散歩ついでに夢殿大祀廟近くを飛んでいると、特徴的な白装束の少女が、チリンチリンと綺麗な音の鈴を鳴らしながら何かで走り回っているのが目に入った。
アレは布都だ。ごく稀に一緒に団子を食べたりする程度には仲のいい、あの物部布都だ。一体、なにで走り回っているのかとよく目を凝らすと、なんとそれは自転車だった。カゴがあり、しかもサイズは割と合っているようだ。
どうして外の乗り物がこの幻想郷にあるのか、不思議でならない。
「よぉ布都、久しぶりだな」
「うぉう!?危ないではないか、急に空から……おお、お主!久しぶりだの!どうしたどうした、最近顔を見ないから心配したぞ?」
「悪い悪い、ちょっと色々忙しくてよ」
「ははーん、さてはまた幼子を食い物にしたな?太子様も嘆いておられたぞ?『せっかく強い力を持っているのだから、強者なりの態度で生きれば自然と思い通りになるだろうに』と」
「ご忠告どうも。だけど、どんな態度で生きようとも、殆どの事を俺の思い通りにしてみせるさ。ところで布都。それ、どこで手に入れたんだ?」
「自転車か?森の入口近くにある……そう香霖堂じゃ。先日、太子様のお使いに道具屋巡りをしていたのだが、その時に見つけたのでな。ついでに買ったんじゃ」
「香霖堂?……また外のが流れ着いたのか」
「外の?やはりこれは、外界の自転車なのだな。我は一見してすぐ分かったぞ。こんなスカスカな物、河童は作らんからな。というか、幻想郷では殆ど目にしないからのぅ」
「スカスカ……確かにチャリはスカスカだけど」
そういう視点でチャリを見た試しがなかった。骨組みが走ってるようなものだし、確かにこれはスカスカと言われても仕方ない造形をしていると思う。
「自転車は実に面白い乗り物じゃ!暇さえあればこうして乗っているのだぞっ!ここで足を回せば回すほど前に進む!面白い!」
「確かに面白いよな。俺もよく乗ってたよ」
「そうなのか!?おそろじゃな!」
「あー……そうなる、のか……?まぁ、そういうことでいっか」
「しかもこれお尻が痛くならんのじゃ!以前にも自転車に乗った事はあるにはあるが、アレは形も歪だったし、すぐにお尻が痛くなった!しかし、これは痛くならないぞ!凄いぞ!」
「お、おう……」
形が歪な自転車……壊れた自転車なのか、明治自転車なのか。どちらにせよ、お尻はかなり痛くなりそうだ。
それにしても、こうして目の前で自転車なんて懐かしいモノを見ていると、久しぶりに乗りたくなってくる。そこで俺は簡単に自転車を創造し、早速それに跨る。
「布都、チャリでどっか行こうぜ」
「うおおっ!?どこから出したんじゃ!?」
「創造魔法だよ。んで、どうよ?たまには誰かと乗るのも楽しいもんだぜ?」
「そうするか!コレでどこかに行こう!!」
「よっしゃー、100キロは走るぜ〜」
「100きろとな?……ふふん、よくわからんが、コレがあれば我は何処へでも行けるぞ!」
「よし、じゃあ行くかぁ!」
それから、二人並んで夢殿大祀廟を出発する。命蓮寺の前を通ったり、獣道を通ったり、色々な道を通り、再び平地に出る。
そこで俺は、なんとなく前輪を上げて走行……所謂ウィリー走行をしてみる。暫くぶりだが少しくらいはできた。懐かしい。中学生の頃は、不良漫画のキャラに憧れてバイクの代わりに自転車で練習したものだ。
「おおっ!何じゃそれ、何じゃそれ!我もやる!やりたい!前輪だけを上げるのだな!」
「面白いぞぉ。でも怪我したらどーすんだよ?」
「いーや、そんなのはいいから我もやるんじゃ!い、いくぞ……!」
「忠告はしたからなー。倒れたら笑ってやるよ」
「み、見ておれっ……!そりゃあっ!!」
瞬間、布都の身体がフワリと浮かぶ。まさか、一発目で成功かと思いきや、そうではなかった。ペダルの上でジャンプして、何故かハンドルから手を離したようだ。すると、一体どうなるのか?もはや火を見るより明らかである。
ハンドルに足がぶつかって、絡まるようにして背中から落車してしまった。
「のぁああーーーっ!!」
「ギャハハハハハハッ!キレーに背中から落ちてやんの!大丈夫かよ布都ぉ!?」
「いたぁい!痛いぞこれぇ!どーやって前輪だけ上げるんじゃあ!!」
「だからさ、体重を後ろに預けて、力任せに腕を引きゃあウィリーくらいできるって!ジャンプはすんなよ?」
今は吸血鬼の腕力、バランスを取りやすい翼があるから昔よりも簡単にウィリーができる。もし昔の方法でウィリーするとしたら…………。
「そうか分かったぞ!お主の自転車、前にカゴが付いておらんだろう!それのせいじゃ!ええい、我のと交換しろぉ!してくれぇ!今だけじゃ!」
「俺のはマウンテンバイクだけど……まぁ、別に構わねーぜ?俺としちゃカゴあった方がウィリーしやすいからな」
「ぬぁっ!?ま、まぁ、一先ず交換じゃ!」
やはりと言うべきか、彼女にピッタリなサイズだけあって、俺にとってかなり低かった。なので彼女に渡す自転車はサドルを下げてから渡して、彼女から受け取るなりすぐさまサドルを上げる。これで、少しはマシになったはずだ。
そしてまた並走し、手本を見せる。
「よく見てろぉ?カゴ付きチャリでのウィリーのラクな方法はなぁ……こうだッ!」
カゴを蹴り上げ、自転車の前半分が跳ね上がるのと同時にハンドルを持ち上げる。ハンドルは、やはりバーハンドルに限る。力が入りやすい。
人間の頃は走行中に自転車を持ち上げるような体幹も、腕の力も無かったので、自転車のカゴかハンドルを蹴り上げるという方法を使っていた。仲間内からも、お前のやり方無理矢理すぎだろと笑われたものだ。
「おおっ!?おおーー!凄いっ!どうなってるんじゃ!?我の自転車とは思えない動きじゃ!!」
およそ2秒後、バランスを崩して横転しそうになったので、覆い被さるようにして体重を前方に預ける。中学の頃は3秒程度はできたはずだが、吸血鬼になり身体能力は上がっていても“慣れ”は失ってしまったらしい。少し衰えを感じた。
「凄い!凄いぞっ!」
「じゃあ今日はコレ練習してみるか?怪我すると思うけど」
「構わぬ!もっと自転車で遊びたいからなっ!」
「そんじゃまずは〜……自転車乗りながら蹴りで前半分浮かせるとこから────」
その時、地面に一つの人型の影が映った。頭のミミズクのような妙な形の影は……間違いない、豊聡耳神子だ。気配を消して接近されたからか、影を見るまで奴の接近に気付けなかった。
「コラ、布都っ。自転車で遠出するなとあれほど言ったのに、こんな所で一体何をしているんだ。もう、風見幽香のナワバリに入ってしまうぞ?」
「あっ、太子様!?」
「ゲッ、神子……」
「お前か、うちの布都を連れ回したのは。遂に、幼女のみならず布都まで拐かすようになったか」
「はー?拐かすなんてそんな、人聞きの悪いこと言うなよなぁ」
「……相変わらず性欲が強いヤツだな……」
「耳当てしてるのに分かっちゃうもんなの?」
「格別に性欲が強すぎるんだよ、お前は。睡眠欲なんて殆ど無いぞ。生と死の欲が無くなっているのはまだ分かるが、睡眠欲まで少ないのは流石に理解に苦しむよ」
「夜通しヤッてる事もそれなりにあるからかな。一人になったら特訓する事もあるし」
「ふむ……。まぁ、身体は大事にするんだな」
「うーん、死ねばリセットできるからなぁ……。自然と健康にも無頓着になっちまうんだよね」
「不老不死とはいえ命や体は大切にするものだ。私達道士も不老不死を最終的な目標として修練を重ねているが、そんな事は絶対にしないと誓えるほどの固い決意だぞ」
「神子ほどになればな。俺は聖人じゃあねぇし、メンタルだって普通かそれ以下だ。……まともな大人のあんたとは違うんだよ。じゃあな」
吐き捨てるようにそう言い残し、俺は神子から逃げた。何だか、読まれたくない深層心理までも見透かされそうな気がして、怖くなったからだ。
◆
「逃げてしまった……。私の忠告は、彼には全く届かないんだね。残念でならない」
「ですが、さっき神子様のお言葉を伝えたときは
『ご忠告どうも』と言ってましたぞ!」
「理解したのか理解していないのか……。まぁ、大きな力には大きな責任が伴うということを理解せねば、彼は永久に変われないだろう。強者たる者の態度とは、それ即ち、力に対する責任を負うことだからね」
「そういうものですかなぁ。彼ならこのままでも全ての望みを叶えそうですがね!はっはっは!」
「彼も、持てる力に自分が見合うかどうか悩み、そして、力に見合う器になれるようにと日々努力しているようだ。我々は、そっと見守っておいてやろう」
「そうですな!」
因みに俺自身は2秒ちょいしかできません。3秒保てるかどうか怪しいですね。
犬夜叉に出てくる白童子、闇堕ちした布都だって思うと可愛く思えてきました。