「こんな未来も有り得た」という事で一話限りのIF√を書いてみました。
コンコンコン、と。木の板を叩いたかのような軽い音が、広い部屋に響き渡る。誰かが、部屋の扉をノックしたのだ。
その音で目を覚ました俺は、目だけを動かして窓から外の様子を伺う。まだ早朝らしく、丁度、太陽の光がほんのりと見えてきた所だった。
コンコンコン、と再びノックされた。隣で眠るレミリア、反対に眠るレイチェルを起こさぬよう静かにベッドを抜け出る。
「こんな早朝に誰…?」
「お休みの所、申し訳ありません。フランお嬢様から、旦那様を連れてきてとお願いされまして」
フランならレミリアの隣で眠っているはず、と思って振り返ってベッドを見てみるが、何故だかレミリアとレイチェルしか居ない。
そこで、昨晩の事を思い出した。確か昨晩は、フランは「一人で寝る」と言って、地下の自分の部屋に行ったのだった。
「…咲夜さん…。おはようございます…」
「おはようございます。さ、行きましょう」
「そーれすね…」
抗い難い強さの睡魔に襲われて、重力に従って落ちてくる目蓋。ゴシゴシと擦り何とか覚醒しているものの、いつ倒れるか分からない程に眠い。
徹夜だったらこうはならない。今回の場合は、中途半端に眠ったからこそこうなったのだろう。
咲夜さんに連れ出された俺は、彼女のすぐ横を歩き、とうとうフランの待つ彼女の自室…地下室へと到着した。
しかし俺は扉の前に到着してからある違和感に気付いた。血腥いのだ。扉の隙間から血の匂いが漏れ出してきている。
「ぁ…やっと来たんだ…待ちくたびれたよ…?」
扉の前には向かい合うように椅子が二脚置いてある。片方はフランが座っていて、その向かいに俺が座るよう、フランが手で誘導した。
傍らには小さなランプが置いてあり、淡い光を灯している。
彼女の目を見て、俺は思わずゾッとした。光を宿していない。口は笑っているが目は全く笑っておらず、彼女が何の感情を抱いているのかすらもまるで読めない。
それより俺の目を引いたのは、彼女の手首から流れる赤黒い血液だった。手首を何ヶ所か切ったらしく、血が流れ出ていた。吸血鬼は、その気になったら直ぐにそんな傷は治せる。つまり、今のフランは「傷を治す気が無い」という事だ。
「フラン、その手は────」
「良いから座って?」
「……ッ」
威圧された俺は、黙って彼女の前に腰を下ろし彼女の様子を伺う。咲夜さんも、手当をしようと何か口を開こうとしたが、俺に対して向けられたあの言葉で咲夜さんも威圧されたらしく、小さく肩を震わせていた。
「い……妹様…?旦那様にお話があると伺ったんですが…。早い方がいいって…。ですよね?」
「えぇ…ありがとう咲夜…引き合わせてくれて。お互い積もる話も多くてさ…。何から話せばいいのか、自分でもわかんなくて」
「………ありえない」
俺はただそう呟いた。色々な意味が込められている「ありえない」だ。まず、フランからは少し狂気を感じられる。最近は殆ど狂う事が無くなり平和に過ごせていたというのに、何故だか、今の彼女からは静かな狂気が感じられる。
そして、その狂い方だ。
これまではただ無闇矢鱈に暴れて、何かを壊すような狂い方だった。しかし今は自傷行為をして自分を傷つけ…壊そうとしているように見える。
「…では…私は先に戻っていますね」
「ううん、咲夜。あなたもここで話を聞いてて」
「……え?」
「咲夜さん…言う通りにして下さい…」
逆らえば何をされるか分からない。今のフランからは、そう身構えてしまうような危険な気配をひしひしと感じられたのだ。
「…はい」
それから暫く、軽い拷問にも感じられるような沈黙が続いた。フランも口を開かず、そして俺も何も言えず、ひたすら嫌な汗が流れ出していた。
「もうそろそろ…朝…ですね…」
少しでもそんな空気を和ませようとしたのか、少々詰まりながらも咲夜さんが言葉を絞り出す。フランも俺もそれには返事をせず…ついに本題に踏み込むことにした。
「…フラン。…どうして…ここで寝たんだ…?」
「あなたが最初に聞きたいのはそんな事?」
「……どうして…俺を呼んだ?」
「あなたと同じよ」
刹那、ピシッとガラスにヒビが入るような音が聞こえてきた。ハッとしてランプを見ると表面に亀裂が走っている。まずい。破壊される。しかも咲夜さんの目の前で。
嘗て、仙人だった頃の霊夢が死神に殺された…いや、殺されかけたあの瞬間の場面は、暫くの間ちょっとした事で脳裏に鮮明に映し出され、俺を苦しめた。それ程誰かの死亡する様というものはショッキングで、そしてトラウマになりやすい。
俺は死んでも蘇るが、咲夜さんにそんな想いをさせる訳にはいかない。
頭ではそう分かっている。だが、今の俺の心を支配しているのは、たった一つの感情だった。
─────恐怖心だ。
「……な…………な…」
「『何で?』って?わからないの?エスカルゴと同じよ。『寂しかった』ってやつよ」
「……俺、は…」
ダメだ。口が震えて、ガチガチと歯が鳴って、上手く喋れない。寒さではなく、心からの恐怖で震えている。普段は愛おしく感じている彼女が…今だけは、とても恐ろしい。
「あなたの言いたい事、私にはわかる気がする。
『寂しい思いをさせたくないからハーレムを受け入れて』。…うん。きっと、こうするのが一番、手っ取り早くて…皆が幸せになれる方法だって、思ったんだよね。そう、あの日……鈴仙の告白を受け入れるかどうか、皆で話し合った時に……。でも結果は…今あなたが思ってる通り…。何故?エスカルゴ。何で私は…こんなにも寂しい思いをさせられているの?」
「……それは……俺があの日…彼女からの告白を断りきることが出来なかったからだ…」
「何故断りきれなかったの?」
「…彼女に…寂しい思いをさせたくなかった…。告白されて…ただ嬉しかったんだ…」
「何で寂しい思いをさせたくなかったの?」
「…もし俺があちらの立場だったら…きっとそう考えるだろうなって…思ったんだ…。皆が幸せになるのなら、それが一番だと…」
「…そう…。皆を幸せにする為ね…。幸せにする為だったら…そりゃあ…仕方ないよねぇ…」
「………」
ガタガタと未だに震える俺。咲夜さんはそんな俺と、淡々と言葉を紡ぎ出すフランを交互に見ている。勿論、咲夜さん自身は黙ったままで。
「フラン…言ってたよね。『一緒に過ごす時間が短くならなければ良いよ』って…。あの時……。その為に呼んだんだろ?」
「あぁ…言ったっけ?そんなこと…。…忘れて」
照れるように指先で頬を搔くフラン。その仕草からは普段の彼女らしさを感じ取れたが、すぐに正気に戻り、今は普段とは違うと思い直した。
「……?…え?」
「確かに私は…あなたと一緒に居たかったよ…。そして…皆で過ごして…色々思う所はあったけどそれでも我慢してさ。エスカルゴ…あなたと同じなのよ…」
彼女が何を言っているのか分からず、真っ直ぐ瞳を見つめ返す。彼女は目を逸らさないものの、恐怖で震える俺は自然と視線を外してしまった。
「勿論、ムカつく奴もいるし良いなって思う奴もいる。…ま、お姉様だけでもそれは同じなんだと思うけどさ。結局さ…ハーレムでもハーレムじゃなくても…同じなのよ。誰かを幸せにする方法を知らないエスカルゴが…多くの女性を相手にさ…一体何が出来たのよ、私から見ればずっと子供のあなたが……多くの女性と、私を相手に…。
より一層憐れむような表情になり、しっかりと瞳の中を覗き込んでくるフラン。
「ねぇ?エスカルゴ。あなた…ずっと苦しかったでしょう?今の私には…それが分かると思う…」
先程とは一転して、優しく包み込むような瞳で俺を見るフラン。しかしそんな言葉を掛けられた俺は、溜め込んでいたものを吐き出す様に、椅子から転げ落ちて涙ながらに叫ぶ。
「違う!!」
「…!?」
驚いたような表情を見せる咲夜さん。
「違うんだフラン…!!俺は…あの日…!あの日鈴仙に告白されて…心のどこかでは嬉しくて…。でもフランとレミリアがいるからって断った…。なのに俺は最終的な判断を皆に任せた!それは…やっぱり未練があったってのもそうだが…俺は…俺は皆
咲夜さんが見ているのにも関わらず、心の内を全てさらけ出している。ああ、今の俺はどれだけ醜いことだろうか。散々カッコつけ、後からでもどうにかなるだろうなと問題を先送りにしてきたツケが回ってきたのだ。
後戻りは出来ないし、する気もない。もう全て曝け出して…全てを放棄して…消えたい。
「皆が許してくれたとか
嗚咽を漏らしながら蹲り、床に頭を擦り付け、自分を責める。そんな俺を見かねたのか、ギッと音を鳴らしながらフランが立ち上がり、俺に手を差し伸べてくれた。
「立ってよエスカルゴ。もう…わかったからさ」
「…フラン」
差し伸べられた手を取って、フラつきながらも何とか立ち上がる。
「…やっぱり私は……あなたと同じだね。多分…生まれた時からこうなんだよ」
「…え?」
「私はずっと進み続ける。望む物を全て力ずくで手に入れるまで─────!!」
カッと見開かれて、光を失った暗い紅の両目。三日月のように細く、薄らと笑う口元。そして、目眩がしそうな程の膨大な妖力、魔力が彼女から溢れ出してきた。
来る。
直感した俺は咄嗟に自分と咲夜さんを守る為の結界を張った。
次の瞬間、紅魔館が爆発四散した。
何の漫画のネタか分かったでしょうか。今回のはかなり分かりやすいと思います…。原型はかなり残してますし流れも結構そのままなので。
爆発の後は、皆さんのご想像にお任せしますね。
と言いつつ下に大まかな流れを残してる奴~…。
紅魔館爆発の後は、フランがエスカルゴの彼女や子供達を皆殺しにして、紅魔館の跡地に残された地下室に彼諸共引きこもるバッドエンド…という流れになっています。