埴安神袿姫を撃破した俺達は、直ぐに幻想郷へ帰還した。霊夢、魔理沙、妖夢に取り憑いていた動物霊達も離れて、それぞれのヤクザの本拠地へ戻っていった。
それに合わせて幽々子さんも俺から離れるのかと思ったが、勿論そんな事は無く、もう少し俺と行動を共にするとの事だった。
妖夢は幽々子さんの説得を諦めて、異変解決の報告をしに四季映姫の元へと向かって、魔理沙は疲れた体を癒しに自宅へ戻った。
そして次の日。やはり昼間は時間があるので、忘れない内に諏訪子に「お礼」をしに行こうかと思い立ち、守矢神社に向かおうとしたその時…。
《エスカルゴー、緊急事態だよ~》
どう考えても「緊急事態」とは思えない呑気な声と口調で、彼女が話し掛けてきた。丁度彼女のことを考えていたので少々ドキリとしたものの、緊急事態という事なので、気を引き締め真面目に話を聞くことにする。
《緊急事態って?そっちで何かあったのか?》
《何だかそうらしいから、出来るだけ早く来て。エスカルゴにお客さんだよ。あーあ、折角イチャイチャ出来ると思ったのになー》
《今そっちに行こうとしてたから、ある意味丁度良かったかもしれないな。分かった、すぐ行く》
《そっかぁ、来てくれるつもりだったんなら、今言わなくても同じだったのかー…。言わなきゃ良かったって思ってたけどそれなら仕方ないね》
危ない危ない、早めに守矢神社に行こうとして良かった。幾ら何でも、連絡事項はしっかりしてほしいのだが…神様故かそこら辺の認識が俺とはかなり違っている。どうか連絡はしてほしい。
全く諏訪子は…。と内心で溜息を漏らしつつ、スキマを開いて守矢神社へ移動した。
「あっ、パパ!今ね、パパにお客さん来てるよ!ヒヨコの人!」
「サンキュー樹里愛」
「えへへっ♪」
娘の可愛い出迎えを経て、急いで守矢神社内に入る。居間には、お茶を啜る久侘歌、テーブルを挟んで向かい側に諏訪子と早苗が居る。
神奈子様が居ない所を見ると、どうやら彼女は眠っているらしい。いつもの事だ。
「おっ、早速来てくれたね。鶏の子がねぇ、山の英雄……エスカルゴにお願いがあるんだってさ。えっと、ニワトリコケコさん、だったっけ?」
「庭渡久侘歌ですっ!」
やはり久侘歌だった。ヒヨコの人と聞いてから少しは予感していたが、まさかこんな早く彼女と再会する事になるとは思っていなかった。やはり人生とは分からないものだ。
「あーそうそう、そうだったそうだった。じゃ、手っ取り早く説明してやんなよ」
「あなたに言われなくともそうするつもりです。
…えっと…お久しぶりですね、エスカルゴさん」
昨日会ったので久しぶりでもないです…という屁理屈じみた言葉を飲み込む。彼女は自称鳥頭、そういう事もあるだろう。又は挨拶代わりにただそう言っただけかもしれない。
「お久しぶりです。どうかしましたか?」
「地獄で、かなり大きな問題が発生しまして…。少し助けていただけないかと思いまして。せめてお話だけでも聞いていただけないでしょうか…」
「大丈夫ですよ。何があったんですか?」
「
「…ッ!?それって…かなりヤバいんじゃ…?」
「ですから今は彼らを食い止めようと水際作戦を決行中です。ですが相手は破竹の勢いで突き進む勁牙組…。地獄へ到達して、地上へやって来るのだって時間の問題だと思われます」
「で、俺にその…勁牙組を止めてもらえないか…というのがお願いという訳ですね」
「そうです。お礼は弾みますので、どうか助けて下さい。あなたは地獄の女神へカーティア様とも繋がりがあるとの噂も伺っています。地獄の内部事情もある程度はご存知なのでしょう?…今は、こんな問題を持ち込む訳にはいかないのです…」
……地獄の内部事情って何だ。まず最初に頭に浮かんだのはそんな疑問だ。全く分からないが、地獄では現在何かの問題が発生していて、そこに勁牙組襲撃という新たな問題が現れた訳で……。これ以上地獄内での問題を増やす訳にはいかないので、彼らが地獄に入る前に解決してしまおう、というのが久侘歌の考えらしい。
流れは掴めた。…尤も、狙いなど読めなくとも久侘歌には協力するつもりなのだが。
「…わかりました。ですがお礼は要らないです。単なるお手伝いって事で」
「いけません、こんなにも大きな問題なのに無償だなんてそんな…」
「良いんですよ。問題が起きたなんて、あんまりへカーティア様に知られたくないでしょう?」
「…そうですね…。では、お食事も無しで宜しいですね。それでは地獄に急ぎましょう」
出発しようと立ち上がる久侘歌だったが、その言葉の意味を数瞬遅れて理解した俺はテーブルに手をついて勢いよく立ち上がり、彼女を止める。
「ちょっと待って下さい、それはどういう……」
「あら、確か昨日、言っていませんでしたっけ?また今度誘うと…」
「ええ、そうですけど…
「勿論です。どうしますか?」
久侘歌との
行きたい。行くに決まっている。…願わくば、久侘歌をも彼女にしたいと思っているのだから。
「分かりました、大人しく受け取ります。勁牙組襲撃を撃破したら、直ぐにでも行きましょう」
「はいっ、喜んで!」
「「…………」」
早苗と諏訪子からキツイ視線を感じるがきっと気のせいだろう。いや、絶対そんな事は無いが、次に下手に口を開けば、次の瞬間には喉に手刀が飛んできそうな…そんな気配を感じる。
《へぇ、やっぱり察しが良いねぇ?流石、色んな意味で修羅場を潜ってきただけあるよ。…まぁ、久侘歌を一目見てすぐエスカルゴの好みだなって分かったけどさ?》
《奥さんの前であんまりそういう話をしない方が良いですよー…?でないと、熱々のお茶を頭から被る事になっても知りませんよ》
《許して下さい、何でもしますから》
《ん?今何でもするって…》
《言いましたよね??》
《…なんて遊んでる場合じゃないですよっ!早くしないと、勁牙組の連中が地上にも…》
「「「うわぁぁっ!?」」」
脳内の会話に突然久侘歌が乱入してきたので、俺達3人は揃って驚いてしまう。しかし本人は、何食わぬ顔でこう続ける。
「さ、手遅れになる前に行きましょう」
「は…はい……」
呆気にとられた早苗と諏訪子を置いて、2人で守矢神社から飛び立つ。先程の事について何とも思ってないのか、もしくは単に急いでいるのか…久侘歌は口を開こうとしない。
そこで、俺から話しかけてみることにした。
「あの…久侘歌、さん?」
「何ですか?」
「さっきのって…もしかして久侘歌さんって神様だったんですか…?」
「ええ、こう見えても八百万の神の端くれです。意外ですか?」
「あぁいえ、そういう訳ではなく…。意外だとかそんなんじゃなくて、単に驚いたので」
「そうですか。……戦いに赴く前に、何か質問はありますか?」
「ちょっとだけあります。どうして霊夢ではなく俺を選んだんですか?」
「地獄の問題に博麗の巫女を巻き込むのはあまり好ましくないと判断したからです。冥府の使いも同様の理由です。あなたなら女神へカーティア様との繋がりもありますから、地獄内部にも理解があるでしょうし、最低限の説明で大丈夫だろうと判断したからです」
「成程、分かりました。次に…この後お食事に、というのは…本当に良いんですか?」
「良いですよ。それがお望みなのでしょう?他に何か欲しい物があれば遠慮無く言って下さいね」
「久侘歌さんとお食事に行ければあとは何でも。他には何も要りませんよ」
「わかりました。…今回は結果的に地獄を救って頂く事になりますので『山の英雄』改め『地獄の英雄』になりますね♪」
「ははは…」
「地獄の英雄」ときたものだ。果たしてこれはカッコイイんだかカッコよくないんだか。正直、悪い気はしないが。せめて「英雄」ではない別な二つ名が欲しいが…久侘歌からの二つ名ならば、喜んで受け入れようと思う。
「……それから、もう一つあなたを選んだ理由があるんですよ。聞きたいですか?」
「聞きたい…です」
「実はその『最強の動物霊』というのがですね、恐らくエスカルゴさんの好みなんですよ。新しい彼女にでも…と思ったんですがどうでしょう?」
「…新しい彼女なら、久侘歌さんが彼女になってくれればそれで十分なんですけどね。もしかして
「私の考えなんて読まれてましたね…って、え?今…何て…?」
「いえ、なんでも。早くお食事に行きたいんで、早く終わらせましょうか」
「そ、そうですね、急ぎましょうか」
…まさか、折角袿姫を倒したのに新たな問題が出てくるなんて思ってもみなかった。いや違う。袿姫を倒したからこそ、この問題が発生した、と考えるのが妥当だろう。
昨日、俺達は異変解決をしに地獄……畜生界に行ったが、ほぼほぼ行き当たりばったりだった。それなのにピンポイントで袿姫と戦い、撃破したという事は…俺達を袿姫にけしかけた黒幕が存在していることに他ならない。
そう、昨日の俺達はまんまと利用されたのだ。鬼傑組の吉弔に。