「んっ…?この気配は……」
畜生界の霊長園に行くと、居住地へと帰ろうとしているのか、どこかへ向かっている袿姫の姿が目に入った。しかし彼女は、俺の気配に気付くとすぐに振り返り、不敵な笑みを浮かべた。
「数分ぶりだな、埴安神袿姫。……だったかな?間違ってたらごめん」
「いいや、合ってるぞ。ええと、お前は確か……さっきの巫女達と居た吸血鬼だね。あの巫女達はどうした?」
「置いてきたよ。埴輪と戦った事で、仲間が力を消耗しちまったようでな。巫女は俺よりあっちと一緒の方が力発揮するから一緒に居させたんだ。なーに、回復する頃に皆喚んで、全員で袋叩きにしてやるから安心しろって」
「ふっふっふ…お前は本当に愚かだねぇ。要は、お前は時間稼ぎしつつ私に力を消費させるつもりなんだろう?わざわざ、話さなくてもいい内情を話したのも時間稼ぎの一環。そうだろう?」
「何か分かった気になってるようだけど…。寧ろそれ以外に何かあるのか?」
「…!」
「邪神だか何だか知らんが袿姫も神なんだよな。てことは、下手な小細工は通用しねェ。そんなら真っ向から時間稼ぎした方が良いだろ。その気になりゃ思考を読むなんて造作もねェ。…だろ?」
「ほう………。お前は愚かだが、神というものをほんの少しは
「身の周りに神様が多いんでね。愚かでも少しは理解しちゃうんだ」
「成程、環境のせいか。それなら余計に、お前の策略に意図してハマる理由は無いなぁ。さっさと叩き潰し、力を最高まで回復させた上で巫女達を迎え撃つ事にしよう!」
「…残念だが、お前は、五体満足では霊夢達とは戦えないよ。これはもう確定事項だ。何故なら、神の器である俺がそう決めたからだ。運命は動き出している。もう運命の歯車は止められない!」
◆
「────何でアイツ、私達を置いてったのよ!1人であの邪神と戦って、カッコつけるわけ!?そんなの絶対許さないわよ!帰ってきたら絶対にぶっ飛ばしてやるー!」
今回の騒動の首謀者、鬼傑組の吉弔が彼女達のそばで冷やかな視線を向けてくるにも関わらず、霊夢は歯軋りしながら地団駄を踏む。妖夢達は、そんな霊夢を見て思わず苦笑いする。
「落ち着け霊夢、アイツがそんなアホな事すると思うか?…いや、アイツだから有り得そうだが」
「でしょう!?」
「なんてな。これはアイツからのメッセージだ」
「あー?メッセージぃ?」
「『早く来い、来ないならタイミング見計らって喚ぶから準備しておけ』…ってな」
「そんな感じしないけどな…。霊夢の言う通り、エスカルゴは1人で戦うつもりなんじゃ…」
妖夢の反論に霊夢は首を縦に振って肯定の意を示し、一瞬は押し黙る魔理沙だったが、すぐまた反論する。彼女にはその結論に至るだけの明確な理由があった。先程思いついたそれを、魔理沙は淀みなく2人に伝える。
「それなら最初から1人で地獄とかに行くだろ。アイツ、自分の行った事の無い世界に行ける能力まで持ってるんだから。わざわざ私達と行動する意味が無いんだよ。犯人が分からなくて、とかの理由なら、文の一件で誰彼構わず、場所も問わず力任せにただ吹き飛ばしたアイツらしくないし」
「それもそう…だけど。アイツだって多少は成長してるのよ?いつまでも、フランみたいに無闇に暴れたりはしな………いや、してるか………」
「あーあ、今回はタイミングが悪かったなぁ…。薬があればスグに回復したんだが…。作り置きも無いし、手持ちも無い…最悪だ。……そう殺気を向けるなよ、吉弔」
「五月蝿い。仕事が遅いお前が悪いんだ。まぁ、今回はさっきのアイツが袿姫を倒すと思うが…。見た所アイツは愚直そうだが、それ故に袿姫とは相性が悪そうだな。寧ろ、ゴチャゴチャと考えるお前達よりも好都合な存在かもしれない」
「なんだとぉ?私らはお前の駒じゃないぜ?」
「待て魔法使い、吉弔様に逆らうな!無駄な抵抗だとは思うがやめておけ!」
「あら、あのバカが考え無しのバカだと思う?」
「…?」
「ま、初対面じゃあアイツの本質なんて見抜けやしないわよね。ヤクザの組長でも」
「………」
動物霊のヤクザとはいえ、多くの人員を抱える彼女は、他人の本質を見抜くことにはそれなりに自信がある。そうでなければ、上手く組織を運営出来ないからだ。しかしそれ故に、霊夢にそこを煽られ、思わず口角がピクピクと反応して、僅かながらも眉間に皺が刻まれる。
「……フンッ。あまり生意気な口を利かない方が良いんじゃないのか?私を怒らせるとどうなるか分からないぞ」
「あー怖い怖い」
殺気を向ける吉弔だったが、霊夢は怯まず軽く受け流す。そんな2人の様子をハラハラした顔で見守る妖夢だったが、神社の縁側に現れた人影を見て、ハッと目を見開いた。
「霊愛ちゃん…?」
(ほう…博麗の巫女には娘が居たのか……。私を警戒しているのか、気配を感じさせなかったな…ここに現れて始めて存在に気が付いた…)
「どーしたのよ霊愛。霊麗を置いて散歩するの?別に構わないけど、早めに戻りなさいよね?」
「違うよお母さん、魔理沙に用があんの」
「ん、私にか?悪いが今弾幕ごっこはダメだぞ?魔力の回復を待ってるんだ」
「分かってるよ。だから、お父さんが創造魔法か何かで作った魔力回復薬、魔理沙に1つあげる。1つくらいバレやしないでしょ。バレたって多分怒らないし。早く回復して、解決してきてよね。動物霊、お母さん達来る前はここにも来てたし」
そう言うと黒い錠剤を放る霊愛。慌ててそれを受け取り、まじまじと見つめる魔理沙。そして、それを躊躇いなく飲み込んだ。
「…効果あるな。エスカルゴの奴、本当に自分で薬を作りやがった。まっ、それだけ私の薬が創造しやすいってことなんだろうがな!流石は私だ、よくやったぜ! ハッハッハッハ!」
「じゃあこれからどうするのよ?」
「決まってるさ。今から乗り込むんだ、アイツの戦いの場に!2人はとうに準備万端だろ?」
「ま、そうだけどね。じゃあ宜しくね、魔理沙。私をあのバカの所に連れて行って」
「私も…!」
「やれやれ、私は運ぶ役じゃないんだけどな…。まぁいいさ、箒に掴まれ!」
2人が箒に掴まったのを見るや否や、魔理沙は呪文を詠唱し、瞬間移動魔法を行使した。刹那、3人の姿は忽然と消え、境内には吉弔と、そして縁側には霊愛のただ2人だけが残った。
「………」
無言で霊愛を見やる吉弔。しかし霊愛はそれに怯むことなく、逆に睨み返した。数秒間そうして睨み合っていると、根負けしたらしい吉弔は踵を返し、無言のままで境内から飛び去っていった。
◆
「成程、流石は神の器を自称するだけはある!!よもやあの武甕槌命に選ばれた者だとはねぇ…」
「ヘェ、やっぱ建御雷は有名なんだな…!まさかここでその名を聞くことになるとは夢にも思っていなかったよ、埴安神袿姫!」
「粗暴で傲慢で、豪放磊落、大胆不敵!!まさにアイツの為にあるような言葉だな。器だからか、お前もそうなりつつあるんじゃないの?」
彼女の1枚目のスペル、「方形『スクエアクリーチャー』」による、複数の正方形に並べ少しずつ傾いている形で発射される弾幕を避けながらも、器の話をする。
隙間無く並んでいる…という訳ではなく、少しは余裕のある弾幕だと思う。避けにくさなら吉弔の通常弾幕の方が一枚上手だろうな、と個人的には思っている。
「そーなんじゃねぇの?けど悪い気はしないな。それで負ける事が無いのならなっ!操電『ボルトオペレート』!」
弾幕の隙間を縫って、複数のホーミング性の弾を袿姫へと向かわせる。しかし袿姫は、それを軽く回避していく。ホーミングとはいえ操作もできる弾幕なので、彼女を囲うようにして、ジワジワと追い込んでいく。
「っ……武甕槌命には及ばずとも、中々の威力の電撃だな…昔を思い出す…!」
「袿姫も建御雷と交戦したことあるのか?」
「そりゃーあるさ…一定以上の力を持つ神々は皆武甕槌命の標的にされ……力試しとして神遊びに付き合わされたものさ…。相手が居なくなると、流石の武甕槌命も大人しくなったが、な」
神遊び。嘗て諏訪子が幻想郷に来て間もない頃霊夢に言ったものだ。今で言う弾幕ごっこを指すコレは、当時は今のようなルールも無かったので極めて壮絶な戦いだったに違いない。
袿姫はルールを守るつもりらしいので、やはり神ってのは話せばわかると思う。例外はあるが。
「…これは効かないか。ならばこれならどうだ!円形『サークルクリーチャー』!!」
赤い弾幕で一旦は自分の身を囲い、そして此方に発射してくる。…と思ったら、単に発射するだけではなく、その弾を留まらせ此方を囲んできた。とても綺麗に並んでいる。この円模様を見るに、某ゾンビゲームのマークに見えなくもない。
そしてこれは弾幕を発射しても相殺出来ない。なので、どうにか回避するしかない……のだが、動きが不規則なので
「ふふふ…運命がどうのって偉そうな口を利いていたけれど…どうやらお前はここまでのようね」
「へへっ…こんなとこでやられたらあとで霊夢に怒られちまうぜ…。決めたんだよ、俺は…!霊夢以外には負けねぇようになるんだッ!霊剣『布都御魂剣』!!」
手元に大きなスキマを開き、建御雷から賜った
「神の力を以て袿姫の力を無効化し、敵への道を穿て!『天衣無縫斬』!!」
武甕槌命の力を引き出して、「斬れないものを斬る」斬撃を放つ。すると弾幕は掻き消されて、袿姫への道が開かれた。下段に剣を構え、背筋に力を込め、特別勢いをつけて飛翔する。
「無駄よ」
「ぐッッ────!!!」
スペルを終わらせ、また通常弾を発射してくる袿姫。しかし通常の弾は、スペルでの弾幕よりも一塊が大きい為に、迂回して回避しなければならないのだが、勢いをつけていたので瞬時に回避できず正面から被弾してしまった。
「イテテ…喰らっちまった…。クソがァァッ!」
「待って?」
弾幕の発射を止め…そして両手を前面に出して無抵抗な姿を晒す袿姫。本来なら敵の「待て」を聞いてやる筋合いは無い。寧ろ、
しかし俺は、それを分かっていても、翔くのを一時中断した。何故なのか自分でも分からない。本能的に、という表現が正しいだろう。
理屈ではなく、直感なのだから。
「…フー…大人しく待ってくれて良かった。もし攻められてたら負けていたかもしれない」
「今度はそっちが時間稼ぎか?」
「いいや、違うよ。時間稼ぎをしても私が不利になるだけ。そうでしょ?」
「それも…そっか。そうだな」
「ところであなた…神遊びの勝敗の付け方って、知ってるかしら?」
「急だな…?勿論、知ってるよ。諏訪子や建御雷から聞いたから。生殺与奪の権を先に手にした者こそが勝者なんだってね」
「そう、やっぱり知ってるのねぇ…。……ねぇ?あなた、私ともっとイイコトしたいと思わない?弾幕ごっこよりもず~っとステキな事♪」
「何…するんだ…?」
「か・み・あ・そ・び♡」
……エロい方だと一瞬でも考えた自分が憎い。そんな訳が無いだろう、ハニートラップにしては発動が遅すぎる。しかもそんな事をしても、先に霊夢達が到着するだけで、つまりは袿姫が不利になるだけなのだから。
「考えてもみなさい。あなたは神の…しかも
「………」
「そこで、思ったのよ。弾幕ごっこではなくて、神遊びで戦わない?どうせ巫女達はまだ来ない。異変解決ではなくて、お遊びとして、思う存分に力を奮ってみない?」
「だが断る」
「ナニッ!!」
その方が、より楽に彼女を制圧できるだろう。俺としてはこれ以上無い条件だと言える。だが、彼女目線から考えるとどうだろうか。
弾幕ごっことは違い、神遊びとはルール無用の決闘のようなもの。つまり、彼女に封印されても何をされても、決して文句を言えないのだ。
俺は神の器、または眷属。彼女は神そのもの。どう考えても、俺に不利でしかないという訳だ。
一考して良かった。もし勢いでOKしていたら俺は大敗を喫していただろう。相手は初めて戦う神だし、どんな
纏めると、「一見俺に有利に見えて実は袿姫が有利になっていた」という話だ。断るしかない。
「そう、断るのね。愚かに見えて案外利口かも?いや、やはりお前は愚かだねぇ…神の提案を断るなんて正気の沙汰じゃないよ。敗北の覚悟をしてもらいたいね?」
「勝算も無しに断る訳が無いよね。流石の袿姫もそこまでは考えが回らなかったかな?」
「なんだと?」
「眷属『擬似神化』! 武甕槌命から賜りし雷神の
頭上には帯電している光の輪、背後には光輪が現れる。それを見た袿姫も、黄色がかった橙色のオーラを展開し、再び戦闘態勢に入った。
俺が手に持つ布都御魂剣は重く、妖魔雷霊剣や暗黒斬月剣のようには振り回せない。けれども、それだけに彼女に大ダメージを与えられる。
そう、直感した。
武甕槌命には袿姫特効持っててほしい。
ハロウィン編も書けたら書きます。多分。