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博麗神社に住み込んでから約1ヶ月。末っ子の霊魔もある程度成長して、先日は弱点も無くしてもらったので、とうとういつも通り各所に泊まる通い夫的な生活に戻る事になった。
それはそれで嬉しいが、俺はあることがずっと心のどこかで引っかかっていた。
衣玖さんとの娘・魅玖が産まれてから、一度も天子に会っていない。随分とまぁおかしな話だ。最盛期は数日に一度、少なくとも1ヶ月に一度は地上に降りてきていた天子だというのに、正確な期間は覚えていないものの少なくとも半年以上は会っていない。
あれだけ執拗く付き纏われていれば、長いこと会っていなければ逆に心配になるというものだ。そこで、末っ子も育ち各家々を巡ることになれたことを利用し、軽く天子を探してみようと思う。
一巡の途中には天界も────衣玖さんの家も含まれているのだが、天界に行っても奴に自然と出会うことは決して無かったからだ。
思い立ったが吉日と言うので、俺は、昼の内に行動に移した。天子の家はずっと昔に把握済み。スキマを開いて天界へと移動した後、警備などにバレないようお屋敷の裏手へ回り、改めて気配を探る。
────天子は、自室に篭っていた。室内にも関わらず帽子を被り、ベッドで体育座りをして、窓の外をただボーッと眺めている。そのあまりの廃人のような様子に、一瞬別人かと目を疑った。
少し躊躇いつつ彼女の部屋に入るが、気付いた様子は見せない。そこで、わざとらしい咳払いをしてやると、無表情で、目の光を失った天子が、気だるげにこちらを見た。
「…………………………え…………?」
「やっと気付いたか。気配隠してねーのに、全然気付かないじゃあねぇか」
「……本、物?いや、ウソよね……?ご主人様が私に会いに来るはずないもの……」
「なんだよ、会いに来たらダメか……?また痺れさせるぞ?」
「……!本物だ……っ!」
バチバチ帯電して見せると、天子は途端に目を潤ませて飛びついてきた。普段なら避けたり軽くいなす俺も、今回は彼女を受け止めて、強く強く抱き締めた。桃のような甘い匂いが、何故か酷く薄まっているように感じた。
「それにしても……どういう風の吹き回し……?ご主人様から私に会いに来るなんて、これまでに1回も無かったのに……」
「お前が全く地上に来ねぇからだろが。ったく、何してんだよ?」
「そ、それはそのっ……ほら、ご主人様、子供が立て続けに産まれたって、衣玖から聞いたのね。だから、育児の邪魔しちゃダメだって思って……それで、ずっと我慢して────」
「嘘つけ」
「え……?」
「お前がそんな気遣いをするかよ。上の4姉妹が産まれた時、下の4兄妹が産まれた時……。何度来るなと言ったかわからん程、下に来たクセに」
「……」
「子供が立て続けに産まれたのは、せいぜいここ2ヶ月の話だ。お前、それ以前も来てねぇだろ。この前の地底のトーナメントに来てたのは、夢の世界の天子なんだろ?コンビ組んでた針妙丸も、どうやら本物じゃなかったみたいだし」
「え」
「めっきり姿を見なくなったから、隙を見て話しかけたんだよ。天子は話す機会が無かったから、針妙丸に聞いたんだけど……夢の針妙丸が、夢の世界から夢の天子を連れ出したんだそうだ。また小槌でも使ったんだろう。ま、連れ出した理由は教えてくれなかったんだけどな……」
「……夢の私、楽しそうにしてた?」
「それなりには、な。だが現じゃねぇ以上それは紛い物でしかねぇよ。……だからさ。久しぶりに地上に降りてこいよ。気が済むまで遊ぼう」
すると天子は一瞬驚いたような表情を覗かせ、帽子を目深に被って目元を隠し、目尻を指で拭う素振りを見せた。鼻をスンスンと鳴らし、静かに嗚咽を漏らし始める。
「ありがとっ……嬉しい……」
「なら今から行こうぜ。夜まで遊ぼう」
「でも……ごめんなさい……。それはダメなの、ご主人様……。今の私は
「は?」
「私が暴れられないように、一定以上の力を解放しようとすると苦しくなる術も、重ね掛けされているみたいで……もう私に自由は無いの……」
何だそれは。まるで西遊記の孫悟空の頭にある
「物を媒介とする術はより強く効く。ご主人様も知ってるでしょ……?私に掛けられている術は、この屋敷を媒介としてる……」
「首輪をつけられた上、リードで固定されてる、みたいなもんか……?行動範囲まで限定されてるなんて、軟禁じゃねぇか」
「そう……まさにそうね。皮肉なものよね、私にとって首輪は快楽の象徴だったのに……今じゃ、私を縛る呪いの象徴でしかないの……」
「……ふざけんなよ、オイ。この俺以外の首輪を受け入れるんじゃねぇ」
「受け入れてなんかない!強制的にやられたの!天人としては私の方が強いけど、呪術的なことはお父様の方がずっと上なの!無理なのっ!術さえ使われてしまえば私はもう逆らえない!!」
「だからって諦めんのかよ」
「諦めたくないに決まってるでしょ!でもっ……屋敷を壊そうとすると苦しくなって、能力を維持できなくなるのっ!この忌々しい屋敷さえ壊せたなら、私はすぐ地上に舞い降りるのにッ!!」
「なら俺がやる。それでいいだろ」
「っ……!?それはダメ!天界は清き人間が昇る世界!地上の者がそんな所を破壊するだなんて、聖者を殺害するに等しい大罪なの!そんな大罪、あなたには背負わせられない!」
「上等だよ。お前が地上に来なかった間に、俺が何をしてたか分かるか?……八熱地獄の、全ての地獄に落ちる罪状を一つ一つこなしてたんだよ。だから今の俺は、八熱地獄だったらどの地獄にも当てはまる。かの無間地獄にもだ」
「え」
「そこまで言えば、もうわかるよな。
「……そう、だったの……」
「ああ。だからどうか、これ以上は汚れられないほどに汚れきっているこの手を……今は、お前を解放する為だけに、使わせてくれるか?」
握手を求めるように右手を差し出すと、天子は両手でその手を握り……俺の腕を引くようにして手を抱き締めてくれた。
「うんっ……♪」
「なら良かった。じゃあこれからは逃避行だな。けど、その前に言っときたいことがあって……」
「なぁに?」
これから言う言葉は、過去の俺自身を否定する言葉。本当は言いたくないし、言うべきではない言葉なのかもしれない。しかしそれでも、本人を前にしたら、想いが止められなくなった。
「……好きだよ。天子」
「えっ……」
「『愛してる』とは言わない。これまで散々軽くあしらってきたし……っつーか、俺のこの想いはきっと愛じゃない。でも……好きだ。お前が全く来なかった期間さ、俺は自分で自分がおかしいと思ってた。付き纏われて心底鬱陶しかったはずのお前なのに、いざ来なくなると心配になってさ。何だかんだ言って、お前ももう俺の日常の一部になってんだよ。だから来い。俺と来いよ。地上に来たって天人なのは変わらないだろ?永く楽しく気楽に、楽しいことだけして生きてこうぜ」
「っ……」
「天子は、何年もの間ずっと俺んこと好きだって言ってくれた。その想いがまだ変わってないって言ってくれるなら……受け入れてほしい、かな。いや別にお前の言葉に答えようって事じゃない。ペットとご主人様っていう、この関係は変えないつもりだよ。でも……別に構わないだろ?可愛いペットのことも、好きになったってさ。もっと、もっと強く、天子を縛ってやりたいんだッ……」
「わっ……私も、ご主人様が好きっ……大好き!あなたにならどれだけ縛られてもいい、どれだけ束縛されてもいいくらい……!」
「天子っ……」
「んぁっ……ご主人様ぁ……♡」
ゆっくりと、味わうように抱き合いながら唇を重ねてみると、天子の部屋の重厚な扉が勢いよく開け放たれる。
そこには、荘厳な顔付きの背が高い中年男性、周囲には彼の護衛と思われる武器を持った男達、そして衣玖さんのような服装の女性が数人居た。竜宮の使いか天女だろう。
「……貴様かァ……!娘の部屋に何者かの気配がするかと思えば……」
「なんだ、天子の親父じゃねーか。子供の情事を邪魔すんなよ」
「!?何だ貴様、私は貴様なぞ知らぬわッ!!」
「はぁっ!?待て待て、前に天子送ってきたとき挨拶しただろーが、脳細胞死滅してんのか!?」
「何を言うかと思えば貴様ァァッ!!」
額やこめかみには、それはそれは太い青筋が、クッキリ浮き上がっている。物忘れが激しいのか何なのか知らないが、随分と面倒な事になった。
「お前達!我が娘を誑かす曲者を即刻ひっ捕らえ我が前に引き出せ!!」
「総領様っ!奴は曲者ではありません!以前から総領娘様も仰っていたではありませんか!地上の妖怪と遠距離恋愛中だと!」
「そうです総領様!ここは、大人しく引き下がるのが真に子を想う親というものかと……!」
「恋路を阻むのは天子様の更生にも深刻な影響を及ぼすと存じます、何卒、二人を見守りますようオススメ致しますっ……」
天女、護衛達はマトモらしい。奴を諌めようとしている事から察するに、寧ろ天子を応援してるようにも見える。それにしても天子め、「遠距離恋愛中」などと言っていたとは……。いや、もうそれでいい。実際そんなもんだ。
「恋路だと?そんな事は童子の戯言に過ぎぬッ!半人前で未熟な童子の分際で遠距離恋愛だと!?笑止千万!童子の遊びに付き合うつもりはない!穢らわしき地上の小妖怪の分際で、我が娘に接吻など!万死に、万死にィィ値するゥゥゥッ!!」
「吠えんなよ、子離れできねぇクソオヤジが!!娘を溺愛すんのもわかるが、てめぇ、事ある毎に天子ンこと地上に追放しといて今度は軟禁か!?天子はなぁ、てめぇのオモチャじゃあねーんだよこのクソボケが!とにかく、天子はもうてめぇの元には居させねぇぜ!俺が奪ってやったら永遠にオメーとはサヨナラだぜ!!」
「ヌゥッ……貴様、娘を誑かしおって!!」
「俺ァ別に誑かしてねーよ、俺たちゃあ真っ当に愛し合ってんだよ!見てろ、みんな見てる前でもこんな事も出来ちまうんだぜ!」
「あんっ……んっ♡」
天子の肩を抱き、顎クイからのキス。オヤジの目の前で娘の唇を奪うなど、どう考えても禁じ手レベルのご法度だろう。皆がドン引きしたのは、言うまでもないことだ。
「て、天子ィィィィ!!」
「……愛してるよ、天子」
「私も……♡」
「きッ、貴様ァァ!!」
「何だよ?何なら、今ここで生ハメセックスして見せようかァ!?俺らは既にそーゆー関係だぜ、何年も前からな!種付けして、孕ませてやっても構わないんだぜ!」
「ッ!?貴様、貴様貴様貴様貴様ァァ……ッ!!どこまで私をコケにすればっ……!娘の貞操を、よくも……よくもよくもよくもよくもッ!!」
「天子はお前のモンじゃねぇってこった!そう、天子はこの俺のモンだ!二度と指一本触らせん!天子ちゃんは俺が貰ってく!屋敷を破壊して解放してな!破壊符『
屋敷を破壊すれば、それを媒介にしている術も強制的に解除できる。そう思って、物体なら問答無用で破壊可能な一発限りのこの大技を使用したはずなのだが……。
「あ、あれっ……?」
「フハハハハハこのバカめが!そのような軟弱な攻撃で、我が屋敷を守護せし結界が破れるか!!破壊の能力を有しておるようだがな、我が結界は天界一!破れるわけがなかろう!!」
「バカだなぁ……!そう言わなきゃ、あと数秒は時間稼ぎ出来ていたのにな!」
「ヌゥッ……!?」
「霊剣『布都御魂剣』!ハァッ……!!」
神の剣である布都御魂剣は、最強の剣の一つ。俺の技量に関わらず、神の力を少し引き出しさえすれば、こんな結界なんて紙同然だ。
「なっ……んだ、と……ッ!?」
「……ッ!総領様、逃げ────」
「ごめんな、天子。お前の部屋も、全部壊すよ。獄雷『
地獄の雷を召喚し、破壊力に優れた赤黒い雷を屋内で暴れさせる。天子が被弾しないよう彼女の手を取って、俺が避雷針の役割を果たす。しかしそうではない者は、雷に被弾したり、崩れてきた瓦礫に押し潰されたりして、屋敷の跡地はすぐに静かになった。
総領を止めようとしていた護衛達に対しては、少し申し訳なく思う。
「────お前の屋敷は全壊。お前が掛けられた厄介な術も、その話が本当なら消えたはずだ」
「確かに消えてるわ……!」
「そっか。親父は、嘘つきではなかったんだな」
「……うん……」
「じゃあ……行こうか。地上へ」
「うん、
手を繋いだまま歩き出そうとするも、瓦礫の中からクソオヤジこと総領が姿を現す。やはり体は強い天人、一筋縄ではいかないようだ。
「天子ィィ!!人間から天人に成れたのは、一体誰のお陰だァァ!!この私を裏切り、そのような穢らわしい馬の骨に従うと言うのであればッ!!良かろう!!貴様なんぞ、もう我が娘ではない!好きにしろ、出ていくがいい!ただしもう二度と我が家の敷居を跨ぐなァァァァ!!!」
「フン!息苦しくって退屈な天界なんて、私から願い下げよ!二度とこんな場所に来るもんか!!じゃあねバイバイ、死神に殺されろッ!」
父親に、んべっと舌を出してやると、俺の手を引いて走り出す。その足取りはとても軽やかで、先程までの陰鬱とした様子はもうキレイサッパリ無くなっていた。
「総領娘様っ!しばしお待ちを!総領様は、頭に血が上ってしまっていたのです!あんなお言葉、本心からのものではありませぬ!」
「うるさいな、ついてこないでっ!」
「ぎゃあああっ……あぁっ、総領娘様ぁっ……」
「大体ねぇ、その呼び方からしてムカつくのよ!私のことを『主の娘』としてしか見てこなかったくせに!私の侍女だってみんなそうだった!今更止めようったって無駄!今も昔も、この私を天子として見てくれるのはご主人様だけっ……!」
護衛達の一部は追いかけてくるが、二人揃って弾幕で軽くあしらってやってから、地上へ向けて飛び出した。その時の天子の輝くような笑顔は、俺はきっと一生涯忘れないだろう。
活動報告書いたのでまだの人ちょっと読んでね。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=252121&uid=220894
幾つかのセリフを加筆修正しました。
アレが好きな人ならすぐ分かるかもです。
https://syosetu.org/novel/143253/760.html