ある日の博麗神社。季節は冬なので、神社の屋内には、コタツが備えてあった。そこにそっくりな母娘3人が入って、ぬくぬくと暖をとっていた。
霊夢「はぁ…」
姉妹「……」
母親がこうして溜め息をつくのは、一体何度目のことなのだろう。姉妹は、そう思いつつも回数を数えようとはしない。母の溜め息の数は日に日に増えゆくばかり。
笑顔やまともな会話が戻るのは、友人や旦那や、その他妖怪やら妖精やらの来客のときばかりだ。ただそんな来客も、数多くはないのだ。
霊愛「お母さん」
霊夢「…んー?」
頬杖をついて外を見たまま、娘と目を合わせようともせず、聞いているような聞いていないような曖昧な返事をする。
霊愛「ダメだこりゃ…」
霊麗「任せて。…お母さん、私ちょっと出かけてくるね。すぐ帰ってくるから」
霊夢「…ん」
虚ろな目でそう返事した霊夢は、まるで娘に何の興味も無いような感じがした。霊麗は、魔理沙を呼ぶために魔法の森へ向かって、神社には霊夢と霊愛の2人だけが残った。
霊夢「…はぁ…」
霊愛「…私たち何かした?そんな溜め息ついて、絶対おかしいよ」
霊夢「ん?ううん、あんたらは別に悪くないわ。ただ…つまらなくてね」
霊愛「何が?」
霊夢「アイツが居ないときの日常がここまで無味乾燥だとはね。魔理沙が居なきゃ、今頃私は…。ふふっ、何してたかわからないわ」
相変わらず外を眺めながら、嘲るように笑った。
久しぶりのまともな会話も、内容は決して明るく楽しいものではなかった。気分は、ドンドン暗くなる一方だ。
霊愛「アイツって誰?」
霊夢「あんたらのお父さんに決まってんでしょ。
…1週間に1回か2回しか一緒に夜を越せない…思ったよりも寂しいものね」
霊愛「でもちゃんと合間みて会いに来てくれてるじゃん。何でそんなに溜め息ばっかりつくの?」
霊夢「あんたも本当に好きな人が出来たらわかるかもしれないわね。…会えない時間が会えた時の喜びを大きくしてくれるのはわかるけど…そんな待ってられないわよね…。一緒に居れれば、私はそれで良かったのに…」
霊愛「…会いに行けば良いのに」
霊夢「レミリア達との関係がちょっぴりアレなの前に言ったでしょ?何か嫌味言われて終わりよ」
霊愛「行く前から決めつけなくたって…。でも、溜め息は減らしてよ。イラつくから」
霊夢「ふふっ、あなたも言うようになったわね。せいぜい気をつけるわ」
霊愛(ちょっと笑った…けど、口だけか…)
そこに、魔理沙を呼びに出かけたはずの霊麗が、冷たい空気を纏いながら帰宅した。中に入るなりコタツに飛び込む。
霊麗「魔理沙居なかったよ〜…うー、寒い寒い…雪降るかもね…」
霊愛「流石にそれはないと思うけど…タイミング悪いなぁ…普段家に居るのにどうしたんだろ?」
霊麗「買い物…は、あんまり考えられないけど…どうしたんだろうね…」
霊夢「…はぁ…」
霊愛「言ったそばから…。はぁ〜…」
霊麗「お姉ちゃんに溜め息移ったね、あはは!」
霊愛「笑い事じゃないよ霊麗…」
外を見つめ、霊夢はその旦那の事を考えていた。ずっとそばに居たはずなのに、仕方ないとはいえ突然そばから消えてしまった旦那の事を。
霊夢(最後に会ったのは2日前…毎日来る時間が無いのは分かってるけど、やっぱり寂しいわ…。育児にも身が入らないくらい、おバカなアンタに心底夢中になっちゃってる…。昨日の卵焼きとか見るも無惨な姿に焦げちゃったしね…ふふふっ、危うく神社が焼けるところだったわよね…。私をここまで虜にしておいて離れるだなんて、本当に罪な人よね、アンタはさ…)
無論、「離れた」とは言っても、離婚しただの、気持ちが離れた訳では無いことを霊夢はしっかり理解している。あくまでも物理的な距離の事だ。
霊夢(私だって後からアイツの魅力に気付いて、告白して、付き合って…。でも好きになったのに順番なんてものは関係無いと思う。結局その人を愛してるか愛してないかだもの…。でもアイツは色んな人に愛されて、また愛している…。皆して溢れる独占欲を包み隠してさ…ホント何なのよ、ズルいわよ…イイ子ぶってさ、独占欲なんて欠片ほどもありませんみたいな顔してさ……。我慢が嫌いで苦手で、私みたいに素直に欲を発散してる奴のことを見下したような目で見てさ…ムカつくったらありゃしないわよホントに……)
霊麗「お母さん、眉間のシワすごいよ…」
霊夢「はぁ…。(今アンタがどこで何をしているか
私にはわからないけど、多分楽しく過ごしてるの
でしょうね…。あなたの幸せは私の幸せだから、
羨んだりはしないけど…。やっぱり、そばにいて
欲しいと願っちゃうわよ…)」
霊愛「また溜め息ついた…」
霊麗「いつもより多いね…」
霊夢(あぁ、ダメ…アンタがいないとアンタの事ばっかり考えちゃうわ…。今の私は、それ以外のことには何も集中出来ない、ただのバカな女ね…アンタの事、バカとか何とか言えないわ…もう、どうしてくれるのよ…会いたくて仕方ないわ…。でも、私らしくないわよね…少し頭冷やそ…)
一旦、彼のことを頭から離すことにした霊夢は、温かいコタツから出て服を整え、お祓い棒を持ち立ち上がる。
霊夢「……ちょっと、修行してくるわね。境内にいるから何かあったら言いなさい」
霊愛「!?は、はーい…」
襖を開け、防寒具無しで本当に外に出てしまう。
そんな母の姿に娘たちはただ驚くばかりだった。
霊麗「珍しいね…。こんな寒いのに外に…しかも修行するなんてさ…」
霊愛「完全に狂っt」
霊夢「狂ってないから」
霊愛「聞こえてたか…」
外に出た霊夢は、「修行する」とは言うが、ただ過酷な環境で心を落ちつけるだけに留めている。つまりは、精神面の修行だ。
霊夢「………はぁ…」
しかし、そんな環境下でも、霊夢の頭にあるのはその彼のことであった。どうにも集中が出来ず、繰り返し溜め息をついていた。
霊愛「(…見てらんない…。)お母さん、私も修行するから相手して!」
見かねた娘は対人訓練と称して霊夢の前に立つ。
無論、母の目を覚まさせてやることが目的だが。
霊夢「へぇ。イイわよ、来なさい」
霊愛「へんっ、せいぜい気絶しないことだねっ!霊符『夢想封印 夢幻』!!」
消費霊力を最小限に抑え、虹色の霊力弾を霊夢に向けて放つ。霊夢はそれを避けたり、お祓い棒で叩いたり、または殴ったりする。
そして何かを感じ取ったのか、眉をひそめる。
霊夢「…どういう事?霊力が殆ど感じられない」
霊愛「霊力を抑える練習ばっかりしてきたから、消費霊力はほぼ0だよ。これなら長時間戦える。お父さんにも勝てるかもしれない…!」
霊夢「アイツはそんな甘くないわ。そうねぇ……霊符『夢想封印』!!」
霊愛「ッ!!」
霊愛に接近して、極めて至近距離から夢想封印を放つ霊夢。情け容赦のないその弾幕は娘の全身にアザを作り、縁側の方へ叩きつける。
霊愛「痛たた…容赦無いなぁ」
霊夢「ちなみにアイツは、この距離の夢想封印を全て防いだことあるから」
霊愛「…何でそこでお母さんがドヤるの…」
霊夢「この程度も避けられないんじゃ、まだまだアイツには及ばないってことよ」
霊愛「上等じゃん、だったら追い付くまで何回も練習するまでだよ」
霊夢「あなたのそういう甘いところは、あの人に似たのかもね」
優しく微笑み、再び容赦のない弾幕を発射する。
霊愛はそれを必死に避けるが、霊夢はやはりその彼のことを思い返してしまう。ある時、ふとした瞬間、何の脈絡もなく思考がそちらに向くのだ。
あくまでも無意識下の事であり、そう簡単には、制御が出来ないものである。
霊夢(今日はどこだったっけ。紅魔館?永遠亭?守矢神社?文の仕事場?白玉楼?…なんかいつの間にか行くところが増えてるような…。まぁね、仕方ないけど。わかってるけど……ダメ、今すぐ会いたい…でもダメ、邪魔はしないってレミリアたちに約束したんだから…。あの時に、お互いに不可侵って約束したでしょ私……)
しかし、強すぎる思いは時として、その者の精神までも侵す。そして精神を侵された者は、それが肉体にも表れ、思いが表面化する。
霊夢「…会い…タい…。あノ人に…会いタイ…」
霊愛「んっ…?」
突如、霊夢から禍々しい妖気が溢れ出した。普段霊夢は強大な妖気をほぼ0に抑え、霊力しか使用しない戦闘スタイルであるにも関わらず、だ。
そして、霊夢と対峙している霊愛は、目撃した。
自分の母が、徐々に姿を変えていくのを。
霊愛「お母…さん…!?」
墨のように黒い彼女の長髪は、雪原のように白く染まり、明るい紅白の巫女服は、黒を基調として赤い線が走る邪悪な巫女服に変わる。そして更に、肉体にも変化が現れ始める。腕や、風に煽られてたまに見える腹に走る、濃紫で描かれた刻印だ。まるで稲妻のようなジグザグ模様が、主に彼女の左半身に、くっきりと浮かんできた。その模様は左目の周辺、左頬にも表れている。
霊夢「ふふふフふ…もウ我慢ナンてシないわ…♪アの人は私だケのモノ…誰にモ渡さナい…♡」
霊愛「ちょ、急にどうしたの!?霊麗、ちょっと来て!何かお母さんがおかしくなった!」
縁側にひょっこりと顔を出した霊麗はそんな母の様子を見てボソッと呟く。
霊麗「妖気、出てるね…」
霊夢「少シ出かけテくルから…お留守番ヨろシク頼むワね♡」
霊愛「どーかな?そんな変な姿してるお母さんをどこかに行かせるわけないよね。霊麗、さっさとお母さん鎮圧だよ!」
霊麗「うん!」
姉妹「姉妹符『緋想封印』!!」
2人から溢れる、高密度な紅白の弾幕。しかし、霊夢はそんな姉妹の懇親の一撃を、たった一枚のスペルで突破してしまう。
霊夢「霊符『夢想封印 禍』」
白と黒、赤黒い3色の弾幕が彼女から溢れ出し、姉妹の弾幕を掻き消し、大ダメージを与える。
霊愛「くぅぅぅっ……何、これ…!!」
霊夢「そコで大人しクしてなサイ…少しお出かけしテクるかラ♪」
霊愛「行かせ…ない……!」
震える足に力を込め、何とか立ち上がろうとする霊愛だが、霊夢はそんな娘には目もくれず呟く。
霊夢「邪魔者は…みンナ潰シてアゲる♡」
歪んだ笑みで呟いた霊夢は、紅魔館の方向を向き翼を広げ、境内から飛び立った。跡には禍々しい妖気だけが残った。
☆禍霊夢、降臨─────!!
禍霊夢についての(大して詳細でもない)設定は次回載せようかな〜…なんて。今回は導入です。