鼓動しか、感じ取ることはできなかった。
カルゴ「クソッ!!」
血が足らず、あまり感覚が無い右手で畳を殴る。
べコッと大きく陥没し、その衝撃で隣の鈴仙も目を覚ました。
鈴仙「ふぇっ!?な、何!?……あ…」
未だ目覚めぬ霊夢を見、表情が暗くなる鈴仙。
耳がヘナヘナになり、俯く。
カルゴ「まだ…目が覚めないんだ…」
鈴仙「そう…なんだ…」
カルゴ「俺が不甲斐ないせいで…っ」
鈴仙「それは違うわ。だって背後からの不意打ちだったんでしょ?そんなの予想出来るわけない…あなたは悪くないわ」
カルゴ「いいや、予想は出来たはずだ。霊夢は、博麗の巫女だ。そんな奴を襲うんだから、堂々と真正面から襲うかよ?瞬殺されて、終わりだろ?事実、もう1人の死神は殺されかけてたからな。霊夢ほどの強者を襲うんだ、魂の回収のために、あらゆる手を使うはずさ。…そこを読めなかった俺の落ち度だ」
昨晩、あの襲撃を何度も何度も思い返した結果、この結論に至った。やはり俺がやるべきだった。
鈴仙「そうやって自分を責めたところで、なにも生まれないわ。今のあなた、自虐的になってる。少し落ち着いてちょうだい」
カルゴ「…悪い」
どうにかして霊夢の目を覚まさせなければ。
俺の頭の中は、その方法を考えることでいっぱいだった。しかし、思い付かない。
意識不明の者の目を覚まさせるなんて事は、外の世界でも未経験だし、そういった知識も無い。
無理に行い、俺が霊夢の鼓動を止めてしまっては元も子も無い。…そういった観点から言っても、俺には祈ることしか出来ないらしい。
鈴仙「仙人にも、吸血鬼みたいな再生力があればいいのにね…」
カルゴ「そうだな…」
…ん?まてよ…この方法なら霊夢を…目覚めさせられるんじゃないのか?
カルゴ「鈴仙、霊夢の服を着替えさせてくれ」
鈴仙「えっと…病衣に?」
カルゴ「そう。ちょっと緩めのにしてくれ。俺は部屋から出てるから」
鈴仙「…?わかった」
部屋から出て、襖に寄りかかって座り込む。
もしもこの方法を行うとしたら…恐らく、霊夢は目覚めるだろう。でも、その代わりに……。
鈴仙「出来たよー…あれ、開かない」
ガタガタと襖を揺する音が聞こえてきた。体重を預けていたから、開きにくいらしい。随分と早い着替えだったな。さすがに、手慣れているのか。
カルゴ「ああ、悪い。今行く」
部屋に戻ると、白い病衣を纏っている霊夢が横になっていた。俺は再び、彼女の傍らに正座して、話しかける。
カルゴ「霊夢…今助けてやるから、待ってろよ。もし目覚めたら…謝らせてくれ」
もしも今からやる事が成功したら、霊夢のおよそ1年の努力が無駄になるのに等しい。
だから、それを謝らせてほしいのだ。
…やっぱり、俺はわがままだ。
霊夢の努力を思いやってこのまま目覚めぬ霊夢を見るか、今すぐ復活させるか。
この2択を迫られた今、わがままな俺は、後者を選択する。目覚めた霊夢と共に居たいからだ。
そして、霊夢を抱き起こし、首に口をつける。
鈴仙「ちょっと!まだ血が足りてないんじゃ…」
カルゴ「少しだけだから。あとで、また俺の血を抜いてまた輸血。それで大丈夫だろう」
鈴仙「じゃあ、準備するね」
献血の準備を始めた鈴仙を横目で見ながら、俺は再度霊夢の首に口をつけ、血を吸い始める。
血を飲む時、唾液を介して、吸血鬼となる
つまり、霊夢を俺の眷属にするんだ。
もちろん俺は、誰かを眷属にするなんて言う行為は初めてなので、術が成功するかはわからない。
だがもう、これに賭けるしかない。
カルゴ「ふぅ…出来た。あとは待つだけだ…」
吸い終わり、ある程度の精素を注入した俺は、霊夢の隣に寝転がる。それを見た鈴仙は、準備が整った針と機械を俺の隣に移動させ、献血を開始。
鈴仙「200mlでいいのよね?」
カルゴ「いや、400ml」
鈴仙「昨日もたくさん抜いたからダメよ」
カルゴ「いや、今400mlくらい飲んだから」
鈴仙「あら……わかったわ。(それにしては、飲み終わるの早かったけど…)」
嘘だ。今俺は、嘘をついた。
実際は100mlも飲んではいない。
霊夢にはまだ血が足りていないので、まだ輸血を継続しなければならないのだ。
永遠亭には、A型が他にいないらしいから、俺がやるしか無い。貧血になるだろうが、そんな事はもはやどうでもいい。ほぼ確実に助かるのなら。
カルゴ「あ…やば…」
血を抜かれている右腕はどんどん痺れてきた。
肌の色もだんだん薄くなってきた。
鈴仙「顔色も悪いよ?大丈夫?」
カルゴ「俺の事は気にすんな…それより、霊夢に何か変化はあるか?」
鈴仙「え?…ううん、何も」
カルゴ「ちっ…レミリアに時間聞くの忘れてた…どれくらいなんだろ…」
鈴仙「…霊夢になにかしたの?」
カルゴ「へへ…この際、霊夢にも吸血鬼になってもらおうと思って…。前にレミリアが咲夜さんにやった、吸血鬼だけが使える方法で…」
鈴仙「霊夢が吸血鬼に!?」
あれ…視界がボヤけてきた。
またかよクソが…意外と俺の身体も弱いな…。
意識を保つのが困難になった俺は、鈴仙に最後の指示を出し、眠気にその身を任せた。
鈴仙Side
エスカルゴが気絶…今すぐ血を抜くのはやめさせたいんだけど…ダメって言われちゃってるし…。
残り50mlだけだから、もう少しなんだけど…。
その時、霊夢に1つの変化が現れた。
彼女の口が、ピクリと動いたように見えたのだ。
喋ったとか口を開けたとかではなく、口の中で、なにかが動いたような、不自然な動き方だった。
失礼して、唇をちょっぴり持ち上げる。
鈴仙「ウソ…!?」
そこにあったのは、吸血鬼の牙。
生えてきた時に、唇の内側に触れ、動いた瞬間を目撃したらしかった。
どうやら、吸血によって同族を増やすというのは本当らしく、吸血に対し初めて恐怖心を抱いた。
鈴仙「目…目は…?」
興味をそそられた私は、そっと霊夢の瞼を開け、瞳の色を確認する。確認出来た彼女の瞳の色は、彼女の巫女服のような、明るめの紅色だった。
ピーッ、ピーッ!
無機質な電子音が、400ml採血したことを知らせた。エスカルゴから針を抜いて、採血した血液をパックに詰めて、今度はそれを霊夢に輸血する。今度は、次の変化が訪れる前に、献血を完了させなければいけない。
鈴仙「ふぅ…何とか終わったわね…」
霊夢から針を抜き、片付けを終わらせた時、霊夢の寝ている布団のシーツが動き始めた。
次の変化が始まったのだ。
変化を促すために、霊夢を仰向けからうつ伏せに変え、背中を楽にさせる。
これ、翼通るように穴開けた方がいいのかな?
翼がちゃんと生えるように緩い病衣にしたんだろうけど、やっぱり穴開けた方がいいよね…。
あっ、どういうふうに穴開ければいいのかな…。どう生えてくるかわからないから穴を開けないでおいたのかな?うーん…どうしよう…。
ごめんねエスカルゴ、ちょっと背中見せて。
霊夢の隣で寝込む彼の背中を見、穴の角度、幅、大きさを確認して、ハサミで病衣に穴を開ける。同時に、肩甲骨の少し下の辺りから、翼が生えてきた。それは、丁度開けたばかりの穴を通り、病衣の外へと出てきた。
鈴仙「霊夢が吸血鬼になったんだ…!」
吸血鬼になるための薬を作った時に、お師匠様は確か…牙、目、翼、臓器の順で変わるって言っていたような気がする…。
構造が簡単な方から変化するらしいから…。
という事は、次は臓器。
大人しく寝かせておかなきゃ。
翼の成長が止まった吸血鬼霊夢を寝かせ、彼女に掛け布団を掛け、自然に目覚めるのを待つことにした。
一体いつから「バッドエンド=死」だと錯覚していた?
仮死状態
呼吸や心拍の一方または両方が停止し、意識もなく、外見上死んだかのように見えるが、自然にまたは適切な処置により蘇生する余地のある状態。仮死。
仮死状態とは - 日本語表現辞典 Weblio辞書より。
結論:霊夢は仮死状態だった。
でもこれも、ある意味ではバッドエンドだよね。
仙人になるための修行が無駄になったんだ…。