8XX年、京都
??「おー?やぁやぁ鬼さん!また会ったね!」
??「『また会ったね』じゃないでしょ、ここで会う約束だったじゃない」
??「あはははっ、そうだったそうだった〜!」
??「全く、あなたってば…」
??「会いたかったよ、華扇♪」
華扇「ええ、私もあなたに会いたかったわ」
私は茨木 華扇。鬼…そして仙人でもある。ある日私は、羅城門の真下で、とある人間の少女と待ち合わせをしていた。とても明朗快活で、10数歳と若いのに、周囲から才を認められ既に官人として働いている少女だ。
私と少女の出会いはつい最近の事だ。この少女が唄を詠み、たまたまそこに居合わせた私がそれに唄で返事をした。
それで意気投合し…友人となった。
??「ホントさー、お勤めお勤めばっかりでさ、疲れちゃうよー…。こうして華扇に会うことが、唯一の楽しみになってるしさ」
華扇「ふふっ、嬉しいわ」
少女の名は、宮古 芳香。お勤めの合間を縫って、もしくはお勤めが休みの日に、こうして羅城門の下で、私と待ち合わせをして、雑談をしている。
出会ったばかりの頃こそ唄ばかり詠んでいたが、仲が深まるにつれて、ドンドン個人的な事を私に話してくれるようになった。どうやら私は彼女に聞き上手だと思われているようで、仕事の悩みや愚痴もよく口にするようになった。
何かしら悩みがあれば解決策を共に考え、愚痴があれば最後まで聞いてやり、彼女を宥め、諭し、スッキリさせてお勤めに向かわせていた。それが彼女の“唯一の楽しみ”で、私の楽しみでもある。
都で団子やお茶等を買って彼女を待って、彼女がやってくれば、それを肴に唄を詠んだりこれまた愚痴をこぼしたりなどしている。
芳香「あのさ、華扇…ちょっと悩み?というか、迷ってる事があるんだけど…良いかな…?」
華扇「今更?いつもの事じゃない、言ってごらんなさい?」
芳香「うんっ…」
小さく頷いた彼女は、重々しくその口を開いた。いつもの明るさはを潜めている。彼女にとって、望ましくない何かが起こったらしい。
芳香「実は…父上と母上の会話を聞いちゃったんだよね…」
華扇「…どんな?」
芳香「私をね…近々嫁がせるっていう話…」
華扇「それって…!」
芳香「政略結婚…。父上達はもう相手を決めてるらしいんだけど…やっぱり気乗りしなくてさ…。女に生まれたから、仕方の無い事なのかなぁ…」
華扇「女を道具みたいに扱うなんて…本当に酷い世の中よね……。それ、話を聞いた事は御両親に言ったのかしら?」
芳香「言ってない。もし言ったら何をされるか…分かったもんじゃないよ…」
華扇「っ…そっ、か…それもそうよね…」
芳香「断りたいけどさ…。何て言えば、父上達に怒られずに済むかな…?」
こればかりは難しい。これまでの職場の悩みとは全く種類が違うし、重さが違う。これによって、芳香の人生が大きく変わるのだから。答えはより慎重に慎重を重ねて考え、口にしなければ。
しかし、私の頭に浮かぶのはどれも実行不可能と思えるほどに厳しいものばかりだった。
華扇「正直……これは難しいわね。多少の叱責は覚悟しておいた方がいいと思う…」
芳香「だよねー…私もそう思うよ…」
華扇「因みにお相手は?やっぱり、摂政とか関白とか、政治を操れる立場の御方なのかしら?私はほら…鬼だから、政治の事はあんまりだけど…」
芳香「ううん、私の家みたいな一般の役人の家がそんな上級貴族の家に取り入れるはずがないよ。だからもっと下の貴族だと思うんだ」
華扇「呆れたわ。下なのに政略結婚するなんて。あまり大きな声で言ってはいけないことだけど、政略結婚するなら上級貴族とするべきでしょう」
芳香「ホントそうだよね…。たとえ上の立場の人でも、好きでもない人と結婚なんて嫌だけどさ」
華扇「そうよね…」
それからまたある日、芳香は先日よりかは明るい顔で、いつものように羅城門の下にやってきた。しかしやはり、悩みが全く無い時のような明るい顔ではない。
芳香「ねぇ華扇、この前言ったあの話覚えてる?政略結婚させられるっていう話」
華扇「もちろん。何か進展が?」
芳香「うん。あの後、頑張って『聞いちゃった』
って言ったらね、相手の名前を教えてくれたの。あと、役職も」
華扇「えっ…よく言えたわね…」
芳香「えっへん!…相手の名前は
華扇「うわ、むさ苦しそうな名前ねぇ……って、待って?左大臣!?」
芳香「華扇も知ってる?」
華扇「まぁ、大雑把にはね…」
左大臣とは、太政大臣より少し下の立場。もしも芳香の話が本当だとしたら、芳香と政略結婚する相手はかなり上の立場である、ということ。
簡単に言えば、「太政大臣>左大臣>右大臣」。
ごく一般の役人の家である彼女の家からすれば、かなりの玉の輿と言える。
芳香「でも、何がどうなって左大臣とそんな話が出来たんだろうね…」
華扇「…気になるわね…」
贈収賄?…いいや、左大臣ほど上の立場だったら金銭には困らないだろうからそれは無さそう…。
本当に気になる…。
芳香「また聞いてみようかな」
華扇「聞くのはいいけど、気を付けてよね?」
芳香「それはもちろん、分かってるよ。でもさ、左大臣とかそういう上の立場の人って…すっごく歳上なんだよねー…」
華扇「仕組みとかはよく分からないけれど…上の立場に上がるには、それなりに功績を積まなきゃいけないものね。それだけ時間もかかるし…」
芳香「はぁ〜ぁ、私なんてまだまだ若いのにさ…父上くらいか、それ以上の歳の人と結婚とか…。どんな人なんだろうね…」
また、役所勤めの芳香が左大臣ほどの大物を知らなかったのには理由がある。それは、単に芳香がまだ下働きに近い、という事だ。大物が下働きの多い役所に訪れる訳が無い。
そして、芳香の縁談なのに、本人を会わせず父親しか左大臣と話をしていないのにも理由がある。娘の仕事に支障が出ないようにという父親なりの配慮らしい。余計に娘に気を使わせている事には気付いていないとは。
華扇「まだ確定じゃないんだから、気をしっかりもって。助言なら出来るかもしれないから!」
芳香「うん…」
また別なある日、芳香はその武者小路熱盛の情報を持ってやってきた。
芳香「特技は剣術と槍術なんだってさー。年齢は教えてくれなかったんだけど、やっぱりそこって重要だよね。何でそこ隠すのかなぁ」
華扇「槍?珍しいわね…」
芳香「だよね。あとね、幼名は鬼切丸っていったらしいよ。華扇、斬られちゃうかもね!」
華扇「やめてよ縁起でもない…。そもそも子供に刀の名前つける親って居るのかしら…?」
芳香「あは…居ないよね…」
華扇「その人…熱盛さん、だっけ。もしだけど…一度会ってから結婚するまで、猶予をくれたりはしないかしらね。そうすれば、逃げるなり何なり出来ると思うんだけど…」
芳香「うーん…結婚の時に初めましてがよくあるからね…ちょっと厳しいかもしれないけど…でもそれ良さそうだね!父上伝いに聞いてみる!」
華扇「言葉選びには、慎重に慎重を重ねてね」
芳香「分かってるよ〜」
次に会った時、芳香の顔はとても晴れ晴れとしていた。先日話した作戦が、上手くいったらしい。
何でも、「左大臣を相手にしてそのような申し出できるか」と怒られたそうだが、「だめなら家を出る」と脅しをかけたらしい。肝が座っている。
左大臣を相手に縁談をしているのに、肝心の娘が家を出ては、それは面目が丸潰れとなる。故に、父親は(頑張って)左大臣に掛け合ったそうだ。
そして心の広い左大臣はそれを了承したらしい。父上は、さぞ寿命が縮まる思いだっただろう。
芳香「それでね、ついに明日会うことになったんだよね…今から緊張するよ…」
華扇「急ね…大丈夫?」
芳香「うーん…上の立場の人の割にそこそこ融通効くみたいだから、悪い人ではないのかもね」
華扇「分からないわよ?若い嫁が欲しいからって寛容なフリをしているのかもしれないし」
芳香「でも、若い嫁が欲しいなら、そこらの女をお金と地位で釣れるじゃん。言い方は悪いけど」
華扇「それもそうね…。左大臣と結婚だなんて、后や妃以外の女性からしたら玉の輿だものね」
芳香「そうだよ。私と会った事があるなら、私を狙おうとするのだって分からなくもないけどさ。ほら、私って可愛いし」
華扇「あはは…確かにあなたは可愛らしいけど」
芳香「会ったこともない私にここまで親切にしてくれる…。やっぱり比較的寛容なのかも。明日に期待するよ」
華扇「頑張ってね、芳香」
芳香「うんっ、頑張る!」
次の日、芳香は無事に武者小路熱盛との初対面を果たし、互いの両親などの第三者の介入の無い、
芳香「華扇〜!」
華扇「あぁ、芳香……え?」
いつも通り、走って羅城門にやってきた彼女は、1人の青年と手を繋いでいた。悩みなど何も無いような、とても明るい笑顔で。
芳香「えへへ…いつもより走っちゃった…はぁ、はぁ…けほ、ちょっと苦し……」
??「まだまだだな、芳香よ。これくらいで息を切らすとは。ほれ、これで少しは楽になるか?」
手を繋いで走ってきたその青年は、芳香の背中を優しくさする。
芳香「体鍛えてないもの、一緒にしないでよね!お勤めお勤めで、そんな暇は無いしっ!」
??「はははっ、すまんすまん」
華扇「えっ、と…芳香、この方は…?」
芳香「あ、うん!熱盛、この人が私の友達の茨木華扇!あなたも自己紹介して?」
??「
華扇「えっ……ええええええええっっ!!?!?あなたが武者小路熱盛!?…あ、失礼しました、つい呼び捨てでっ……」
驚きのあまりついつい呼び捨て&タメ口になってしまうが、彼は笑って首を横に振った。
熱盛「いやいや、そんな事はどうでもいいです。今は私的な時間。つまり、今の私は、ただの武者小路熱盛ですからな。華扇さんも、普通に接して下さると助かります」
華扇「あ…あぁ…わ、わかりました………」
イメージと大きく違う風貌、態度に拍子抜けだ。
もっと「私は左大臣だぞ!」と威張ってそうな、小太りな中年男性、もしくは筋骨隆々とした男性と予想していた。
しかしどうだ、目の前のこの男性は。中肉中背、優しい笑顔、自らを左大臣と威張ることも無く、挙句の果てに「普通に接して下さると助かる」と言ってしまう。こんな左大臣が居るのだろうか。それに、その人の見た目で判断したくはないが、剣術や槍術を嗜んでいるようには見えない。
華扇「改めまして……自己紹介させて頂きます。初めまして、茨木華扇です。芳香とは友達です。以後お見知りおきを」
熱盛「華扇さん、実は鬼であり仙人でもある、と芳香から聞いておりますが……?」
華扇「なっ…!?ちょっと芳香っ!」
芳香「へへっ、言っちゃった♪」
華扇「ったくもー…。他の人にはこの事、言ってないでしょうね?」
芳香「言ってないよ。熱盛だけ!」
華扇「なら良いんだけど…」
熱盛「ほぅほぅ…その反応から察するにどうやら本当らしいですな。平和な京の都に、堂々と鬼が潜んでいようとは…」
華扇「…何ですか?」
熱盛「あいや、こりゃ失敬。なに、ただ驚いたのですよ。左大臣として京の事は知り尽くしてる、知らない事は無い…と自負していたのですが…。まだまだ知らないことはあるものですな。して、華扇さん。都にはまだ物の怪の類が潜んでいたりするのですかな?」
華扇「知ってどうするのですか?まさか退治でもするつもりでは…」
熱盛「退治なんてとんでもない。敵対しなければ退治などしませんよ。こうして話せるのならば、それが一番だと思っていますからな」
華扇「…不思議な人ですね」
熱盛「はて?芳香にもそう言われましたが、私はそんなに不思議でしょうか?」
華扇「ええ」
芳香「でしょでしょ、何か不思議でしょこの人!でね、本当に結婚しよっかなって思ってるの!」
華扇「えっ…だってあなた、好きでもない人との結婚は嫌だと…」
芳香「あれから、熱盛と話してて…なんだかね、この人に夢中になっちゃって……てへへ…///」
華扇「…なるほど、気が合ったのね」
芳香「そうそう!」
華扇「……ところで、熱盛さん。あなたと芳香のお父上との出会いは、一体どのような…?」
芳香「あー、気になる気になる!」
熱盛「なに、成り行きに任せただけです。ただ、彼女の父上が野党に襲われていまして、たまたま散歩していた私が、野党を懲らしめたのですよ。無論、野党は
芳香「野党に!?」
華扇「芳香知らなかったの?」
芳香「知らない知らない!初めて知った!それで父上とどんな話したの?」
熱盛「『お礼に何でも差し上げます』…と言ったので、『娘が居れば娘を貰おう』と答え…しかしさすがに、見知らぬ男には大事な娘を渡したくはないのでしょうね、身分を訊ねられたので左大臣である証明をして、2人で縁談を…」
華扇「あなたから言ったんですか?…というか、人助けのお礼に娘って…」
芳香「えーっ!?お礼だったの!?私が!?」
熱盛「ええ。流石にまずかったかな…とは思ったのですが、いい加減に身を固めろ、と親戚一同も煩くて。最初は、この結婚は親戚一同を黙らせるためだと…そう思っていたのですが、いざ芳香に会って、深い話をしてみれば…何故だか、とても愛おしく感じるようになってしまって…。これが恋なのだな、とその時に実感しました…///」
華扇「芳香は…?」
芳香「私もそんな感じ。会って深い話をするまでそんな風に感じたことなんて無いし…左大臣とか言われても嫌だって思ってたんだけど…話してて楽しいし、一緒に居て楽しいから、結婚しよって決めたの!」
華扇「…そう。おめでとう、芳香」
芳香「ありがと、華扇!式には華扇も呼ぶから、絶対に来てよね!」
華扇「ふふっ、鬼は大酒豪よ?」
熱盛「それは良い!是非、上等な酒をたんまりと取り揃える事にしよう!」
華扇「─────はっ…!」
目を覚ました。ここは幻想郷…妖怪の山にある、私の家だ。どうやら私は、夢を見ていたらしい。
とても懐かしい記憶だ。
────この話には、まだ少しだけ続きがある。
この後、程なくして結婚した2人だったが…その直後、熱盛は流行病にかかってしまった。それもほとんど不治の病とされていた天然痘に。
人一倍頑強な肉体を持っていた熱盛も、不治の病には抗えず……若くしてその命を散らした。享年26歳。平安の世といえども、まだまだこれから、という歳であった。
─────嫌だよ華扇…どうすればいいの…?
─────大好きな唄が詠めなくなっちゃった…
─────お願い華扇…私を─────…
華扇「やっぱり私は……大悪党ね……」
でも変ね……つい最近、どこかであの男…熱盛を見掛けたような気がしてならない──────。
※当時の口調で書くとやばい事になりそうなので現代語訳という事でご理解頂きますよう…。