メイドとして雇った天子、エスカルゴの性奴隷のモルモー、16番目の子を宿した早鬼を迎えてから、紅魔館の日常は、良くも悪くも大きく変わった。
モルモーはともかく、天子はメイド、早鬼は客人という扱いなので、天子には咲夜達のような上級のメイドとして私室を与えている。早鬼には客室だ。
なので早鬼とは、私達と三食を共にする事になるのだが…………。
「おお!これも見た事ないぞ、何て言うんだ!?」
「それはミートパイですわ」
「ミートパイ……肉でパイを作れるのか!?いやぁ、凄い料理もあったもんだ!肉っていうのは焼くだけじゃないんだなっ!」
「ええ。一口にお肉と言っても、調理方法は多岐にわたりますからね」
「んんっ!うまぁいッッ!!!」
「ふふっ、それは良かったですわ。因みに、今朝のミートパイは愚女が作ったものです」
「ぐじょ?……ああ、弦月姫か!小娘の割に腕が立つじゃないか!いやぁ、凄いなぁ!我が勁牙組専属の料理人にしたいくらいだ!こっちはガサツな料理が主だからな、これ程の煌びやかな料理なんて出れば野郎共の士気も上がるってもんだよなぁ!」
「えへへ……そ、それ程でもありませんっ……///」
「ふふ、お誘いは嬉しいのですが、愚女はお嬢様の配下ですので……」
「はっはっはっ、勿論分かっているさ、言ってみただけだからな♪」
早鬼は、食事をする度に「見た事のない料理」を見付けては、咲夜や弦月姫を褒めちぎる。しかも、やたら声が大きい。けれど、私の従者を褒められるというのはどうも悪い気はしないので、多少食事のマナーがダメでもあまり気にならない。
そして、その「褒め」が何の下心も無い、彼女の本音からきているものだからこそ尚更聞き手の心に響くというものだ。聞いていて私も気持ちがいい。
最初は、私の紅魔館にヤクザなんて……と思ったがこの選択は間違っていなかったのかもしれない。
……ただ、早鬼が彼の子を妊娠しているという事でフランは早鬼と同じ空間にあんまり居たがらない。姉の私も彼の子を産んでいる事で、フランにもその気持ちが芽生えているのだろう。
それでも、喧嘩になる前に自ら身を引いてくれるというのは私達としても有難い。彼が来ない日は、昔のように部屋に篭もりがちになってしまったが、パチェによれば図書館などには顔を出しているようなので、そこまでガッツリと引き篭っている訳ではないらしい。
そして早鬼の存在を少し苦々しく思っている者がここにも1人。
「……お嬢様ー、あの馬うるさいわよー……」
「ただ好奇心旺盛なだけよ。子供みたいで、可愛いじゃない。
「好奇心旺盛、ねぇ……。エッチな事なら、私だって興味津々ですけどー?」
「コラ。食事中よ」
「大声出してないもの」
「まぁね……。それならたまにはいつもと違う仕事をやってもらうわ。美鈴と一緒に花壇の整備、そして10時の紅茶の前にテラスの清掃、整備をしなさい。午前は……後はメイド妖精を指揮しつつ風呂の掃除。脱衣場も、毛や血には気を付けて清掃して。午後の仕事は昼休みに聞きに来なさい、考えておくわ」
「ねー、いつになったら私にベッドメイキングとかやらせてくれるのー?」
「あなたねぇ……。パブロフの犬みたいな状態だからダメなのよね」
「はー?」
「エスカルゴの部屋や、これまでにプレイで使った部屋に入る度に床を濡らして。分かってる?それで余計に掃除の手間が掛かっているのよ?」
「う……だって思い出すだけで濡れるんだもん……」
「まだまだ、妖精よりちょっと仕事できるみたいなものね。シャロンちゃんの方がよく働いてるわね」
「……ちっ、あの首輪付き妖精か。フンッ、だったら今日は床を全く濡らさずご主人様の部屋のベッドをメイキングしてあげるわ!」
「必要無いわ。もう、昨日のうちに弦月姫ちゃんが済ませたし」
「なっ……」
「当然でしょ。エスカルゴが泊まったのは一昨日。昨日のうちに済ませているに決まっているでしょ。彼が居ない日は、私もレイチェルもフランも自室で寝るんだし」
「タイミング悪ぅ〜……」
「……とにかく、私達の朝食が終わったらそのように動くこと。いいわね」
「御意〜」
天子を雇った時は、どうせすぐに辞めるだろうと思っていたが、ここに居れば定期的に、そして以前よりも高頻度でエスカルゴに会えるからか、意外に真面目に働いている。
口調も、最早どうでもいい。働いているのなら、口調くらいはスルーしてやってもいい。というよりこの方が天子らしくて好きだ。
美鈴と弦月姫ちゃんによれば、先日のモルモーの配下の襲撃時には美鈴や弦月姫ちゃんと協力して、その大多数を撃退し、窮地に陥った弦月姫ちゃんを救出し、門や塀の一部は敵と共に破壊しながらも、かなりの数を屠ったらしい。
そのお陰で館の中に配置しておいたレイチェルやフランの負担が圧倒的に軽減されたという。彼女の働きには、私の予想を遥かに超えるものがあった。パチェと小悪魔達がモルモーの配下達と戦闘する事にならなかったのは天子のおかげだとも言える。
「デザートにカップケーキは如何でしょう」
「カップ袿姫だと!?……ああ、そっちのケーキか。ん?カップに入ってなくないか?まぁいい、これも頂くとしよう!」
「あっ!カップごと食べちゃ……」
「うん、少し噛みにくいが美味い!!」
「あ……あの……その外側のは紙のカップですので……食用ではないのですが……」
「へっ……!?噛みにくいから、肉によくある筋とかそういう類のものだと思ったぞ……。そうか、あれは食べる時に外すんだな?次から気を付ける……。もう飲み込んでしまった」
「……早鬼は『カップ』と聞いて何を思い浮かべたのかしら?」
「コップみたいなヤツだな。だからそれにケーキが入ってないから、カップに入ってないんじゃ?って思ったんだよ。まさかこれをカップと言うとはな、流石に予想外だ。まァ次から気を付けるから大丈夫大丈夫っ!」
「妊婦さんなのだから普段以上に身体を大事にしてほしいわね。館を破壊しない程度の軽い戦闘行為は許可しているから、館の中で戦う場合は咲夜に案内してもらって」
「わかったっ!」
◆
早鬼さんのおかげでワイワイガヤガヤと賑やかになった食事を終えると、私達メイドは、食器洗いの時間になる。とは言っても、お母様はお嬢様の専属メイドなので、メインは副メイド長の私だったりする。
厨房にて掃除や食器洗いなどを指示していると……そろそろお父様の息の掛かったあの子が厨房に来る時間帯になった。
「モルモーさんの食器、持ってきました!」
「ありがとうございますシャロンさん、後はいつも通りお願いしますね」
「はいっ!」
お父様のお気に入りのメイドの、シャロンさん。彼女はお父様の性奴隷であるモルモーさんの世話を請け負っているらしい。因みにこれはお嬢様の采配なので、お父様は知らないはず。
お父様はモルモーさんと早鬼さんが紅魔館に来てからは紅魔館に来る頻度が多くなったようなので、いつ来ても大丈夫なように、地下牢の清掃なんかも担当している。
それ以外の空き時間は同僚と過ごしたり、またはモルモーさんの話し相手になっているとか。優しいシャロンさんらしい。でも…………。
「失礼しましたっ!」
「……シャロンさん、ちょっといいですか?」
「はい?何でしょう?」
「えーっと……。シャロンさんがモルモーさんを……洗脳している、という噂を他のメイドから聞いたんですけど……どう、なんでしょうか?」
「洗脳ですか!?むむ無理ですよっ、そんな技術は持ち合わせてませんっ!」
「ですよねぇ……。すみません、妖精は噂好きですしあまりアテにはできませんね」
「全くですっ!そもそもモルモーさんはご主人様の性奴隷さんです、私なんかが手出しをしたら、絶対怒られちゃいますっ!……それでは後はいつも通り、地下牢の清掃をしてから通常業務に戻ります!」
「分かりました、宜しくお願いします」
◆
洗脳してるだなんて、何処の誰がそんな噂を……。ただの妖精の私がそんな事をできるはずないのに、ただの噂にしたって、根も葉もない噂過ぎる。
「────と、副メイド長に言われたんですよー?私がモルモーさんを洗脳してるだなんて、なんか、酷いですよねぇ!他のメイドがそう言ってるみたいなんですけど、困ったものです!」
「そーね。この世界の誰にもこのモルモーちゃんを洗脳なんて出来やしないわ」
「全くです。私は妖精、モルモーさんは吸血鬼で、種族からして力の差が激しいんですもんね」
「そうそう。あんたがモルモーちゃんを洗脳する、なーんて天地がひっくり返っても起こり得ないわ」
ほら、モルモーさんはこんなにもいつも通りだ。一体どこの誰が、私がモルモーさんを洗脳しているという噂を流したのやら。私に突き止められるなら突き止めてみたい。何となく不名誉にも思えるし、そんな噂、ご主人様のメイドとして恥ずかしい。
「ねぇシャロン、噂なんてどうでもいいからさぁ、今日も話聞かせてよ。昨日の続きからね」
「えーっと……昨日はどこまで話しましたっけ?」
「
「あ、そうでした。……って、なんでモルモーさんもご主人様呼びなんですか?私と天子さんだけの特権なんですよー?」
「別にいいでしょ?私はご主人様の奴隷なんだから私にとってもご主人様で間違いは無いわ」
「そうですけどー。まぁ、ご主人様なら喜びそう?かもですしね」
「そうそう。分かってるじゃない」
「……鎖とか、痛くありませんか?大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。結構緩めにしてくれたみたいね。傷付いた女を犯すのはご主人様も嫌なんじゃない?鎖って結構跡になるからね。跡って怪我じゃないし吸血鬼でもすぐ治らないからさ」
「ほへぇ〜……そうなんですねー……」
「そんな事より早く聞かせてよねっ、私の知らないご主人様の話!」
「あ、はいっ!」
◆
「お嬢様〜、昼休みになったわよー。午後の仕事、何やるか決めといてくれた?」
「他のメイドに混ざって床────」
床をモップ掛けしてほしいと言おうとした瞬間、レミリアの部屋の扉が今にも壊れんばかりの勢いでバタンと開け放たれた。
入口に立っていたのは客人の早鬼。天子の苦手な驪駒早鬼である。当然、天子は本人にも見える程にあからさまに嫌な顔をしている。しかしながら天子の「嫌な顔」を全く気にしないのが彼女らしい。
「レミリア!暇だ!仕事をくれ!」
「あー……う、うーん…………。あなたはお客人だし、仕事はしなくてもいいのよ……?」
「読書はしたが飽きた!身体を動かさない事には、何だかもう落ち着けそうにない!弾幕ごっこは暫く控える事にしたよ、腹に響きそうだから!」
「え、ええ、わかった、わかった。聞こえてるからとりあえずボリューム落としてくれると助か……」
「床、とそこの青メイドに言いかけてたな!ならば床の掃除でもするんだろう!?私も混ぜてくれ!」
「そ……うん、そうね、それがいいわ。好きなだけ、あなたが満足するまで働いてもらうわ。辞める時はあなたの好きなタイミングで。休憩も好きにして。綺麗にするより己を大事に、これを第一に考えて。それじゃ、天子、早鬼。2人共、弦月姫ちゃんから掃除場所の指示をもらって頂戴」
「アイマム!」
「えー!?コイツもー!?」
「その方が静かに、大人しくなってくれる……はず。この時間は厨房で皿洗いかその指揮をしてると思うから、後はヨロシク」
「そんなぁ〜!」
「よし行くぞ青メイド!厨房への道案内よろしく!あっはっはっはっはー!!」
「ぎゃあああ!部屋出たら右だし腕引っ張らないで痛い痛い痛い〜っ!!あと私には比那名居天子って高貴な名が────」
早鬼が天子の手を引いてレミリアの部屋を出て、厨房へ向かって駆け出す早鬼。まるでハリケーンが急に現れ急に去っていったかのような猛烈な勢い。さしものレミリアも、呆気に取られてしまった。
2人が勢いよく出ていった入口から、とうに誰も居なくなった廊下を見つめ、誰に向かってでもなく虚空に向かってポソリと呟く。
「…………天人の天子が痛がるってどういう事よ……。というか、仕事へのそのやる気はどこから…………」
早鬼の行動や言動等、全てが自身が思うヤクザのイメージと大きく掛け離れていたからこそ、早鬼の
「仕事をさせてくれ」という謎の熱意が彼女には理解できなかった。
やがて、張り切りすぎた早鬼がモップ掛けの際に脚に力を込めすぎたあまり館を半壊させ……とうとう切れた天子と早鬼によるバトルが始まったのだが、それはまた別の話である。
◆
「ねぇパチェ〜」
「どうしたの、フラン?また、あなたご希望の本が見つからないのかしら」
「ううん、そんなんじゃないの。ただ気になって」
「気になる?……何かしら」
彼が来てからずっと表情豊かだったフランだが、パチュリーの元に来たフランは何故か真顔だった。彼が居ない時は大抵こうだが、今日は少し違うなとパチュリーは感じ取っていた。
「パチェってエスカルゴとの子、欲しいの?欲しくないの?」
「……欲しくないって言ったら嘘になるかしらね」
「でも作ってない」
「そうね。今はまだ……2人の時間を楽しみたいの。レミィは、子育てという新たな道を選んだけれど……私には、まだ早いと思うの」
「でも、お姉様だって、エスカルゴと2人の時間を楽しんでるわ?」
「ええ。でもそれは神綺の助けによるものでしょ?だからこそ、かなり早く妊娠期間を終えたの。もし私がそうなったらそうはいかない。神の力に耐えるだけの体力が、私には無い。それにレーテの成長が早いのは吸血鬼だから」
確かに、とフランは小さく頷き答える。
「私とエスカルゴの子なら魔法使いと吸血鬼の子になるわね。……エスカルゴの血のお陰で成長は早いと思うわ。だけど、今の私が子育てなんて無理なの。体力的にも、精神的にも、ね」
「ふーん……?どうして?」
「レミィと違って器がそこまで大きくないからね。エスカルゴの事は、今後何があっても愛せると思うけれど、子供も愛せるか、と言われるとね……正直、今の私には難しいかもしれないの。何故かしらね」
「……」
「魔法使いに有るまじき事だけれど……もしかしたら私は『足る事』を知ってしまったのかもしれない。彼と付き合って、館内だとしてもデートをしたり……エッチしたり。案外、これでも私の心は満たされているのかもね」
「『足る事』を知るのって、ダメなのかしら?」
「ダメではないと思うわ。身近な例だと、早苗も、足る事を知っているみたい。今で満足してるのよ。でもレミィはそうはいかない。我が子を愛しつつ、彼を愛し、そして愛されたいのね」
「……結構、お姉様とエスカルゴって似たもの同士、なのかも?」
「ふふっ……確かにそうかもね。誰彼構わずに愛する彼の行動……私には、誰かに愛されたいが故の行動に見える。何故か知らないけど、飢えてるのかもね」
「…………うん。私もそんな気がしてる。だから私、エスカルゴを止めないの。エスカルゴの幸せが私の幸せでもあるし」
「……そう」
パチュリーは、これまで誰にも……彼にさえ見せた事の無い程の優しい笑顔をフランに向けて……まるで我が子にするように、優しく、優しくフランの頭を撫でた。
「パチェが私と同じ考えで、何だか安心した」
「それなら良かったわ」
「……私、これからは早鬼とも……それと、天子とも仲良くするね」
「それはいいわね。彼もきっとそれを望んでるわ」
「うんっ♪」
そう言うとフランは、図書館を飛び出して早鬼の居るであろう場所へ向かって行った。
直後、何故か早鬼と天子によるバトルが勃発し、フランもそれに参戦。紅魔館は半壊ではなく全壊に至り、この3人はレミリアからの大目玉を食らってしまった。
しかし当の3人は、これ以降、何故か以前よりも仲が良くなったという……。