ポカポカと気持ちのいい陽射しが差し込む昼間の紅魔館。仕事が大体終わり、いつものように美鈴さんと、ハーブ園及び花壇の手入れをしていた。
これは、そんな中の出来事だった。
美鈴「いやぁ、弦月姫ちゃんのおかげで、仕事が楽になりました!ありがとうございます!」
弦月姫「いえ、暇だったので…」
美鈴「エスカルゴさんがまだ居ないですからね、暇なのはしょうがないですよ〜」
弦月姫「ですね…はぁ…」
「ゲンキダシテ!」
弦月姫「え…?」
美鈴「? どうかしましたか?」
弦月姫「今、美鈴さん何か言いましたか?」
美鈴「いえ、何も?」
弦月姫「…?」
なんだったんだろ、今の……。気のせい…かな?
こんな事があった数日後。
同じく、美鈴さんのお手伝いをしていた日。
「オハヨ!今日ノパンツハ青ト白ナンダネ!カワイイネ!」
弦月姫「ッ!?」
またこの幻聴…しかもパンツだなんて何なの?
誰かスカート覗いてる?気持ち悪い…お父様にも覗かれたことないのに…。
「ソコ褒メルトコカヨ」
「イヤー、見エチマッタカラツイ」
弦月姫「きゃああああああっ!!」
美鈴「弦月姫ちゃん!? どうしました!?」
流石に怖くなった私は、悲鳴を上げてその場から走って逃げ出す。このままある場所へ直行しようとも思ったけど、あの人は汚れた手を嫌うので、洗面所で土まみれの手を綺麗にしてからその場へ向かう。そう、地下にある大図書だ。
パチェ「あら、弦月姫じゃない」
本から顔を上げて、柔らかな笑みを浮かべるパチュリー様。お父様が居ない時には、パチュリー様だけが私を褒め、癒してくれる存在だ。
誰にも言えない、秘密の関係だ。
弦月姫「はい…。あの、パチュリー様…」
パチェ「また咲夜に怒られでもした?今度は一体何をしたのかしら?」
弦月姫「いえ、今回は違うんです。本を一冊、今ここで読みたいな、と思いまして…」
パチェ「そう、勿論良いわよ。何の本を読む?」
弦月姫「幻覚、幻聴についての本を…」
パチェ「幻覚、幻聴…ね。小悪魔ー、何か数冊、そういった本持ってきてー!」
小悪魔「はーい!少々お待ち下さーい!」
パチュリー様が声を掛けるとどこか遠くの方から小悪魔さんの元気のいい声が返ってきた。昨日はお父様が相手をしたらしく、上機嫌だった。
パチェ「お姉様に勝つ方法でも探るつもり?」
弦月姫「えっ?」
パチェ「ほら、幻覚と言えばあの子でしょう?」
巫月お姉様の事か…なんて言えばいいのかな…?
嘘はつきたくないけど…今回は仕方ないよね。
弦月姫「ええ、そんな所です…ここ数年、1度も勝てていませんから…」
嘘は苦手な私は、これだけでちょっとした罪悪感を覚えてしまう。よりによって、甘えさせて頂いているパチュリー様に嘘をついてしまうなんて、やはり嫌だった。
けど幻聴が聞こえるなんて言ったら、パチュリー様も気持ち悪いと思ってしまうに違いない。私はそれが嫌で嘘をついてしまった…。
でも…あれ、ちょっと待って?
なら、「
そうよ、これだわ!
今お願いしたのは「幻覚と幻聴」の両方についての本なんだから、きっと両方載ってる!
はー、良かった…やっぱり嘘は苦手ね…。
程なくして、小悪魔さんが2冊の本を持ってきたので、私はそれを受け取った。とても分厚い。
やはり読むのをやめてしまおうか、などと考えてしまうほどだ。しかし、この気持ちの悪い幻聴をそのままにはしておきたくないので、意を決してその分厚い本を読み始めた。
弦月姫「麻薬とやらばっかりですね…」
結論から言うと、幻覚等の類は、極限まで疲れているか麻薬などの薬物を使用した時のみだった。でも私は麻薬なんてやっていないし、というか、そんなものの存在は今初めて知った。
今は疲れてるどころか普通に元気だし…。
ハーブと書いてあり、これかもしれないと思ったけど、こっちのハーブとは、また別だった。紅茶関連のハーブではなかった。仕方ないので、次は幻覚の対策を練ることにした。
パチェ「どう? 何か対策は浮かびそう?」
弦月姫「いえ…あんまり。対策等はあまり載っていませんね…」
パチェ「そう…役に立てなくて悪かったわね」
何を思ったのか、急に頭を下げるパチュリー様。
あまりに驚いたので、ガタンと席を立つ。
弦月姫「とんでもございません、パチュリー様は悪くないです!載ってないのは仕方ないです!」
パチェ「…そうね…。また何かあったら言って。私にできる事があれば喜んで手伝うからね」
弦月姫「ありがとうございます!」
そんな事があってから、さらに数日後。
幻聴は、段々とエスカレートしてきた。内容が…ではなくて、単純に音量が大きくなってきた。
「ナァッテバー。聞コエテルンデショ?」
返事はしない。口には出さないし頭の中でも変な事は一切考えない。ここで、もしも口に出せば、美鈴さんに変な子だって思われてしまう。
でも…流石に限界だった。
「顔ニ出テルゼ、『聞コエテル』ッテヨ」
一段と大きな声が聞こえてきて、我慢の限界だと感じた私は、思わず口を開いてしまった。
弦月姫「さっきからうるさいですよあなた達は!何なんですか!?イラつきますから、いい加減に黙ってくれませんか!?狩りますよ!」
ナイフを構えてそう叫ぶ。
すると、幻聴は治まった。だが、ホッとしたのも束の間で、ついに言ってしまったと気付いた。
美鈴「ど、どうしましたか!?」
弦月姫「う…あっ……」
言っちゃった……どうしよう、美鈴さんに変な子だって思われちゃう…!
美鈴「何かあったんですか?」
弦月姫「なっ、なんでも…無い、です…」
美鈴「何も無かったら急に叫びませんよ。誰かに向かって叫んでましたね、何か居たんですか?」
弦月姫「何でもないですっ!!」
尚も追求してくる美鈴さんだけど、あまり聞かれたくなかったので、そのまま、スコップや肥料の類を放り投げ、時を止めて逃げ出した。
図書館ではない。屋外の倉庫に向かってだ。
ここになら誰も来ない。美鈴さんも…お母様も…そして、お父様でさえも。
カルゴ「ん〜…?」
紅魔館へ向かっていた俺は、ある異変を感知。
時が止まっている。それだけならば毎日あるが、今日のは止まっている時間が長い。
湖上で遊んでいたチルノ達は無邪気な笑顔のまま微動だにしない。そして、もう1つ。門に美鈴が立っていないのだ。もしかするとこの異変に何か関係があるのだろうか?
咲夜「旦那様!」
カルゴ「ああ、咲夜さん」
門を通過した所で、玄関から出てきた咲夜さんと合流。咲夜さんは何やら慌てている様子だ。
咲夜「弦月姫が時を止めてそのまま何処かへ…!一体どこに行ったのやら検討もつきません…」
カルゴ「咲夜さんが強制解除すれば出てくるかもしれないですよ」
咲夜「それが、解除出来ないんです!」
カルゴ「えっ!?」
咲夜「成長をしたからなのでしょうか、こうして活動こそは出来ていますが、解除だけが…!」
カルゴ「参ったな、早く探さなきゃ…」
咲夜さんが強制解除できないとなったらやばい…早く見つけて解除させないと面倒臭い事になる!
ったく、何をやっているんだ弦月姫は…!
咲夜さんは屋敷中を探し始め、俺はスキマを開き幻想郷各地を探す。魔法の森の中、魔理沙の家、アリスの家、香霖堂、妖怪の山、仕事場、天魔の屋敷、守矢神社、博麗神社、無縁塚、里、河童の工房、鈴奈庵、迷いの竹林、永遠亭などなどだ。もちろん、解放区跡地も探した。
しかしどこにも弦月姫の姿は見当たらなかった。
あらかた探した俺達は、再び玄関口で合流する。
カルゴ「どこにも居ませんね」
咲夜「そんな…」
カルゴ「館の中は探したんですよね?」
咲夜「ええ。物置や全部屋、妖精メイドの部屋、時計台に図書館に地下室最深部まで…」
カルゴ「メイド妖精とかくれんぼしてて、隠れ場所を探すために時を止めてて寝落ちしたとか?」
咲夜「私用で時を止めるなんて迷惑な…」
カルゴ「あくまでも推測ですけど。てか、私用で時を止めるって言ったら咲夜さんもでしょう」
咲夜「……さて、いつの話でしょう?」
なんの事か本当は理解している咲夜さんは、頬を桜色に染めて、プイッと顔を逸らす。
カルゴ「俺が時止めの影響を受けないのが本当か実験するという名目で、時を止めてイチャつき…能力が暴走したのかと弦月姫が焦ってたあの時。懐かしいですねぇ」
咲夜「あ、あれは実験ですからっ…///」
カルゴ「なら、なんでその実験中にセッ…いや、今は思い出話してる場合じゃないですね」
咲夜「そうですよ、もうっ!」
カルゴ「じゃ、かくれんぼで隠れられそうな場所とかを重点的に探してみましょう。かくれんぼと仮定するなら紅魔館の敷地内でしょうね」
咲夜「ですね」
そんな会話をして、俺たちはまた捜索を再開。
咲夜さんは屋内へ、俺はとりあえず広大な庭や、テラスを探してみることにした。花壇及びハーブ園を通りがかった俺は、美鈴を発見した。
焦った表情で、何かを追いかけている途中で時が止まったらしくて、走っているままの格好で静止していた。
カルゴ「…この先に居るのか?」
美鈴の視線の先には、テラス、屋外倉庫(納屋)くらいしか無い。隠れるにしては芸が無く、すぐバレてしまうだろう。
まずは手近なテラスから探そうと向かう俺だが、倉庫のある方からから啜り泣く声が聞こえてきたので、そちらへ向かう事にした。
弦月姫「ぐすっ…ひっく……うぅぅ……」
その頃、納屋に篭っていた私は、流れてくる涙をゴシゴシと拭いながら、これからどうしようかと考える。ただ、今心に思うのは後悔だけだった。
美鈴さんは私を心配してくれていただけなのに、何も無いと言い張って突っぱねて、時間を止めたままにしてまで逃げた。
しかも、時止めの影響を受けないお母様とお父様に多大な迷惑を掛けてしまっている。娘としても従者としても失格。解除してもしなくても大変なお叱りを受けてしまうのは、火を見るより明らかだった。
解除すれば、美鈴さんからは「心配してあげてるのに失礼な子ですね」と嫌われてしまうだろう。嫌われるくらいなら解除しなければいい。仮に、能力を解除して嫌われなかったとしても、理由を問われれば幻聴の事を言うしかない。となれば、気持ち悪いと思われてしまうかもしれない。何もしていないのに幻聴が聞こえるなど、おかしいし気持ち悪いと思われて当然かと思う。
弦月姫「どうしよっかな……これから………」
そう呟くと、背をもたれている壁の向こうから、お父様の声が聞こえてきた。
カルゴ「出てきたらどうだ?いるんだろ?」
弦月姫「…ッ!?」
何で場所がバレて…!?
カルゴ「ちょっと呟いてるだけのつもりだろう?だが壁の向こうまで声は届いているぞ」
弦月姫「……」
時が止まっている世界は音すらも止まっている。けど、時間停止能力者である私やお母様、影響を受けないお父様の発する音だけはしっかり響く。
何故なら
時が止まった世界が無音なのは、そもそも、音を奏でる物体が動いていないから。その“音を奏でる物体”が存在するなら、音は普通に響く。
だから私の呟きは無音の世界に響いていたという訳であり…居所がバレても仕方ない。
カルゴ「ふーん。出てこないのか」
どこか投げやりな声が聞こえてきたかと思うと、ふわりと私の体が浮き上がり…そのまま、いつの間にか開いていた地面の穴に吸い込まれた。
カルゴ「どうしたよ弦月姫、そんなに泣いて」
弦月姫「あれ…なんで私、外に…」
カルゴ「スキマ使ったんだ、わかるだろ?さぁ、どうしてこんな事したんだ?白状してもらうぞ」
弦月姫「っ……」
泣きやみはしたが、口を固く閉ざす弦月姫。何かあったらしいのは間違いないが、中々言えない事だということがわかった。
カルゴ「何があっても俺は弦月姫の味方だから…ちゃんと話してくれないか?親子なんだし、腹を割って話そうぜ?…な?」
弦月姫「っ…うぅ……」
頭を撫でてそう言うと、また泣き出してしまった弦月姫。話を聞くところによると、幻聴が酷く、つい怒鳴ってしまい、美鈴に気持ち悪がられると思ったために逃げ出した…との事。
子供だけに、思ったより子供っぽい理由だった。しかし、見過ごせない案件ではある。幻聴…永琳のところへ行くべきだろうか。
カルゴ「…事情はわかった。けど、これ以上時を止めていても良くないし、何よりも普通の生活に戻れない。それはわかるな?」
弦月姫「はい…」
カルゴ「じゃあ、どうすればいいんだ?」
弦月姫「…解除します」
カルゴ「うん、それでいい」
次の瞬間には、カチッとスイッチが入れられたかの様に、世界に音が戻り、時が流れ始めた。
咲夜「弦月姫っ!!」
丁度そこへ咲夜さんが現れた。相変わらずのナイスタイミングである。咲夜さんにも事情を話し、何とか許しを得た。そして、幻聴の原因を探るべくして、俺と弦月姫は永遠亭へと向かった。