「ね……前から聞きたかったんだけどさ……?」
「ん…?」
「何であなたは……一度も私を忘れないの?」
「何でってそりゃあ……美宵ちゃんみたいな子を忘れろって方が俺にはまず無理だし。可愛すぎて印象的だもん」
とボヤかしておくが、実際はよく分からない。最初に会ったときは、酒に呑まれたり記憶が混濁したりと、とにかく普通の状態じゃなかった事を覚えている。
ただそれでも、鯢呑亭の看板娘「奥野田美宵」だけは、しっかりと覚えていた。当然その理由も不明だ。
「じゃ…ずっと気になってたんだけど、どうして
「…俺が元人間なのは知ってる?」
「知ってるわ。でも元人間なら、余計おかしい。なんでそんなに増やす必要があるの?萃香さんによると、最近は昔よりも増える頻度が高めだって話だったけど……」
そりゃそう思うよな、と内心溜め息をついた。元人間だから彼氏彼女という名目に拘るのはまだ理解が及ぶが、増やすというのが、どう考えても不自然だというのだ。尤もである。
それにしてもその考え方……まるで外の世界に行っていたかのようだ。
「……誰にも言わないってんなら正直に話すよ?誰にも話した事がない本音。言わないって、約束してくれる?」
美宵ちゃんは恐る恐る頷く。壁に耳あり障子に目ありとも言うので、俺としてはあんまり誰にも話したくなかった事だが……。
「俺はさ、皆を縛ってんだ。束縛ってやつだよ」
「束縛……?ウソ、でしょ?あなたがそんな……そんな事するなんて聞いてない……」
「ウソじゃないよ。勿論変な事はしてないけど。あくまでも言葉でね」
「言葉でって…言霊みたいな…?」
「似てるけど少し違うかも。…俺は吸血鬼。悪魔でもある。だから、悪魔の契約と似た方法で……言葉で相手を縛り付けてるんだ。『私はあなたの彼女(嫁)』っていう、心理的なモノでね」
一般的な「契約」は呪術的なモノ。だが俺にはその才があまり無い。だから心理的に縛ることを決意したのだ。心理的にというと、ある意味では洗脳と似ているかもしれないが…きっとそれでも
余談だが、これを覚えたのはここ数年の話だ。あの騒動はすっかり俺のトラウマになった。そのトラウマが、俺をこんな方法に駆り立てたのだ。
そして俺は思うのだ。外の世界で言う「籍」、これは互いを縛っているのに等しいだろう、と。目に見えていないだけで、俺は「言葉」でそれを行っているだけなのだ。束縛というのはあくまでそういう意味だ。
「そういうことね…。ビックリした。私ってば、本当のあなたはDV?とかする人なのかと……。そうじゃないならいいけど」
ちなみに、彼女や嫁という立ち位置で彼女達を束縛していると言ったが、彼女達だけではない。俺は、
だから俺は裏切らないし、心が離れもしない。嫌いにもならない。心は冷めず常に皆を愛せる。自分を縛っているから。
「理屈はわかったけど、どうしてそんな……?」
「……誰かに裏切られるのってさ。『死』よりもずっとずっと怖いんだよな。離れられるのもね。寂しいし辛いし、なにより哀しいことだし。もう二度とごめんだわあんなの」
「っ────!!」
ハッとしたような表情になる美宵ちゃん。何故これだけで察したかのような反応を見せるのか、俺には理解できない。まるでそんな事を経験済みであるかのような反応にも見える。彼女の真意は掴めないが、それでも、いい反応だとは思う。
「だから、裏切られたら俺は迷わず死を選ぶよ。だけど今の俺は死ねないから、死という逃げ道を失った俺は縛るのさ。俺を裏切らないように……いや、互いを裏切らないように」
「……そっか。あなたの言い分は分かった。でも私は、あなたの彼女にはならないわ」
「……だよな……」
そりゃそうだ。彼女という立ち位置で暗に束縛していると知ったら、自分から束縛されに向かうわけがない。
─────そう思っていたのだが、彼女が次に紡いだ言葉は、俺の予想の遥か斜め上をいくものだった。
「どうせ私を束縛するのなら…彼女なんかよりも強く、誰よりも強く縛って…。誰にも奪われないよう、私の中をあなただけで埋め尽くして……」
美宵ちゃんは俺の顔を持つように両手で掴み、コツンと額をくっ付けてくるが、そんな慣れない密着の仕方に少々ドギマギしてしまう。
そうして距離を詰めた彼女は、俺が魅了をするようにしっかりと目を合わせ…私から絶対に目を逸らさないでと言うかのように顔を固定する。
「私にあなただけしか考えられないようにして。私を、あなた無しじゃ生きられないくらいに、誰よりも強く強く、強くあなたに依存させて…。どんなお酒よりも強く、あなたに酔わせて……。私の身も心もあなたでいっぱいにして…♡」
「……!?」
「
「そ…それは…早くないか…?」
「…そう…縛ってくれないの…?」
「そんなことはないけどさ…。なら…
微量に回復していた魔力で銀色の指輪を創造。当然、適当に作ったのではなくできる限り精巧に創造した。指輪なんてストックしてる訳がないのだから、即席なのは許してほしい。
「今はそれでもいいわ…。ねぇ、今度私達、電撃結婚しちゃわない?
「い゙っ…!?え、ええ…っと……出会いですらまだ数週間のような気が……するんですケド…」
「あなたが私を縛るなら私もあなたを縛りたい。皆の協力で成り立ってるハーレムの和を乱すのは良くないから私も独占しないけど…どうせなら、私にもあなたを縛らせてね…?婚姻という最高の呪縛で…」
「美宵…ちゃん…?どうしたの…」
「絶対に離さないから…♡」
そう言って俺の腕を抱え込むように抱き締め、心酔しそうなほどに柔らかく、柔らかく微笑む。どうやら、彼女のとんでもない内面を
「────そうだ。私もあなたに渡したいモノがあったの。左手、出してくれる?霊夢さん達との結婚指輪は一旦外すね」
「…?」
美宵ちゃんは、俺の左手を掴むと、そっと結婚指輪を外し、代わりに服に隠し持っていたらしい指輪を左手薬指に嵌めてくれた。それをつけると結婚指輪の方を戻してくれる。
「これでよしっと。太さピッタリで良かったわ」
「あの、美宵ちゃん…?こりゃ一体…」
「これはあなたを縛る指輪。これであなたは私を絶対に嫌いにならないし、なれない。そうすればあなたはますます私を
そう言って、美宵ちゃんは少々ダークな笑みを浮かべる。可愛いが、どこか闇……病みを含めたような、100%純粋ではなさそうな笑みだった。
「どこでこんな指輪を…」
「呪術に精通したある人に、コレの製作をお願いしたの。ちなみにその指輪、一度つけたら絶対に外せない仕様にしてもらったのよ。あなたを縛るアイテムだからね♡」
「お、おう…」
呪術に精通した誰かさん……俺の知る限りだと一人しか居ない。アイツが美宵ちゃんに協力して何かメリットでもあるのだろうか。
なんにせよ、こうして美宵ちゃんとは切っても切れない縁が結ばれたわけだ。俺としては嬉しい要素しかない。
「あ…首、痣になってる…。ごめんなさい、少し強くやりすぎたかも…」
「ああ…大丈夫。美宵ちゃんがそうしたいなら、できるだけ受け入れるよ」
「何それ、ほんとにあなたってスケベね…♪」
それにしても、座敷童子の「忘れられやすい」という特性が「忘れられたくない」という想いに昇華し……こうして誰かを縛る性質を持つとは。
さっきの首絞めだってきっとそうなのだろう。忘れられたくない、離したくない、縛りたい……そういった想いが溢れたからこその、首絞め。
「……そういう事か」
「何が?」
「俺がさっき裏切りとかについて愚痴ったとき、美宵ちゃんってば変な反応してたろ。だからさ、もしかして美宵ちゃんもそんな経験あるのか?と思って」
「そりゃあ…あるわ。私は座敷童子だもの…あの店主も私をちゃんと認識してないわ。そう思うとやっぱり寂しくなってくる。でも、もう大丈夫。絶対に忘れないあなたがいるから……」
俺は人一倍独占欲が強い。だから美宵ちゃんが俺を縛りたいという気持ちは分かる。それこそ、痛いほど。胸が締め付けられるほどよく分かる。
そう思うと、彼女のことが余計に愛おしく……胸が苦しくなってくるのを感じた。
「美宵ちゃん」
「なぁに?」
「好きだよ」
「私も……あなたがもっと好きになったわ♪」
◆
──────次の日。美宵ちゃんと会いたいがために俺はまた鯢呑亭へ足を運んだ。少々予定があったので、開店と同時に、とはいかなかった。
到着して気付いたが、どうやら鯢呑亭内は盛り上がっているようだった。
「こんちゃーっす……って、そんな盛り上がってどしたの?」
「おう
近くに居たお客に声をかけると、そんな返事が飛んでくると共に、店内の視線が一気に俺に突き刺さった。
美宵ちゃんは相変わらずの営業スマイルでただニコニコと微笑んでいる。いつもと違うところと言えば……お盆を持つその手に光る─────。
「…指輪?」
「そうっ!!そーなんだよ!なんでも、大切な人から結婚の約束と一緒に渡されたんだってよっ!カァ〜ッ、羨ましいねぇ!そいつァ幻想郷イチの幸せモンだなァ!!」
うんうん、と首が折れそうなほど繰り返し頷くお客達。しかも店主まで頷いているではないか。まさか店主に知られてるとは思わなかった。
美宵ちゃんが指輪をちゃんとつけているのにも驚いたことは驚いたが……。
「へ…へぇ……そうだったんだ……」
「兄ちゃんよォ、美宵ちゃん目的で最近鯢呑亭に通い始めたろう?どうやら、美宵ちゃんのことはもう諦めるしかないようだぜ……」
「ドンマイだぜ!」
「人生こういう事もあるさ!次がある!」
どうやらお客達の中では、俺が失恋した設定のようだ。美宵ちゃんのお相手が俺だとは、夢にも思っちゃいないらしい。なら、余計な事は言わず失恋男を演じた方が良さそうだ。
「そいつは幸せな男だね。羨ましいよ」
「今日は俺が奢ってやる!たーんと飲め飲め!」
「いやいいよ、悪いし…」
というかよく初対面の野郎に酒を奢るつもりになれるものだ。俺が嫌いな男達の中にも悪いヤツじゃないヤツは居るらしい。少なくとも鯢呑亭に集うこのオッサン達は、気のいい人達…のような気がする。
「良いんだ良いんだ、失恋のツラさは俺もよーく分かる!兄ちゃんにもまた良い人が見つかるさ!おーい、『鯨の息吹』二升、頼むぜ!」
「ちょっとー、その人はお酒に弱いんだからね、あんまり飲ませちゃダメだよ?」
「ガッハッハッハッ、失恋の痛みを忘れるにゃあ飲みすぎるくらいが丁度いいってモンよ!そら、好きなツマミも注文しな!潰れるまで好きなだけ飲ませてやるからな!」
バシバシと容赦なく背中を叩いてくる。悪気が無いのは目に見えて明らかなので、それに対して不快に思うことは無いが……ただただ痛い。
「じゃあ……俺、卵焼き。…すんません、今日はゴチになります。初対面だってのに申し訳ない」
「イイってことよ!」
「お待ちど〜さま。卵焼きでーす」
「あ…、ありがとう。……幸せになってね、美宵ちゃん」
「はいはい、もちろん幸せにしてもらいますよ♪
………幸せにしてね、あ・な・た♡」
料理を置いていく時、美宵ちゃんは耳元でそう囁いていった。その声は、さっきまでの営業用の声色ではなく昨日のようなダークな声色だった。
その後、結局酔い潰された俺は、美宵ちゃんに鯢呑亭の二階へお持ち帰りされ……昨日のようにまた事に及んだ。酒に溺れ美宵ちゃんに溺れ……ある意味散々だったが、こんな日常も悪くないと流れに身を委ねるのであった。
美宵ちゃん、3話ラストで「忘れられるのが座敷わらしの宿命なら、こんな哀しいことはないわ」って独白してるんですよね。
忘れられるのって哀しいよね…。縛りたいよね、縛られたいよね……。呪術的なモノを使ってでも心を繋ぎ止めておきたいよね。