ある日、1つの確固たる決意を胸に秘めた鬼は、真紅の館に訪れた。その門では、門番が門に寄り掛かって幸せそうな顔で眠りこけている。
鬼は、そんな門番を見て乾いた笑いを漏らす。
萃香「おやおや、すっかり眠っているねぇ…客が来ているというのに微動だにしない。こんなんで門番が勤まるのかねぇ?大ナマズの時にはすごい活躍だったのに、見る影もないね」
紅魔館に訪れた鬼…それは、先日彼を泥酔させ、一応は合意の上で交わった、伊吹萃香である。
萃香は、その細い腰に両手を当て、上記の言葉を呟いて美鈴を一瞥すると、軽く門を飛び越えた。妖怪…それも、強大な種族である鬼にとっては、門というのはただの飾りに過ぎないのだ。
門を越えた萃香は、庭園には目もくれず真っ直ぐ玄関へ向かい、コンコンと軽く扉を叩く。するとすぐに扉が開き、メイドが応対を始めた。
咲夜「どちら様で…おや、萃香さん。随分珍しいですね、紅魔館にお越しになるなんて」
萃香「やぁやぁ。まさか、君がお迎えに来るとは思って無かったよ」
咲夜「?では、誰がここに来ると?」
萃香「娘ちゃんだよ。君は、この時間帯は料理をしていそうだと思ってね。お昼の少し前だしさ」
咲夜「仕込みならば、事前に済ませていますわ。それにしても…シラフの貴女は初めて見ました。
…お嬢様にご用事ですね?」
萃香「んー、そうだけどそうじゃないな」
咲夜「?」
萃香「君と…レミリアの妹にも用があるんだよ。これだけで、用件は何となく察したろう?」
咲夜「…ええ、1割程度は。少々お待ち下さい、お2人に話を通してきますので」
萃香「はいは〜い」
一瞬で音も無く扉が閉まりメイドが姿を消す。これが時間操作か、と改めて内心で感心する萃香。やはり、伝聞と実際に見るのとでは、全く違う。
数秒後、再び扉が音も無く開いて、そのメイドが何食わぬ顔で応対の続きを始める。
咲夜「お入り下さい」
萃香「お邪魔しま〜っす!」
応接室に萃香を通す間、普段は客と話さない咲夜だが、今回はどこか不穏な空気を察知した様で、呑気そうにしている萃香に話しかける。
咲夜「お嬢様と妹様、私…。ということは、お話というのは旦那様関連ですか?」
萃香「ほう、察しが良いね。…と言いたい所だがやはり少しだけ違うな。君の推理はどれも惜しいところまで来ている」
咲夜「そう、ですか」
萃香「確かに『関連』ではあるよ。でもこの話の主人公はエスカルゴじゃない。彼は脇役さ」
咲夜「では一体、誰が……?」
萃香「それはこれから話すよ。3人まとめてね」
咲夜「承知しました」
萃香「…にしてもさ、妹ちゃんは話聞いてくれるのかな?そこが心配だね。あの子飽きっぽいし。あと、噂の9番目の子…レミリアの子は?」
咲夜「旦那様関連となれば、妹様もしっかり話を聞いて下さるかと思いますよ。レイチェル様は、私の愚女が面倒を見ておりますので、その心配はございませんよ」
萃香「さっすがぁ、気が利くねぇ!」
咲夜「恐れ入ります。…お嬢様、お客様をお連れ致しました」
レミィ「入りなさい」
応接室らしい部屋の扉の前で声をかけると、扉の向こうからこの館の主の声が返ってきた。本人は威圧感を出そうとしているらしいが、それが客に伝わるようでは、まだまだ取り繕いは下手だ。
萃香「やぁ、レミリア」
レミィ「へぇ…お客って本当に萃香だったんだ。咲夜のいつもの冗談かと思っていたわ」
咲夜「イヤですわお嬢様、お客様について冗談を言うなんて美学に反します」
レミィ「紅茶にトリカブトを入れるのはその美学とやらに反してないのか。……まぁいいや。さ、楽にしてちょうだい」
萃香「はーいっと。うわ、柔らかいソファだね」
レミィ「ふふ、そうでしょう?…それで、話っていうのは何かしら?私だけならまだしもフランや咲夜もっていうのが気になるわ。…ほら、咲夜も座りなさい?」
咲夜「いえ、私はこのままで」
レミィ「ったくもう…」
萃香のソファの反対には、幻想郷の中でも相当な実力者である吸血鬼の姉妹が腰を下ろしている。その傍らには完全で瀟洒なメイドが居る。彼女が姉妹と肩を並べてソファに座ることは絶対に無いだろうと感じた萃香は、早速話し出した。
萃香「よし、時間もあまりないから、単刀直入に聞くよ。3人共、霊夢の事どう思ってる?」
姉妹「怖い」
咲夜「ワガママ…ですかね」
萃香「へぇ。それはどうして?」
レミィ「事ある毎に力で押さえつけようとする所とかが怖いわね。しかも全く適わないし」
フラン「そーそー…はぁ…」
咲夜「そうですね。力で私達を押さえつけてくる感じはしますね。もっとも、本人にそのつもりは無いのでしょうけどね」
萃香「へぇー、紅魔館相手にも力で押さえつける節があるんだね。流石霊夢だ」
レミィ「でもどうしてこんな事を?」
萃香「彼と過ごせるはずの時間が霊夢に奪われ、嫌な思いをしてるんだろう?」
レミィ「…さぁ、どうかしら。アイツも、望んでそっちに行ったと思うけど」
萃香「まぁ多少はね?でもさ、考えてもみてよ。毎日の宿泊場所はどう?博麗神社が、2日に1回とかいうおかしい頻度でしょ?果たしてそれは、エスカルゴから言ったのかな?」
レミィ「霊夢でしょ」
萃香「それに対して君たちは反発しようとする。すると霊夢はどうするかな?」
フラン「『退治してやる』……ね」
萃香「そう。そうやって決まり文句を吐くんだ。でも力じゃ適わないから君たちは黙るしかない。そうでしょ?」
レミィ「…傷口に塩を塗りに来たなら帰って?」
萃香「その傷口を塞ぐために来たんだよ」
レミィ「?」
萃香「私も……まぁ、とある理由で、霊夢に一杯食わせてやりたくなったのさ。…レミリアさぁ…私の戦いに便乗しないかい?妹も…メイドも」
そう言って、ニタリと黒い笑みを浮かべて口元を歪める。しかしその目は笑っておらず、真面目そのものな雰囲気を醸し出していた。
レミィ「そうねぇ…。その理由とやらを聞かせてくれたら考えてあげてもいいわ。何か
萃香「他言無用で頼むよ?名誉に関わることだ」
レミィ「わかっているわ。私もフランも咲夜も、秘密は守る主義だから」
萃香「…実は私…」
レミィ「……」
萃香「恋しちゃったんだよねぇ…」
レミィ「…は?」
咲夜(やはり…)
萃香「しかもその相手は…幻想郷で知らない者は居ないくらいの、八雲紫級の超有名人でさ。前に霊夢に『まさかあんたもアイツの事…』みたいに聞かれて、その時は興味無かったから普通に否定したんだ。興味無いって。でも数年経って…ね」
レミィ「あらあら…鬼でも恋に落ちるのねぇ」
萃香「でも過去にそういう発言をしちゃったものだから、今更『好きになった』なんて、霊夢には言えないんだよね」
レミィ「どうして?」
萃香「鬼は嘘を嫌う種族。時間が経ったとはいえ急に手のひら返しをしたらどう思う?『前は興味無いって言ってたじゃん。あの時のアレは嘘?』ってなると思わない?」
レミィ「うーん…なりそうな気もするしならないような気もする…」
萃香「そ・こ・で…!力で解決したいんだよね!やっぱ幻想郷は、話し合いより弾幕だ!」
レミィ「でも弾幕では霊夢に適わないからこちらにも話を持ち込み…数で押し切ろうって?」
萃香「ま、まぁ…そんなところ!」
レミリアにピタリと言い当てられた萃香は、苦笑混じりに返事をする。あまりに的確に当てられたので、内心では少しだけ動揺している。
レミィ「あなたの想い人を教えて欲しいわねぇ」
萃香「う〜…とっくに分かってるくせにぃ〜…」
レミィ「組むのなら情報共有は必須でしょう?」
萃香「組むかどうかも言ってこないくせに…足元見やがってぇ〜…」
レミィ「じゃあこの話は無かったことに…」
萃香「わわ、わかったよっ!言う、言うから!」
レミリアが席を立つと慌ててそれを止める萃香。やはり弱点を握られてしまった者は弱い。
萃香「私までさ…エスカルゴを…好きになっちゃったんだよ…///」
レミィ「あらあら…そりゃあ霊夢も黙っていないわよねぇ。何年経ってもモテモテねぇ…」
萃香「で、どう?ちっとばかり横暴になってきた霊夢に、一杯食わせてやらない?」
レミィ「うーん…………」
腕組みをして考え込む素振りを見せるレミリア。しかし彼女の中では、答えなんて決まっている。
レミィ「………ノッた」
萃香「よっしゃ!」
萃香とレミリアはガッチリと握手し、それぞれ、反霊夢派のメンバー集めに乗り出した。
(エスカルゴが)恐れていたこと。乃ち、彼女や嫁たち同士の衝突…!
しかし今回は、「エスカルゴの判断」ではなく、
「霊夢の判断」に不満を持った者たちの衝突…!
今回の原因は、彼ではなく彼女にある。
どちらにせよ彼が恐れていた事態に変わりない。
はてさて、どうなる事やら…。