ある日俺は、昼間から戦場へと向かう為、神社で霊夢に見送ってもらっていた。事の発端は昨日…いや、日付けが変わっていたから今日だ。深夜のラジオ放送で、幽香から挑戦状を叩き付けられたのだ。幻想郷の幽香ではなく、夢幻館に居た方の幽香だ。満を持して俺を殺すつもりらしい。当然ながら俺は乗り気ではない。行きたくない。だが霊夢がそれを許してはくれなかった。勝てそうな相手から逃げるのはダメらしい。
「言っとくけど、負けたら承知しないからね」
「分かってるよ…はぁ…」
「溜め息つくと幸せが逃げるわよ」
「霊夢こそな。それと、失った幸せも俺が運命を操って全て取り戻してみせるさ」
「とか言って、思い通りにならない事も結構あるくせに。パチュリーとの対決に負けたんでしょ」
「アレは運命操ってねーもん!だって、ハナから勝てないって分かってたもん!勝てないもん!」
「はいはい、負け犬の遠吠えね〜」
「うぎぎ……」
「ほら、早く行きなさいよ」
「分かったってば…」
(あの服見たら、幽香はなんて言うのかしら…)
霊夢がこうも急かすのには理由がある。幽香は、俺を呼び出すためのメッセージの中に、「もしも来なかったら博麗神社を破壊するわね♡」という脅迫文まで仕込んでいたからだ。
これには流石のにとりと雛も声を震わせていた。
そして霊夢はブチギレていた。それでも彼女は、
「これはアンタへの挑戦状だからアンタがお灸を据えてやりなさい」と、俺だけを送り出すことにしたのだ。霊夢からしてみれば、超がつくほどのいい迷惑だろう。
「勝てるのかなぁ……」
あっちの幽香は、こっちの幽香と違って手加減をする気配がまるで無いので、できればもう二度と戦いたくはなかったものだ。こっちの幽香でも、多少だったら手加減してくれたりする。…多分。きっと。といっても負けっぱなしも後味が悪い。
そこでしばらく迷った末に、俺は幽香と戦おうと覚悟を決めた。嗚呼、憂鬱だ。
◆
成長中の向日葵が群生している通称・太陽の畑に到着すると、ショート幽香とロング幽香が並んで花を愛でているのが目に入った。そんな中で俺の存在に気付くと、口元に黒い笑みを浮かべ、傘を閉じて花畑の遊歩道にいる俺の方へ飛んできた。
ショート幽香の方は変わらず日傘を差している。
「ヘェ、逃げずによく来たわね。褒めてあげる」
「そりゃどうも」
「ていうか何よそのシャツ…センス無さすぎ…」
「あぁ!?地獄の女神のセンスをバカにするか!あと俺のお気に入りなんだぞ!」
「うーわ…」
今日は気合い入れに「Welcome♡Hell」のシャツでここに来た。勝負パンツならぬ勝負シャツだ。口元を引き攣らせる幽香の方が、へカーティアや俺よりセンスが無いと思う。まぁ、妹紅のようなモンペも彼女に似合うとは思うが。
「そういえば…。聞けばあなた、こっちの幽香とほぼ同じくらいの強さなんだってね?ここ数年の戦績は五分らしいじゃないのよ。こっちの幽香は私ともほぼ同じくらいの強さよ?」
「まぁね」
「何であの時は手を抜いたの?」
「何でってそりゃあ…ねぇ?あの時の俺の目的はあくまでも幻月だったからな。……悪魔だけに。だから、その前にお前と戦って、力を使う訳にはいかなかったんだよ」
結局あの時は、1度殺されて、力をリセットした状態で幻月と対峙した。それでも引き分けに近い決着のつき方だったのだから、あの時、幽香から逃げた選択は間違いではなかった。もしも戦って力を消費していたら…俺は幻月に負けていた。
「ふぅん…この私が戦いを挑んでいたのに、よくスルーしようと思ったわね」
「この私とか言ったって、あの時は初めましてでどんな奴かも分からなかったろ。すげぇ奴なのかただの雑魚なのか、判断つかねーし」
「随分とまぁ舐めてくれるわね」
「舐めるのは惚れた女と飴だけで十分だ」
「…幽香、コイツムカつく」
「ふふ、エスカルゴはこういう奴よ。今も昔も」
腹の内を見せない微笑みを湛えながら優雅に傘を差しているショート幽香。ロング幽香は、やはり変わらず傘を閉じている。鈍器に使う気満々だ。幽香が傘をバットのように振ればいくら肉体的なダメージに強い妖怪とて骨折不可避である。鬼のパンチを素手で受け止めるようなものだ。
「じゃあ、そろそろ始めましょう?幽香は合図をお願いね」
「分かってるわ。決着のつけ方は?」
「私の気絶、若しくは向こうの死亡」
幽香ならそう言うと思った。これで「何で幽香は気絶なんだよ?」とでも文句を言えば、「女の子だものそれくらい許して♡」などと言いそうだ。何となく予想できる。というより、幽香を殺して終わりなら100%間違いなく俺が勝つのだが…。
「トコトンまでやるつもりね。…言っとくけど、本気のアイツは強いわよ。そこそこ、ね」
「そこそこでしょう?ま、そこそこは楽しめそうだからね、全力で叩き潰すことにしましょう♪」
「そこそこそこそこってうっさいなぁ…。なら、その身に教えてやるよ、俺の強さってのをよ…!うおおおぉぉっ!!」
背中の妖魔雷霊剣を抜いた俺は、地を蹴って幽香との距離を一息に縮める。狙いは、やはり傘だ。アレさえ壊してしまえば、バカみたいな破壊力のマスパは放てなくなる…かもしれない。
それでなくとも、傘という防御手段を1つ潰せるワケだ。破壊しないわけが無い。その後は修理をするのだろうが……今回は戦いの後に修復魔法をかけてやればいいだろう。魔力が残っていればの話だが。
「私達が戦うんだものね、やっぱりルールは…」
「ああ、情け無用で構わないぜッ!」
「そう、やっと良い返事が聞けて安心したわ♪」
傘を切ろうとしているのを見越してなのか、俺に狙われている対象であるその傘を振るって、俺の顔面を殴打しようとする幽香。容赦無さすぎだ。閉じられた傘がブレた瞬間、横に構えていた剣を振り上げ、顔に当たる前に切り飛ばさんとする。
が、あろう事か幽香は傘で俺の剣を受け止めた。刃が通らない。ダイヤモンドすら割るこの剣が。
しかも、切れないだけに留まらず、歪みすら発生しない。流石に目を疑いたくなる光景だ。だが、これまで超電磁砲以外のどんな強い弾幕でも受け止めてきたあの傘なら…こんな光景も有り得るのかもしれない。
「クソ…っ!」
ガッチリと組み合ったまま動かず、このままでは分が悪いと悟った俺は、大きくステップバックし彼女と距離をとる。こんな事なら、さっさと強い技でも使っておけば良かった。
幼い頃から抱いていた疑問だ。何故、ヒーロー物では最初から必殺技を使わないのだろう、最強の変身をしないのだろう、と常々思っていた。だが自分が戦う側になってやっと分かった。最初から強い技は使わない。そしてとうとう「使う時」がきたのだ。
「禁弾『音速弾幕結界』!!」
金属板を細かくちぎって、小さいスキマを大量に開いて超電磁砲を打ち込んでいく。超電磁砲は、音速の数倍。並大抵の妖怪では決して見切れない速度だ。こればかりは幽香とて例外ではない。
「ひっどい弾幕ねぇ…ここまで酷いのはあの幻月でも使ってこないわよ?」
そんな軽口を叩きながら超電磁砲を避けていく。威力は落としてあるとはいえ、速度は超電磁砲のそれなのにだ。この弾幕は、見えるはずがない。だからこそ、チートやチート級の相手にしかこのスペルを使わないのだ。
「俺すら見えないのに何で避けられるんだ…?」
「あはっ♡ こんなの見えなくても回避可能よ?」
「…ッ!?」
「馬鹿正直に空間に穴開けてくれてるんだもの、その延長線上に居なきゃ良いだけよね♡」
「あっ」
盲点だった。スキマを開いてから超電磁砲の発射までは0.5〜1秒ほどの隙がある。幽香ほどの身体能力だったら十分に避けられる時間だ。これなら弾が見えずとも避けられても不思議ではない。
全方位のスキマを確認しているのだから、やはり幽香がとんでもなくヤバいことに変わりはない。
このスペルの大きな欠点を教えてくれて感謝だ。だがこの事に気付くのは幻想郷でも数人だろう。両手でギリギリ数えられるか数えられないか…。余程頭の回転が早くなければ気付かないはずだ。
「さァ、次はこっちから行くわよッ!!」
「うッ……!!」
萃香や勇儀…鬼のような速度で地面を蹴り、地を大きく陥没させて掴みかかってくる幽香。危うく首を鷲掴みにされる寸前で身を躱す。しかし掴むことに失敗したその手で拳を作って、顔面を強く殴り飛ばしてきた。
「いってぇぇ…!」
鼻の骨は当然の如く砕け、鼻血が吹き出し地面を紅く染める。誰かの可愛さ故に鼻血を出した事はいくらでもあるが、殴られて鼻血を出すなんて、かなり久しぶりのことだった。
頭が吹き飛ばなかっただけまだ良かった。しかし脳が揺れて痺れたような妙な感覚は残っている。
「紅武器『
手に付着した血液に魔力を与え赤黒い槍とする。初めて披露した時のように自分に返ってくるようにもできるが、今回は別にその機能は要らない。せめて傘に穴でも…と思った俺は、それを全力で投擲する。
「ふふふっ、甘い甘い♪」
幽香はヒラリと身を躱し、槍は遥か彼方へ飛んで
行った───ように思えたが、彼女は槍を素手で掴み、それを投げ返してきた。飛ぶ槍を掴む何て芸当は、勇儀ですら見せてこない。
「はい、返してあげる♪」
「要らねーよ!」
「ほらほら、そう言わずに♪」
「うおっ……」
耳元を掠める俺の槍。今度こそ槍は地平の彼方へ消え、俺は槍を避けたことで、体勢を少しばかり崩してしまう。
「やっぱこれしかねーのかよぉぉ!俺の攻撃ワンパターン過ぎだろッ!!凶砲『
少し大きな金属片を弾き、単発だが威力は先程の数倍の超電磁砲を放った。少し動いた程度では、この超電磁砲の余波を喰らうことになる。つまり完全に無効化するには傘を犠牲にするしかない。
「─────傘を犠牲にさせて丸腰にさせれば、幽香に勝てる。そう思っていない?」
「え……」
バットのように構えた傘で超電磁砲を打つ幽香。しかし流石に超電磁砲を打ち返すことはできず、俺の思惑通り傘は粉砕し、金属片も消えた。
「それだったら次も私が勝つわよ」
両手を前に突き出し、手のひらを見せ付けてくる幽香。そしてそこに灯るのは、夢幻館の最奥にてこの身を完全に打ち砕いた、青白く淡い光だ。
それが、右手にも左手にもある。
「───さぁ、喰らいなさい」
俺は、藁にもすがる思いで風見幽香を見る。
「はぁ…しょうがないわね。ダメになった畑は、後で私が元に戻すわ…」
「────ッ!?」
止めるだろうと思ったが、風見幽香はこんなだ。幽香のレーザー発射を止めてくれない。流石に、この流れは予想していなかった。風見幽香なら、畑が破壊される事だけは死んでも避けたいと思うはずだと高を括っていた。
「塵芥と成って消え失せなさい♡」
耳を劈く轟音と共に発射される2本のレーザー。その絶望的な速さは、掠りもしていない向日葵を吹き飛ばすほどの風を起こし、その攻撃力は地を深々と抉るほどだ。
「『
負けじと俺も極太光線を放つとバチバチと火花を散らしながら激しくぶつかり合う。これがヒラの妖怪と大妖怪の差なのか、徐々に押されている。数の差ではない。威力の差だ。そういえば俺は、光線の押し合いだと美鈴や魔理沙にも負けていたはずだ。…出力がしょぼすぎる。
建御雷のような出力なら、負けはしないのだが。
「…!そうか…。うふへへへ…ふへへへっ…♡」
「うわっ…気持ち悪い笑い方ねぇ…。消えな!」
出力が一気に増す幽香の元祖マスパ。目に見えて押されるが俺は不思議と負ける気はしなかった。勝つ方法を見出し、実行に移そうとしたからだ。
「転移『
「ッ!?」
幽香の後方へ瞬間移動して、妖魔雷霊剣を背中の鞘に収納する。そして間発入れずに次のスペルを宣言し、あるものを取り出す。
「霊剣『布都御魂剣』」
十拳剣に分類される、かなり長大な神の力を宿す神の剣。あの時建御雷から譲り受けたあの剣だ。これならば、出力も威力も建御雷と変わらない。
「『真・
「フン、そんなモノすぐに押し切っ───!?」
神の力を宿した剣から発せられた光線は、幽香の光線よりも深々と地面を抉って、幽香の向日葵を跡形もなく吹き飛ばし、幽香の光線とぶつかる。だが今度は、拮抗する事なく強引に貫き通した。
光線の発射を止め土埃が晴れると、その中に服がボロボロになった幽香が倒れ込んでいた。今回はあとで傘と一緒に修復してやろう。
「ふぅ……。神の力ってスゲェな…」
「あらあら、私の畑を滅茶苦茶に荒らしたことはスルーするのかしら?」
日傘を差した風見幽香が、俺にそう笑いかける。しかしその笑顔に、何か薄ら寒いものを感じた。
「えっ…だって幽香のことは許してた…」
「幽香は良いけどあなたはダメ♡」
「そんなぁぁぁ〜っ!!」
この後怒り状態の幽香に襲われたが、これも神の力を行使し、何とか退けることに成功した……。