「あー!うー!ちゅーちゅっ!えーちゅ!」
「……おはよう、緋月。今日も晴れだぞ〜」
ベビーベッドに凭れてウトウトしていた俺は、緋月の怒り混じりの声にて目を覚ました。徹夜は確かに得意だが、ついウッカリ中途半端に眠ってしまうと緋月に起こされるまで眠ってしまう。
一週間もすれば娘もそれを学習したのか、俺を起こす時には一丁前に俺を呼ぶようになった。
因みに「ちゅーちゅ」はご飯……つまり母乳を指していて、お腹が空いたからお乳を飲みたいと言っているのだ。「えーちゅ」は俺のことだ。
「あいっ!ちゅちゅ!」
「あぁ、そろそろおっぱいの時間だな。ほんと、規則正しいねェ……」
毎回、別の幻想郷に行って炎火に負担をかけるのは迷惑になると思うので、巫月と同様に日光に弱かった緋月のことは母さんに頼んで日光流水等全ての余計な体質を消し飛ばしてもらった。最強すぎる母を持って大変幸せだ。
「あっ、緋月おはよー!エスカルゴもおはよー。ご飯出来てるから食べちゃってね。てゐと巫月も起こさなきゃ……。姫様達はもうご飯食べたよ」
「おはよ。2人起こす前に緋月に飲ませてくれ。哺乳瓶は相変わらず夜のうちに飲み干したよ」
「良い飲みっぷりね。最近夜泣きはどう?結界でこっちまでは聞こえてこないけど……」
「夜泣きはしないね。大体、3時間おきくらいに目を覚ましてお乳をオネダリするだけだな。少し飲んだらまたすぐ寝るんだけどね」
「で、エスカルゴもつい寝ちゃうんだ?」
「バレた?そうなんだよなぁ、黙って座ってるとつい寝ちまうんだよな。眠くないはずなのにね。でもさ、結界は防音だけじゃなくって緋月の脱走防止も兼ねてるから、寝ても大丈夫だと思うよ」
「だったらちゃんと寝た方がいいわ。というよりそろそろ4人同じ部屋で寝ない?巫月、なんだかオナニーの回数増えてるし……あの子は喘ぎ声も大きいから、波長操らないと結局不眠になるわ。私が言うのも変な話なんだけどさ、そろそろ相手してあげて」
「そうだな。今夜からは一緒に寝よう」
「あーでも、緋月がハイハイし始めてからの方がいいかなぁ?首は座ってるけど、ある程度は安定してからの方がいいだろうし……」
「今日のお昼にはハイハイするよ。
「そうなんだ!やっぱり早いわねー♪」
「吸血鬼の血のお陰だな。純粋な玉兎ならもっと成長が遅い」
「そうなの?なんで分かるの?」
「巫月が乳離れしても、それからも結構長い間、鈴仙から母乳が出続けてたしな。てことは、本来ならもうちょっと長い間は離乳しないんだろう。この子もきっとそうだ」
「成程〜……私は純粋な玉兎だから、大体の期間なら推測できるんだ……」
「そゆこと。そう考えると吸血鬼の血はめっちゃ便利だな、色々と役立つ」
「ある一定までの成長は早く、そこから緩やかに成長する……。親に優しいシステムね」
「ホントだな〜」
朝は鈴仙の母乳を直接飲ませる。その間に俺は朝食を済ませ、夜間使った哺乳瓶を洗っておく。搾乳器で搾乳するのは合間を見てだ。
飲む頻度は他の子と変わらないが、量がかなり少ない為、緋月は少食な子だと思われる。もしも吸血だけをさせたら、レミリアのように服を血で汚すだろう。
「寝てるとなぁ、緋月が起こしてくるんだよな。えーちゅ、えーちゅってよ。学習能力は高ぇし、口は達者だし、巫月みたいな子になりそうだ」
「巫月も成長は早かったしね。……もう、お乳と血を一緒に飲まれるのも慣れたわ……」
「やっぱ吸血もされてるのか」
「うん。巫月もそうだったけど、器用よねぇ……どうなってるの?」
「俺も後でお乳吸いたいんだけど良いかな」
「もーっ、搾るんだからダーメ!」
「ちぇっ」
てゐと巫月も呼んできて、鈴仙とバトンタッチして今度は俺が緋月の面倒を見る。その間、集合した兎3人は朝食を摂る。
「それにしても相変わらず成長早いウサね。もうハイハイしそうな勢いじゃん」
「そうよねぇ。巫月もああだったしね」
「そーなんだ。あんまり覚えてないなー……」
「そりゃ、覚えてたら記憶力化け物だわ〜」
「……だけど、初めての子育てで焦ったりしてるエスカルゴを覚えてないのは……寂しいな……」
「朝から重い、重すぎるウサ……」
そんな兎3人の会話を聞いて、俺はひっそりとクスクス笑っている、そんな朝。
父親を追いかけようと必死に這いずる緋月は、とても可愛らしく、努力する意思が感じられる。
「そうだ、鈴仙。夕方って時間あるか?ちょっと出掛けたいんだけど、その間は緋月の面倒任せていいかな?ある程度の家事は終わらせとくから」
「……彼女?いいよ、行ってきて」
「サンキュ。巫月も、鈴仙のこと手伝うんだぞ」
「わかってるよー。誰のとこ行くの?」
「まぁ……俺を縛りたがってるイケナイ子のとこだよ。寂しがり屋だから、定期的に会わないと」
「ふーん……?」
「……違ったら悪いけど、もしかしてその指輪の子だったりする?」
「そうだよ」
「あー、やっぱり。見慣れない指輪だなーって、ずっと思ってたの」
「は、ははは……。泥沼な関係になりそうで少し怖いくらい────」
「えぢゅっ!!」
「ゔっ」
追い付いた緋月が、腹に頭突きをブチかます。頑張って父に追い付いたのがよほど嬉しいのか、まるで飼い主に甘える猫のようにスリスリと頭や顔を擦りつけてくる。
「おーおー、もしかして緋月もエスカルゴラブ?この親子、ヤバい奴しか居ないウサ?」
「なわけねーだろ……」
よしよしと撫でてやると、とても目を輝かせて見上げてくるから本当に愛らしい。俺が吸血鬼で本当に良かった。人間の子守りは、こりごりだ。昔は弟の面倒を見ていたが、本当に大変だった。
人間に比べて精神に重きを置く妖怪だからか、精神的な成長が凄く早い。だからなのか、やたら泣きまくることが無いので、こちらとしても色々助かっている。
「えちゅっかぁ!」
「はいはい、パパのエスカルゴだぞ。言ってみ?エ・ス・カ・ル・ゴ。エスカルゴ」
「え、ちゅ、か、う、ごぉっ!」
「良お〜〜〜〜〜〜しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!!大したヤツだ緋月、お前は!」
「あぅっあーぃっ♪」
「……鈴仙。あんな感じで褒めまくるから、娘がアイツラブになるんじゃない?鈴仙もあんな風に褒めまくってみたら?中和するかもよ」
「そうねぇ……でも褒めるばっかりじゃあ……」
「叱るのはまぁ、お師匠様に任せりゃーいいさ」
「アハハ……」
「それにしても、何でそんなに褒めてるんだろ?不審者みたいでキモいウサ……」
「エスカルゴは褒められて伸びるタイプだから、子供達にもそう接するようにしてるんだってさ。鈴仙とか彼女には普通に接してるけど、子供には甘々なのはそれが理由らしいよ〜」
「「なるほど〜……」」
朝から何を話しているのやら。今日の夕方は、数日ぶりに鯢呑亭に行こうと思う。美宵ちゃんは俺を縛ろうとするほどの依存体質らしいし、娘が産まれても鯢呑亭通いは定期的に続けなくては。あの子は、娘とは別ベクトルで可愛すぎる子だ。
「お母さんの名前は言えるかぁ?鈴仙だぞ鈴仙。れ・い・せ・ん」
「え、い、ちぇ、んっ!」
「ンッン〜〜〜可愛いぞ〜緋月〜!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!!」
「あきゃー!ったーぃ!」
「……アイツ、やっぱり親バカウサ」
「否定できないわね」
「できないね」
「あ〜?別に親バカじゃあねぇぞ?めんこいから可愛がる、ただそれだけだ」
「そーゆーとこウサ、そーゆーとこ!」
「んな事言ったって……。なぁ、緋月?てゐにもお前の可愛さ教えてやれ」
と言ってはみるが、まだまだ赤子の緋月がその言葉を理解する事は叶わず、ペシペシと俺の顔や身体を叩いてくる。
「あ、う、くぃ?」
「うんうん、おすわりしてるね」
「おちゅあい!」
「お?」
緋月は胡座かいている俺の膝に手を付き、少し震えながら腰を上げる。すると、ハイハイどころではなく、いきなり掴み立ちをした。
「あっ!?鈴仙!鈴仙!鈴仙ッ!!」
「どうし……あっ!立ってる!!」
「たぁた!れちぇん!れ、ちぇんっ!」
「あ、歩いて大丈夫かっ……!?あ、あぁっ……こ、怖ぇ〜……ッ」
胡座をかく俺の足に体重をかけ、横ばいに歩く緋月。まだ支え無しで立てない事を、幼いながら理解しているようだ。流石は鈴仙の血を引く者。馬鹿ではないらしい。
「因みに、昔の巫月は一人で立とうとして何回も転んでたわ」
「そ、それがフツーだもんっ……妹とか見るに、それが普通だし!」
「フフ、それもそうね。緋月は自分のできる事、できない事をすぐ理解できる子なのかもね」
「あとは、これが吉と出るか凶と出るか、だな」
「何言ってんのよ、エスカルゴ。そんなの、吉に決まってるじゃない」
「一概にそうとは言えねぇと思うけどな。例えば俺vs魔理沙だ。魔理沙は、少し前までは俺に負け続けてた。でも、諦めず努力し続けた結果、今は俺が負け続けてる。……負けた時点で、『これが私の限界だ』って決め付けなかったからこそだ。もし緋月がこのままで育つなら……そう、例えば霊愛に負けたとして、『私は霊愛に勝てない』と考えてしまえば、霊愛に勝つ努力を諦めてしまうだろうな」
「……つまり、何よ?」
「たまには無謀な挑戦も必要ってことさ。それを乗り越えてこそ、真に成長できるってもんだよ。戦闘面でもそれ以外でもね」
「うーん、そうなのかなぁ……」
「緋月には、簡単に諦めるような子供にはなってほしくないな」
「まぁ、それはそうよね。諦めてばかりだと全然良い方に向かわなさそう。……人生が」
押し付けるつもりは無いが、緋月にはなるたけ色々なことに挑戦してほしいものだ。それだけ、この子の経験値が増える。
「……あ、そうだ。おい、緋月よ」
「う〜……?」
「飛べるか?こう……翼を動かすんだ。バサバサ動かすんだよ」
「うーっ、うー……?」
「ちょっとー、室内で飛ばせないでよ?せめて、外で飛んでよね」
「……だってさ。鈴仙はケチんぼでちゅねー♪」
「……?」
飛べないのか飛ばないのか、緋月が飛ぶことは無い。巫月はさっさと飛んだが、果たして緋月が飛ぶことはあるのだろうか。
食後は鈴仙と巫月が緋月の面倒を見て、てゐはどこかに遊びに行き、俺は家事に取り掛かる。
冬の洗い物は指が酷く冷たくなるので、普通の奴にはかなり苦痛だ。だがチルノとの触れ合いに慣れている俺は、この程度の自然な寒さにはもう耐性ができている。
「何時に
「えーちゅ!えちゅかー!」
「お、ハイハイしてる」
「あ、コラ緋月!邪魔しちゃダメでしょ!」
「はは……洗い物してる俺の足元に来るってのに血筋を感じるねぇ。なぁ、鈴仙」
「ふふ、ホントね。ま、巫月は洗い物のみならず何処へでもついて行ったけど」
「トイレにまでついてきた時は鈴仙に苦労かけたよなぁ。引き離すの大変だったっぽいし」
「ホントホント。翼動かしてまで必死に私に抵抗するんだもの」
「もー、さっきから私と緋月比べてさぁ〜……。そんなに似てるのー?」
「「似てる似てる」」
「……エスカルゴと鈴仙がハモるなんて久しぶりじゃない?」
「そうかぁ?へっへへ……」
「確かにそんな感じするわね」
そんな風に笑い合っている間も、俺の頭の中は別なことでいっぱいだ。生後一週間の割に緋月は巫月より成長が早いような気がしないでもない、ということだ。
もしかしたらこの子は、あるとき突然にグンと成長するかもしれない。
◆
エスカルゴは彼女の所に行った。こっそり私にだけ教えてくれたけど、人里の居酒屋に向かったらしい。人間じゃない子が看板娘らしいけれど、どんな子なんだろう。エスカルゴのことだから、エッチな子なのは間違いなさそう。
「巫月、ちょっと緋月の面倒見てて。お手洗い行ってくるから」
「はーい」
「れーちぇん!れぇちぇん!」
「ついてきちゃダメよ〜緋月、巫月お姉ちゃんと居るの。いーい?」
「いーい!いーいっ!」
意味を理解していないのか、そう言いながらもハイハイで鈴仙に向かっていく。この子も吸血鬼みたいな強い力を備えているから、こんな室内で暴れさせるわけにはいかない。
こうなったら────。
「れーちぇんっ!えーちゅかうー!たぃー♪」
「……鈴仙とエスカルゴの幻覚を
「便利な能力ね……ありがと巫月」
「暴れられたら困るからね〜」
鈴仙が部屋を出た所で、幻覚を消した。すると緋月は急に消えた二人を探すようにキョロキョロ周囲を見回す。そこで、手を鳴らしながら緋月を呼んでみる。
「緋月ー、お姉ちゃんここだよー?」
「み、じゅ……きっ!」
「そうそう巫月だよ、こっちおいで?エスカルゴばっかりじゃダメだよ?好きになっちゃうもん」
「ちゅ、きぃ?」
「そ。これ以上懐いたらダメだよ?エスカルゴは私のなんだから」
「えちゅか、うお…………わら、ちの……?」
「あー、あと、鈴仙とサグメのね。ラブの間には割り込んじゃダメなんだよ?緋月は良い子だから分かってくれるよね?」
「んっ!」
「うん、いい子いい子。健全に育ってねー♪」
「いーこ!いーこ!わらち、いーこー♪」
戻ってきた鈴仙が、ニッコニコしている緋月を見て目を大きくさせている。鈴仙とエスカルゴにばかり懐いているのを知っているからなのか、姉である私に笑顔を向けているのは、意外に見えたらしい。
「馴染めそうでよかったわ」
「うん。もう大丈夫だよ」
「……くれぐれも姉妹で百合プレイしないでよ?エスカルゴが喜んじゃうから……」
「分かってるよー」
「わかてう、わかてうー!」
「あら緋月、お喋り上手さんね!上手よ!」
「じょーず!」
緋月の言い方だと何故か巨大な魚を思い出してしまうのは何故だろう。昔、えいが?か何かで、見たことがあるような無いような…………。薄らぼんやりしている記憶だけ残っている。あとで、エスカルゴに聞いてみよう。
「……こうして見ると、妹って可愛いんだね」
「っ!?……ど、どうしたの、急に……?妹ならこれまでに10人以上……」
「ううん、これが初めてだよ。ここまで妹と長く一緒に過ごしたのは……」
「…………ふふっ……そうね。あなたもしっかり可愛がってあげてね」
「任せて。お姉ちゃんだもん」
「頼りにしてるわ♪」
思えばこの一週間、緋月の面倒を見ていたのは鈴仙、エスカルゴ、たまにてゐ、サグメだった。私は全く面倒を見てこなかった。いや、見る機会自体が無かった。
けれど、短時間とはいえこうしてちゃんと妹の面倒を見てみると、何だか急に愛着が湧いてきた気がする。これまでは、どこか他人事だったのに変な気分だ。
これからは、もう少し私からも緋月に関わっていきたいと思う。そうすれば、緋月だけでなく、私も成長できる気がするから────。