「……そろそろか」
早朝。水溜まりに薄氷が張るほどの寒さの中、俺は飛び立つ。向かう先は妖怪の山にあるらしい久侘歌ちゃんの住処。
ただし俺は彼女の住処を知らないので、彼女が早朝に鳴くことを想定して、声のした方に向かうことにした。
どうしてこんなにも行き当たりばったりな方法なのかというと、以前の大会にて八千慧が久侘歌ちゃんと対戦した時、久侘歌ちゃんが鶏の性質を備えていることを利用していたので、ムカつくがそこから想を得たわけである。
「コーッケコッコー!あっさでっすよぉぉぉー!」
「……もしかして今の……?」
思っていたよりもガッツリ「コケコッコー」と言っていた。一本線に反応するし、朝に鳴くし、庭渡神というか鶏神なのではと勘繰ってしまう。
それに、妙にハイテンションだ。俺で言う所の深夜テンションみたいなものを感じる。
「……ゲッ、クレーター近くじゃねぇかよ」
彼女は、以前俺が山の裏側に雷を落とした時に生成したクレーターの近くから飛び出したように見える。しかし彼女が鳴くという予想は的中したようで良かった。意外な一面も見れた。
「おはよう。やっぱり早起きだね」
「わっ!?エスカルゴさん!?なんでこんな所にいるんですか?昨晩は守矢神社だったんです?」
「昨晩は文の仕事場。朝早くに悪いんだけどさ、ちょっと久侘歌ちゃんに用があって……。少し、時間大丈夫?」
「大丈夫ですよ、普段から早くお家を出るように心掛けてますので。にしても、何故朝から……」
「朝からごめんね。久侘歌ちゃん、前に『住処は妖怪の山です』って言ってたから、朝になったら鳴くかなって思ってここで待ち構えてたんだよ」
「あ……。てことはアレ、聞かれてました……?恥ずかしながら、ああやって鳴くと気持ちよ〜く朝を迎えられた気がして……」
「良いんじゃないかな。可愛いと思ったし」
「やだもうっ……!そ、それで、用件というのは何ですか?」
「そうだった。……先日、俺さ、へカーティアの器……になったんだ。それで、それに相応しいと言えるよう勉強することになったんだが……でも書物じゃ同じ地獄についてなのに書いてある事がまちまちでさ。なら直接この目で見ようって……考えたんだよね」
「えー……私は番人の仕事もしてるので、侵入は止めますよ?いくらあなたの頼みでもそれは……業務上無理ですねぇ……」
「そう、久侘歌ちゃんにも立場ってモンがある。だから別に俺を
「ん……んー……そ、そう、ですね……。勝手に侵入するよりは許可を得た方が確実ですから……良い方法だとは思うんですけど……」
「……やっぱ難しいよね」
「そりゃあもう難しいですよね。勁牙組の侵攻を私一人で食い止めるくらい難しいですね。つまりほぼ無理です」
「なら侵入するか……」
「いけません。本気で止めますからね?一切手は抜きません。殺さない程度に止めますよ」
「じゃあ小町探すか……。へカーティアと久侘歌ちゃん以外に地獄と繋がれそうなツテが小町しか居ないや。幽々子さんはワカッてくれそうだが、止められそうだし……俺も言うこと聞いちゃいそうだし」
「……分かりました。私が口を利きましょう」
「お願いできる?良かったぁ……」
「勝手に侵入されても困りますし、なによりも、大罪人となったあなたの対応をしたくないです。わかってくれますか?」
「まぁ、ね。ごめんな、手を煩わせるような頼みしちゃって」
「いえ、大丈夫です。内容はどうあれ私を頼ってくれて嬉しい気持ちもありますし……」
「……そう?それなら良かったけどさ……」
「では、まずは裁判所に行きましょうか。彼女は裁判所に居る時間が長いですからね。ついてきてください」
「わかった」
それなりに長い時間並んで飛行し、地獄に到着した。心がザワザワしてくるような、妙な感じがしてならない。やはり、本能的に気に入らない。街中だし、地獄の入口に過ぎないのだろうが……相変わらずあまりいい気持ちはしない。
「ちょっと待ってて下さいね、受付の者に聞いてきます」
裁判所に到着するなり、久侘歌ちゃんは、俺を置いて裁判所に入って行こうとする。不満そうな顔をすると、小さく溜め息をつき仕方なさそうに微笑み、俺の手を引いて歩き出した。
「おはようございます。四季様は、現在裁判所にいらっしゃいますか?」
「おはようございます。四季映姫・ヤマザナドゥは恐らく是非曲直庁の執務室の方かと」
「分かりました、ありがとうございます」
誰にでも笑顔で対応する久侘歌ちゃん……天使だろうか。可愛いとしか言えない。直視できないほどだ。思わず、目を逸らしたくなってしまう。
「是非曲直庁だそうです!」
「そっかぁ。遠くはなさそうだね。ところで……映姫様は呼び捨て?にされてるの?あれは」
「んーとですね、呼び捨てとはまた違いますね。ヤマザナドゥはあの人の役職名ですから」
「そういえばそうだった」
役職名、つまりチルノ達が「慧音先生」と呼ぶのと同じことだ。彼女のことを思い出すことすら久しぶりすぎて、そこら辺のことを忘れていた。
「地獄見学の説明は、私がした方がいい……ですよね。あなた自身のことですけど、ちょっと……あなたには任せられないといいますか……。気を悪くされたらすみません……」
「いや……俺自身そう思ってた。できれば久侘歌ちゃんにお願いしようとしてたし……」
「あらら……。でしたら丁度良かったですねっ!ちょっと難易度は高いですが……頑張ります!」
「よろしくお願いします……」
◆
「失礼しまーす……」
「失礼しま……あ゙っ!?阿求じゃねぇか!」
「あらら……オッドアイじゃないですけど、エスカルゴさん?」
執務室に入ると映姫の横で書類整理をしている阿求が目に入った。阿礼乙女が死んだら転生まで閻魔の元で働く、なんて、噂程度で聞いていた話だったが、まさか本当だったとは。
「眼はちょっと、ワケアリでさ」
「成程〜。こんな所にどうしたんです?特別枠で地獄落ちですか?」
「違うっての……。ちょっと閻魔様に話があって来たんだ」
「なーんだ。遂に地獄落ちだと思ったのですが」
「遂にってなんだよ、遂にって。……けどまさか阿求に会えるなんてな。なんか、久しぶりだな。少し前に会ったばっかなのに、久しぶりな感じがするな」
「そうですかねぇ?……小鈴は、元気ですか?」
「ああ……まぁ、ね。お察しの通りだよ」
「……そうですか。
「……なんとも言えないな」
「私のせいであの子が道を踏み外すようなことになったら、私は…………転生した後は、友人など作らず、一人でただひたすら屋敷に閉じ篭もるのでしょうね」
「そう思うんなら思う存分閉じ篭ってなよ。俺や霊夢、魔理沙がそっちに遊びに行くからさ」
「……!」
「稗田阿求の友人は人間だけじゃあねぇからな。短い間だったとは思うけど、同じ刻を共有できた者同士、次は今代より仲良くしようぜ」
「はいっ……次もよろしくお願いします♪」
「こちらこそ」
手を差し出すと、躊躇いなく手を握ってくれた阿求。死んだはずの阿求と、こういう形で会えるなんて、なんだか不思議な感じがしてならない。あと100年程こうして閻魔の元で働いて過ごすのだろうが、阿求の魂が本当の意味で休まる時は、果たして来るのだろうか……。
「あと、追記された文章、読んだよ。絵も見た。まぁ、なんていうか……危険度極高って、そんな高いのか?それはそうとしても、友好度極高っていうのも少し違うように思えたんだけど、敢えてそう書かれてたってことは……」
「私にはそう思えた、ということですよ」
「……だよな。ありがとうな」
「いえ。それが私の仕事ですから」
「ああ……」
私の仕事、ときたもんだ。生前も仕事、死後も仕事なんて、阿求は仕事ばかりではないか。もし転生後にも会えたなら、遊びを教えてやりたい。変な意味ではなく、普通の意味でだ。
寿命が短いだけで、決して病弱というわけではなさそうだし、けん玉とか缶蹴りとか、そういう遊びを一緒にやってみても良さそうだ。箱入りのお嬢様なんだろうし、そういう遊びは殆どやった経験が無さそうに思える。
「鈴奈庵のお客さんからクリスQの小説の感想を頂けた時もそうでしたが……感想を頂けるというのはやはり何度経験しても嬉しいものですよね。しかも、絵の感想なんて今初めて頂きましたよ」
「そうなのか」
「……オッドアイではなくなったということは、転生したらそこは修正しなければなりませんね」
「別に構わないよ、仕事増やすだけだろ」
「仕事が生き甲斐みたいなものですから、それは大丈夫ですよ。ただ……」
「……ただ?」
言い淀み、中々言い出さない。指を絡ませて、視線を泳がせ顔を赤らめる。彼女にとっては少し恥ずかしい何事かを言いたいようだ。
「修正後はまた、感想を頂けると嬉しいなと……思ってます……///」
「おっ……おう、そりゃもう……勿論ッス……」
「もうっ……何ですかその喋り方……」
「ハハハ……」
気まずい。久侘歌ちゃんがジト目で見てくる中妙な雰囲気になっている。生前の彼女とはこんな関係じゃなかったはずなのに、改めて会うと変な空気になるなんて、変な話だ。
「……立ち話はその辺にしましょうか。あなたは私の用があるのでしょう?」
「「ッ!!」」
映姫のその言葉で一気に現実に引き戻されて、阿求は「失礼しました」と酷く焦りながら仕事に戻り、俺も何度か映姫にペコペコと頭を下げる。まるで先生に何か叱られたような気持ちだ。
「話を聞きましょうか」
「では私からお話しします。実は……」
◆
「────という事なのですが……四季様、彼の地獄見学を許可して頂けないでしょうか?勿論、見学中は常に私が傍についていますので、勝手はさせません」
「ふざけるのも大概になさい。勉強の為だからと何故そんな事を許可しなくてはならないんです?そんな事をして私達地獄側に何の得が?」
「で、ですよね……」
呆気なく一蹴されてしまった。久侘歌ちゃんの説得でも効かないなんて、流石は閻魔。身内にも甘くはないらしい。小町の話を聞けばなんとなく想像はできるが、ここまでとは思わなかった。
地獄見学は叶わないのだと久侘歌ちゃんと共に肩を落としていると、映姫は一つ大きな溜め息をつき、
「……とまぁ、通常であればそう言って追い返すはずなのですが」
「「?」」
「……先日、この是非曲直庁にへカーティア様がいらっしゃいました。『エスカルゴくんに地獄の勉強をさせる事になったから、地獄で見かけてもスルーしてあげて。無理に止めようとして地獄で暴れられても知らないからね』とのことでした。そして彼女は、勝手に侵入するだろう、とも予想していました」
「あの方はエスカルゴさんを何だと思って……」
「いえ、そう予想するのが自然だと思いますよ。ただ実際は、久侘歌の入れ知恵か知りませんが、こうして私に申し出てくれました。そこは素直に認めてあげましょう。成長しましたね」
「ありがとうございます……でいいのかな」
「いいと思いますよっ!……でも四季様、これは入れ知恵じゃないですよ、彼から言ったんです。私は橋渡し役に過ぎないですから」
「そうなのですね。珍しい事もあったものです。しかし、仮に私が突っぱねたら無理矢理突破する腹積もりだったのでは?どうなんです?」
「うん」
「そこは普通、嘘でも否定するとこですよっ!?あ、いや……嘘はどちらにせよバレますね……」
「そう、あなたは少し正直すぎる。ただ、まぁ、嘘をつかない所だけは非常に好感が持てますね。久侘歌の言う通り、今の問いは普通なら『嘘でも否定する所』ですからね。……へカーティア様に免じて、今日は説教は無しにしてあげましょう。刑罰の邪魔をしない範囲でなら、あなたの好きに見学して頂いて構いませんよ」
「……許可、出た……」
「やりましたねっ!」
「ただしッ!久侘歌が常に傍に居ること、決して各所の施設を破壊しないこと!これが条件です。絶対遵守事項ですよ。わかりましたね?」
「暴れないこと、じゃないんですか?意外……」
「……正直に言うと、今の地獄は乱れています。どんなトラブルがあるかわかりません。ですので時には力で制圧する事も必要であると考えます。私も有事の際はそうしますよ。勿論、無闇矢鱈に力を奮うのではありませんよ。分かりますね?」
「勿論」
「宜しい。……お話したい事は山ほどありますが今日はこの辺にしておきましょう」
この辺に……この辺?かなりガッツリ言われたような気がするが。流石、一晩中説教するような人はレベルが違うようだ。俺には真似できない。そこに痺れるが憧れはしない。
「では四季様、行ってきま……」
「嗚呼……一つ伝え忘れた事がありました」
「なんですか四季様ぁ……」
「いえ、あなたではなく彼にです。……あの時、動物霊の侵攻を食い止めてくれた事……、心から感謝しています。地獄を代表して、私からお礼を言わせてください。あの時は本当に、ありがとうございました」
「……!?」
あんなに説教でうるさい四季映姫が、俺相手に頭を下げている。その意外すぎる行動に、思わず目を見開いてしまった。あの時の早鬼の侵攻は、地獄の者達からしたら、本当にまずかったのかもしれない。
早鬼本人は半ば遊び感覚だったらしいが……。
「へカーティア様の申し出でさえなければ此度の見学で貸し借りナシにできたと思ったのですが、そうもいかなさそうですね。地獄関連でまた何かあれば、こうしてまた私に申告してくださいね。そうして頂ければ次もまた許可致しますので」
そう言って映姫は微笑んだ。……何と言うか、ギャップ萌えというか……。以前、一晩中説教を喰らった事もあってか、今の笑顔を見て不覚にも彼女にドキッとしてしまった自分が恨めしい。
「……了解」
「貸し借りって……四季様ぁ?そういうのは無しだと言いましたよね?」
「私こそ再三言ったはずですよ、久侘歌。地獄の問題を地獄外の者が解決したのですよ?我々からすれば貸し一つみたいなものでしょう」
「そうですけど……」
「大体、久侘歌達の水際作戦が追い込まれたから手を借りねばならなくなったのでしょう?もっと気を引き締めなさい」
「はい〜……」
「……っと、久侘歌に説教を始めてしまうところでした。では、私はこれで仕事に戻りますので。現場の判断は久侘歌、あなたに一任します。一応あなたの部署には私から連絡をしておきますね。それと念の為、彼をしっかり見張っていなさい。これは業務であり、デートではないですからね」
「わかってますよっ!」
「宜しい。では、お気を付けて」
「「失礼しました!」」
二人並んで執務室を出た。扉を閉めると、何か示し合わせるわけでもなく、俺達は自然と両手でハイタッチをしていた。
「やりましたねっ!許可が降りましたよ!!絶対ダメだと思ったのに!!」
「やった……良かったよホント!手伝ってくれてありがとな!」
「いえいえ、私なんてそんな……結局は、裏からへカーティア様が根回しされていたようですし」
「でも、許可まで漕ぎ着けたのは久侘歌ちゃんのおかげだって!早速、見学行こうぜ!」
「そうですね!」
ここまで来て、へカーティアの凄さを思い知ることになるとは思わなかった。映姫をも従わせることができるのか、へカーティアは。
一体彼女は、どこまで規格外な存在なんだか。
「では見学の前に、私の方から幾つか説明させて頂きますね」
「はーい」
「見学に行くのは、八大地獄とその他の幾つかの地獄です。移動の際には、管理者用の特別通路を使いますので、くれぐれも変な行動は起こさないようにしてください。それから、四季様も仰ったように、刑罰の邪魔になり得る行動はしないよう気を付けてください。例えば、悶える罪人を助けようとするとかですね」
「大丈夫でしょそんなの」
「ですよね。……まずは、八大地獄の上層部から順に見学に行きましょうか。通路はこちらです、私についてきて下さい」
まだ執務室の前であるにも関わらずノリノリで先導を始める久侘歌ちゃん。仕事とわかっているだろうに、真顔を作れず笑顔を抑えきれていない様子が、とても可愛らしい。
小町のような鎌を持った死神やらなにやらが、久侘歌ちゃんと並んで歩いている俺を珍しそうにジロジロ見てくる。少し前まで、ああいう目線は不快でしかなかったのだが、最近はそこまで気にならなくなった。
ただ、こうして見ると、久侘歌ちゃんの美貌は並大抵のものではないんだと感じた。何となく、彼女のそばに居る自分が、とても幸せに思えた。
阿求の死亡は693話……大体50話前ですか。
阿求は、原作設定でも地獄で働く期間が百数十年とかで、現世では大して長く生きられないので、地獄で過ごす期間の方が倍以上長いんですよね。
だけどその分、地獄の方が「我が家」って感じがするんじゃないかなぁ……とも思ったり。
今回、阿求の性格が前の登場時より丸〜い感じになったのは、稗田家のお嬢様ではなく
映姫の笑顔とかめっちゃ可愛いでしょ絶対。
口うるさくてウザイ委員長がほんのたまに見せる笑顔みたいな、そんな感じがする。