永琳を倒した後は、かなりの快進撃を続けた。天魔とはこれまでも勝ったり負けたりだったが、俺の剣技が磨かれたからか、これまでよりも圧倒していた。その後、純狐の仙界に赴いてこれまた勝負してもらったが、高密度な弾幕を凍らせて、弾けさせたらそれに被弾した。
鎧を多用したのは言うまでもない事だろうが、それでいて「1被弾で敗け」というルールに俺が助けられたようなところがある。それに加えて、地獄の力を使わねばならないほど追い詰められたとも言える。
心優しい純狐は初め戦うのを躊躇っていたようだが、「私との戦いがあなたの為になるのなら」と、相手をしてくれた。
彼女が本気を出したかどうか定かではないが、それでも一応勝利は勝利だ。そう前向きに考えた俺は、満を持して、幻想郷の賢者である隠岐奈に挑むことに決めた。しかし、隠岐奈は────。
「やめとけ、やめとけ。戦う前から結果は見えているよ。永琳を倒したんじゃ、私はもうお前には勝てないだろうさ。……尤も、限られたルールの中では、だがね」
二童子を下がらせて俺への応対を始めたので、戦う気になったのかと身構えたが……どうやら、そうではないらしい。
「永琳の方が強いのか?俺はてっきり、永琳より隠岐奈の方が強いと思った。弾幕ごっこでは」
「そうではない。大して変わらん強さだ。ほんの誤差くらいだが、流石、奴は年季が違うからな。如何な権能、能力を持とうと、奴に勝つのは容易ではないよ。私でさえ……ね」
「……仮に大して変わらないとしても、永琳より隠岐奈の方が強いんだろ。これまではさ、殺す気だったから何とかしてたけどさ……ちゃんと勝負するとなりゃ……」
「ほほー、そんなに私を持ち上げてくれるのか。有難いことだねぇ。その想いが私の力を更に強くしてくれる」
「誤魔化すなよ、隠岐奈。勝負するかしないか、どっちだよ?」
「しないって。そう言ってるだろう。負けるのが怖いんじゃない、そこは勘違いしてくれるな?」
「知ってるよ。もし負けるのが怖いんだったら、こうして出てきてくれないよな。だからまぁ……隠岐奈としちゃ『戦うのは構わないが、やるだけ時間の無駄だから戦わない』ってことだろ」
「そうそう。察しが良くて助かるよ。わかったらさっさと紫の方へ向かうといいさ。それほど力をつけているなら、呼び掛けにも応じるはずだよ。
「応じなかったら?」
「応じるよ。間違いない。賢者として宣言する。八雲紫はお前の呼び掛けに応じる」
「ここの会話は?」
「絶対に聞かれてないし、見られてもいないよ。我々は基本的に不可侵だからね」
「そっか。わかったよ」
「何なら私が力を貸してやってもいいぞ?お前の目標は、特に幻想郷に危害を加えるものじゃないからね。ただのお前のエゴだ」
エゴという言い方に少々ムッとしたが、確かにその通りなので、特に言い返すわけでもなく閉口する。
「……その時になったらお願いするよ。紫さんはかなりの強敵だし……今の俺じゃ、勝てないかもしれない。けど、神から力を借りるのも、それは俺の力。俺一人で戦うワケじゃあないが……俺が一人で戦うのと変わらないからな」
「そうだな。神々から好かれ、力を借りることができるのも、それはお前という人物の能力だな。フフ、様々な神がお前に力を貸したがる理由が、やっと私にも分かった気がするよ」
「……?」
「『イマイチ分からない』って顔をしているね。清々しいほどに純朴なんだよ、お前は。きっと、他の神も同じ事を言っているだろう。お前自身が思っている以上に純粋だよ。ヘンに変わるなよ?もしもお前が根底から変わってしまえば、神々の寵愛は水泡と帰すことになるよ」
「……肝に銘じておく」
「難しく考えるな。お前はそのままでいいんだ。果たして、永遠に不変を貫けるか?……お前なら貫けるだろう。期待しているよ、心からね」
「ああ。ありがとう」
「戦勝報告、待っているよ。紫を負かして来い。応援しているよ」
「頑張る」
◆
「紫さん。勝負です」
幻想郷西部。そこは人妖問わず近付かない地。幻想郷には似つかわしくないほどの荒野。荒れた自然。自然の具現である妖精もそう多くはない。
つまり、強敵と戦うのにもってこいの地というワケである。
誰も居ない空間に向けて、呟くように呼ぶと、目の前の空間が縦に割れて、中から優雅に日傘を差している紫さんが現れた。
「どうしたのかしら、こんな所で」
「言った通りです。勝負です」
「あなたが力を求めて奔走しているのは何となく分かっていたわ。何故そこまで力を求めるの?」
「神々の器に相応しい妖怪に成る為。霊夢の下につく為」
「シンプルね。でもダメ。あなたと勝負したって何の得にもならないわ。あなたのエゴでしかない勝負なんて、私が対応する意味も無し」
「敗けるのが怖いんですか?まさかそんなことはないですよね?」
「安い挑発ね。そんな言葉で私を動かせると?」
「……なら聞きますけど……何で俺の呼び掛けに応じたんですか」
「癇癪を起こしたあなたが何をするか分からないからね」
そんは言葉を聞くと、ふと、思わず喉の奥からくつくつと笑いが漏れてきてしまう。
癇癪ときたものだ。確かにそうかもしれない。俺が癇癪持ち。成程、そういう見方もあるのだ。思い付きもしなかったことだ。
けれども、それを抜きにしてもまだ笑える事がある。隠岐奈の予想がものの見事に的中しているからだ。正直、賢者としては紫さんがトップで、次点で永琳、その次にサグメ……みたいに、俺は考えていた。けれども、その認識を大いに改める必要がありそうだ。
「何を笑っているの?」
「少しだけ、紫さんの底が見えた気がして」
「……」
ピクリと僅かに眉が動いた。知り合って数年、全く底の見えなかった紫さんだが、隠岐奈の話と心からの言葉への反応を見て、僅かにだが希望が見えた気がする。
強敵を倒すのに大いに利用してきたあのルールならば、俺にも可能性はある。
「ちょっと天狗になってるわねぇ。少し、お灸を据えてあげるわ」
「じゃあルールを設けましょうや。枚数無制限、1被弾で敗け。これでどうすか」
「へぇ……。まさか、あなたがルールを設定して戦うとはね。それが、あなたの得意なルールね?それでいいわ、ノッてあげる」
《んー、得意なルールと知っていてノッたのか。これでもし負けても言い訳ができたな。「相手が得意なルールだったから」……と》
《構わないさ。隠岐奈も分かってるんだろ?》
《勿論。事後に何を言おうとも、言い訳は言い訳でしかない。勝利という事実が濁る事も覆る事もありはしない。思いっきりやれ》
《勝つ。どんな手を使っても……》
紫さんはかなり強いと思う。しかし、俺は成長した。自分の身体を凍らせる事も、燃やす事も、もう無くなった。紫さんの能力はチート級だし、実際にチートだろうが、地獄という「世界の力」には勝てないはずだ。
この力は、世界「そのもの」だ。それを上手く使いさえすれば勝てる。心を強く持てば勝てる。俺は、ルールと神々に守られているのだから。
「そちらからどうぞ?挑んできたんだからね」
「ええ、勿論です。本気でやらせてもらいます。覚醒『生命の輝き』」
《むっ、早速私の出番か。だが、それでいいッ!短期決戦だ!そこにこそ、お前に勝機がある!》
本来は、俺自身の生命力を代償に全ての能力を底上げするのだが、今回のは少し違う。隠岐奈に助力を求めているので、俺の背中に扉が出現し、擬似的にではあるものの、里乃と舞が俺の後ろで踊っているような状態になったのだ。
「その力…………いや、まさかね……」
そのまさかなんだよ、とは言わないし、顔にも出さない。恐らくだが、紫さんと隠岐奈は互いに手の内を知り尽くしている。もし対策をされたらまずいかもしれない。
「野原を荒野に、荒野を地獄に変えんとす。爆撃『失われた
「最初の大会で霊夢に使ってたヤツね。中々綺麗だし、弾幕の濃さも中々……ああ掠っちゃった、まずいわね、被弾も時間の問題かしら」
「こんなんじゃ絶対に被弾しないクセに。大方、俺のテンションを上げる為のブラフでしょう?」
「……」
「わざと掠り続け、俺に『もう少しでいける』と思わせ、そこに漬け込む。違いますか」
「……」
「何とか言ったらどうなんですか、紫さん」
「一度でも被弾させたら、ね。そう……じゃ……空餌『中毒性のあるエサ』」
「ッ!?無視すか、なんかご機嫌ナナメ……?」
どこか冷たさを感じる柔らかな笑みをその顔に貼り付けたまま、無機質にスペルの宣言をする。様々な方向からレーザーが飛んでくるが、身体を捩ったり、相殺したりなどして防ぐ。
《どうしたどうした、今日はやけに冴えてるな?何か悪い物……いや、良い物でも食べたのか?》
《良い物なら、いつも食べさせてもらってるよ。テンションが上がると頭も冴えるんだ。何をどうすればいいのかわかるし戦局を俯瞰的に見れる。だけど……ダメだ。このままじゃ、大事な戦いのときは毎回舞ちゃんと里乃ちゃんに頼っちまう。隠岐奈にも頼るかもしれない》
《良いんだ、こき使ってやってくれ。あの子達もお前の為に踊りたがっているよ》
《へへっ……じゃあ、1対多ができる時は後ろに来てもらおうかなぁ。直接声が聞こえた方が……やっぱり、やる気は出るもんな》
《…………お前、本当にどうしたんだ?今日は、口調が柔らかいな》
《そう……かな。自分じゃ分からないな。けど、隠岐奈のお陰で、数年越しの願いが叶うんだ……テンション上がってきたよ》
《そうか?それなら良いんだが…………?》
表向きは黙って回避しているが、中々に速く、キツい弾幕の包囲網だ。結界でもないのに様々な方向から放たれるだけで弾幕結界と見紛う程だ。それだけ高密度な弾幕という事だろう。
「あらあら……激しかったスペルもオシマイね」
《袿姫。お願い》
《任せて!》
「巨人『速度特化兵器・
魔法で5m程の巨大な肉体を創造してやれば、袿姫が俺という器を通して命を吹き込む。すると爪と顎での攻撃に特化した巨人、「顎の巨人」が目を覚ます。
攻撃対象を目にするや否や、土埃を飛ばしつつ紫さんへ飛びついていく。紫さんはスキマに入り回避するものの、姿を現さなければキチンとした戦いにならない故に仕方なく姿を見せる。
すると顎は、大玉且つ速い弾幕を放っていく。俺の巨人シリーズのスペルは奴隷系のスペルだ。だから、物理攻撃も弾幕攻撃も可能である。
《素晴らしいわ!巨人……あぁなんて素晴らしい生物なの!ひたすら獲物に向かう……まるで獣!拳、爪、顎での強力無比で無慈悲な攻撃に加えて弾幕まで使える!創作意欲が掻き立てられるわ!エスカルゴくん!今度は、巨人埴輪の相手をしてもらうから、覚悟してね!》
《袿姫。約束を取り付けるのは別に構わないが、今こいつは大事な戦いの最中だぞ》
《あ、それもそうね。にしてもエスカルゴくん、あなたはまさに「イドラディアボルス」ね……!本当、あなたという人材を見つけられてラッキーだったわ!》
《「イドラディアボルス」ってのは確か、袿姫、お前のスペル名じゃなかったか?》
《あ、うん。でもこの言葉の意味はね────》
《イドラは……偶像、アイドル。ディアボルスは悪魔。……だったよね》
《そうそう、流石エスカルゴくん!》
《確かに合っているかもな。……じゃなくてっ、お前は戦いに集中しなさいっ!》
「顎、最期の仕事だ」
軽く「目」を握り潰すと、顎の巨人は、巨大な肉塊となり爆散する。血塗れの肉がドチャドチャ降り注ぐが、紫さんはそれすらも回避していく。
不可思議な足捌きだ。妖夢のような素早さも、幽々子さんのようなフワフワした感じもしない。それなのに全弾回避している。
「幻巣『飛行虫ネスト』」
白いスキマのようなものが、所々に開かれる。するとそこから普通の弾幕より少し速め、そして細長く白い弾幕が飛んでくる。真っ直ぐ向かってくるなら良かったが、適当にバラバラ飛んでいるものもある。ああいうのは地味だが厄介なのだ。
《紫にこれ以上スペルを使わせるな、短期決戦を心掛けろ》
《分かってる、でもこれは攻めんのキツい……》
《違う。これはチャンスだ。最も高密度になった瞬間をその目で見切り、アレを発動するんだ》
《……了解……ッ!!》
回避に齷齪していると隠岐奈からアドバイスが飛んでくる。これ以上使わせるなとのことだが、どうにもこうにも、中々隙を作れない。しかし、そこをどうにかしなければならないのが現実だ。甘えたことは言ってられない。
「もう少し我慢した方が良いのか……?いいや!限界だ
俺を中心にして強烈な冷気が溢れ出す。それはチルノやレティとは比較にならないほど猛烈で、且つ速やかに広がっていく。
「ッッ────!?」
凍った弾幕に新たな弾幕が触れ、それも凍る。すると数珠繋ぎになるように凍っていき、やがて紫さんは白いスキマのようなものも封じられて、弾幕を発射不可能となる。
(どういう、事なの……?エスカルゴはこういう魔法は使えないはず……。使えるようになった?いや、有り得ないわ……。というより今、彼から魔力を感じなかった。となると魔法の類ではないはずよね。ハドマは紅蓮地獄を意味する言葉ではあるけれど、きっと比喩表現よね。本物の地獄の力なんて一介の妖怪には扱えないんだから……。じゃあこれは、一体……)
「ばん」
「ッッ!??」
凍った弾幕で詰まったスキマが閉じられる前に氷塊を弾けさせる。そうすると様々な方向に弾幕としてバラ撒かれて、戦闘中であるにも関わらず不意打ちが成立してしまう。
「くっ……!?あ、危ない……ッ」
「
「やったわね……!?」
傘で不意打ちを防いだものの、明らかに体勢を崩した。彼女が完全に体勢を立て直すまで2秒と俺は予想した。
《諏訪子、頼む!》
《はいよっ!いっけぇエスカルゴ!紫にトドメをさせー!》
《うわ、諏訪子……!急に叫ぶな、バカ!私までビックリしたじゃあないか!》
地面に潜って弾幕を回避し、紫さんの真後ろへ移動する。そして諏訪子が地面から岩盤のようなものを飛ばす要領で、地面ごと紫さんを投げた。
「はっ……!?」
「喰らえ!雷極『夢想封印・迅雷』ッッッ!!」
「まだよ!結界『魅力的な四重結界』っっ!!」
「ッッ……畜生、悪足掻きをっ……」
「フ、フフフ……悪足掻きはどっちかしら!?」
夢想封印は全て防がれた。しかし、四重結界は未だ健在。こうなると結界を壊すしかなくなる。もしくは、結界諸共紫さんを斬るしか────。
《斬れ!紫を真っ二つにするわけじゃないんだ、斬れ!それでお前の勝ちになるッ!》
「霊剣『布都御魂剣』ッッ……!!終わりだァ!
『天衣無縫斬』ッッ!!」
「──────っっ……」
布都御魂剣の神の力を最大限に引き出し、結界諸共、へその辺りを真一文字に斬った。すると、表層だけを斬ったにも関わらず、紫さんは胴体の真ん中から真っ二つになり、上半身だけの状態で襲いかかってきた。
「うっ……!?」
「残念、斬れてないわ。自分から分離したのよ」
「くっ、う、うおぉぉ……っ……」
「……ちょこまかと……っ!」
「俺は勝つんだ、勝たなきゃあダメなんだッ!!これで終わりだァ!!
弾幕の回避は難しく、全身を掠ってしまうが、魔法陣を大量に設置しレーザーを放つと、彼女の下半身がレーザーに思い切り被弾して、呆気なく後方に吹き飛ばされた。上半身の方はというと、割と回避しているようだった。
「なッ…………ど、う……して……ッ…………」
下半身はその場に立っていただけだったので、恐らく分離して自由に動けるのは上半身のみだと考えられる。
被弾後は分離していた半身同士は合体し、元の紫さんに戻った。被弾した足が痛むのか、まるで怪我で足を痛めた人のように足を摩っている。
「ハーッ……ハーッ…………お、れの……勝ち、ですね…………ッ!」
魔力が限界まで枯渇している。生命力もかなり削られてきている。しかし、だからこそ勝てたと言える。力が抜けかけている両足にどうにか力を入れて、地面に膝をつくのを堪える。
「……………………敗けたわ。よく、私の攻撃を避けきったわね。危なかったようだけど……」
「対戦、ありがとう……ございました……」
「……………………………………………………」
黙ってスキマを開き、紫さんは帰って行った。悔しがるような人ではない。きっと、俺の能力の由来を調べることだろう。しかし滅多なことでは地獄という由来には辿り着けない。
《…………》
《どうした?勝ったのに酷く静かだな。トドメの瞬間だけはテンションが上がったようだが……》
《……何だろう……勝ったのは嬉しいんだけど、地獄の力を使う度に胸が痛くなる……》
《何っ?へカーティアに代償でも課されたのか?妖怪だし、よもや心臓病の類ではないと思うが、どうも気になるな。へカーティアからツッコミも無いし、どうもきな臭いぞ》
《そんな気がするなってだけだよ。代償だとか、そんな話は聞いてないし。それにへカーティアがそんな事をするとは思えない》
《……信頼しているんだな。良い事だ》
《……そう、なるのかな。うん、きっとそうだ。じゃ、そっち行くね》
《あぁ、早く来なさい。直接祝いたいからね》
胸はちくりと痛むが、紫さんに勝つという俺にとっては大層な目標が達成できた。これで、俺の強化特訓には一区切りといったところだろう。
けれども、最終目標であるへカーティアには、まだまだ遠く及ばない。どうにかしてもっと力をつけなくてはならないだろう。