※この作品はR-18です。

吸血鬼人間の幻想生活   作:エスカルゴ・スカーレット

647 / 1140
神の怒りはトメラレナイ

「…それじゃー、今日はありがとね、お父さん。また今度ね」

 

「おう。気を付けてな」

 

「もう神社に着いてんのに、何に気を付けんの?お父さんこそ色々と気を付けなよ~。あとこれ、さっき奪ったナイフ」

 

「あっ…サンキュ」

 

 散髪を終えた霊愛を神社まで送り届けた俺は、さっき彼女に盗られたナイフを返してもらって、再び飛行し始めた。今晩は、博麗神社ではない。たまたま時間が出来たから来ただけの事なのだ。

 すると、飛び出したその直後。早苗から唐突に連絡が入った。

 

《エスカルゴさん、今暇ですよね?すぐに神社に来て下さい》

 

《えっ…まぁいいけど…》

 

 マジな声色だった。何か悪い事が起きているに違いないだろう。今夜は守矢神社なので、そこに行くのが少し早まったに過ぎない。

 だが…何か怪しい。

 

「幽々子さん、どう思いますか?」

 

 自分の中にいる幽々子さんを前面に出し、意見を求めてみる。しかし、幽々子さんの答えは、俺が予想していた答えそのものだった。

 

「どう考えても、里の事ね。全くあなたってば…怒りに身を任せてあの神と組んで、とんでもないことをしでかしたようね」

 

「…はい…」

 

「兎も角、急ぎましょう。さっきの理髪店でも、不作の話はチラホラ聞こえてきたし…結構深刻な被害が出る恐れがあるわ」

 

「ですね」

 

 スキマを開いて現場へと直通した俺は、境内で神奈子様とボールで遊んでいる娘に軽く挨拶し、早苗と諏訪子の居る居間へ急いだ。

 

「んぉ?どしたのエスカルゴ?」

 

「私が呼びました。…諏訪子様。里を祟るのは、もうやめて下さい。あの人達はもう十分に苦しみました、民に救いの手を差し伸べるのも神として大事な事だと思うのです!」

 

「あぁ、その通りだよ?救うのだって大事さね。けどねェ、救う救うばかりでは、本当の意味では救えないものなのさ。だからこうして、時折罰を与える。それもまた神の役目でもあるんだよ?」

 

「……どういう意味ですか」

 

「簡単な話さ。早苗、ノアの方舟は知ってるね?どうしてノア達だけは生き残ったのかな?いや、生き残れたのかな?」

 

「……!」

 

 異国の神話と言えど、これほど有名な逸話なら誰だって知っている。

 

「神は、信心深い者…かの有名なノアに、『水が染み込まないよう方舟を作りなさい』と命じた。そして、こうも言った。『私は大洪水を起こして世界を滅ぼすつもりです。箱船の中に居ない者はみな死にます』…ってね。ノアは、神からのそのお告げに従って方舟を作り始めた。そして、皆も助けてあげようとしたのか、神を信じない他の者にも、神からのお告げを触れ回った。だが、誰も彼の言葉に耳を傾ける事はなかった……」

 

「………」

 

「分かるかい?こっちはエスカルゴを通して神の言葉を届けているんだ。そしてエスカルゴはその役目をきちんと果たした。だというのに、今現在こうなっている…という事は?」

 

「…彼らが改心する事は…無かった……と…」

 

「そういう事だよ。…ま、ゼロではなかったよ?やっぱりね、神代と現在では人間も変わっているのか、エスカルゴが警告してから心から改心した者も居た。だから私は、そういう奴にはキチンと対応してるよ?…祟ってないって事ね」

 

「………」

 

「私らくらいになると、参拝などを通じて人間の想いが流れてきた瞬間に分かるものなのさ。あ、コイツは心から信じてないな…ってさ。そういう奴らに対しては、今年は大不作にしてやったよ。痛い目に遭わないと嘘か誠か見抜けないなんて、本当に人間って愚かだね」

 

 つまり諏訪子は、ノアの方舟のような事をやるという事だ。幻想郷で栽培されているほぼ大半の作物は、約一年あれば収穫可能である。なので、去年のうちに警告しておいたというのに。

 ぶっちゃけ、俺としては許してもいいのではと思い始めている。彼らももう反省しただろうし、懲りたはずだ。

 

「秋姉妹にあまりヘイトが集まらないのは、いい兆候だね。時既に遅かったけれど、あのお告げが本当だと信じた者がそれなりに出てきているよ。だがそれを秋姉妹のせいにしている者がいる事も事実。これは由々しき事態だ。そう思わないか?早苗?」

 

「は……い……」

 

「『ノアの方舟』に出てきた中で助かった人間はノアの一族のみ。それ以外にも、良い人間は多少なりとも居たはずなのにねぇ…。…わかるかい、早苗?神が何かを判断する時は、いちいち細かいことは気にしないんだよ。要らないと決めたら、大多数をバッサリ切り捨てるんだ。それをしない私は、『ノアの方舟』に出てきた神よりもずっと良心的だと思うけどねェ?」

 

「………」

 

 早苗はすっかり言いくるめられていて、もはや反論は出来そうになかった。俺もだ。許したい、とは思ったが、神への叛逆は死を意味する。もう逆らいようがない。

 

《そうねぇ、そこは諏訪子さんに同意するわね。寧ろ、私なら直接滅ぼしてやるかしらね。地獄の女神らしく♪》

 

 流石は本場・ギリシャの神。本で読んだ通り、神も人と争うし、ふとした思いつきで殺戮すると見える。何なら悪魔よりも神様の方が人間を多く殺しているくらいらしいので、やはり神様というのはそういうものだと考えた方が良さそうだ。

 

《私もこれは賛成かしら…。カルちゃんが我儘で里を滅ぼしかけた時とは、状況も何もかもが違うワケだからね…》

 

《神の告げを信じぬ人間など不要。切り捨てろ。諏訪子は昔からやり方が回りくどいんだ。だから祟り神なんだよ、諏訪子は》

 

 母さんは黒歴史を引っ張り出す上に、建御雷は切り捨てろと言う。大抵の神様はそう考えるのが自然のように思えてならない。

 

《袿姫は…どう思う?》

 

《ふふっ、私も同じ日本神話の神としては諏訪子さんに概ね同意かしらね。早苗は甘いわ。元人間だからなのかしら、神様というものに妄信的ね。救うばかりが神ではないの。彼女はまだその事が分かっていないようね》

 

《エスカルゴ。早苗を止めろ》

 

《神奈子様…?諏訪子じゃなくて早苗を止めるんですか?》

 

《そうだ、早苗を止めろ。…神の力を持つものが神に叛逆してみろ。お前がよくわかるはずだぞ。それこそ、ギリシャ神話と同じように…神同士の争いに発展しないとも言いきれないんだ。そしてそれに人間が巻き込まれないとも言いきれない》

 

《…成程…》

 

 今年不作になっているのは似非信者だけだし、里が滅ぶ危険性はあまり無さそうだ。とりあえず今年は諏訪子が里人に「罰」を与え、来年からはまた少し様子を見て…というのが最適解だろう。早苗には申し訳ないが、どうにかして納得させるしかないのかもしれない。

 

「それでもっ……!」

 

 早苗が顔を上げて反論しようとするが、諏訪子に見詰められて言葉を切る。それ程に、諏訪子の視線はキツく、流石に何万年もの時を生きている神様としての威厳を感じる。普段のおちゃらけた態度はすっかり也を潜めてしまっている。

 

「それでも……何?早苗?」

 

「…それ、でもっ……民を救うのが、我々神族の役目…なのではないのでしょうか……っ!」

 

「わからない奴だねェ、早苗も。それだけでは、人間共の意識は変えられないんだ。決して、ね。これは神話が証明しているし、歴史すら証明してくれている。人間ってのは大きな変化が無ければ変われない生き物なんだ。しかも、大きな変化があっても人間自体が変わってくれる保証はない。我ら神は、何十、何百万年もの間、それをそばで見てきているんだよ。嫌という程にね。だから、たかだか数十年の間しか見てきていない早苗に、とやかく言われる筋合いは無いよ。もっと経験を積んでから、もう一度よく考えてご覧?」

 

「………………………」

 

 完全に論破されてしまった。少なくとも、俺の頭の出来では、諏訪子のあのセリフに対抗出来る言葉を紡ぐ事は出来ない。「大きな変化が起きて変わった人間と、変わっていない人間」を、俺も早苗も知っているからだ。

 例えば、外の世界で体験した大震災。

 地震発生直後は「準備が足りなかった。次いつ地震が来てもいいようにしっかり備える」などと言っておいて、数年経って地震が来れば、またも同じ事を繰り返す。

 こんな身近すぎる例を幾度と無く見てきた俺や早苗にとって、諏訪子のあの言葉は説得力の塊と同じだったのだ。

 

「でも……でもっ……!!」

 

「でも、何?」

 

「農耕をする民が滅びれば…遠くない未来全ての人間が消え、信仰心が消え、自分達も消える事になるのではないでしょうか…?」

 

「んなワケはないでしょ。今は本もある、知識もある。例えば米を作る人が全員死んだとしよう。当然、米は高騰し、民は米が食えなくなる。なら未来永劫、米を食べる事は出来ないのか?いや、そんな事は無い。必ず米を作り出す人間が出る。自分達が滅びる前にね。どうして私がこんな風に言いきれるかわかるね?江戸とかの大飢饉では、民は米も粟も食えず、飢えに苦しんだ。けれど、米を作り出せる人間は再び現れるよ。大飢饉は、学校の歴史で習った通り何度も訪れた。だけど、その度に立ち上がる人間は確実に居た。これが、私の言う『歴史が証明している』ってヤツだよ。人間は、この程度では滅びないのさ」

 

「…………」

 

「しかも今回は不作程度だしね。飢饉だなんて、そんな大袈裟な…。人間ってのは、神が直接手を下さないとあまり滅びない程度には、無駄に粘り強い生き物だよ」

 

「………………………」

 

 今度こそ早苗は項垂れるしか出来なくなった。もう、何を言っても言い返されると。もう、自分には何も出来ないのかもしれないと早苗は静かに悟った。

 

「…分かりました。私の勉強不足…でした…」

 

 血が滲むほどに下唇を強く噛みつつ、己の勉強不足を諏訪子に告白した。諏訪子は、それを見て満足そうに頷き、早苗はフラフラと立ち上がり、何処へともなく向かった。

 

「全く…往生際が悪いんだから、早苗…」

 

「えっ…?」

 

「早苗の奴、雨を降らせる気だ。雨を降らせてもこの不作は変わらないのにね…。せめて、自分の思いつく限りの方法をやり尽くしたいんだろう。もう、ああなったら早苗の好きにさせるまでさ。何れ、それが全くの無駄である事に気付くから」

 

「そっか…。何か…手助けとか出来ないかな…」

 

「おやおやぁ~?エスカルゴもあっち側かい…?エスカルゴに力を貸している神様達はどういった答えだった?ん?諏訪ちゃんに教えて?」

 

「諏訪子に賛成だった。母さんもへカーティアも袿姫も…建御雷も…神奈子様も」

 

「だよねー。だって神なら普通そう考えるもん」

 

 やはり、神様の普通とは分からない。しかし、これ以上俺に出来ることは無いので、早苗が体を壊さぬよう祈りを捧げるだけに留めておいた。結局俺には早苗を止めることは出来なかったが、せめて彼女の無事を祈るくらいのことはしたい。

 

(クックックッ……。この不作を経て守矢神社の信者は増えてきたし、諸々の準備が整いそうだ…トントン拍子過ぎて心配になるね…フフフッ…)




どうして、諏訪子はこんなにも強制的に信仰心を集めようとしているのでしょうね。ンフフッ…。
「人の信仰心は神に何を齎すのか」が肝ですね。
そして、前々からたまに描写している「諏訪子の計画」等々…。

早苗曇らせるの何か楽しいぞ…まずいな…。
このままじゃあ俺までガビ山先生になっちまう。



補足
飢饉というのは里人が騒いでるだけで、実の所は不作程度です。ただ、食べられなくなる料理も、少なからず出てくる事でしょう。
信じる心が無いと救われないのは「ノアの方舟」などで証明されていますね。
(今回は神様メインの話なので聖書や神話を例に出しました。俺が信者というワケではないので、そこはご注意下さいです)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。