次の日の夜。約束通りに、小町は私の家の屋根にやってきた。しかし、その表情は明るくない。
小町「悪いね華扇…彼らの記憶の持ち出しに失敗しちまったよ…」
華扇「あら…」
小町が持ち出しに失敗とはね…。しかし私では、どこにそれが有るのやら皆目検討もつかない…。はてさて、どうしたものか。
華扇「やっぱり、誰かに見つかったの?」
小町「他でもない、四季様にね…」
華扇「うぅむ…それなら仕方ないか…」
小町「たださぁ、おかしい事があったんだよね。探してる途中の事なんだけど。聞くかい?」
華扇「ええ」
小町「無かったんだよ。宮古芳香の記憶がね」
華扇「えっ……どうして?」
小町「そこまでは分からないけど…。考えられるのは、誰かに盗まれたか、宮古芳香本人そのままとして現世で生きているか…の、2択だと思う。後者の場合は、記憶も持ってるって前提だけど」
華扇「芳香が現世で生きている…?いや、そんなはずは無い…。一体誰が………」
私のように芳香の記憶を蘇らそうとした誰かが?先日、エスカルゴからは芳香とはまともな会話は出来なかったと聞いているが…。記憶があれば、正常な会話は出来るはず。
小町「おかしな話だよねぇ。あと…武者小路熱盛だっけ。そっちはちゃんと、記憶が残ってたよ。無事、生まれ変われたんだね」
華扇「…ふむ…」
小町「でさ〜…四季様に咎められちゃったから、どうしてそんな行為に及んだのか吐いちゃった…ごめんよ…」
華扇「えっ、ちょっとそれ…」
小町「だってほら、盗みは犯罪だし…ね?それが地獄の最高裁判長に見つかったら……」
華扇「それもそうね…何て言ったの?」
小町「『茨木華扇に頼まれて、2人の記憶を持ち出そうとした』って」
華扇「うわぁ…ガッツリ名前出したのね…」
小町「『明日の昼に彼岸に来なければ家に行く』
って伝言もあるよ…」
華扇「えぇ〜…家に来てほしくないんだけど…」
小町「なら明日の昼に彼岸に行くしかないね…。ほんと悪いね、華扇…。んでもさ、そこまで悪い反応ではなかったよ。多分、盗まれるくらいなら自分からそれについて話そう…とか、そんな風に考えてるのかもしれないね」
華扇「それならいいんだけどね…」
翌日の昼過ぎ。花々の咲き乱れる彼岸に来た私は四季映姫・ヤマザナドゥと対面した。相変わらずお固そうな顔をしている。
映姫「…全く…私の部下に盗みをさせようとは、恐ろしい仙人ですね。動機は何ですか?小町から少しは聞きましたがね」
華扇「興味、ですかね」
映姫「ほう…」
華扇「前世の記憶を戻した場合、どうなるのか。それと…1つ、気になる事がありまして」
映姫「気になる事とは?」
華扇「……遥か過去に死んだはずの者が現世にて存在している。人間から、キョンシーとなって。なのでその調査も小町に依頼しました」
映姫「宮古芳香、ですか。彼女の記憶は、確かに地獄には残っていませんでしたよ。配偶者の男の記憶は残っていましたが」
華扇「本当ですか?それは…」
映姫「有無を答えるだけの私に、嘘をつく理由がありますか?」
……無いと考えるのが自然か。
映姫「記憶が残っていないという事は…本当なら彼女は、宮古芳香のままで生きている…はず」
華扇「しかし彼女は、現にキョンシーとして……いや、そんな…まさか…?」
映姫「そのまさかだと思います」
第三者が芳香を人間として蘇らせ、敢えて記憶と肉体を弄り、キョンシーとした可能性…。しかしそれは、死者を弄ぶ行為に等しい。到底許されるべき行為ではないと思う。
映姫「その犯人は…あなたはもう分かっているのでしょう?」
華扇「…ええ」
あの邪仙のことだ、死体の方が都合がいいとでも考えているのだろう。
映姫「彼の記憶を戻したところで、あなたはどうするんです?興味を満たす…で終わりですか?」
華扇「彼も、前世の記憶に興味があるそうです。それを知れたなら、もう言うことはありません。なので…前世の記憶を譲って頂けませんか?前の記憶を現世の彼に戻してやりたいのです」
映姫「歴史の一部を、そう易々と渡すとでも?」
華扇「う…」
それから約1時間、映姫と口論をして…最後は、
「彼の中に記憶が戻るのなら、歴史が消える事は無い」と何とか説き伏せ、本日の夜、その書類を持ってこの彼岸で落ち合う約束をした。
「過去の記憶を現在の肉体が取り込むと、現在の人格が破壊され、完全な記憶が擬似的な魂を作り肉体を完全に乗っ取られるかもしれない」と注意喚起をされたが、現在の彼の芯が強ければ、問題無いと言っていた。エスカルゴの芯の強さは映姫も理解しているのか、熱盛の今世の姿があのエスカルゴだと言うと、妙に納得していた。
映姫「これが、武者小路熱盛の記憶です」
華扇「本当に書類だ…。ありがとうございます」
夜の彼岸は、月光と見渡す限りの花々が相まってとても幻想的だ。そこで渡されたのが紙束とは。便宜上「書類」だと呼んでいるのかと思ったら、本当の本当に紙ペラだった。
映姫「約束は覚えていますね?」
華扇「ええ。ほとぼりが冷めたら説教、ですね」
映姫「結構」
私の家で話した時、彼は自分の前世にとても興味津々だった。そこで私が過去の記憶を渡し、彼の警戒心を解かせて恩を売り…後日また彼を呼ぶ。そして説教だ。騙すような感じがしてあまりいい気分はしないが…私の興味も満たせて、彼の欲も満たせて、更に芳香に関する事件の解決に繋がる可能性が高まるのなら…。
華扇「記憶と言う割に、枚数が少ないんですね。しかし文字が小さすぎて私でも……」
映姫「記録する為のものであって、見る為のものではないですから。その為、文字を読めるようにする必要が無いんです。なので、わかりやすく、1歳で1枚というシステムなんです。そこに存在していればそれでいいという曖昧なものですが」
華扇「なるほど…。つまり枚数は…」
映姫「26枚です」
華扇「ふむ…。寛大なお心に、感謝します」
映姫「説教だけは忘れずにお願いしますね。私が彼に説教し始めたら1週間あっても足りません」
華扇「ふふっ、分かりました」
それから数日後。エスカルゴが博麗神社に訪れる日を狙って、私も博麗神社に向かった。
カルゴ「お、どうもどうも。タイミングピッタリですねぇ」
華扇「そうですね」
霊夢「あら、また来たの?お賽銭入れないのに」
華扇「酷い言い草ねぇ。彼に渡すものがあるの」
霊夢「あぁ、前世の記憶だったっけ。帰ってきた後に聞いたわ」
華扇「そうなの?……これが、前世の記憶です。触るだけで良いそうですよ」
そう言って、私は彼に26枚に重ねられている紙の束を渡す。それを見た彼は当然、目を丸くする。
カルゴ「紙…ですか?」
華扇「そうです。とっても特殊な、ね」
カルゴ「へー…!それじゃ早速……」
両手で私から紙束を受け取った彼。すると紙は、白い粒子となってあっという間に消えてしまう。そしてその直後、彼は頭を押さえて膝をつく。
カルゴ「んぐっっ……あ、たま…がっ……痛い、割れる……くっ………ぅ…」
苦痛に顔を歪めて、ついには境内に倒れ込んだ。
両手で頭を強く掻き毟り、呻き声を漏らす。
霊夢「ちょっと!?大丈夫!?」
カルゴ「…や、ば……くる…し…い…………ぜ……」
霊夢が彼を起こすと、虚ろな目でそう呟き、すぐ気絶してしまった。
霊夢「ちょっと華扇!これはどーゆー事よ!?」
華扇「た、多分、いきなりすごい量の情報が頭に入ったから、彼の脳がオーバーヒートしてるだけだと思うわ!きっとすぐに目覚めるわよ!」
霊夢「顔色も悪いし…脂汗流してるし…もしこの馬鹿に何かあったらアンタのせいよ!!」
華扇「えーと…そうだわ、すぐ目を覚ます秘薬があるから、一旦、私の家に連れ帰るわね!」
霊夢「はぁ!?」
華扇「大丈夫、すぐ目を覚まさせるから!」
霊夢「そういう問題じゃ…」
霊夢の制止を振り切った私は、彼を抱えて急いで境内から飛び立った。秘薬は嘘だが、目覚めた時にあの酒を飲ませれば、すぐ元気になるだろう。まさか倒れる程負担が大きいとは思わなかった。
華扇「やれやれ…酷い熱ね…」
布団で寝かせた彼に、濡れタオルを乗せる。彼は熱に魘され荒い呼吸を繰り返している。しばらく経つとそれは治まったが、熱は中々下がらない。
カルゴ「ぅ……あ…………」
華扇「あぁ、やっと目覚めた。気分はどう?」
カルゴ「華扇…さん………私は…確か……?」
体を起こした彼は、片手で頭を押さえながらそう静かに呟いた。まだ頭が痛むのだろう。
華扇「あら、記憶がゴチャゴチャになってる…?あなたの一人称は『俺』でしょう?」
カルゴ「私は私ですよ…」
華扇「まず自分の名前を言ってみて?それから、お嫁さんの名前も」
カルゴ「私は武者小路熱盛…宮古芳香の旦那…」
華扇「悪い冗談ね…。目を覚まして?」
カルゴ「冗談…?そういえば別な男の記憶が頭の中にありますが……この頭痛はそれが原因か…。成程、この肉体は、生まれ変わりなのですね…。はーれむ…とやらを…?何と不誠実な男だ…!」
ドンッと強く自分の足を叩いた彼は、憎々しげな目を窓の外に向ける。そして布団から抜け出し、玄関へ向かおうとする。
華扇「ちょっと、もう少し休んでいきなさい!」
カルゴ「問題ありません。離縁を申し込むのに、頭痛は関係ありませんから」
華扇「!!!」
カルゴ?「では、失礼します」
華扇「待ちなさい!どこに行くつもり!?」
カルゴ?「そう…ですね…。まずは、結界を超え冥界に行きます。そこには古い友人も居ますし。
…おお?どうやらこの肉体は不思議な力を宿しているようだ…。すきま?とやら…成程、移動にはとても便利だ。牛車とはまるで比べ物にならない代物だ…是非有効活用させてもらおう。それではまた会いましょう、華扇さん」
記憶を見た彼は力の使い方がわかったのだろう。玄関からは出ずにその場に正円のスキマを開き、その中に飛び込んだ。それが閉じる直前、熱盛を追おうと私もその中に飛び込んだ。
芳香の記憶の在り処云々は、その後だ。
即実行出来るのも、熱盛は頭がイイからです。
古い友人とは一体…?