天界にて天子の屋敷を完全に破壊した俺達は、地上────幻想郷上空まで降りてきた。地面が見えてくると、まだ地面に足をつけていないにも関わらず安心感が出てきてしまう。
こちらに来てからは、すぐヤるわけでもなく、気持ちが落ち着くまで、散歩をするように上空をのんびりと飛行していた。
「勢いで天界を飛び出したはいいけど……天子、これからどこに住むんだ?」
「どこにって、ご主人様と一緒に♡」
「……俺、実質通い夫みたいなもんだから家無しだぞ……」
「あ。……ど、どうしよ……」
事態に気付いた途端、天子は慌て出す。ここで慌てる辺り、俺についてくるつもりではない事はほぼ確定だ。俺についてくるつもりなら、ここで慌てたりしないはずだ。
天子でもちゃんとそこを分かっているなら……できるだけ彼女を手助けしたくなってしまう。
「どこかに居候するのはどうだろう?衣玖さんの家なら多分大丈夫だと思うけど……」
「天界はイヤよ。私の気配は強いし大きいから、察知して追っ手が来るかもしれないし」
「抑えるつもりは無いのな」
「抑えきれないのよ。輝針城はどうかなぁ、とか思ったけど、他の場所へのアクセスが悪いから、ちょっと今回は見送りね」
「……じゃあ博麗神社かな?いや無理だろうな、霊夢も娘も嫌がるはずだ……。息子はお前んこと知らないから大丈夫だろうが」
「博麗神社はハナから選択肢に無いわ。だって、行きにくいんだもの」
「……まぁ、そうだよな。天子、過去に博麗神社壊してるんだもんな」
「そうよ」
驚いた。まさか天子がそれを考えているとは。軟禁されていた間に、精神的に成長したらしい。もしかしたら、さっき俺が「嘘つけ」と一蹴した言葉も、実は本音だったりするのだろうか。
「じゃ……アレだ、紅魔館はどうだろ?レミリアとかに因縁は無いだろ?……まさかな?」
「あそこならまぁ……」
「部屋はめっちゃ余ってるから、一人くらいなら居候させてもらえるだろう。あとは天子、お前の態度次第だと思うが」
「だ、大丈夫よ……昔の私とは違うもの……」
「だな。それは俺もよく分かってるよ。誠心誠意お願いすりゃ、どこかしらは住まわせてくれると思うけどな」
「ご主人様も一緒に来てっ!それなら、頑張れる気がするから……」
「そのつもりだよ。お前一人に行かせられるか」
「うふふっ、ありがとっ♪」
「……おう」
すぐ紅魔館に向かって、応接室にてレミリアと話し合いの場を設ける。俺は付き添いでしかないので、レミリアに向かい合って座ったりはせず、天子の後ろに控えているのみ。レミリアの後ろで咲夜さんが控えているのと同じように、だ。
そして何故か、レミリアの膝の上には彼女との娘のレイチェルがちょこんと座っている。大抵は一緒に居るレミリアとレイチェルだが、まさか、こんな場にも連れてくるほどとは思わなかった。
「まさか、高貴な天人サマが話をしに来るなんて思わなかったわ。明日はカエルでも降るかしら」
クスクスと笑う咲夜さん。二人揃って天子への圧力が凄まじいような気がする。咲夜さんなど、ただ笑っているだけにも関わらずどこか恐ろしく見えてしまう。
「で?話って?」
「わっ……私を、ここに住まわせてほしいの!」
「……はぁ?何ですって?今、私の予想を遥かに上回る頓痴気なセリフが聞こえたのだけど……。えっと……つまり何?ねぇエスカルゴ?コイツは何を言っているの?我が紅魔館に住まわせろと、そういう事?」
「言葉の通りだよ」
「はぁ……?意味がわからないわ。大体アンタ、天界じゃお嬢様じゃなかった?どうして、住処を求めてるのよ」
「……逃げてきたのよ。もうずっと、天界に軟禁されてて、自由の無い暮らしを強いられて、何も考えたくなくなる程、酷い生活をさせられてた。天人のお嬢様なんてもう嫌なの、楽しくもないし良い事とか一つも無い。さっき勘当されたけど、寧ろ清々したものだわ」
「地上へ追放じゃなくて、遂に勘当されたのね。そんな問題児を、住まわせるわけがないでしょ。お引き取り願おうかしら」
「待ってよ!違うのよ、これは、私は悪くない!何も悪くないのに、お父様から監禁されてたの!お父様が許可していない場所には行けないよう、私を縛る術を掛けて!」
「解せないわね。監禁されていた割には、地底の大会にも顔を出していたようだけど?私達も出場してたの、知ってるわよね?」
「知らないわよ!出場なんてしてないんだから!ソレは私だけど私じゃない!針妙丸が連れ出した夢の世界の私だったの!」
「ふぅん?まぁ、夢の世界とやらが存在し、夢の世界にもう一人の自分が居るのも私達はちゃんと知ってるけど……。あなた、自分がこの地上では嫌われ者の部類である自覚は無いの?無いから、そんな身勝手なお願いが出来るんでしょうねぇ」
「────ッ!!」
ビクリと身体を震わせ、俯いて黙り込む天子。言い過ぎだ、とレミリアを止めようと思ったが、俺も少し前まで全くの同意見だったし、今更掌を返すのは何か違うと思ったので、黙って、二人を見守ることにした。
天子が黙り込むだけでかなりのダメージであることは明白だが、レミリアは容赦しない。真顔でドンドン言葉鋭く攻めていく。
「当然、そんな嫌われ者を紅魔館に置いてちゃ、我々の品格も下がるというもの。子供も居るし、あなたみたいなワガママ娘にそばに居られちゃ、我が子レイチェルの教育にも悪いわ。ただでさえフランが変に知恵をつけさせているのに」
「……」
「黙ってないで何か言ったらどうなの?それとも諦めて天界に帰る?きっと何処も、あなたなんて住まわせてくれない。そもそもウチ以上に空きの部屋がある所なんて無いからね。永遠亭はウサギだらけだし」
一応、天子に伝えていないだけで、最終手段はあるにはある。魔法の森に小屋でも建て、そこに住まわせればいいのである。魔理沙に水道工事の依頼をすれば、天子も住処が見つかり、魔理沙も懐が潤い、Win-Winだろう。
しかしそれは絶対に言わない。後が無い方が、天子も必死になるというものだし、その必死さが相手に伝われば心を揺さぶる事も有り得る。
「それでも私は────」
「『それでも私は』?何?紅魔館に住みたいと、そう言うわけね?じゃあ、あなたを住まわせて、私達に何のメリットがある?」
「メリッ……ト……」
「そう。例えばエスカルゴなら……まぁメリットとか関係なく住まわせるけど、仮にメリットとか考慮するなら……恋人枠だし、やる時は家事とか手伝ってくれるし、性処理も手伝ってくれるし、癒し枠みたいなものだし、話し相手や弾幕ごっこ相手にもなってくれるわ」
「……」
「……さぁ、あなたは私を納得させられるだけのメリットを提示できる?」
「…………」
時間でも止められたかのように硬直して、暫く考え込む天子。カチカチと時計の針が鳴る音のみ聞こえてくる静寂の中、とうとう決意したように天子はレミリアに進言する。
「私をここで働かせて!」
「……ヘェ。そう来るとは意外だったわ。だけどどうして?あなたはお嬢様、働く事なんてロクに知らないんじゃない?」
「確かに知らないわ。……でも、楽しく生きる為だったら何だってやる!教えてくれたら覚える!家を出た私はもうお嬢様なんかじゃないし!」
「ふぅん。でも良いの?ここで働くという事は、この私の配下になるという事。あなたはこの私に忠誠を誓える?」
「誓えない。いや、誓わない!」
「この流れでそれ言うのは、アホのする事としか言えないわね……」
「私はご主人様のペットだもの、ご主人様になら忠誠でも何でも誓っちゃうわ!」
チラリと俺を一瞥した後、大きな溜め息をつくレミリア。そして俺を見て苦笑いする咲夜さん。確かに天子ならこう言いそうだとは思うが……。
「じゃあそれでもイイわよ。エスカルゴの次に、私に忠誠を誓える?」
「ご主人様の次に、なら!」
「……ですって。どうする?咲夜」
「正直、厄介者としか思えませんがね。天界から追っ手が来た場合、面倒な事になりそうですが。まぁ、仮にそうなったら、美鈴と天子と弦月姫にどうにかしてもらうしか無いでしょうね」
「……。そうね。じゃ、ここで働くという事なら住んでも構わないわ」
「ほんと!?」
「ええ。衣食住完備、賃金は要相談。あなたなら戦闘要員として確保しておくのもアリかしらね。あ……そういえば、あなたのあの剣は?やっぱり家を出るにあたって家に置いてきたの?」
「緋想の剣なら常備してるわ。ほら!」
そう言うと、帽子の中から緋想の剣(の柄)を出した天子。確か、刃は相手の気質によって変化させる事ができるようだし、普段はこんな感じで持ち歩いているのかもしれない。……だからって帽子の中を選ぶ理由がよく分からないが。
「フフ、家を出るというのにそんなモノ持ち出すなんて、悪い子ね。じゃ、8時間労働ってことで契約しましょ。シフトは要相談ね」
「えっ?8時間?」
「何?これ以上甘い条件は出せないわ?元お嬢様だから、特別に甘くしてあげてるのよ?」
「ううん、そうじゃなくて……。思っていたよりずっと少ないから……」
「…………自由を求めて飛び出したのに、更なる厳しい束縛じゃあ意味が無いもの」
「レミリア、あなた…………!」
「おっと。主人に対する口調がなってないわ?」
「レミリアお嬢様っ!」
「宜しい。咲夜!天子に似合うメイド服を繕ってやりなさい。あとエスカルゴは、来たついでに、天子に紅魔館を案内をしてやってくれる?皆への顔見せも兼ねてね」
「御意」
「OK」
「それと天子。雇うって事で言っておくけど……エスカルゴとの情事も勤務時間に含まれてるわ。ま、せいぜい頑張りなさい」
「含まれてるの!?……あ、いや、含まれてるん
……です、か?」
「意味わからない設定でしょ?私もそう思うわ。でもこうしないと、咲夜も美鈴も小悪魔も、酷いサボり魔になっちゃうのよね。三人をサボり魔にしない為の、言わば苦肉の策ってヤツなのよ」
「心外ですわ、お嬢様。美鈴と小悪魔は兎も角、私の場合は仕事の合間の出来事ですのに」
「
「……そうとも言いますね」
「全くもう……」
かくして、天人・比那名居天子は紅魔館に従者として居住することになり……レミリアの配下になった。何だか紅魔館での生活が一変しそうで、俺からしてもこれからの生活が楽しみだ。
とはいえ、いつまで天子が働き続けられるかが少々気掛かりではあるのだが……そこは、天子を信じる他ないだろう。