天子が天界を脱出し、紅魔館に住むことが決定した、その日の夜。俺は予定通り衣玖さんの家でのんびりしていたのだが、やたら時間が止まる。恐らく、咲夜さんが夜なべして天子のメイド服を作っているに違いない。
体感時間で、合計3時間は時間が止まっていたような気がする。メイド服を作っていたにしては少し早すぎると思うが、服を作るのに慣れている咲夜さんだから、早すぎても不思議は無い。
なので次の日、俺は朝イチで紅魔館へ向かう。勿論、天子のメイド服を拝む為である。
「あら旦那様、おはようございます。朝早くからどうしたのですか?」
「おはようございます。昨晩、天子のメイド服を作ったでしょう?早速メイド天子を拝みたくて」
「……!あぁ、旦那様には時間停止が効かないんですものね。バレバレですね」
「ええ、まぁ。でも作るの早いですよね、服一つ作る早さじゃないでしょう」
「イチからではなく、既存のメイド服を少し改造するだけでしたから……寧ろ時間が掛かりすぎたほどなんですよ?」
「そうなんですか」
それにしたって早い気がする。大体3時間程度だった気がするが、たったそれだけの時間で服の改造が終わるのだろうか?
家庭科の授業数回分で、簡単なエプロンすらも作れなかった俺なら……丸1日時間を使って漸く出来るような芸当だろう。
「ところで、天子は早起きが苦手なようですね。まだ初日ですから、仕方ないとは思いますけど」
「ありゃ」
「先程朝食の片付けも済ませましたし、これから天子にその服を渡そうと思っているのですが……どうします?旦那様も同行しますか?」
「あっ、行きたいです!」
「では参りますか。部屋に待機させてあります」
一旦咲夜さんの部屋に向かいメイド服を取り、天子の居るという部屋へ向かう。
天子は、メイド妖精達と同じ棟にある一部屋を与えられたらしい。個室とは、やはり扱いは少し別格らしい。……尤も、諸々の観点から考えればこれくらいの待遇は当然だと言えるが。
「天子、居る?居るなら開けて。メイド服持ってきたわよ」
「はいはーい」
咲夜さんが扉をノックして声をかけると、少し気だるげな返事が聞こえてくる。まさかもう館で働くのが嫌になっているのではないかと思うが、まさか……いやまさか、そんな事は無いだろう。
「あ、ご主人様来てたのね!」
「メイド天子を見に来たんだ」
「そうそう!咲夜が私のメイド服持ってくるからって、部屋で待機してたの!ねぇ咲夜、メイド服ちょーだいっ!」
「メイド長、または咲夜さん、ね?」
「……は〜い……」
メイド服一式を受け取った天子は、恥も外聞も無くその場で着替え始める。部屋には俺と天子と咲夜さんだけとはいえ、まさか、俺達を部屋から出さずに着替え始めるとは。
俺は彼女の下着姿など見慣れている事もあり、あまり驚きはしなかったが、咲夜さんは少々困惑しているようだった。しかし、天子があまりにも堂々としている為、なにか口出しする事を止めたようだ。
「なんかこれ、スカート短くない?な、なんだか恥ずかしいんだけど……///」
「紅魔館のメイド服は機能性重視なので」
咲夜さんのスカートは特に短い。というのも、彼女の太ももにはナイフホルダーがあるからだ。スカートが長ければ、ナイフを取り出しにくい。短ければつっかえる事も無いだろうから短いのは当然の仕様だ。
それに加えて、彼女の戦法も服装に現れているのかもしれない。咲夜さんは体術も駆使して戦うタイプなので、スカートが短い方が必然的に足も動きやすくなるだろう。
「動きやすいでしょ?」
「確かに動きやすいけど!」
「それなら良かったわ。あとは慣れるだけね」
「み……短い〜……」
「捲らないとパンティは見えないわ、大丈夫よ。安心なさい。館中の階段の角度も計算に入れてるスカート丈よ?」
「足がほぼ丸見えじゃないの!」
「そうね。で、何か問題でも?」
「あなたに恥じらいというものは無いのっ!?」
「あるわ。でもあなたには言われたくないわね、どうせ所構わず旦那様に尻尾振ってるんでしょ?そんな奴に言われてもねぇ……」
「ご主人様にだけよっ!誰にでも足とか見せたりしないんだから!」
「でも作り直すのは手間なのよね……その費用もあなたの給料から天引きさせてもらうけど、勿論構わないわよね?その条件なら手直しするけど」
「『も』って何!?まさかメイド服代って、私の給料から出てるの!?聞いてない!」
「そりゃ言ってないもの。……個人に支給される物資は、その分のお金は給料から天引きされる。これは、別にあなただけじゃなくて皆そうなの。例えば私なら、ナイフ代とかが当てはまるわね。アレも消耗品だから。でも、もし無料で済ませてほしいと言うなら、有るものを使って自分で裁縫するしかない。それかその分はタダ働きしてね」
手直しに必要な布は紅魔館にあるので、新調でもしない限りタダで使わせてもらえるはずだ。妙な拘りでも無い限りはこれで十分だと思うが……。
普段から全裸や下着姿を見せてくれるのに何故今更誰かに足を見せることを躊躇うのか、俺にはよく分からない。
「う、うーん……。裁縫なんてできないわよ……かと言ってタダ働きをするのは……んー……」
「可愛いし、そのままでも良いんじゃねーのか?俺はミニスカメイドの天子が見たいけど」
「……わかった。やっぱり、このままが良いわ。ご主人様が可愛いって言ってくれるなら……!」
「現金ねぇ」
「現金だなぁ」
こうして、メイド服を受け取った天子は正式に紅魔館で働くことになった。
ところで、ミニスカの件で分かったが、天子は意外にも恥ずかしがり屋らしい。だから天子は、メイド服に慣れるまでは外部の者、つまりお客が来ない事を祈っているそうだ。
しかしメイド服に身を包んだ数時間後、そんな彼女の願いと逆に、紅魔館にお客がやってきた。その客とは霊夢の事だった。
美鈴はすんなり霊夢を通して、咲夜さんが主の元まで案内する。お茶しに来ただけらしいので、俺も同席させてもらう事にした。
「よぉ霊夢」
「あれ、エスカルゴ?なんでここに?」
「まァ……ちょっとワケアリでな」
「アンタのことだし、メイドになった天子を見に来たんじゃないの?」
「あ、分かった?……いや待てよ、なんで霊夢がそれ知ってんだ?」
「文が号外バラまいてたわよ?」
「えー」
ということは、情報源は美鈴か弦月姫だろう。尤も、天子には悪いが、天子がここで働くことが外に漏れても俺は何も損はしないし、別に不都合なども無いだろう。……ただ、紫さんがどういう反応をするかが気になる所ではある。
「そういえば天子は?メイドやってるって聞いて来たんだけど」
「あら……天子を見に来たのね。咲夜、この後の給仕は天子にやらせて。初仕事、やらせましょ。それから、紅茶のおかわりをお願いするわ」
「御意」
軽く頭を下げた咲夜さんは退室、天子の元へと向かう。程なくして、熟れたリンゴのように顔を赤く染めた天子が、銀のトレイにティーポットを載せ、手を震わせながら運んでくる。
「わ……驚いた、ホントに天子じゃないの……!え……本物?偽物よね?えぇ……?」
「紛れもなく本物の天子よ。事情は……言えないけれど、ウチで働くことになったのよ。戦闘要員として確保しておくのもアリだと思ってね。あぁ天子、おかわりくれる?」
「は、はい、ただ今っ……」
「……何だか、別人みたいね。神社壊した当時と比べてさぁ」
「そうね。働かせてくださいって言いに来た時もいつもと違う感じがしたのよ。だから何だかんだ受け入れたというのもあるのだけど」
「へー……」
縮こまる天子を見て紅茶を口に運ぶ霊夢。今、レミリアが言った「働かせてください」には少し語弊があるが……客人の前というのもあってか、表立って反抗はしないようだ。それなら俺からも何も言わないでおこう。
「戦力増強の為に、天界からヘッドハンティングしたんじゃないの?」
「わざわざそんなことはしないわ。ただ、これが天子の運命だった……ってことよ」
「ふーん……まぁ、ヘッドハンティングに応じるような奴でもないだろうしね」
「そうよ」
「……何というか、粗相しない事を祈ってるわ。紅魔館を崩しちゃったりしてね」
知ってか知らずか、天子も気にしている過去に触れる霊夢。恐らくだが、彼女がその過去を気にしているのを知らないからこそ言ってしまったんだろう。
言われた本人は、下唇を噛んで俯くばかりだ。
「ですって、天子。何か言ってあげたら?」
「……もう大丈夫、です……」
「敬語の天子って何だか変な感じね。私相手ならいつも通りで構わないわよ」
「お、お嬢様……」
「いいんじゃないの?本人がいいって言ってるんだから」
「霊夢。次その事に触れたら、弾幕ごっこでボコボコにするから……っ!」
「あー?」
明らかに言葉選びを間違えたような気がする。霊夢は思い切り天子を睨み付け、天子はフンスと胸を張る。レミリアはそんな2人を見て苦笑し、何も言わない。
段々一触即発の空気になっていくが、これ以上空気を悪くされたら紅茶が不味くなるので、俺が2人を止めるしか無さそうだ。
「その事についてだけど、天子も天子なりに気にしてんだってさ。だからもう触れてやるなって。霊夢にだって黒歴史の1つや2つはあるだろ?」
「……0ではないけど……」
「じゃあもうこの話はお終いな。天子も、あんま霊夢に喧嘩売るような事は言うなよな。こうして傍から見てると、いつ弾幕ごっこ始まるのかって気が気じゃないから……」
「は〜い」
◆
霊夢の帰宅後は軽い気晴らしをして、接客等に疲れた天子は再び仕事に戻る。ただし今度は接客ではなく、普通のメイドの仕事だ。
天子は咲夜に仕事が無いか尋ねるものの、今は特に何も頼める事は無いと一蹴され、更には娘の弦月姫の方へ行けと言われてしまう。
広い館だ、誰か一人探す事すら一苦労である。まずはよく居るらしい美鈴の元へ向かうも、そこには美鈴しか居なかった。
「ねぇ〜めーりん〜、副メイド長はどこ〜……?どこ探しても居ないんだけどー」
「えっ、弦月姫ちゃんですか?そうですねぇ……この時間ですとパチュリー様の家庭菜園、または花壇のお手入れとかしているかもですね。そこに居なければ、地下の大図書館でしょうか」
「りょーかーい……もう探し疲れたわよ〜……」
「アハハ……紅魔館は広いですからね、その人が行きそうな場所を把握しておくと、結構効率良いですよ」
「なるほどー、私もそうするわ……」
フラフラ花壇の方へ向かう天子。しかし彼女は疑問に思っていた。草木の枯れるこの冬に、何故花壇の手入れをするのかと。冬も枯れない植物もあるにはあるが、到底花壇に植えて映えるような植物ではないはずだ。
しかし花壇の光景を一目見ると、そんな疑問も一瞬で氷解してしまった。
「何、ここ……?なんで、こんなに……」
「あ、天子さん。メイド服受け取ったんですね。似合ってますよ♪」
「……ありがとう……って、いやそんな事は今はどうでもいいわ。何なのよ、ここは……」
「はい?」
「冬なのにどうして花が咲き乱れているの?この花は……名前は分からないけど、春のものよね?春の気質を纏っているわ。それなのにこれは夏、しかも秋の植物まである!冬の気質を纏っている花まで……!」
「春のはパンジーと薔薇と白百合、夏のは黒百合です。秋、冬もパンジーです。この花壇は、今は私の仲間を育てる場にさせて頂いているんです」
「な、仲間……?」
「ええ。私は戦闘で植物達の力を借りますから」
「じゃあここはあなたの武器庫みたいな……?」
「華の無い言い方をすれば、そうなってしまうのでしょうが……あくまで
「へ、へぇ……そう、なんだ……?確か、咲夜の能力も受け継いでるとか聞いた事あるけど……」
「ええ、そうですね」
ニコリと微笑むと、天子の目の前から姿を消す弦月姫。しかし、次の瞬間には天子の背後に移動しており、天子は思わず、背筋をぞわりとさせてしまった。
「この通り時間停止も使えます。そこまで多用はしませんけどね。お父様とお母様の迷惑になってしまいますから」
「能力を2つ持ってるって、ヤバいでしょそれ」
「そうでしょうか?勝負に勝てなくては、能力を幾つ持っていても何も意味無いと思いますけど。ところで、わざわざ花壇まで何の用ですか?」
「あっ、そうだった!何か私に仕事無い?咲……メイド長にも聞いたんだけど、副メイド長の方に行けって言うから探してたの!」
「無いですね。こちらも先程終わりましたから」
「えー、どうしよ……」
「私も、手持ち無沙汰になってしまったので……昨日約束した通り、私と勝負しましょう?」
「!……いいわ、勝負よっ!」
「ふふ、本当に元気ですね。楽しみです♪」
手合わせすることで合意した2人は、紅魔館の敷地外へ出た。こうして「自分が勝つだろう」と思っている2人による戦闘が、今、始まった。
メイド天子の挿絵、めっちゃ可愛くないですか?へへ、そうですよね、めっちゃ可愛いですよね!
天子といえばこの方だ!と思って依頼しました。
EOさん、ありがとうございました!
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