ある日、暇になった俺は何の気なしに鈴奈庵に立ち寄った。すると幸か不幸か、稗田家の当主と鉢合わせになってしまった。
妖怪である俺が真っ昼間から堂々と人間の店に出入りしている。しかも変装すらしないで、だ。そんな所を幻想郷縁起の著者に見られるのは少々まずい…と思ったのだが、お咎めのようなものは無く…質問したいから後日屋敷に来てくれと招待されてしまった。
「……つーわけで霊夢、明日は稗田のお屋敷までついてきてくれ」
「それでなんで私が同伴する流れになんのよ!」
「いやー…俺一人であんなお屋敷に行けっての?怖いわー、元人間怖いわー…」
「それならアンタもでしょ!てかふざけてないで真面目に答えてくれない?」
「真面目に答えるとさ、俺って結構やらかしてる過去があるじゃんか。多分稗田家の使用人とかに良い顔されねぇと思うんだ、俺一人で行っても。そんな俺が『阿求さんに呼ばれた』って言ってもまず信用しちゃもらえねぇだろ?阿求さん本人に確認とってもらう前に、門前払いされるはずだ」
「アンタの知名度ならギリギリ行けなくもないと思うけどねぇ…。私も妖怪化してからはあんまり会えてないし…」
「変装したら不審者、変装無しなら妖怪の襲撃…こう思われるのが関の山だろう。自警団だのって面倒はゴメンだからな?」
「うーーーーーん……面倒ねぇ……」
「マジで頼むって、今度里で好きなお菓子買ってやるから…」
「私は子供か!!…ったく、分かったわよ…」
露骨に溜め息をついてるが、なんとか了承してくれたようだ。よかった、これならば一安心だ。霊夢さえ居れば、俺は何処へでも行ける。
「よかった、助かるよ。俺一人じゃああいう所に行ったら針の筵だしな…マジでさ」
「でも、阿求に呼ばれたのはアンタだけでしょ?私も行って大丈夫なの?」
「察してくれるはずだ。多分」
「阿求も阿求でちょっとズレてるとこあるから、期待しない方が良いけどね」
「まるで他の誰かもズレてるかのような物言い」
「自覚無いの?断層並にズレてるアンタが」
「………」
◆
次の日。俺達は昼過ぎ頃を狙って稗田の屋敷へ向かう。襲撃でないことを暗に示す為にも敢えて歩いて向かった。博麗の巫女である霊夢が居るので、そんな勘違いはされないと思うが。
しかし、門の前で止められるのは、読んでいた通りだった。
「こんにちは、博麗の巫女様。本日はどのようなご用件で?」
「昨日鈴奈庵で会った時に、後日屋敷に来てって呼ばれたのよ。コイツがね」
霊夢が隣の俺を示すと、あからさまに警戒心を込めたような目で見られる。警戒されるのは元々承知だったので、あんまりダメージは無い。
「はあ…巫女様の旦那様ですか。しかし…」
「心配すること無いわ。コイツが変な事をしないように私も来たんだから」
「ふぅむ…少々お待ち下さい。当主様に確認して参ります」
深々と一礼し、門番は小走りで屋敷に戻った。いい歳した老人だが、稗田家では老人でも解雇等しないようだ。彼らに職を与えてやってるのだとすれば、随分と慈悲深いものだ。
…数分後、待たせてはなるまいと急いだのか、肩で息をしながら門番が戻ってきた。一応OKが貰えたらしく、俺と霊夢は案内の人に屋敷の中を案内してもらい、阿求の部屋へ入った。
思ったよりは広くない。しかし、書斎のように本が多い。私室でこんなにも蔵書が多いのなら、書庫や書斎ともなれば更に多いんだろう。
「ようこそ、エスカルゴさん、霊夢。さ、どうぞおかけになって」
「失礼します」
予め用意されていた座布団に腰を下ろし、机を挟んで阿求と向かい合う形になる。彼女の前には何やら白紙の巻物と墨汁が入った硯、それと細い筆がある。
「まさか、こんなに早くお見えになるとは思ってませんでした。ありがとうございます。改めて、自己紹介をさせて頂きますね。稗田家当主、稗田阿求と申します。以後お見知り置きを」
「エスカルゴ・スカーレットと申します。種族は吸血鬼をやってます。宜しくお願いします…」
「フフ、吸血鬼をやっているなんて、まるで職業みたいに…」
「あー…俺、種族上は吸血鬼ですけども普通とは少し違う体質なんで…」
「そうなんですか?それじゃ今日は、そこら辺も含めて質問させて頂いても宜しいですか?」
「どうぞ何なりと。時間はあるので」
「時間が無いから、呼んだんですけどね…」
「…?そりゃーどういう…」
「あぁ失礼、こちらの話です。それではまず……肩の力を抜きましょっか!」
「へ?」
ニコリと微笑み、突拍子もない事を言う阿求。彼女が何を言っているのか理解が追いつかない。しかし霊夢は何を言いたいのか分かったらしく、声を抑えてクスクスと笑っていた。
「そんな堅いんじゃ、普段なら話せるような事も話しにくいのでは?面接などではないんですし、お気楽に!ねっ!」
「は…はぁ……」
「と言っても急には難しいですよねぇ…。小鈴と話すみたいに、タメ口でもいいんですよ?私達、あまり歳離れてないでしょう。呼び捨てでも私は構いませんよ?」
「まぁ……それで良いならそうしますけど……。生意気な奴、とか思われても困りますよ?」
「あぁ、それは大丈夫です。生意気なのは小鈴で慣れてますからね」
「えぇ…」
今、ナチュラルに毒を吐いたような気がする。
それにしてもまさか、アガサクリスQ…阿求がこんなフランクな人だとは思わなかった。ただ、流石ミステリー小説を書いているだけあり俺より頭がいいのはまず間違いないだろう。油断は絶対できない。
「それでは質問させて頂きますね。あなたのその普通の吸血鬼とは違う所とは一体?」
「『吸血鬼が気化した気体を吸うと、不老不死になる。真偽は不明』っていう意味の文言をとある本で目にしてさ。それを試したんだ」
「成程。それを試したところ、その話は本当で、あなたは不老不死になれたと。そういうことなんですね。という事は…どなたか一人が犠牲に?」
「俺が俺自身を犠牲にした。レミリアもフランも犠牲になんてできないから」
「え…それって一体…?あなたが死んであなたが不老不死に?」
首を傾げ、うーんうーんと頭を悩ませている。それはそうだ、言葉通りに受け取れば何を言っているのか混乱するのも無理はない。
ちなみに、「神々の王」であるオーディンも、理由は違うが己自身をオーディンに捧げたことがあるそうだ。これは最近知った豆知識なのだが、オーディンと同じことをしていたと知った俺は、何となく嬉しかった。色んな神話の中でも、北欧神話は好きな方だからだ。
「吸血鬼って再生力が凄いから、蝙蝠一匹分から頭一つ分程の破片があれば割と復活できるから…俺自身を気化させる前に蝙蝠一匹分の肉片を陽に当てないようにして保管してたんだ」
「頭のネジ吹っ飛んでます?」
「俺は、どうしても強くなりたかった。だけど、生粋の吸血鬼じゃない俺には妖怪としての心構えとかそんなモン無いし……時間はかけられないと焦ってたんだろーな。…不老不死にさえなれば、きっと、新しいステージに進めるんじゃないか。そう思ってた。まぁ実際、不老不死になった事で格段に成長できたんだけどね」
「はあ〜…そうだったんですね…。よくもまぁ、あんな眉唾モノな噂を試す気になりましたね…。いくら復活の為の肉片を残していたと言っても、死ぬのが怖くないんですか?」
「怖かったと思う。でももう、死にすぎてそんな感覚も無くなったよ。慣れって怖いよね」
「そんなに死んだんですか?」
「そりゃもう。初めて死んだのは今カノの暴走で溶けされてでしょ?んでもって不老不死になって初めて死んだのは、封印が解けた昔の妖怪の襲撃でしょ?ソイツを殲滅するのに自滅技連発して…あと勇儀との戦いでもほぼ毎回死ぬし」
「ちなみに死んだ数は…?」
「2より先は数えてないよ」
「案外すぐに数えるのやめてますね。にしても、どんな生活をしてるんですかあなたは」
「色と欲に塗れた生活って感じだよね。俺は俺のやりたいことをやるんだ。強くなりたきゃ特訓、戦いたくなったら誰かと戦い、アレしたくなればさせてくれる人の所に行く」
「成程〜…噂に違わぬ欲の化身…。もうちょっと踏み入った質問をしても良いですか?」
「もちろん。俺個人のことなら何でも答えるよ」
「それはよかった。ではまず……友人関係などを教えて頂けますか?」
「まず魔理沙でしょ?霖之助に、赤蛮奇でしょ?あと………あとは………」
「どうしました?」
「…………」
友人関係…とは一体何なんだろう。何だかもうよく分からない。友人とは何か、定義が必要だ。いや、こんなんだからろくに居ないのか。
「あ…。じゃ、じゃあ…大まかで大丈夫なので、家族構成の方は……」
「家族構成……でも縁起とかにそんな記載あった記憶無いんだけど」
「それはそうです、明確に所帯を持っている妖怪自体がほぼ居なかったんですから」
「言われてみれば……そっか」
しかしこれは答えるのが難しい。義理の家族も含めるのかどうかが不明だからだ。俺にとっては義理だろうと何だろうと家族同然なので答えても大丈夫だとは思うが……。
「妻は4人。霊夢、妖夢、文、咲夜さん。あと、子供は現時点で15人、2男13女。霊夢が男子を、鈴仙が女子を妊娠中だね。俺から見ての実の弟が1人…いや1匹?で、甥っ子が1人。それから、義母がいて、義姉が3人。で、義妹が1人」
「ちなみにどなたですか?義理の方は」
「義母は神様の神綺、義姉はレミリアとフラン、それからアリス・マーガトロイド。義妹は、同名だけど別人のアリス」
「…ん?あの吸血鬼姉妹の義弟なんですか?そのスカーレットの姓が授けられた話は、十数年前の報道通り、義姉弟の契りとして?」
「うん。厳密には、スカーレット姉妹の方は別に弟か兄か決まってないらしいけど、どう考えても年齢順の方がいいじゃん?」
「…そうですね。劉備、関羽、張飛の義兄弟も、年齢順で決めたそうですし…」
「そうそう。そんな感じ。あとアリス姉ちゃんが姉ちゃんなのは、弟を欲しがってたからなんだ。だから俺が弟になろうって」
「そんなに軽く決めたんですか?アリスさんとの繋がりは?」
「吸血鬼としての俺が生まれたのは今の母さん…神綺のお陰なんだ。神綺はアリスのお母さんでもあったから、そこに俺も加わったんだ。それで、俺は別に兄や弟の拘りも無いし…それなら弟に、みたいな感じだったかな」
「ややこしい家系図になりそうですねぇ。当然、弟さんも入ってるんですよね?」
「入ってるだろうけど、アイツ本人は知らない。アイツは俺と違って山社会の一員だから、色々と交流もしにくいし」
「あぁ…会いに行くにしても山は閉鎖的なんですもんね」
「それもある。だけど一番大きいのは、あまりに接点が無さすぎて、互いに興味が無いって事だと思うよ。母さんから弟についての話を聞いた事はあるけど、アリス姉ちゃんからアイツについての話なんて聞いたことも無いからね」
レミリアなんて、白狼天狗というだけで一笑に付していたような気がする。吸血鬼だったらまだ対応も違っていたのだろうが……。
「不憫ですね…。兄は義姉に義妹にと家族面でもハーレム状態なのに、弟は……なんて」
「ある意味、このハーレムな状態こそが自由の証なのかもね。あの山社会でこんな事はできないと思う。…でもまぁ、俺がこうなれたのはみんなの協力あってこそなんだけどね」
「ですね。誰かが出しゃばれば和が乱れますし、平和が崩れ去りそうですね。それをいいことに、あなたは浮気し放題と…」
「……」
「最低限の約束などはしているんでしょうから、私などが口出しすることじゃありませんけどね。ですが、気を付けてくださいね?」
「……善処します……」
そんなつもり無いくせに、と隣で霊夢が囁く。全く、阿求に聞こえたらどうするのやら。
気を付けるのはウソではないにしても、それはそれとして、俺はこれからも望みを叶え続ける。絶対にだ。
「ところで、スカーレットの前の姓は何だったんですか?」
「─────ッ!!」
「そういえばそうねぇ。外の人間だったんなら、苗字もあるでしょ?何だったのよ?嫁の私ですら知らないんだけど。あの時、お義母さんに聞いておけばよかったわ」
もしかして、元の苗字は公開してなかった情報だったか。自分でもどこまで公開したかすっかり忘れていた。というより、今の今まで元の苗字の存在自体を忘れていた。
「それは…その…アンバランスすぎてダサいから言わない」
「アンバランス…ですか?」
「日本人なのにエスカルゴって名前はさぁ…これどう考えてもおかしいでしょ。よくイジられた。元の苗字は普通に日本風だから、余計にさ」
「どうしてもダメですか?」
「恥ずかしいからダメ。ヒントを出すなら、昔の妖怪退治の功労者の苗字…ってことくらいかな。どの時代の妖怪退治かは言わない」
「安倍、源、渡辺、藤原、岩見、池田、薄田…」
ブツブツと阿求が苗字を呟いていく。もしや、あのヒントで絞れたのか。流石求聞持の能力者、パッと出てくるのがすごい。
「アンタと縁のありそうなやつで言えば…藤原、渡辺かしら。妹紅、萃香繋がりで。ぬえ繋がりで源も有り得そうかしら。…霊力関係で言うなら、安倍晴明の安倍とか?」
「渡辺だったらどうする?かの渡辺綱の子孫かもしれないぜ?」
「渡辺ねぇ…ありそうで無いわね。鬼退治の度にアンタ死んでるじゃない。となると…」
「藤原かもしれないな」
「だったら妹紅とも縁者ってこと?確か藤原って苗字は鎌足が始祖らしいし、同じ苗字なら絶対に血縁者よね。永遠の命を持つ者同士、こんな縁も有り得そう…」
その後も、アレコレと苗字の例を出されては、俺はのらりくらりと躱し続ける。その中に答えがあった時はギョッとしたが、バレてはいまい。
「…それにしても、妖怪退治の功労者と同じ苗字だとは…。妖怪との縁があったんでしょうかね」
「かもね」
「では最後に聞きたいのですが……あなたの絵を書籍に載せても大丈夫ですか?」
「そりゃ勿論!これで俺も、有名妖怪の仲間入りできるかな?」
「私の著書に載るんですから、有名妖怪と言って差し支えないですよ。私の著書ですからね」
「へへっ、それは良いや」
それからも暫く、質問やら何やらと話したが…やがて阿求の夕飯の時間が近付いてきたとの事でお暇の時間になってしまった。
そこで俺は、霊夢は先に帰らせ一時的に阿求と二人きりになる。
「見送り、わざわざありがと」
「いえ、あなたを呼んだのは私なんですから」
「…帰る前にひとつ。これだけはずっと、阿求に言っておきたかったんだ」
「何です?」
「妖精ってさ、俺にとっちゃ
「……何のことでしょう?」
「もし俺が妖精を虐める人間を見たら、そいつと同じような扱い方をした上で殺す」
「!……それは脅しですか?」
「本気だよ」
「……」
「俺は、霊夢みたいに里の人間を守る義務なんて背負っちゃいない。暗黙の了解なんて、ンなモン知ったこっちゃない。俺が殺すと決めたら殺す。ただそれだけだ」
「…良いんですか?私にそんなことを言っても。書籍に何を追記するか分かりませんよ?」
「別にいいよ。俺は野良の妖怪同然だから。俺はいつだって、どこの組織にも属してない、ただのフリーランスな吸血鬼だ。…そういう訳だから、その件はどうか頼む」
来客を見送った後、阿求は先程の部屋に戻り…お嬢様ではなく年頃の乙女のように、だらしなく畳に寝転がり、大きな大きな溜め息をついた。
「…彼も私の著書を読んでいたのねぇ。あーあ、少し書き直さないといけないわね〜…。次の私に任せるのは少し荷が重いもんねぇ。妖精なんかを友達認定する吸血鬼が現れるなんて、そんなのは反則よ…読めるわけが無いでしょ、そんな存在が出現するなんて…」
こうして阿求著書の俺の項目に、友好度極高、危険度極高、「妖精を愛すロリコン。決して彼に仇なしてはならない。さすれば命の保証無し」の文言が追加された。
それから、これは後日、文々。新聞で知った話なのだが……俺達が稗田邸を訪れた数週間後に、阿礼乙女こと阿求は亡くなったそうだ。
死因は寿命らしい。まるで未練など何も無いと言うかのような、安らかな死に顔だったそう。
阿礼乙女である彼女の寿命は、幻想郷に住まう人間の中でも格別短い。これも阿礼乙女としての一つの宿命……幻想郷の仕組みの一つ。次の阿礼乙女の出現は、100年程度先の未来。
だからこれは、俺なんかが何をどうしようと、決して変えられない運命だったのだ。
それもそうだ。所詮俺が操れるのなんて、己の少し先の未来のみなんだ。なんて、自己中な俺にピッタリな能力。自分以外、何も救えやしない。
しかしながら良い事もあったらしい。阿求は、歴代阿礼乙女の中で最も長生きしたのだそうだ。しかも、一年や二年ではなく、十年近くもだ。
この事実から、阿礼乙女達の寿命も少なからず伸びているのではないか。次の阿礼乙女はもっと長生きするのではないか……と、関係者の中ではまことしやかに囁かれているようだ。
阿求を、阿礼乙女ではなく稗田阿求としてしか見てなかった俺としては、阿求が周囲の人妖からどう思われていたのかと、そう疑問に思わずには居られなかった……。
エスカルゴ、前世は芳香と華扇…現世では某妖怪退治の功労者の子孫…何かと縁があるようです。何ででしょうか。
本作の阿求は原作時空より凄く長生きしてます。
言い方は悪いですけど、彼女の設定的にこの話の数年前には死んでなきゃダメなんですよね…。
幾らほぼ死亡確定だからって、原作キャラの死を書くのは抵抗ありますよね。(妹紅達以外)
なので今回の話は投稿するかかなり迷いました。
ですが、これもひとつのケジメなので。
一つ心配なのはあの子ですけどね。
それにしても、現世でいくら頑張っても地獄落ち確定なの辛いですね。地獄落ちというか、閻魔の元で働くそうですけど…。
過去数話の投稿日時を見直してたんですけども、そしたらこの前のラブドール磨弓の話が
そして今日の日付を確認したら23日なんですよ。
しっかり日付の確認をしておけば良かったです。
以後気をつけます。