「なーなー、久しぶりに酒盛りしない?」
ある日の深夜、久しぶりに遊覧飛行を楽しんでいると、霧と化して飛んできた萃香が、実体化しながら酒盛りに誘ってきた。でも無理だ。どうせまた酷く酔って二人して盛るのがオチだ。
「俺は酒に弱いんだっつの。霊夢の酒を持参して良いんなら付き合うけどさ」
「えー、でもなぁ〜。じゃあ飲み屋に行こうよ?これまでは二人で飲むか宴会だけだったけどさ、お店で飲むってのもこれまた乙なもんだよ?里の飲み屋なら地底の飲み屋の酒より弱いし!」
「無理」
「え〜、なんでぇ?」
「だってさぁ、飲み屋ってアレじゃんか。店内は酒臭いだろうし、酒飲まないと店に失礼でしょ。酒に弱いから注文できないだろうし、アルコール弱めって言っても、萃香基準の弱めは全くアテにならないしさ」
「そんなぁ!私そんなに信用されてないの!?」
「いや、信用はしてるよ。普段はさ。けど、酒に関しちゃ〜あんま信用できないぞ?この前だって結局無理に飲ませてきたじゃないか」
「でもでもっ、これまでは何だかんだで酒盛りに付き合ってくれたじゃんかー!」
子供のように両手をブンブン振って抗議する。これだけ見たらとても可愛らしいし、酒の誘いに乗りたくなるというものだが、彼女のノリが凄く鬼畜なのだ。酔った萃香のノリは、アルハラパワハラ上司のソレなのである。
終始一緒に楽しく酒を飲む時もあるにはある。しかし時折、口移しで飲ませてくることがある。シチュエーションとしては嬉しいが強すぎる酒を飲ませてくるのはやめてほしい。
強すぎる酒を飲まされたら…後はヤるだけだ。アルコールでキメているようなものだ。
「そりゃ宴会とか二人きりで飲む時の話だ。俺が酔うとどうなんのか知らないわけじゃねぇだろ?店っつー公共の場で酔うのは……ちょっと怖い」
「エスカルゴのくせにマトモなこと言って〜!」
「俺ァいつだってマトモだ、ってのは嘘だけど。そういうわけで、悪いけど俺はパスな。せめて、ミスティアの屋台でってんなら良いんだけどさ。里の中の飲み屋は無理だな」
「可愛い看板娘も居るんだけどな〜」
「どーせ人間だろ?いくら可愛かろうと、人間の女にはもう、できるだけ関わりたくねーよ。もし知り合いにでもなっちまたら、先に死なれるのは辛いしなぁ」
具体的に誰を指すのかと言われると……阿求、それから小鈴だ。別に彼女達とは、知り合い以上友達未満程度の関係だと思っているが、それでもあの二人に死なれるのは辛い。
この前、阿求が亡くなったと知った時だって…阿求は誰より早く死ぬと分かってたはずなのに、暫くはなにも考えられなかった。知り合いが死ぬというのは、それほど現実味が無く、衝撃的な事なのだ。
阿求は転生するとのことだったが、それは魂が同一というだけで、所詮は別人だ。俺が熱盛では無いのと同様に。
なのでこれ以上辛くなる要因を作りたくない、というのが俺の考えだったが、萃香は俺の予想の斜め上を行く返事をした。
「妖怪だよ?」
「……マジ?」
「マジ♡」
◆
というわけで深夜の人里に萃香とやってきた。
里にはあまり妖怪は出ないが、妖怪達の住まう幻想郷の深夜の人里は、やはり人がほぼ居ない。とても目に優しい景色だ。
「折角だし、お店までは歩こ!」
「
「ちっがーう!」
なんて寒い返しをしながらも、萃香と二人で、手を繋ぎながら夜の里を歩く。そういえば、萃香とはあんまりこういう事はしてこなかったような気がする。飲んではヤッて、飲んではヤッて…。そればかりだった。
「あそこはね、珍しい酒もあるが、何より料理が美味しいんだよ。昼は店主が主に作るんだけど、料理の腕は格別さ。それこそ、一介の飲み屋とは思えないくらいね」
「へー…。でも料理って言っても、おツマミ程度じゃないのか?」
「それは地底の飲み屋くらいかなぁ。あそこは、おツマミもあるし普通のおかずも豊富なんだよ。そりゃ飲み屋だから、酒の肴として食べることが多いんだけどさ、飲食店と変わらないくらい主食以外のおかずが充実してるんだ!」
「ほぇ〜……今度お昼にでも行ってみっかな」
「それもいいかもね。夜の担当は看板娘だけだし昼にも行って食べ比べとかしてみたら?」
「それもいいかもな」
それも気になるが、俺がまず気になるのはその看板娘の妖怪娘だ。
妖怪、可愛い、女の子。俺としては、是非ともお目にかかりたい。しかしまぁ、妖怪である事を隠して人里内の店で働いているなんて…。
俺にはよく分からないが、きっとワケありなのだろう。そうでなければ赤蛮奇のようにカミングアウトして働いた方が楽のはずだ。隠し事が無く色々と便利なはず。ということは、その看板娘に余計な詮索は御法度だと考えた方がいい。
「…そういやその飲み屋さ、人の居ない深夜にもやってるなんて珍しいもんだな」
「別に大っぴらに開店してるわけじゃないんだ。さっきも言ったが看板娘は妖怪だ。だからそれを利用させてもらっているのさ。私ら酒呑み妖怪の憩いの場みたいなもんかな。里の中のね」
「なるほど、場所だけ借りてるって感じか」
「まーそうなるね!」
それから少し歩くと萃香はある店を指さした。飲み屋にしては大きい方だと思う。店の前には、鯨のマーク、それから鯢呑亭と書かれている布が看板のように掛かっている。
「あそこだよ!」
「思ったよりデカいな」
「中もそれなりだよ、行こ行こ!」
萃香に手を引かれて、半ば引き摺られるように入店する。一応、今の所は他に客がいないので、萃香とどんな会話をしても誰かの迷惑になる事はなさそうだ。
店内はやはり外見に違わず広いようで、飲み屋にしてはそれなりの客が入れそうだ。
「いらっしゃーい!あっ、萃香さん!」
「よっ!へへ、今日は私の彼氏連れて来たよぉ!彼にはとびきり弱い酒を頼むよ〜」
「前言ってた、お酒に弱くてヘンタイな彼氏さんですか?…思ったより若い…ですね?」
「こんばんは。エスカルゴ・スカーレットです、よろしく」
「私は夢幻酒場『
可愛い子は名前からして可愛いんだよなぁ…と改めて思う。
毛先がクルンとしている、可愛らしいピンクのショートヘア。そこらの女の子よりも一際大きなパッチリした目。女子らしく程よく肉付きのいい手や頬…唇。
何より目を引くのは彼女の鯨の帽子だ。まるでお店の看板を背負って…いや被っているようだ。
特筆すべきは、彼女のふくよかな胸だ。背丈に似合わず、かなり大きい胸をしている。胸の前でクロスさせている帯が何とも言えぬエロスを醸し出している。おっぱいメタグロスなのかアレは。
「コイツはかなりの女たらしだからね、あんたも気を付けるんだよ?」
「あらら…私も狙われちゃうのかしら」
「狙っちゃうかもねぇ!どーなのさ?」
「『どーなのさ』って萃香なぁ…。そんなん俺に聞くなよ。いつだって、この俺を支配してるのは理性じゃなくて本能なんだぜ?」
「うわー、本能だって〜!こりゃアウトだぁ〜!あ、私は『鯨の息吹』で!まずは一升ゥ!」
席に着くなり早速注文している。流石萃香だ。俺の女たらしジョークを華麗にスルーされたのは何も言うまい。俺にはギャグセンスが無いのだ。
「萃香さんはほどほどにして下さいっ。彼氏さんはどうする?」
「あ、俺は…うーん…。お酒は分からないから、酔わないくらい弱ければ何でもいいよ。オススメとかあったりする?」
ついタメ口で返してしまったがこれで良かっただろうか。飲み屋ならばこんな会話が普通だとは思うが、どうしても気になってしまう。
ちなみに幻想郷に来てから10数年経つ今でも、酒に関する知識は皆無と言ってもいい。日本酒、口噛み酒、ワイン、カクテル。知識は相変わらずこの程度だ。別に日常生活に困らないので、特に学ぼうという気も起きない。
「オススメ…そうねぇ、それならこれ!お試しにお猪口一杯、飲んでみる?」
「ありがとう、いただきます」
甘い匂いがするそのオレンジがかったお酒に、恐る恐る口をつけてみる。果実酒の類だと思うが梅酒ではなさそうだ。梅酒なら、いつかの宴会で霊夢と飲んだことがあるので覚えている。
この甘さは自然の甘さ…人工甘味料など無い、純粋な甘さだ。風味がスゥッと鼻から抜けていくのがなんとも心地よい。
「飲みやすい…」
「
「枇杷か!こんな味だったんだな、枇杷って…。甘くて美味しいや。これ一合…いや二合!」
「飲んでる時は飲みやすいけど、あんまり飲むとあとから頭痛くなっちゃうのは変わらないから、程々にね?お酒に弱いなら特に…」
「悪酔いしなきゃダイジョ〜ブッ!んねっ!!」
「まぁね。それに、お酒より先に、美宵ちゃんに酔いそうだし…?」
「やだも〜、彼氏さんったらぁ♪」
「おーおー早速口説いてやがるなぁ!?ハハッ、コイツはこんな奴なんだよ、あんま気にしないでくれよぉ?こうやって数多の女を堕としてきたんだから、気にしたら負けさ!エスカルゴの魔力…じゃないや、
「へぇ〜……」
萃香に、俺の
「そうだっ!秋には林檎、柿、カリンの果実酒が作れるから楽しみにしててね♪」
「そうなんだ。カリンの果実酒か…気になるな」
「彼氏さん、カリン好き?」
「好きだよ。でも、カリンの果実酒は……初めて聞いた…かも…?楽しみにしてるね」
「そっかそっかー、じゃあこれまでよりも多めに作っちゃおっかな?」
「コラコラぁ、そんな甘いこと言ったらコイツ、毎日ココに来るよぉ?」
「ふふふっ、来てくれたら楽しくなるかもね♪」
「お前もノリノリかよぉおお!?それともリップサービスかぁ!?」
「さぁ、どーでしょう?そこは彼氏さんの判断に任せちゃおっかな〜?」
「本気にするよ!?なぁエスカルゴぉ!?」
「……あぁ?あぁ…うん……そだな…にへへ…」
「あー…こりゃあ酔ってるねぇ…」
「えっ…!?これ、お店にある中で一番弱いお酒なんですけど……しかも飲み始めて数分……」
「ホント、酒と女には弱いねぇ」
「おんにゃの…こ……あぁ……美宵…ちゃ………かぁいい……にゃあ…もう……ひひ……」
「寝ちまいやがった…。もしかして
「…私は特に何も?本当に弱いんですねぇ」
「……ふーん。あ、じゃあ私、一斗おかわりぃ!」
「ふぇ〜…」
それからの記憶は実はあまり無い。ただ朧気に覚えているのは、鯢呑亭を出た所で、巨大な鯨に似た化け物に襲われ…見送りに来た美宵ちゃんを守る為に雷を落とそうとしたら、何故だか萃香に止められ、幻覚だと説教されたことだけだった。
結局、美宵ちゃんは何者なんだろう。座敷童子?睡魔?いやぁ、でも今判明してる限りだと能力が強力すぎじゃ…おっかないって本当に…。
少し前までエスカルゴと美宵ちゃんカプだけのif書こうなんて思ってたんですけど、エスカルゴが暴走してバッドエンド、もしくはデッドエンドの二択くらいしか思い付かなかったので、この案は自然とボツになりました。デッドエンドの場合はエスカルゴが死にます。
もしも、エスカルゴが美宵ちゃんだけと付き合うなんて事になれば、このカプにハッピーエンドは有り得ないでしょうね。エスカルゴの性格的に。
(浮気するわけではないと仮定した場合)
何が原因でどのように暴走し、バッドorデッドに至るのか。ここまでこのお話を読んできてくれた皆さんなら察せるかと思います。
酔蝶華を読んでいる人なら尚更察しやすいかも。
ヒント:美宵ちゃんの仕事とエスカルゴの性格