「ねぇ、次は何処に行くの?」
俺の隣でフヨフヨと飛んでいる幽々子さんが、顔を覗き込むようにして訊ねてくる。普段は大人らしい雰囲気を漂わせているのに、今は何故だか見た目通りの少女のような感じがする。
「そーですねぇ…今夜は文ンとこなので、昼間はどっか散歩したりしようかなと思ってますが…。幽々子さんは何処か行きたい所とかあります?」
「トコトン憑いて行くから、何処でも良いわよ。あなたの行きたい所に行って♪」
「幽々子さんがそれでいいならそうしますけど…って、なんだあれ…?」
「どうしたの?」
「あそこに…なんか浮いてるような気がして…」
刺すような日差しと青空の下で、俺は空を飛ぶ赤い何かを発見。見た所、霊か何かのようだが、具体的にアレが何なのかはよく分からない。妖精には見えないし、何より小さすぎる。
「どこかに向かってるんですかね、アレ。あの先って何かありましたっけ?少なくとも輝針城ではないですね、方角も違うし。…空…天空に輝針城以外の城でもあるんですかね」
「あの先と言ったら…多分、幽明結界かしらね。もう10数年も放ったらかしになってるから誰でも通れるようになってるわ。あそこからなら比較的安全に冥界に行けるわよ。…私が見た所、アレは霊ね。それも動物の」
「動物の…?どうしますか?潰します?」
「…いや、やめておきましょう。無闇に霊を潰すのは、輪廻の理を乱す事になりかねないからね。放っておいて良いと思うわ」
「分かりました。幽々子さんがそう言うなら」
霊を尾行したり倒したりしないなら、この後は何をして過ごそうか。文はまた取材に行っていて朝〜夕方は不在だろうし、やはりどこかに散歩に行った方がいいかもしれない。ならば久しぶりに地底か魔界か…。娘の顔を見に天界でもいいかもしれない。夢幻館だったら幻月達と幽々子さんが衝突するかもしれない。幽々子さんは夢幻姉妹を言いくるめると思うが、危険な事に変わりない。さて、どうしたものか。
《お母さん、幽々子さんとお話してみたいわ♪》
《代案が浮かばなかったら
《分かったわ。だけどね、どこに行くにしても、彼女を連れているという事は忘れないでね》
《…うん》
ここで俺は、待てよ?とある事を閃いた。今の幽々子さんは食べる量が少なくなっている。なら今の内に里デートをキメ込めば、普段より少ないお金でたらふく食べさせてあげられる。…いや、ダメだ。妙案だと思ったがかなりゲスな考えだ。やはり、真に彼女を満足させたいのなら、万全な状態で飯屋や甘味処に行くべきだろう。…幸い、お金ならまだまだ余っているのだから。
「それにしても暑いわね…」
「ですね…。夏至過ぎたとはいえ、まだ夏ですし日差しはキツイですよね」
そうだ、これだ。暑いのなら何処かで涼むのはごく自然な流れだろう。さて、避暑地として優秀なのは果たして何処だっただろうか。地底は更に暑くなるので論外だ。夢幻館は彼女を連れて行くべき場所ではない。ならば、無難に水辺や日陰を選択するべきかもしれない。
水辺で日陰…。丁度、玄武の沢がピッタリ当てはまっているような気がしないでもない。そばに魔法の森や妖怪の山がある分、玄武の沢は日陰が多い。なので避暑に向いていると言える。
「玄武の沢に寄りません?涼しいと思いますよ。日陰ですし、滝もありますから」
「良いわね、行きましょ」
「ハイ!」
玄武の沢へ、ちょっぴり速度を上げて向かう。しかし、もう少しで到着しそうになったその時。先程、赤い何かが飛んで行った方向…幽明結界の方から、誰かが飛んできた。白と緑を基調とした服装で、傍には白玉のような物体が浮いている。
「妖夢だわ。これは少し見られたらまずいわね、どうしましょう…」
「もう、スキマで玄武の沢に行っちゃいますか。妖夢から逃げるようで少しアレですけど…」
「いいえ、玄武の沢に行ったって、気配ですぐにバレてしまうわ。あなたのその気配は、大きくてわかりやすいし…」
「じゃあどうすれば…?たまたま会ったって事で口裏合わせます?それとも素直に白状します?」
「…あなたに取り憑くわ。本当の意味でね」
「え…でも肉体を支配されたら俺…」
「大丈夫よ、ただちゃんと取り憑くだけならまだ肉体の支配はできない……いいや、しないから。じゃ、また後でね」
そう早口で言うなり、幽々子さんの姿が透け、そして消えてしまった。俺に完全に取り憑いた…ということらしい。実感は全く無いが姿を消したのでちゃんと取り憑いたということらしい。
「エスカルゴ〜っ!」
「おー妖夢、数時間ぶりだな」
俺はあくまで今気付いたかのように振る舞う。いつもの俺なら、気付いたら自分から話し掛けに行くので、今のように向こうから話し掛けられるのは少し不自然だからだ。
「ね、幽々子様見なかった?あの肝試しの後から全く見てなくてさ。散歩だろうってお爺ちゃんは言ってたけど、それにしても朝も居なかったし…なんか不自然でさ」
「へ、へぇ…そうなんだ…?紫さんとこじゃね?いつも2人で酒飲んでるし…」
「多分そうだとは思うんだけど、連絡が無いって言うのはおかしいよなーって。…あっ、話変わるけど、エスカルゴってさっきまで博麗神社に居たよね?霊夢のとこに何かの動物霊来てない?」
「いや?何かあったのか?」
「それが………動物霊が人間界を支配しに攻めてきてるって報告があって…」
「何だそれ、ヤバくないか…?てか人間界って?外の世界…の事じゃないよな?」
「うん、幻想郷だと思う」
「んじゃヤバいな。霊夢んとこ行って、相談とかした方がいいのかもしれないな。…けど俺が首を突っ込んで良い案件なのかどうか…」
「そんなの今更でしょ?いいから早く霊夢のとこ行って、霊夢にも来てもらお?」
「お、おう…?」
今更でしょ、なんて妖夢らしくない。霊夢なら普通に言いそうだが、どこか妖夢らしくない。
まぁ、そのような瑣末な事はいいとして、この事件やら異変やらよく分からないこの出来事を、どうにかして片付けなければ。
そう思い、妖夢と博麗神社に向かおうとした、その時。東…博麗神社のある方角から、見慣れた紅白腋出し巫女服の霊夢と白黒の魔理沙が来た。
「おぉ妖夢、丁度良かったぜ。今ちょっと面倒な事になっててな、お前の力を借りようとしていたところだ」
「魔理沙が…私の?」
「私のとこに動物の霊が来て、人間界を侵略しにやってくるってチクリ入れてきたんだよ。まぁ、私達人間界側の者としては有難いチクリだがな。で、霊とかあの世関連については霊夢や私よりもお前の方が詳しいだろうから、手伝ってもらおうって霊夢と合意したんだ」
「へー。まぁ手伝ってあげても良いけどねぇ…。所で何の動物霊が来たの?私の所にはオオカミの霊が来たけど」
「私のとこはオオワシ霊だぜ」
「私はカワウソよ。私に似て大人しいわ」
「「霊夢のどこが大人しいって?」」
「な、なによ…」
…やはり、何かおかしい。いつもならこういう話を進めるのは霊夢の役割のはずだ。なのに今は魔理沙が主体となって話を進めている。なにか、嫌な予感がする。
いや、それより今は、彼女達が会った動物霊が今どこで何をしているかが気になる。
「霊夢がボケてるとこ悪いけどさ。3人のとこに行った動物の霊は今どこで何してるんだ?」
「私に取り憑いてるけど」
「「私も」」
「マジか」
霊夢が答えると魔理沙と妖夢もそれに頷いた。まさかチクリを入れた動物霊を己に取り憑かせるなんてことになっているとは。大丈夫なのか不安しかない。
「ちょっと、姿見せてよカワウソ」
「オオワシも出てこい」
「オオカミもね」
彼女達がそう言うと、緑色のカワウソ、紫色のオオワシ、赤色のオオカミが出てきた。もしや、先程見かけた赤いのはオオカミ霊かもしれない。
「さっきこのオオワシ霊から聞いた事なんだが、それぞれの霊には特性があるらしいぜ。だろ?」
「ああ。私は、ホーミングや広範囲攻撃の強化が得意だ」
「へー。じゃあカワウソにも何かあるの?」
「私は弾幕の強化、守備力の強化が得意だ。何せ我ら鬼け…いや何でもない」
「オオカミは?」
「全体的な火力強化が得意だ。我らは、力に特化しているからな」
…との事だ。それにしても、それぞれ見た目は可愛らしいのに、声も口調もオヤジらしい。少しそこら辺の神様っぽくもあるが。
《誰がそこら辺の神様だって?》
《建御雷の事じゃないから安心して?いやマジで違うからね?》
《…フン、まぁいい。八百万も居れば大半の神がその他大勢だものな?》
《…ははは…》
いやまぁ、確かに昔の建御雷に似た口調だとは思ったが。だが今は、そんな事はどうでもいい。うかうかしていないですぐにでも向こうの鎮圧に行かなければならないだろう。
「…思ったんだけど、自分に取り憑かせる動物霊って他の奴と交換できるんじゃない?」
「「「えっ?」」」
「確かに。取り憑くのを解除できるんなら、また別な奴に取り憑かせる事もできるはず…だよな?そこら辺はどうなんだ?」
「「「それはそうだが…」」」
魔理沙の問い掛けに渋々といった様子で答えた動物霊達。できるが面倒臭い、とでも言いたげな表情に見えてきてしまうのは俺の見方が悪いからだろうか。
そして、動物霊達のその答えを聞いた霊夢は、しばし腕を組んで考えていたがすぐに顔を上げて提案する。
「じゃあこうしない?その場面によって、各々の弾幕の質にあった霊を取り憑かせるの。例えば、一点突破を狙うなら、火力の高い魔理沙に火力の高いオオカミ霊を取り憑かせるの。で、もし敵が広範囲に攻撃してきたら広範囲攻撃が得意な私にホーミング強化のオオワシ霊を…って感じで!」
「うおぉっ、名案じゃないか霊夢!そして流石、よく分かってるじゃないか!火力といえばそう、この私!普通の魔法使い、霧雨魔理沙だぜ!!」
「良いね、その案。でもエスカルゴだけ1人っていうのはちょっと……」
「そんなのは、コイツらに仲間の動物霊を連れて来させれば良いだけじゃない。エスカルゴって、全体的にサラッと出来ると思うし。さぁ、誰でも良いからもう一体仲間の霊を連れて来なさい」
「「「ソイツ、もう霊に取り憑かれてる…」」」
「「「えっ……?」」」
霊達は俺に憑いた幽々子さんの気配に気付いたのか、折角隠そうとしていた事をカミングアウトしてしまった。当然、そんな事を知らない3人は一斉に俺を見る。
「どういう事?幽々子は近くに居ないようだけどまた誰かに取り憑かれてんの?」
「いや…その、えっとな…」
「えっ?何でそこで幽々子様が出てくるの?」
「あれ、妖夢は知らなかったのかしら?幽々子、肝試しの後にエスカルゴに取り憑いたのよ」
「ええっ!?何で隠してたのよエスカルゴ!」
「あ、いや…そのね、余計な心配させちまうかなって思ってな……ナハハハハ…」
「行方不明の方が心配するから!出てきて下さい幽々子様、もうバレてますよ!」
すると、渋々憑依を解いた幽々子さん。扇子で口元を隠し、腹の底を見せないような謎の笑みを浮かべている。その様子からは先程までのような少女らしさは微塵も感じられなく、普段のような大人らしさがある。
「全く、何故私に何も言わずにエスカルゴに取り憑いてたんですか!行方不明かと思って、本気で心配してたんですからね!」
「ありがとう、妖夢。でもその前に、この事件を解決した方が良いと思うわよ。あんまり、時間は残されていないと思うけど」
「そうですけど、その前に理由くらい…」
「幽々子の言う通りね、早く行きましょ。まずは三途の川かしら?案内頼むわよ、妖夢」
「そうだ、エスカルゴに取り憑いてた理由なんて今はどうでもいいだろ」
「うう…」
「それじゃ、私はこれまで通りエスカルゴくんに取り憑いて行動するわね♪」
「「「では私も」」」
幽々子さんが俺に戻ると動物霊達もそれぞれが頼んだ者に再度取り憑いた。どうやら、霊の力を借りて行くのは最早確定事項らしい。
霊夢:カワウソ霊
魔理沙:オオワシ霊
妖夢:オオカミ霊
エスカルゴ:幽々子
1人だけめちゃくちゃなイレギュラーが居る。乃ち俺の事だ。まぁ、自分で言うのもアレだが、これが最強の布陣である事は間違いないだろう。きっと、どんな異変でも解決出来るはずだ。例えこれから向かう先が地獄でも…。
肝試し後に幽々子を取り憑かせたのは鬼形獣編に持っていく為の伏線だったんですな〜。幽々子の装備は一体どんな効果なのか…?乞うご期待!!