月の賢者であるサグメと出会ったのは、今から約3年ほど前のことだ。俺29歳、巫月10歳だった。
丁度前回訪れた時に、依姫に利用されていた事を永琳伝いに知らされていたので、少しだけ気分の悪さを引き摺っていた。それは永遠亭といえば月というイメージが強いからだ。それ故、永遠亭に近付くにつれて、気分は悪くなる一方だった。
カルゴ「こーんにーちはー…」
中に入ろうとする俺の声は普段よりも数段低く、眉間には深いシワが刻まれている。巫月や鈴仙に会えれば、機嫌なんてすぐに治るのだが、今日に限って、玄関に居たのはどちらでもなかった。
永琳「そろそろ来る頃だと思ってたわ。さ、早く上がって。あなたに会わせたい人が居るのよ」
カルゴ「あれ…巫月じゃなくて、永琳先生が…?なんか珍しいですね」
出迎えが巫月ではなく永琳だったことに、素直に疑問を投げかける。その間も、眉間のシワが元に戻ることは無かった。
永琳「今理由言ったわ、会わせたい人がいるの。あなたってば真っ直ぐウドンゲのところに行くんだから…。ほら、その眉間のシワを何とかして、さっさとついて来なさい」
カルゴ「はーい…」
確かに玄関には見慣れない靴がある。小さめの、女性モノの靴だ。どこからどう見ても、幻想郷に住まう人間の靴ではない。つまり人外だ。そしてこの永遠亭にやって来た。それはつまりあの月の関係者ということである。
永琳「そんな顔しないの」
カルゴ「どんな顔スか」
永琳「超不機嫌な顔」
カルゴ「………」
永琳「お察しの通り、月の民よ。しかも、かなり上の立場のね」
カルゴ「………」
永琳「はぁ…いい加減にシワを何とかして?」
カルゴ「………」
永琳「賢者を不機嫌にさせたら知らないからね」
カルゴ「………。賢者スか。ふーん」
永琳(依姫たちに利用されたのが、よっぽど気に食わないのねぇ…)
カルゴ「永琳より賢い賢者なんて居ないでしょ」
永琳「えっ?」
カルゴ「違うんスか?」
永琳「うふふっ…ええ、その通りね。私より賢い賢者はどこにも存在しないわ」
カルゴ「賢い賢者って言葉は少しおかしいけど」
永琳「日本語的に見たらそうかもだけど、実際はそうでも無いわよ?賢者の中でもズバ抜けて賢い者もいるし、逆にそうでも無い者も居るからね」
カルゴ「そうなのか…」
永琳「にしても、あなたから名前だけで呼ばれたのは初めてかしらね」
カルゴ「あっ……。すいません、依姫たちにクソイラついててつい我を…」
永琳「一応私の親戚なんだけど」
カルゴ「たとえ永琳先生の親戚でも永琳先生本人じゃないから、一度イラついたらイラつきます」
永琳「謎理論ね」
カルゴ「ッスね」
そんな話をしているうちに、客間の前まで来た。
中からは鈴仙の緊張した声が聞こえてきている。鈴仙は、月の者からみたら裏切り者だ。緊張するのも仕方ない事だろう。裏切った相手が、自分の目の前に居るのだ。
カルゴ「何しに来たんですかね、賢者=サンは」
永琳「私と話をしに来たの。でもあなたにとって良い経験になりそうだから、会わせてみたくて」
カルゴ「…ありがとうございます」
永琳「ふふっ、良いのよ。どうせ話が終わるまでウドンゲはあなたの所に行けないから。それなら一緒の空間に居た方が良いでしょう?あと、巫月ちゃんはまだ寺子屋よ。(お願いはあるけどね)」
カルゴ「了解です」
もしも、月と地上の全面戦争が勃発したとして、鈴仙が過去の仲間…玉兎たちに手を出せずに影で
見ていたら、玉兎たちは「レェセンサン! ナズェミデルンディス!
オンドゥルルラギッタンディスカー!? ヴェ……」みたいな反応をするんだろうなぁ…。
永琳「入って」
カルゴ「はい。…失礼します」
まるで、面接をするかのように畏まった口調で、客間に入室した。そこには、片翼で銀髪の美女、反対側には緊張から解放されたと言わんばかりにホッとしている鈴仙が居た。
カルゴ「は…じめまして……エスカルゴです…」
その美貌に目を奪われたものの、少し吃りながら何とか自己紹介する。その美女賢者は、手に口を当てたまま小さく頭を下げた。
永琳「ボーッとしてないで座りなさいよ」
カルゴ「えっ、あっ、はい」
若干固くなりながら鈴仙の隣に座り、その賢者と向き合う形になる。それを見た永琳も鈴仙の隣に腰を下ろした。
その賢者は、赤い瞳、銀髪でセミショートの髪をハーフアップに結いあげている。右にのみ生えた天使のような美しい白翼が特徴的だ。
永琳と違ってまだ若い感じがする。賢者といえば老人などのかなり歳をとった者がそう呼ばれる、という変な先入観があっただけに、少し驚いた。
永琳も紫さんも歳とってそうだから特にだ。
永琳「この人がそのあなたに会わせたかった人よサグメ。何か感じるものはある?」
サグメと呼ばれた賢者は、真顔のままで首を横に振る。手で口を塞いでいるがどうしたのだろう。そんな疑問が浮かぶと、俺の心の内を呼んだかのタイミングで、永琳が話し出す。
永琳「この人は『舌禍をもたらす女神』の異名を持つ月の賢者、稀神サグメ。口を塞いでいるのは能力をうっかり使用しないようにするためよ」
カルゴ「…舌禍をもたらす程度の能力…?」
永琳「そんな安直な…。能力もそれくらいに安直なら良かったのにねぇ、サグメ?」
サグメは小さく、ゆっくりと頷いた。「全くだ」とでも言いたげな、憂鬱そうな目をしている。
永琳「サグメの能力は、《口に出すと事態を逆転させる程度の能力》。天邪鬼の上位互換ね」
カルゴ「ん〜…?つまり言った事と逆の事になるって事ですかね?」
永琳「えーとね…ちょっと長いけど、簡単に説明すると大体こんな感じよ。
カルゴ「…何とか理解出来ましたよ……何とか。ホントに少しだけ…」
永琳「ゆっくり理解すればいいわ。でね、普段は気楽に喋れないから、スケッチブックを使って、筆談してるのよ」
そう言って永琳は机の上を指さした。先程は緊張していて気付かなかったが、机の上には黒ペンとスケッチブックがあった。常日頃から使っているためか、大きめのスケッチブックを使用しているらしい。今の幻想郷の技術でこれは作れないので月製なのだろう。
見た目は、外の世界のそれと大差ない。
鈴仙「サグメ様って本当に凄い人なのよ!」
カルゴ「やっぱり賢者には様とかつける感じ?」
永琳「そうね」
鈴仙「不敬罪不敬罪!下手したら怒られちゃう」
カルゴ「あー…」
するとサグメは、スケッチブックを開いて、サラサラと何か書き込んでいき、それを見せる。
サグメ『あなたは地上の民。そして私は月の民。あなたが私を畏れ敬う必要は微塵も無い。だから普通に接してもらって構わない。そんなのは月の風習である。地上に住まうあなたが、月の風習を守る必要は無い。もし月に来ることがあるなら、月に合わせた方がいいとは思うが』
意外な発言だと思ったのだろうか、鈴仙は両目を酷く丸くさせ、永琳も少し口を開け放していた。漫画なら「ポカ〜ン」の文字が入っていそうだ。
カルゴ「要するに『郷に入っては郷に従え』ってことか。月ではそっちに合わせても、こっちでは普通にってことはさ」
サグメ『そうなる』
カルゴ「なーんだ、賢者って言っても普通に話しやすい人じゃん。てっきり依姫みたいにすっげー排他的な考えの持ち主かと思ってたよ」
サグメ『…そうではない』
永琳「何故そこで依姫が出てくるのかしらね?」
微笑む永琳のこめかみにはうっすらと青筋が浮き上がっているのが見える。
カルゴ「俺ん中じゃ月といえば依姫ですからね。最初の印象が強すぎる」
永琳「月の代名詞にしないでくれるかしら」
カルゴ「悪印象があまりにも強すぎるんですよ。初頭効果ってやつのせいでーす」
と、軽くあかんべーをしてみる。
永琳「はぁ……ゴメンなさいね、会わせたかったこの人、中身はホンットに子供で…」
サグメ『物怖じせず、言いたい事を言える所には好感が持てます。しかし相手は選ぶべきだと…』
永琳「ほら見なさい」
カルゴ「ありゃ…サグメが言うならそうしよう」
鈴仙「ちょ、呼び捨ては早いって…!すいませんサグメ様、エスカルゴったらタメ口を許されたらガンガン話すタイプで…」
サグメ『普通に接してもらって構わない、と私は言った。以前会った時にも思ったことだけれど、あなたは既に地上の兎を名乗っているはずなのに未だに月の思想が抜け切ってないと見える。中途半端は良くない』
鈴仙「うぅ…相変わらず鋭いです…」
永琳「まぁまぁ。月に居た時間の方が長いから、それは仕方ないんじゃない?」
サグメ『勿論、それは承知しています。しかし、中途半端は良くないでしょう』
永琳「それは尤もね」
シワシワと耳が縮れる鈴仙。賢者2人に言われ、返す言葉も無いらしい。庇ってやりたいが、庇うための言葉が思いつかないので庇ってやれない。それが少しだけもどかしい。
サグメ『あなたはどういった能力なのだろう?』
カルゴ「俺?俺は《雷を操る程度の能力》だよ」
サグメ『具体的には…?』
カルゴ「雷を落としたり、形を与えて武器として使用したり、高密度に圧縮して空間歪ませたり」
サグメ『空間を歪ませる?』
カルゴ「エネルギーって、超高密度に圧縮すると上手く説明出来ないような現象が起きるんだよ。それが、俺の場合は電気で空間を歪ませることに成功した?って感じかな…上手く言えないけど。なんか日本語おかしい…」
サグメ『あなたの言いたい事は伝わる。けれど、圧縮させるという発想がまず無い…。操るのならただ操るだけで満足しがちだ』
カルゴ「確かに。でも、追求したくなったんだ。
『これをこうしたらどうなるんだろう?』とか、
『〇〇ができたら便利じゃね?』って。まだまだ気になってることは沢山あるけど」
サグメ『好奇心が旺盛なのは素晴らしい。しかし少しはリスクを考えて…』
カルゴ「リスク?」
サグメ『空間を歪ませるのに失敗したら…など、不測の事態は予め予想しておいた方が、その時に迅速に行動できる』
カルゴ「なるほど。でも俺は行き当たりばったりの方が良いな…」
サグメ『無計画は身を滅ぼす。気を付けて』
カルゴ「…わかった」
確かに月に行った時は無計画で何回も死んだな。
これは能力開発だけど、戦いは予備の作戦とかは要らないかもな…崩されたらテンパりそうだし。
何だろう、サグメの言うことだったら素直に受け入れられるような気がするな。依姫たちと違って圧のある上から目線じゃないから?永琳も時たま上からな時があるしね。サグメも多少上から目線だけど、言葉で聞き手を押さえ付けるような圧を感じないんだよな。
月のやつってみんな上からかよ、気に食わねぇ。
レミリアと一緒に攻め込もうかな?
永琳「…でね、サグメは依姫たちと同じく多少の穢れには耐性があるから、地上の文化を勉強しに来たの」
カルゴ「留学みたいな感じですか?」
永琳「どちらかと言うと観光かしらね。さっきも言ったけどサグメは上の立場だから、早めに月に戻らなくちゃいけないのよ」
カルゴ「なるほど」
永琳「ウドンゲだと…こんな風に緊張しちゃってまともに案内できないから、人里とか、かる〜く案内してきてくれるかしら?お礼は弾むわよ」
カルゴ「お礼は別にいいです。賢者と話す機会を設けて下さったので。早めに戻るのなら案内する時間はどれくらいが良いですかね?」
永琳「そこはサグメに聞いて」
サグメ『あと1時間ほど』
カルゴ「じゃあ要所だけかな…了解、すぐに出発します。空間イジる?それとも普通に行く?」
サグメ『その言い方だと恐ろしいから普通に…』
カルゴ「安全だけど…。時間短縮になるよ?」
サグメ『ではそちらで。…本当に安全?』
カルゴ「安全だってば!」
サグメ『…案内よろしく』
カルゴ「はいよ!」
カルゴ「とまぁ、これが俺とサグメの出会いだ。懐かしいなぁ…」
幻月「で、案内にかこつけてデートした訳ね♪」
カルゴ「いや、そんな風に意識はしてなかった。あの後は普通に案内して、団子とか奢ったりして別れたんだ。その時から、団子が気に入ってるっぽいんだよな」
幻月「そういえばさっきも団子屋に居たわね」
カルゴ「隙を見ては買いに来ているんだろうな。余程気に入ったらしい」
夢月「2人の思い出の品を気に入ってるって感じするね♪」
カルゴ「そんな乙女じゃないと思うけどな」
幻月「ぶっちゃけダーリンはあの人のことをどう思ってるわけ?」
カルゴ「ザックリ過ぎてわかんねぇ…。んでも、月人の中では庶民とも会話が成り立つ部類に入ると思うから好きだな」
幻月「バカなの?恋愛的にって事よ」
カルゴ「あのなぁ…誰も彼もそういう目で見てるわけじゃないんだぞ?」
姉妹「え、そうなの?」
カルゴ「そうだよ!?」
幻月「初対面で私のことを口説きにきた人の発言とは到底思えないわ〜」
カルゴ「っせーな…あん時はただお前が…その…たまたま好みだったってだけで…」
幻月「可愛い幻月ちゃんの
カルゴ「うっせ、そんなんちゃうし!」
幻月「あっそーだ!どーせならさぁ、今から少しオトナの遊びしちゃわない?」
カルゴ「…どういう意味?」
幻月「ダーリンが大好きなコト♡」
カルゴ「俺が…?」
幻月「そう♡ た・と・え・ば…♡」
カルゴ「ちょっ、幻げ─────」
ドガァァァァァァッ!!!
服をはだけて熱い視線を送ってくる幻月。しかしその時、夢幻世界の入口の方から鼓膜が破れそうな程の爆発音が聞こえてきた。さらには、禍々しい気配が3つ、夢幻世界に侵入してきた。
カルゴ「なっ、なんだ今の!?てかこの気配!」
幻月「チッ…アイツね!夢月行くわよ、ダーリン手伝って!」
夢月「何で今来るのかなぁ〜…」
カルゴ「どういう事だよ?」
幻月「夢幻館の幽香、エリー、くるみがこっちに攻めてきたのよ…私たちの世界を奪いに…!」
カルゴ「はぁ!?」
そういえば幻月と夢月は夢幻世界の主だったな…それでその主を倒して世界を我がものにってか?野心丸出しじゃねーか幽香!!
夢月「ホントは、エリーもくるみも私たちの手下だったんだけどね…。館を奪われた時に、手下も奪われちゃって…」
カルゴ「奪う?あそこは2人の館だったのか?」
幻月「館の名前で察せない?この世界への入口の1つがあそこにある事でもさ…」
幻月「お願い、力を貸して!幽香なんかに、これ以上好き勝手されたくない!」
そろそろ移動したかったが…仕方がないだろう。
それに事情を知ってしまった以上、手を貸さないわけにはいかない。前回は、幽香から逃げたが…今回はもう逃げない。
カルゴ「わかった。何をすればいい?」
幻月「エリーとくるみの相手をして…あの2人は嫌々幽香に従っているだけだから…。ダーリンの力なら、殺さずに抑えられるでしょ?」
カルゴ「…わかった。任せろ」
幻月「ありがと。…行こ、2人とも」
カルゴ「ああ」
夢月「今日こそ潰してやる…!」
決意を固めた俺たち3人は、第二の夢幻館を出て世界の入口へと向かった。入口には、あの時俺が幽香の攻撃を防ぐ為の盾にした扉が、無残に破壊されて転がっていて、幽香、エリー、くるみが、夢幻世界に侵入してきていた。
幽香「あらぁ?なんでその男が居るのかしら?」
幻月「さぁ、何でかしら!話す義理はないよ!」
夢月「今日こそぶっ潰してあげる!」
幽香「あはははっ、生意気に!私に負けて手下を奪われ、館を奪われて、尻尾を巻いて自分たちの世界へと逃げることしか出来なかった弱虫共が」
カルゴ「前に勝ったくらいで、何言ってんだよ。今は勝てるかもしれないだろ」
幽香「あなたも逃げたクチだから庇うんでしょ?弱虫同士、傷の舐め合いでもしていなさい♡」
幻月「っ…お前ええぇぇっ!!」
夢月「我慢できない…!」
パチンとウインクした幽香にブチ切れた2人は、流石は悪魔と言えるような強い力で地面を蹴って幽香に肉薄する。
ここに、夢幻世界を賭けた戦いの火蓋が、切って落とされた。
※…前回の後書き参照
旧作幽香についてのオリ設定(超ザックリ)
幽香は、昔はただの野良妖怪だった。野良として永い時を過ごすうちに、大妖怪とも呼べるような強大な力をつけ、ある時夢幻世界の存在を知り、それを手に入れようと入口のある館へ攻め入る。幽香に敗れた幻月と夢月は、手下を一旦手放して夢幻館の最奥にある入口から夢幻世界へと入って閉じこもった。
その気になれば、すぐにそちらへ攻められた幽香だが、「入口がここにあるなら、私が閉じこめたのと同然」と思い、2人を放っておいた。
そして、夢幻館の主を閉じこめた幽香は実質上の夢幻館の主となり、2人の手下のくるみ、エリーを自分の手下として扱うようになった。
(それから東方幻想郷のストーリーへと至る)
夢幻世界への入口は夢幻館にある1つではなく、それは、世界の主である夢幻姉妹の思うがまま。
なので2人は魔界に(遊びに)行ったりなどして割と普通に生活していたが、いつかは手下2人を取り戻そうと心に決めていた。
ただしそれは「手下を取られて悔しい」といった仲間意識から来るものではなく、「奪われたままなのは納得いかない」という意地のようなもの。