慧音「これは…驚いたな…。太陽がまだ、東から出てきていない…」
東西南北がわからずとも朝か夕方の判断はついたらしい慧音は、スキマを越えるなりそう呟いた。
季節は春。カレンダーや新聞を見ていないので、何月かはわからないが…桜が散っている事から、5月か4月終わりらしい。そこまで寒くない。
カルゴ「…まだ、残ってたんだ…」
外の世界にやってきた俺は開口一番そう呟いた。
目の前にあるのは、かつての我が家。母は、俺が26歳の時に寿命で死んだ。今俺は32歳。幻想郷の時間で6年、外の時間では24年も経過している。なのに、俺の家はその姿を保っている。どうやら誰かが住んでいるらしい。車は止まっていないが何となく生活感がする。
時刻としてはまだ5時台だろうか。それでも車が止まっていないのは不思議だが…夜勤だろうか?
慧音「もしかして…エスカルゴの家か?」
カルゴ「ホント察しが良いな、慧音は。自分ちに来るのは6年振りかな。霊愛と霊夢と来たんだ。母さんに挨拶しにさ」
慧音「そうだったのか…。私も会…いや、何でもない…すまない…」
察したらしい慧音は、すまなさそうに頭を深々と下げた。流石にまずいと思ったらしい。
カルゴ「気にすんな。…で、どこに行くよ?俺はどこでもいいぞ」
慧音「…じゃあ…前に言った通り、エスカルゴの通っていた寺子屋を見てみたい。どんな環境で、幼少期、少年期を過ごしてきたのかも気になる」
カルゴ「幼少期…じゃあ保育所からだな」
慧音「ホイクショ…って何だ?」
カルゴ「乳児や幼児を、親の委託を受けて預かり保育する施設…と言えばわかるか?」
慧音「寺子屋とは違うのか?」
カルゴ「寺子屋とは違って、勉強しないんだよ。ただ第三者が子供を預かる施設だ」
再び手を取り、スキマを開く。朝早いので、俺はまだ光学迷彩スーツを着用していない。何もかも素の姿である。
慧音「小さいな…ここで子供を預かれるのか?」
カルゴ「人間の子供は、妖怪みたいには動かないからだろう。ここは乳幼児が預けられるんだし」
ある意味動くがそこまででもない。やはり妖怪の子を育ててきた俺には人の子との違いはわかる。
カルゴ「次は幼稚園だな」
慧音「ヨウチエン?」
カルゴ「俺、ここでイジメに遭ってね。手を暖房器具に突っ込まれたりしてさ。だから、親は俺を預ける場所を変えたんだ。田舎で静かな所に」
慧音「イジメ…は、良くないな…」
カルゴ「だな。転移『
移動先で、魔力回復薬を飲む。ここは先程よりも空気が澄んでいて、どこか心が落ち着く。
カルゴ「あれー…」
慧音「それで、ヨウチエンというのは…?」
カルゴ「…悪い、廃園になったらしい。潰れた」
慧音「それは……残念だ…」
言葉に詰まる慧音。個人経営の幼稚園だったので仕方ないだろう。それならば次だ。
カルゴ「んで、次が小学校だ。ここでようやく、寺子屋が出てくるんだぜ」
慧音「外の人間は、様々な手順を踏むんだな…」
カルゴ「そうだね。小学校は近くだから歩こう」
慧音「そうしよう」
辺りは田んぼだらけで、たまに畑がある。やはり田舎という感じがする。しかし、どこか幻想郷に似たものを感じる。自然の中だからだろうか。
慧音「交番とは何だ?」
カルゴ「犯罪を取り締まる人が常駐している所。まぁ簡単に言えば自警団みたいな感じだよ」
慧音「ふむ…」
警察と自警団では色々と違うが、生憎その説明を可能にする知識を俺は持ち合わせていない。似て非なるものだが…『犯罪を取り締まる人が常駐している』は嘘では無いだろう。
慧音「わっ、何だこれは…」
カルゴ「ん?何かあった?」
慧音「水やお茶が、変な青い入れ物に…知らない飲み物まで入っているぞ…」
それは自動販売機だった。俺は見慣れているが、慧音はそうではない。疑問を持つのは当然だ。
カルゴ「それ、自動販売機っていうんだ。お金を入れてボタンを押せば、好きな飲み物を買える」
慧音「店に行かずともか!?」
カルゴ「うん」
慧音「なん…だと…!?便利すぎだろう…!」
カルゴ「何か買ってみる?」
慧音「良いのか!?…あ、いや…別にいいんだ、気を使わなくて…お金も持ってきてないし…」
カルゴ「たかが飲み物の1本や2本で、ピーピー言わねーよ。何飲む?」
慧音「じゃあ、お言葉に甘えて……お茶を…」
カルゴ「つっても、3種類あるなこの自販機…。綾鷹とおーいお茶と十六茶、どれがいい?」
慧音「え…う、うーん…迷うな…」
カルゴ「先買ってるぞ。俺は…アクエリにしよ」
千円札を挿入し、ボタンを押す。ガコンと大きな音を立ててアクエリアスが落ちてくる。その瞬間慧音がビクッとしたのは言うまでもない。
慧音「濁ってないか?その水…」
カルゴ「少ししょっぱくて、運動の後に適してる飲み物なんだ。水とは少し違う」
慧音「そうなのか…。私は………綾鷹にしよう」
選ばれたのは綾鷹でした。
カルゴ「じゃあ、綾鷹のとこ押して」
慧音「よ、よし……!」
この自販機は一々お釣りが落ちてくるタイプでは無かったので、俺がアクエリを買った時の釣りがまだ残っていた。慧音はおずおずと手を伸ばし、綾鷹のボタンをポチッと押す。
慧音「お、おおお…冷たい…!」
カルゴ「5度だからね」
慧音「なんで分かるんだ?」
カルゴ「ほら、ここに表示されてるじゃん?」
慧音「あぁ、本当だ…。これはどうやって開けて飲めばいいんだ?」
カルゴ「上の部分をこう反時計回りに回すんだ」
自分の持つアクエリを開けながら、言ってみる。
慧音はすぐにそれを真似して、綾鷹を開ける。
慧音「濁りがあって美味しい…急須で入れたのとあまり変わらないような…?」
綾鷹が選ばれるわけだな…。
カルゴ「よーし、このまま小学校行くz…あっ、お釣り…あれ?」
慧音「? どうした?」
よく見てみれば1本500円だった。レイチェルのベッドや何やらを買いに来た時はそんなに物価が上がっていたのは気にならなかったが…まさか、ここまで物価が上がっていたとは。
消費税増税のせいもあるのだろうか?
カルゴ「ううん、何でもない。行こう」
慧音「だな♪」
道中、民家の庭に植わっている柿の木や蜜柑の木などに反応するかと思っていたが、そこには反応しなかった。そういえば、幻想郷でもたまに見る光景だった。
カルゴ「ここが俺の通ってた寺子屋…小学校だ。ここには6年間通うんだ。6歳〜12歳までね」
慧音「大きな建物なんだな…」
校門から三階建ての建物を見上げて、慧音は息を漏らす。しかしこれでも小さい方である。
カルゴ「ま、地元では普通くらいの建物だよ」
慧音「これでも…なのか…。凄いな、外は…」
凄いな、凄いな、と繰り返し呟いている。まるでカルチャーショックを受けたかのようだ。いや、実際に受けているのかもしれない。
その時、腹が鳴った。俺の腹だ。
慧音「お腹が空いたのか?…私もだ。夕飯時では無いのに不思議だな…これがリズムの調整か…」
カルゴ「そうなるね」
つまり今の俺と慧音の肉体は、朝食を欲しているというわけだ。段々と太陽も昇ってきた。新しい1日が始まる…。
カルゴ「中学校行く前にどっかで食べて行こう。ファストフードっていう早く食べれるのもあるしラーメン屋っていう麺ばかりの店もあるし、色々あるよ」
何を食べたい?と聞いても何があるかわからないだろうから、敢えて具体例を出してみる。流石に迷ったか、4、5分悩み抜いて、答える。
慧音「らぁめん…も気になるが、ふぁすとふーどってヤツを食べてみたい…!」
カルゴ「オッケ、行くか!」
慧音「ああ!…って待て、お前、ずっとその格好だったのか!?バレたら大変だぞ!?」
カルゴ「あっ…流石にもう着なきゃな」
にとりの光学迷彩スーツを着た俺は、スイッチを押さずそのまま慧音と瞬間移動。
慧音「人が居るな…」
カルゴ「そりゃーね。行こう」
扉を開けると、懐かしい油の匂いが漂ってくる。
俺は黒い光学迷彩スーツを全身に纏って、慧音は普段通りの服装で、マッ○へ入って行った。