※この作品はR-18です。

吸血鬼人間の幻想生活   作:エスカルゴ・スカーレット

787 / 1140
閉じた恋の瞳

「フフ……今日も可愛いわよあなた達……♡」

 

「ねーお姉ちゃあん。最近お兄ちゃん来ないねぇ」

 

「わっ……こいし、居たのね……」

 

 ある日、さとりが動物達と戯れていると、暗闇の中から急にこいしの声が聞こえてきたので、動物とさとりは一緒になってビクリと肩を震わせた。

 

「居たよ。……ね、お兄ちゃんどうしたのかな?」

 

「お兄ちゃん?……あぁ、エスカルゴさんね。この前言われたでしょ?今度2人生まれるから、あんまり来れなくなるって」

 

「えー何それ初耳なんだけど!?」

 

「あれ……?この前彼が地霊殿に来たとき、あなたも現場に居なかったっけ……」

 

「居ない居ない!」

 

「そ、そう……」

 

 居たような気がするが、なにぶんすぐに姿を消すこいしだ。自分の記憶すら「気のせいだったかも」などと思えてしまうから不思議だ。

 

「……でも、そっかぁ〜。2人は少しキツそうだね。じゃあ、いつ会えるかな?」

 

「さぁね……。年明け頃には会えるんじゃない?彼の子供達は揃って成長が早いそうだから、妖怪基準で考えなくても『早く』会えそうよ」

 

「んー、でもさ、年明けって言ったら来月くらい?だよね?……うーん……地上行こっかな〜」

 

「やめておきなさい。邪魔になってしまうわ」

 

「……うん。そうだね。……ね、お姉ちゃん」

 

「何?」

 

 やけにお喋りなのね、とは、思っても言わない。嫌味臭く感じられてしまうだろうと、さとりですら流石に躊躇したのである。

 

「お兄ちゃん……もう私達のこと嫌いになっちゃったのかなぁ……」

 

「……何を言ってるの、そんな人じゃないわ」

 

「でもさー……嫌いじゃなかったら会いに来てくれるはずなんだよねー……」

 

「この前、空いてる時間を使ってお空に会いに来たみたいよ?まぁ生憎、私はその時は散歩してて留守だったんだけど……」

 

 姉が留守の時に彼が来たと聞き、こいしは何かに気付く。そして唐突に声を荒らげたので、ペットの動物達は更に驚き、部屋の隅へ走って行ってしまう。

 

「ほら!お姉ちゃん居ない時を狙ったんだ!だっておかしいじゃん!少し前までは、ちょくちょくでも遊びに来てくれたのに!!」

 

「だから、2人も同時期に生まれるからでしょう?忙しさ2倍なのだから、仕方ないわ。嘘かどうかは心を読めば分かる事だし、正直どうでもいいわね。これまで簡単に心を読ませてきたんだし、もし拒否すればそれまでだけど」

 

 時期で言うなら、下の4兄妹こと妖舞〜樹理愛も同時期だったが、その頃はさとりやお空と恋愛関係ではなかったので、当時の事は知らないのである。

 エスカルゴからすれば、当時は本当に忙しかったので、遊ぶ余裕など本当に無かった時期だ。

 

「とっちめてやるっ……私達を裏切った!」

 

「こいし。変な考えは今すぐに捨てなさい。そしてまずは落ち着きなさいよ。……そもそもこいし、別にエスカルゴさんの事好きでもなんでもないでしょ。だというのに、急にどうしたの?」

 

「わかんないけどさっ……なんか、放っておかれてる感じがしてヤなの!」

 

「……ははーん。ま、気持ちはわからなくもないわ。私も、叶うなら会いに行きたいけれど……彼の邪魔をするのは嫌だからね。今は我慢の冬(とき)。春になって、初々しい草花が地表に飛び出した頃、私達も地上に飛び出しましょ」

 

「春……って、年明けってレベルじゃないじゃん!」

 

「いやまぁただの冗談よ。比喩よ。……だからまずは落ち着きなさい。焦ったって良い事は無いわ」

 

「焦るも何も無いよ、会うだけなんだから!地上、行ってくる!」

 

「あっ、こら、こいし!…………はぁ……」

 

 遂にこいしの姿を認識できなくなったさとりは、上げかけた腰を再び椅子に下ろす。ああなったら、もう仕方ない。どうにもならない。

 姿が見えなければ彼女の腕を掴んで止める事も、無理矢理言う事を聞かせる事も、できやしない。

 

(心理学的に見ても、今のこいしは……過去の記憶を深層心理に『抑圧・抑制』していて、自己暗示的に過去の記憶を失っている……。心を閉ざしたあの時も確か、どこかの誰かに裏切られたときだったっけ。そいつは私が始末したけれど……こいしはもう手遅れだった。どうすれば元に戻るのか分からなかった。でも幻想郷で豊聡耳神子と話して……やっとあの子を元に戻す方法が分かった。……まさかと思うけど……キーはあなたなんですね。……エスカルゴさん……)

 

 ────かつて、古明地こいしは恋をしていた。サトリ妖怪がまだ地上に住んでいた頃……今の幻想郷という枠組み自体が出来るよりも遥か昔の事だ。

 相手はただの人間の男児。こいしは、自身が妖怪である事を隠しながら……サトリ妖怪である事を示す管を衣服の下に隠してでもその人間と頻繁に会い、楽しい時を過ごした。

 男児はこいし自身の事を深く尋ねてきたりせず、ただ一緒に遊んでくれた。こいしはいつの間にか、そんな彼の事を好きになっていた。血縁関係も無いその男児を「お兄ちゃん」と呼び、慕うほどに。

 サトリ妖怪が誰からも嫌われている事は、こいしだって、幼いながらも理解していた。だからこそ、

「ただの女の子」として見てくれているその男児と過ごしている間は、とても気が楽だったのだ。

 数年後、丁度いい頃合になった男に、こいしは、自分の想いを伝えた。男は快く受け入れてくれた。そればかりか、男もこいしを好きだった。2人は、両想いだった。

 2人はそのまま流れるように身体を重ねる───ことは無かった。口付けすらもしていない。

 想いを伝え合った後、2人は抱擁した。その時、男はこいしの背中、腕に、妙な感触を覚えた。管を身体に巻き付けていたからこその感触だった。

 こいしは男を信頼していた。何年も何年も自分と遊んできたし、自分を好きだと言ってくれたから。

 だからこいしは心を決め、サトリ妖怪である事を示す管を、恥ずかしがりながらも男に見せた。

 直後、男はこいしを力いっぱいに突き飛ばして、逃げるように離れた。

 そして…………驚きのまま動けずにいるこいしに、あろう事か、心無い罵声の数々を浴びせた。

 それは、精神的にまだまだ幼かったこいしの心を壊すのに、十分すぎるほどのダメージを与えた。

 ……こいしは、心を病んだ。

 

(────暫く会えなかった事で、断片的ながらも昔の記憶を思い出したってところかしら。だけど、元に戻る方法は見つけても、もう元に戻れなくてもいいと思っていた。あんなに苦しむあの子を、もう二度と見たくはなかったから……。なのに、どうしてこんな事になってしまったの……)

 

 覚醒のトリガーは恋。恋する乙女の想いが、心を閉ざしたはずのこいしを突き動かした。あくまでも無意識下で、過去の再現をしようとしている。

 最初はただ「会って遊ぶ」。たったのこれだけ。しかし、それすらも達成できなくなっている昨今、こいしの心には静かな苛立ちが募っていた。それがたった今爆発した。それだけの事だ。

 今のこいしは、全然会ってくれない彼をそれでも恋慕する気持ちと、裏切ったという怒りの感情の、板挟みになっていた。

 

(お兄ちゃん、何処に居るのかな……)

 

 そんな事とは露知らず、彼女は地霊殿を出るなり地上にまで進出してきた。久しぶりに、考えて行動している感じがしていた。

 心当たりはあった。彼はかなりの頻度で紅魔館に居るというのは、幻想郷では、常識レベルだった。それを知らぬは本人のみ。本人以外では当たり前のように知られている事実だった。

 

(気配、感じるな……。居るかな?もし居なくても、さっきまでは居たんだね)

 

 門番の意識を掻い潜り、紅魔館に正面から潜入。万人の意識の端に隠れる彼女を視認するには、頭を空っぽにさせて、探す方も無意識になるしかない。または、こいしが姿を見せると決めた時のみに姿を現すことができる。

 

「あっ…………!」

 

「え?」

 

 彼は居た。大図書館にて、魔導書を読んでいる。

 うっかり漏れたこいしの声に、エスカルゴは薄いながらも反応を見せる。彼の目の前にパチュリーが居るが、こいしは彼を拉致する事に決めた。

 

「んっ…………!?」

 

 管で首を縛る。呻き声を漏らすが、パチュリーは全く意に介さない。それほど目の前の本に集中しているのかそれとも、こいしの存在も彼の声も、今は無意識の彼方に飛ばされているのか────。

 

「しーっ。ここじゃアレだし、静かなとこでね?」

 

(こ、こいし……!?)

 

 大胆にも、大図書館の天井から地上に繋がる窓を開き、そこから飛び出した。かつて住吉ロケットを飛ばした、あの窓である。

 こいしは管で彼の手足、首をかなり強く捕縛したままで飛行し、遥か無名の丘まで飛んできた。彼はこいしの腕の中ならぬ管の中で瀕死の状態だ。

 

「大丈夫ー?お兄ちゃーん?」

 

「ガハッ……ハッ、ハァッ……きゅ、急に、なんだ、こいし……ッ!?あっ……カフッ……」

 

「んー?」

 

 地面に座り込んで手足を摩るエスカルゴの首を、こいしはその小さな手で掴み上げる。およそ少女の力ではないが、こいしも立派な妖怪だ。喉仏の辺りを強く握られれば、エスカルゴの呼吸もか細いものになってしまう。

 

「あのねー?お兄ちゃん、最近、私達に会いに来てくれないなぁって思ってね?探してたのっ!あー、良かった、すぐに見つかって♡」

 

「っ……!?ッッ…………あ゙、ゔ…………ぐ……ッ」

 

「逃げない?理由とか話してくれる?」

 

 エスカルゴは顔を真っ赤にさせながら必死に頭を縦に振る。パッと手を離してやると大の男が面白いくらい簡単にゴロリと転がった。

 

「あ゙……あのな……最近、2人も……」

 

「子供が生まれたんだよね、おめでとう。でもさ?今、本読んでたよねぇ?ねぇ、なんで?子供なんてそんなの言い訳だよ?ねぇ?この前、お姉ちゃんが留守の時にお空とお燐に会って、しかもエッチまでしたんだってね?どうして?どうしてお姉ちゃんが留守の時に来たのかなぁ?もう、お姉ちゃんのこと嫌いになったの?どうして?ねぇ、どうしてなの?聞いてる?ねぇ、ねぇってば!聞いてる!?」

 

「き、聞いてる!聞いてるからっ!……どうしたんだこいし、そんなに殺気立って……。お、俺が、2人に何をしたって言うんだ…………」

 

「何も?お兄ちゃんは何もしてないよ?」

 

「だ、だよな……」

 

「うん。何もしてないから問題なの。わかる?」

 

「え」

 

「〜♪」

 

 こいしはどこからか鉈を取り出した。それを彼の首に当て、グッと押し込んでやった。状況をまるで飲み込めていないのか、彼は硬直しているのみ。

 

「な……何、を……」

 

「何で会いに来てくれなかったの?私ね、ず〜っと良い子で待ってたんだよ?ちゃんとお家にも帰ってお姉ちゃんと仲良くしてた。お兄ちゃんからまた、ナデナデして褒めてもらいたかったからだよ?」

 

「……」

 

「なのにお兄ちゃんは……子供生まれて暫くしてさ、忙しいのはわかるよ?でも本読んでたよね?なんで会いに来てくれなかったの?酷いって思わないの?お姉ちゃんを……私を捨てたの?」

 

「捨ててなんか……!」

 

「嘘。捨てたよね?捨ててないって言うなら、何で会いに来てくれなかったの?言い訳タイムどーぞ?言いたい事あるなら言えば?聞いてあげるよ?」

 

「……………………」

 

 彼は口を閉ざす。捨てていないのは本心だったが会いに行かなかったのも事実で、しかも言い訳などできない状況になってからの拉致(コレ)だからだ。

 

「ふーん。また裏切るんだ。またお兄ちゃんは私を裏切るんだ。だったらもうあなたなんて要らない。ここで惨めに死んじゃえ」

 

「待────」

 

 首に当てた鉈を思い切り引く。鮮血が飛び散り、こいしの身体を斑点状に、赤く染め上げる。血液はすぐさま布地に染み込み、彼の肉体が消えても尚、染み付いた血は消えなかった。やがて、雷の蝙蝠が出現。それを起点に肉体が再構築される。

 

「あ、そっか。不死身だったね。んー、どう殺せば死んでくれるのかなぁ……」

 

「俺は死なねーよ。目ェ覚ませ、ンなモンは捨てていつものこいしに戻ってくれよ……な?」

 

 エスカルゴはこいしの腕を掴んで、鉈を奪おうとする。しかしそれが、こいしの逆鱗に触れた。今、この瞬間だけは、彼女に触れるのはご法度だった。

 こいしは涙を流してエスカルゴの手を振り払い、叫ぶように拒絶する。

 

「嫌っ!触んないで!この裏切り者ッ!嘘つきッ!私を捨てる奴なんてもう嫌い!何度だって殺すっ!殺してやるんだからッ!もうあんな想いをするのは嫌なの!どいつもこいつも私をっ!私達を嫌(きら)って!どうせ心の中では面倒臭がってるんだ!そうでしょお兄ちゃん!だから会いに来てくれないんだ!!」

 

「何言ってんだよさっきから!俺がいつ、こいしを裏切った!?嫌(きら)ったってんだ!?急に来て何なんだこの仕打ちは!?説明してくれっ!」

 

「裏切ったじゃんっ!!『サトリ妖怪だったのか』とか、『俺を騙してたのか』とか『俺を食うつもりだったのか、クズ妖怪め』とか!何よ!心が読めるくらいで私達のこと毛嫌いして!こんな想いをするくらいだったらサトリ妖怪になんて生まれなければ良かったんだ!!」

 

「俺がいつそんな事言ったんだよっ!?俺と誰かと間違えてるんだろう!?なぁ、そうだと言ってくれこいし!」

 

「間違えてなんかない!お兄ちゃんはお兄ちゃん!私と遊んでくれるお兄ちゃん!私の事を好きだって言ってくれたお兄ちゃんだけなんだから!!」

 

 エスカルゴの混乱はそれはもう察するに余りあるものだ。こいしが遥か昔に無意識に封じ込めていたはずの記憶が中途半端に蘇ったせいで、記憶が酷く混濁していることなど、エスカルゴには予想だって出来るはずもない。

 そしてこの騒動のトリガーとなったのが、仲良くしていたはずの自分が数カ月もの長い間、こいしに会わなかったことによるものだということも。

 

「俺はまだ!こいしに告白してねぇ!」

 

「嘘!告白したよ!私から告白したあとに、『俺もこいしのこと好きだ』って言ってくれたじゃん!」

 

「言ってねぇ!」

 

「言った!私、嬉しかったんだよ!?それなのに、すぐ後に『サトリ妖怪だったのか』って!!」

 

「誰と勘違いしてんだこいし!俺を忘れたのか!?俺はこいしの姉ちゃんと!お空の彼氏だッッ!目ェ覚ませよ、本当に忘れちまったのか!?」

 

「────!?」

 

 反撃の手段を失ったエスカルゴは暴れるこいしを抱き締めた。触れる事すら拒否されても尚、彼は、こいしを抱き締めた。

 それは、過去に泣き喚く女性をこうして抱き締め無理矢理落ち着かせた経験があるからでもあるし、何より、自分の強さをトコトン信じていたからだ。

 

「イヤ!もうイヤ!離して!人間のクズ!死ねっ!もう嫌いなの!離して、お願い!このままあなたを嫌いにさせてよぉ!!」

 

「クズ、か……。確かに俺は、サボりもするし他人を殴りもする、およそマトモと程遠い人間だったかもしれねぇけど……!女の子とダチだけは裏切ったことないからな……!」

 

 手を動かせる範囲で鉈で再びエスカルゴの身体をあちこち斬りつける。それでもエスカルゴは、まだ手を離してくれない。血が溢れて、血を吐きそうになっても尚、こいしを掴んで離さない。

 

「触んないでっ!嫌われるっ……また嫌われるから!触んないでよぉぉっ!!」

 

「嫌わない。こいしは可愛い女の子だ、嫌うはずが無いだろ」

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいッ!!どうせ私がサトリ妖怪だったら嫌うんだよ!!だから私は心を閉ざしたっ……!」

 

「ッ……ガ、うっ……」

 

 管で再びエスカルゴの首を絞めるこいし。今度は喋れなくさせる程度のものではなく、エスカルゴを殺める気満々の、かなり強気のものだった。

 

「ほら!サトリ妖怪の管よ!これを見てもまだ私を嫌いにならないの!?ならないならそいつはとんだ異端者よ!サトリ妖怪はね、誰からも嫌われるの!好きだって言い合った異性ですら!サトリ妖怪だと知った瞬間、心は真っ暗な闇に塗り潰されるの!!あの人(・・・)は私の事が好きだったんじゃない……!人間の女の子が好きで……私を……『古明地こいし』を好きだったワケじゃない!!」

 

「……ほら゙…………思い、出せた、じゃ、ね゙ぇ……か?俺は……『あの人』じゃあ゙……ない、から゙な……」

 

「ッ────!!私、何言って……」

 

「俺は……こいしの゙事、好きだよ゙…………無邪気で、可愛い子……を……嫌う、はず……ね、ぇ……から」

 

「嘘だ!どうせ助かるための嘘!昔のお兄ちゃんも今のお兄ちゃんも、私の事なんて見てくれてない!だから放置なんて出来るんだ!」

 

「ごッ……ごめ、ん…………本当、に……ごめん…………。で、も……嫌いじゃ、ない゙から……!心、とか…………幾らでも、読んでくれ゙て、いい、から゙……!」

 

「読めない私に言わないでよっ!」

 

「こいし、は……俺…………嫌い……か……?」

 

「好きだよっ!でも裏切るなら嫌いになるから!!お兄ちゃんは私を裏切っ────」

 

「好きと、好き…………じゃあ、さ……両想い、って……やつじゃあ……ない、のか…………?」

 

「口ではなんとでも言えるもん!」

 

「……そう、だ…………。だから、信じろ゙…………!俺はこいしも好きだから……!」

 

「裏切っといてよく言えるわね!ずっと私に会いに来てくれなかった時点で裏切ったも同然よ!」

 

「こい、じ…………」

 

 ギリギリと首を絞めていくこいしだったが、まだエスカルゴを締め殺せない。それは単に彼女の力が弱めだからなのかもしれないし、エスカルゴの首が強靭だからかもしれないし……心のどこかでこいしも躊躇しているから……なのかもしれない。

 

(閉ざした原因がやっと分かったよ。こいし……好きだった奴に裏切られたんだな。……心を閉ざすのも、無理は無いよ。ムカつくけど、そいつと俺を重ねたってところか。つーことは、今こいしの中で俺への好感度は最底辺レベルなワケで……。それをどうにかしねぇと俺を離してくれなさそうだ。てか好感度はともかく早くしねぇと……中途半端に力が強いから、苦しむ時間が地味に長ぇ……!)

 

 エスカルゴは、苦しみながらも気が付いていた。こいしがサードアイを閉じた理由を。

 記憶が混濁しているであろうことも、なんとなく察しがついていた。しかしそれに気付いても彼女を止める糸口になるとは限らない。

 そこで、苦しむエスカルゴが取った行動は、ハグなんかより遥かに強烈で、彼女の氷の心を溶かすであろう熱いものだった。

 

「こい、し……っ!」

 

「……アハッ……なぁに?首を差し出してくれるの?ありがとうね、斬首しやすいよ」

 

 震える両手で彼女を抱き上げると、こいしは鉈を構える。一方エスカルゴは、そんなこいしを恐れず彼女を抱き、流れるように唇を重ねてきた。遥か昔愛した彼と出来なかったキスを、今、この場面で。彼女の空虚な心を満たすかのようなタイミングで。

 

「……ふぅ……」

 

「あ……あっ……」

 

「ごめん、な……血の味、するかな……?ケホッ……」

 

「ッ……!あ、あぁっ……おに、おにぃちゃんっ……!何で、私……こんな……っ!ごめ、ごめん、なさい、お兄ちゃんっ……!私、急に頭が……いっぱいやな事思い出しちゃって……」

 

「何も言わなくていい。落ち着いてくれたらそれでいいからさ……」

 

「──────……」

 

(妖怪ってのは精神面に重きを置いてるらしいし……ちょっとした事でこうなっても仕方ないのかもな)

 

 口元の血をゴシゴシと強めに拭って、声を上げて泣きそうになるこいしを再び抱き締めた。今度は、こいしも彼の背に手を回してくれた。

 

「落ち着いたか?」

 

「……多分……。でもなんで……キスして、落ち着くと思ったの……?普通拒否されるって考えるだろうし、できないよ……そんなこと……」

 

「へっ……。俺ァ、昔っから心理学の本とかも好んで読んでたんだぜ?お陰様で、『イド』も『スーパーエゴ』も、初見ですぐに意味は分かったよ。でも、弾幕に込められた想いはずっと分からなかったな。もう、わかったと思うけどね」

 

「?」

 

「こいしは……閉じてしまった心のどこかで、ずっと欲しがってたんだな。自覚あるかは分からないし、俺の推測に過ぎないんだけど……こいしは、『誰かを愛し愛されたかった』んじゃないのかな」

 

「……っ!」

 

「だから、そのさ……俺なりに?……こいしに……愛を示せば、元に戻ってくれるのかなって……、思ったんだよな。合ってたらいいなぁ……」

 

 こいしは泣いた。悲しみの涙でもなく、自責の念による涙でもなく……それはそれは温かい涙だった。

 

「迷惑かけてごめんね、お兄ちゃん……大好き……」

 

「っ……俺もだよ」

 

 と言いつつ、心の中では困惑していた。きっと、暫く会いに行かなかった事はずっと忘れてくれないだろうし、それは単純に「やってしまったな」と、エスカルゴ自身強く感じていた。

 

「ふふっ……大丈夫だよお兄ちゃん、もう怒ってないからさ……。だからもう大丈夫……」

 

「え?」

 

「私の事……お姉ちゃんの事も嫌いにならないでね。信じてるから……」

 

「うん。……こいし……俺の心が分かったのか?」

 

「うん…………あれ?何でだろ?サードアイに変化は無いの……に…………」

 

 抱擁を解き、こいしのサードアイを見た2人は、揃って目を見開いた。

 こいしのサードアイは、開眼していた。




記憶が混濁してると、何を言ってるのかわからなくなると思う。支離滅裂になると思う。
例えば戦士と兵士で揺れるライナーみたいな。


「イドの解放」ってハート型の弾幕じゃないすか。イドって簡単に言うと本能を指す言葉なんですね。昨日(1月12日)この話を書く為にググって調べて知りました。(正直)


まぁこの話の内容は素人考察なんでね。
あくまでも、本作のこいしちゃんはそういう経緯でサードアイを閉じたということで。
物理的にブッ潰したとは考えてませんね。神子様がこいしに「お望みなら開眼させてやる(意訳)」と言っていたので。
物理的に壊して閉じたなら永琳あたりが言いそう。欲とかそういうのに精通している神子様っつーのがこの説のポイントです。
イドの解放でハートを出して、次のスーパーエゴでハートを集めるというこいしのあの弾幕は「愛して愛されたかった」という彼女の心を表現しているんじゃあないかと予想します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。