俺が目覚めた時、そこは博麗神社の寝室だった。枕元には霊夢だけが居て、額には冷たいモノ……濡れタオルが載せられていた。
「あ、起きた。大丈夫?」
「……霊夢……か?」
「そーよ。霊愛と見違えた?あんなに童顔かしら、私って」
「んなこたねぇけど」
「じゃあ何よ」
「ッ……」
ズキッと腹が痛む。再生力に特化している俺だ、怪我をしているワケではないのは分かる。だから、これはきっと打ち身か何かだろう。原因は弾幕だ。
薄らぼんやりしている最後の記憶では、禍霊夢がとてつもない密度の弾幕を放ち、それによって俺の意識が刈り取られたようだが……きっと、その記憶は真実なのだろう。
「いや。……ただいま」
「横になりながら言うことじゃないでしょうに……。でもま、おかえりなさい。全く起きないから明日になったら永遠亭に連れて行こうと思ってたとこよ」
「あらら……どんくらい眠ってたんだ?なんか、凄く身体が重いんだけど……起き上がるのも億劫だよ」
「1日眠ってたわ。アンタを連れ戻してから丸1日経過してる。もう夜よ」
「……1、2時間じゃなくて……1日、か」
「ええ」
そう言われた途端に腹が減ってきた。トイレにも行きたくなってきた。まるで、停止していた臓器の運動が急に再開したような感じがする。
「トイレ行ってくる……」
「子供か。言わなくていいわよそんなの。……あー、あと、お粥作っといたから……手ェ洗ったらこっちに戻ってきて。食べさせてあげるから……」
「そう?んじゃお言葉に甘えて」
あんまり力が入らない身体に鞭打って、壁伝いに歩いていく。まるで寝たきりだったかのように力が入らない。1日でこうなるとは思えないのだが。
そして、明日になってもダメなら永遠亭へと運ぶ予定の割に、お粥の準備はしてくれていたらしい。これだから霊夢は本当に可愛い。
トイレから戻ると、お粥を持った霊夢も丁度到着したところだった。小さな器に山のように盛られている卵粥は、冷めかけている為か、控えめな湯気を上げている。
「軽く温め直したわ。熱かったら言って。あーん」
「あー…………ん、丁度良いや。美味い」
「そ。なら良かった。塩は多めよ。好きでしょ?」
「覚えててくれたんだ。お粥あんま食わねーのに……なんか有難いな」
「何でよ。意味わかんないわね。……それで、身体の調子はどう?」
「ん?力は入りにくいけど、悪いこっちゃねぇな。なんで力入んねぇんだろ……?」
「……なる、ほど……。最後に使ったあの夢想天生、霊力や妖力、吸血鬼と化した私が持てる全ての力を使ってのものでね。しかもロクに使った事ないから私でもあまり制御できてなくて……」
「つまり?」
「アンタの妖力とかを滅茶苦茶に抑えてやったってこと。そこに来ての弾幕だから、自然とダメージは上がるワケね。さっきアンタが腹押さえていたの、アレって空腹によるもの?」
「いや、なんか痛むなーって」
「なら、やっぱりそうだわ。痛みが次の日まで残るほど、手酷いダメージがあったのね」
「痛いっつったって、なんかちょっと痛むな〜程度だから、そんな気にすんなって」
「丸1日眠ってたくせに……。軽く封印状態だったのかもね。紅魔館の連中も、今頃目を覚ましてるとは思うけど……」
「フーン……?」
程よい温かさのお粥は眠っていた臓器に優しい。時々、霊夢の「ふーふー」が見たくてお願いしたらやってくれたので、俺がこうして弱っている時は、かなり甘々になってくれるようだ。介護されたい。
「ご馳走様でしたっと。お代わりしたかった〜」
「お粗末様。目覚めたばっかりなんだから、今回はやめときなさい。……元気になったならいいけど」
「おーよ、もういつも通りよ。関節だってボキボキ鳴らせちまうしよ」
「意味わかんないわよ」
「ヘヘッ……。ところでさ、結局、あの満月って一体何だったんだ?周期的に考えて、多分だけど満月は数日前だと思うんだけどさ……」
「月?ああ、あの偽物の満月のこと?」
「偽……物?」
「永琳に頼んだのよ。アンタを連れ戻す為の作戦の一環だって言ったら快諾してくれたわ。永遠亭にもアンタが必要みたいでね、永夜異変の時の術をまた使ってくれたの」
「永琳、パネェな。よくもまぁそんな術をポンポン使ってくれるよ……」
「そうね。でも助かったわ。それに前回の永遠亭に行く予定だった日の巫月ちゃん、酷く寂しがってたそうよ。今日の所はもう夜だけどあっち行ったら?寂しがってるんじゃアンタも心配でしょ?」
「良いのか?」
「そりゃ、子供が寂しがってるってんなら……ねぇ。私だって三児の母親だしさ……本来なら今日はあっちなんだから……」
「……すまねぇ。少し休んだら行くことにするよ」
「そう、わかった」
それにしても、ラストのあの夢想天生でほぼ一日眠るほどのダメージを受けるなんて。きっと今日の紅魔館は滅茶苦茶だっただろう。俺がこんなにボコボコだったら、弦月姫もレイチェルも、咲夜さんもフランもレミリアも、俺くらいか俺よりも少し軽い程度のダメージだったに違いない。
1日経過しているのにも関わらず、腹がそこそこ痛んでしまう。
「……まだ痛む?」
「まぁね。でもありがとう。お陰でいつもの日常に戻れたからな」
「フンッ……勘違いすんじゃないわよ、アンタを奪還したのは霊愛の為でもあるんだから。アンタが全く姿を見せなくなってからの霊愛、目に見えて気力が無くなったんだからね?」
「……そっか」
「前回、パチュリーに負けたんだけどさ。あの後、霊愛が泣き喚いて大変だったのよ?」
「え」
「『負けたのは自分が吸血鬼化に慣れていなくて、ロクに力を奮えなかったから』って。だから次の晩から永琳に頼んで連日偽物の満月にしてもらって、吸血鬼化の訓練を積んでたのよね。お陰で、霊愛も吸血鬼化にかなり慣れたと思うわよ。永琳が協力的だったからこその成果よね」
「そう、だったのか……連日……」
「どーせ引き篭ってたから気付いてないんでしょ?5日連続満月だったなんてさ」
「……ああ」
「まぁ尤も?霊愛ったら、パチュリーの召喚魔法にビビりっぱなしで、ろくに戦えてないんだけどね?全く、あれじゃ何の為に私が永琳に頭……頼んだのか分かんないわ」
「頭?……霊夢が頭を下げたのか!?」
「んなワケ無いでしょ!」
「だ、だよな……」
最初に霊夢が来た時は自然の満月だったはずだ。つまり、パチュリーと過ごし始めて3日目は自然の満月、4日目〜7日目は永琳の偽の満月だったと。そういう事か。
「とりあえずアンタが戻ってきてくれて良かった。ちょっと安心したわ」
「うん……ありがとな。でも……パチュリーのことを憎むのはやめてくれ。霊夢って案外根に持つし……」
「憎む?バカ言わないで。アレは
「……」
「もし自分だったらと思うと、同情すらできるわ。私も、アンタを独占してた期間があったようなもんだからさ……ホントなら止める資格なんて無いのよ。でも止めるしかない。言い訳するつもりは無いわ。全部、子供達とハーレムの安泰の為。……アンタって無駄に罪な男よね。頭、丸めたら?それくらいしてイイでしょ」
「シンプルにヒデェよそりゃ」
「冗談。……ね、今夜からローテーション最初からになるけど……永琳に『ありがとう』って伝えといて」
「ああ、わかった。じゃ、遅くなりすぎないうちに霊愛達に声掛けて、永遠亭に行くことにするよ」
「うん。またね」
「おう。またな」
◆
「入るぞー」
子供部屋に行くと、けん玉で遊ぶ霊魔を他所目に霊愛と霊麗がエロ本を読んでいるのが目に入った。アレは確か、先日香霖堂で買ったヤツだ。
「ちょッ……入っていいって言ってないんだけど!?ホントお父さんはさぁ!……て、え……お父さん!?起きたの!?」
「おう、さっきな。ちっと遅くなっちまったけど、永遠亭に行こうと思────」
本を放り出して、霊愛が飛び付いてきた。霊麗も霊魔も見ているのに。姉としてのプライドの全てをかなぐり捨て、顔を埋めるように抱きついてきた。
「……バカ……!」
「心配かけちまったよな。今度、ゆっくり話そう」
「……ちょっと、外、行こ?すぐ終わるから……」
「?」
連れ立って縁側に出ると、再び抱きついてきた。今度は、子供としてのハグではないように感じた。俺も彼女を抱き締め頭を撫でてやると、やんわりと頬を赤らめながら、ぎこちない笑みを覗かせる。
「……寂しかった。勝手に居なくならないでよ……」
「ん……それは、悪かった。なんて言えばいいのかは分からんが……この埋め合わせは近いうちにするよ」
「パンツ」
「ん?」
「パンツ頂戴。今日はそれで我慢するから」
「……え、あの、何を仰っているんでしょーか……?霊愛ちゃん、そんなキャラじゃないはずでは……」
「今から永遠亭に行くんでしょ。じゃあ、セックスできないじゃん。……我慢するから。パンツ。ほら。早く脱いでよ。いや脱げ」
「俺1日中寝てたから、絶対臭いぞ……ヤダよ……」
「お父さんだからいーの。早くしてよ」
「……戻って履き替えてくる。ノーパンは無理だ」
とは言っても、霊夢に神社を出る旨を伝えた直後なので戻るに戻れず、仕方がなくスキマでパンツを取り寄せ、冷たい夜風の吹き抜ける縁側にて、娘が見守る中でパンツを履き替えた。
すると霊愛は履いていたパンツを奪うようにして手に取り、股間の部分を鼻に当てた。
「くっさぁ♡ 汗とか体臭とかもうムレムレじゃん♡スーッ……………………はふぅ……おちちゅくぅ……♡」
「……どうして霊愛がこんな事に……」
「お父さんがエロいのが悪いんだよー♪」
「意味わかんねぇよ……。んじゃ、今夜はもう永遠亭行くからな。オナるんなら声漏れないように細心の注意を払ってからにしろ。またな」
オナネタを提供してやったところで飛び上がろうとしたら、翼を引っ掴んで押さえてきた。そういう時はせめて腕を掴んで欲しいと言っているのだが。
「ちゅー、したいな……?エッチな方ね?」
こんな事を言っている霊愛が、パチュリーに負け無力感に打ちのめされて泣くなんて、まるで想像が出来ないのだが。
取り繕っているのか、立ち直ったのか……。まあ、どちらにせよ、掘り返すべきではない事だろうし、余計なことは言わないに限る。
サラサラと髪を撫でながら腰を落とすと、霊愛はキス顔になって待ち受けている。どうしてこうも、親密な娘ほどこうなってしまうのだろう。
「っ……はぷ……♡ んぅ……はァっ…………♡♡」
「……もういいだろ?
「お父さん、私とのエッチにノリノリだね?ふふ……嬉しいなぁ……♪」
「はいはい。今夜は巫月とヤるからもう行くよ」
「わーぉ、当たり前のように近親相姦」
「『嬉しいなぁ』とか言ってたのはどこの誰だぁ?まっ、俺はもう行くよ。またな」
「うん。またね」
夜空に飛び上がりすぐに振り向いてみると…………霊愛がパンツを鼻に当て、フラフラと神社に入って行くのが見えた。直後に、霊夢の悲鳴と怒鳴り声が聞こえてきて、霊愛の怒鳴り声も聞こえてきて……。ほんの少し、申し訳なく思ってしまう俺であった。