…私は今、緊張している。奥歯がカチカチと鳴るほどに、とてつもなく緊張している。こんな酷い緊張は、彼に告白した時…いや、故郷である月を抜け出した時…いやいや、そんなものでは無い。始めて戦争に赴いた時だ。今私は、この時と同じレベルの緊張状態に陥っている。
何故かと言うと…ついに今夜、彼を襲う事を決意したのだ。これまでは「覚悟を決めた」と言って自分を奮い立たせていたものの、いざ彼の部屋の前に立つと、どうしても足がすくんでしまって、
「話がしたくて」と誤魔化してしまっていた。
だがそんな日々ももう終わりである。私は今夜…満を持して彼を襲う…!
◆
「へ?エスカルゴを襲いたい?サグメ様が…?」
『そう。しかし、やり方が分からない。あなたはいつもどうやって彼を襲っているの…?』
数時間前私は、鈴仙にストレートにそう訊ねた。八意様以外には頼りたくなかったが、この際腹を括って恥を偲ぶしかないと思ったのだ。そして、彼が来る前とあって時間に余裕が無い事も、私が焦ってしまった原因の1つである。
「そーですね…どうって言われても普通にとしか言えないんですけど…」
『(怒)』
「えぇ〜…」
『実演求む』
「えええええ…流石にそれはキツいですよぉ…」
『セリフだけでいいから』
「セリフ…えっとですね……『ねぇエスカルゴ…
エッチ…しよ…?』あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!
恥ずかしいですよぉっ!!」
顔を赤くさせた鈴仙は、普段はピンと張っている耳をしわくちゃにさせ、それを手でガシッと掴みながら顔を隠している。耳が千切れないか、ただそれだけが心配だ。
『言語道断。私にそんな言葉が言えるわけない』
「言えるわけない…というか、私に実演してって言ったのはそっちじゃないですかぁ!あーもー、何か久しぶりに理不尽な扱いを受けましたよ…」
『鈴仙はあまり…いや、全く参考にならないな。私などとはあまりにも次元が違いすぎる。頭の隅にでも入れておこう』
「次元違うのはサグメ様の頭脳なんですけど…」
『性欲の化身である鈴仙に言われたくはないな。頭の中が桃色の色欲で染まっているのでは…?』
「それエスカルゴじゃないですか!?」
『…これ以上は何も言うまい』
「あーズルい逃げたー!」
『少し出掛けてくる』
「はいはい、お気を付けて…」
スケッチブックを小脇に抱え、永遠亭から出発。博麗神社には…行かない。霊夢は話しやすいが、彼女も性欲が強いので鈴仙のように直球な誘惑の仕方であることは容易に想像できる。
故に、紅魔館の吸血鬼姉妹、それと小悪魔からの話もあまり参考にはならなさそうなので、今回はやめておこうと思う。守矢神社の二柱もそうだ。
…何だか、皆一様に性欲が強いような…。やはり自分で解決するしか無いのだろうか。それは少し困る。私などではまた誤魔化してしまう。ラジオなども聞いているので、厄神たる鍵山雛が知識を有していることも知っている。だが接触するのは危険且つ困難だろう。
だとすれば、数多の彼女達の中で、尚且つ性欲が少なそうな誰かに話を聞ければ何とかなるはず。そんな都合の良い誰か…果たしていただろうか?
「…………あっ」
居た。性欲が少なそうで、しかも話し易い者が。彼女ならば、やんわりと誘える文言を知っていることだろう。紅魔館の門番…紅美鈴なら。
◆
「う ────── ん……ストレート過ぎなくて、言いやすい誘い方、ですか…難しいですねぇ…」
『ふむ…』
性欲が少なそう、という予測は的中したものの、どうやら誘い方の方は少し不得手らしい。まぁ、仕方ないことではある。やはり、ダメ元で吸血鬼姉妹にも訊ねてみるべきか…いやいや、答えならわかっているも同然だ、今更だろう。レミリアの意見は聞いてみたいが…。そういえば、咲夜なら何と言うのだろう。彼女ならあからさまに態度や言葉に出さないだろうし、彼への誘い方もひと味違うような気がする。
…とりあえず今は美鈴から探る事に集中しよう。
「それに私、まだ2回かそれくらいしかあの人と
エッチしてないんですよねぇ……。最近、少しだけご無沙汰気味と言いますか…あははは…」
『羨ましい悩みだ。そもそもその胸が羨ましい。八意様が地上に来られた今では、月でそこまでの巨乳は豊姫くらいしか居ない』
「胸ですか?大きいと動きにくいだけですが…。いざ経験してみると割と嫌になるものですよ?」
『羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい』
「ひえぇぇ…」
『彼はどちらかと言うと小さい方が好みだから、まだ何とか我慢が出来てはいるが…。これでもし大きい方が好みなら豊胸手術でも受けていたかもしれない』
「(ゾッコンですねぇ…。)私は大きい方なので…やはり小さかったり普通の方が羨ましいですよ。結局は、無い物ねだりって事なんですよねぇ…」
『全く、隣の芝生は青いとはよく言ったものだ。
…
「あははは……まさにその通りすぎますね……」
…美鈴とそんな話をしていると、目の前に咲夜が瞬間移動で姿を現した。時間停止?そんなものは分かっている。だが時間が停止しているのを認知出来ない私にとっては瞬間移動も同然だ。
「ようこそ、サグメさん。……全く美鈴ったら、お客様は直ぐにお通ししなさいよ。サグメさんはスルーで良いって言われたでしょう」
「いや、今サグメさんは私とお話してたのです!
「あら…。失礼しました、サグメさん」
『問題無い。あなたにも用があったところだし、寧ろ出てきてくれて丁度良かった』
「そうなんですか?」
「何でも、彼を誘いたくてもどう誘えば良いのかよく分からないそうです。ストレート過ぎるのはどうも恥ずかしいそうで…でもそれって…そりゃそうですよね〜。お嬢様方のようにはとても…。私だってそんなことはまだ分からないですよ〜…咲夜さんはどうです?」
私のセリフを取るな、と言いたかったが、咲夜の意見が聞けるのならこれでも良いだろう。展開に不満はあるが、結果さえ知れればそれでもいい。
「難しいわよね…。私も…うん。旦那様…ね…」
咲夜すら目を泳がせ、言葉を濁すほどだ。やはり誘惑することは難しいらしい。…そうほっとしたのも束の間で、次の瞬間、彼女の口から驚くべき言葉が飛び出した。
「時間でも止めないと、どこで誰が聞いているか分かったもんじゃないしね…」
「……ん?」
「だってそうでしょう?館の中にも外にもメイド妖精は居るし、特に屋内なんかにはお嬢様方や、レイチェル様が居るでしょう?聞かれたら…ね?色々恥ずかしいことになるだろうし…。誘うなら時間止めないとねぇ…」
思考停止した。文言云々の話などではなかった。
彼を誘惑するシチュエーションの問題であった。
根本的に違っていた。やはりこのメイド…天然?
「特に、夜や朝は娘もそばに居るから…朝が早いうちに旦那様を起こし、別な部屋に移動して…」
「ストップストップ、スト〜〜〜ップ!!!」
「な、なによ美鈴?」
私がスケッチブックで遮ろうとした刹那、美鈴が風圧を起こしながら手を広げ、咲夜の話を遮る。タイミングが被ってしまった。恐らく、私と同じ考えなのだろう。
「それですよ、それ!私達が聞いているのは!」
「それ…って何よ?」
「朝にソレをするときは、別な部屋に移動するんですよね?その時ってどうやってあの人を誘うんですか!?」
そう、まさにこれである。サラッと言っていたが私達が気になっているのは「誘う言葉」なのだ。それを完璧にスルーするとは…やはり天然だ。
「誘うってほどでもないけど…私が旦那様を誘う時は…『久しぶりに…お願いします♡』かしら。私だって頻繁には…その……ね?はしたないかもしれないから……言えないし……///」
「ダメだこの人…完全に無意識だ…」
「ちょっと美鈴!?あなたにダメ呼ばわりされる覚えはないわよ!?」
「無意識小悪魔系女子とはまさに咲夜さんです…吸血鬼がピッタリですね…。小悪魔ちゃんよりも小悪魔してるような気がします…」
『同意』
「えっ、何それどういう意味よ!?サグメさん、あなたまで何を!?」
「無意識って怖いなーってことですよ。ねーっ」
『その通り』
同意を求めてくる美鈴に私はただ一言そう返す。ただし、何度も何度も、しつこいほどに首を縦に振り動かしながら。
「無意識ってあのねぇ…。どこかのさとり妖怪の妹さんじゃないんだから…」
「いやいや、同じですって〜」
「だから、どうして私が─────」
そう。私は気付けなかったのだ。私が彼に能力を行使しても効かないが、彼が空気を読んでノッてくれる可能性があるということに…。
「私はあなたを襲わない」のような事を言えば、天邪鬼な私の能力を理解してくれている彼なら、ノッてくれる可能性の方が大きかったのだ。私が遠回しに誘惑していることに…。
◆
そして、
「…エスカルゴ…入ってもいい…?」
「んー?勿論いーよー?」
「失礼…します…」
「どーしたんだよ、妙に改まって…」
「えっ…と………その、今日は……///」
言え。言うのだ、私。こうなったら、ストレートでも遠回しでも何でもいい。兎に角、性的な意味での誘惑をしなければならない。
「……今はちょっと……2人になりたくて…///」
「…?おうっ、いーぜ♪」
「…♡」
結局この日も、私は誤魔化してしまった。きっと私には、彼から誘ってくれるまで彼と交わる日は訪れないのではないかな、と思う。しかし私は、決して諦めない。
いつか自分から誘惑できる日が来るまで………。
失敗したから(仮)なのです。
下書きだからそうつけた訳じゃないです。( * ॑꒳ ॑*)