とある異世界の某所。凍魔は自身のアジトにて、融合したはずのチルノとギャーギャーうるさく喧嘩していた。
《おい!おい、凍魔!さっさと身体を返せ!》
「うるさいなぁチルノ……!黙って融合されてなよ、なァに自我を取り戻しちゃってんのさ?無駄に我が強すぎだよ!」
《うるさいうるさい!あたいの身体から出てけ!》
「うるさいのはあんただよ!いい?あたいが本体!サブがあんた!これであたいは完全体ってワケ!!そんでもって、出てくとしたらあんたの方だから!サブの分際でうるさいよ!」
《まさか、大ちゃんを一回休みにさせるなんて思わなかった!サイテー!もしあたいが融合?から解放されたら、サクッと……ザクッとぶっ倒してやる!!覚悟しろ!》
「ハンッ、バッカじゃないの?あんたには無理だよそんなの。いいから黙って、能力使わせな!」
口に出さずともチルノは凍魔の中に居るのだから声を届ける事は可能だが、凍魔は敢えて口に出し、自分が肉体の支配者だという事をチルノに向け暗にアピールする。
しかしチルノは、そんな事も知ってか知らずか、凍魔に対し反抗的な態度をとるばかりである。
《嫌だ!あたいの能力はあたいだけのものだ!お前なんかに使わせるもんか!バーカ!》
「だーかーらー!!あんたの能力自体が、あたいの能力の劣化版なの!あたいの能力の一部をお裾分けされただけ!それがあんたの能力!!」
《違うもん!違うもん!!あたいはあたいだ!!》
「……融合して何時間も経ってんのに、完全に融合が終わるどころかドンドン分離してる……。名前自体が力を持つものっていうのは黄泉から聞いてたけど、まさかここまでとは思わなかった……かったる〜」
「ヒヒッ、もう1人の自分の事も抑えられないの?我が強すぎるってのも問題なんだね〜」
ストッと凍魔の隣に急に現れたのは、封印されし賽の河原の鬼、
「愉于奈……あんたは暴れないワケ?」
「ん?黄泉が良い具合に暴れてるみたいだからさ、もっとも〜っと黄泉が人里を混乱させて、それから私が暴れてやろっかなーって♪」
「黄泉が暴れてるって言っても、どーせちまちまと人間を殺してるだけなんでしょ?暗いアイツらしい行動だけど」
「ま、ちょっと豪快さには欠けるよね〜。その分、豪快さってのは私が担当してるんだけど♪」
「それはあたいでしょ?」
「凍らせるしか能の無いバカはお呼びじゃないわ。もう1人の自分と格闘してな♪」
「あーあ…………あたい、いつになったら久しぶりに本気出せるんだろ……。折角完全体になったってのになんか全然力が出ないよ」
「一生無理なんじゃない?」
「ウッザ。真のあたいより弱いくせに。3人の中で最弱じゃん」
「そりゃあ、あんたが遠距離も近距離もイケるからでしょ。私は近距離専門なのよん♪……とはいえ私が最弱なつもりは無いけどね」
「黄泉はどっちかって言うと遠距離だよね。近距離専門みたいな武器持ってるくせに。つまりあたいが3人で最強ってワケ。分かったら黙ってよ鬱陶しいからさ」
「ザーコザーコ。バーカバーカ。自分の劣化版にも負けるザコ女♪」
「……殺すよ?」
「いいよー、もしもバトりたいってんならあんたのそのコレクション、ブッ壊すから」
「あーそれはダメ!飽きるまで愛でるの♡」
「どうせすぐ飽きるんでしょ」
「えへへへ……」
まるで昔から知っているかのような口振りだが、こうは言っても昔から組んでいる訳では無いので、凍魔がコレクションに「すぐ飽きる」というのは、彼女本人からの伝聞でしかない。
「にしても……
「でも、ここより寒い世界も存在するって言うから怖いよね、真のあたいじゃないと過ごせないよ」
「あんた以上の寒さしてんの?その世界」
「そーだね、超本気のあたいと同じくらい」
「へー……あんた何気に凄いんだね」
「そーだぞ!サイキョーな凍魔様を崇めろ!」
「いやそれは無理だわー。何だかんだ言ってもさ、近距離戦に持ち込めたら多分私の方が強いし?」
「くっ……」
「あーあ、早く暴れたいなー♪」
◆
「ふっふふふ……次はどいつを殺してやろうか……」
茜色に染まった空を、死神の鎌を携えて飛行する黄泉。幻想郷では少女が空を飛ぶ事など日常茶飯事なので、里人達は、空を飛ぶ黄泉を目にしても全く気にしない。
「ム。配達中の蕎麦屋か。……アレは良い、殺そう」
近くの屋根に降り立ち、刃の射程外にも関わらず鎌を振り下ろす。完全に鎌を振り切ると、何段にも蕎麦を積み上げて蕎麦を配達していた男性は、糸を切られた操り人形の如く力無く地面に崩れ落ちた。
「あぐぁっ……あ゙ぁ゙っっ、ああ゙ぁっ!!ひぎっ……あぐぐぐっ……ぐぁあああぁっ…………」
「クッ。ククッ……無様だな、人間」
蕎麦屋は数秒苦しみ絶命。苦しむ際、転んだ時に散らばった蕎麦を地面ごと掴むようにしていたのが黄泉はどこか笑えて仕方なかった。
「……ん?もう死んだか。なんだ、どうせ今日中には死んでいた命か、つまらん。こんなにも早く
近くの建物から出てきた夫婦を見て舌舐めずり。8、9人目の標的を見定めた瞬間であった。黄泉の頬を1つの弾幕が掠める。
「?……きっ、貴様はッ!!」
「こんばんは死神さん。復活おめでとう……でいいのかしら?」
「八雲……紫ィ…………!!また私を封印に来たか!」
「いいえ?そんなつもりは無いわ。でも……お仲間をこちらに引き渡すのならあなたは見逃してあげる」
「……何だと?仲間?」
「凍魔と愉于奈は近隣の異世界に居るのでしょう?あの2人を連れてきなさい。一刻後に、妖怪の山の山頂にて会いましょう。時間が無いものでね、少し短めに期限を設定させてもらうわ」
「フン……成程、直接的な被害が大きい2人を選んだという事か」
「……否定はしないわ」
「だが断る。奴らは仲間などではないからな。私は常に1人!」
「やれやれね。なら……紫奥義『弾幕結界』」
「!?なっ、何だこれはッ!?」
「あなた達が封印されている間にね……時は移ろい、時代は変わった。力だけで戦うのは時代遅れなの」
「貴様の言う事は、相変わらず分からないな!だが私はこんな弾など回避して……回避…………かい…………無理だろうこれはァァァ!!」
「短気な所も変わらないわね」
「触れたらどうなるんだコレは………………痛っ!?」
「自ら触れる奴なんて初めて見たわ。普通なら初見だとしても恐れ戦き回避に専念するものだけれど」
「私は普通ではないからな!」
「……そういえばそうだったわね」
「だがこのまま飛び続けるのは些か……いや、かなり疲れるな……」
「?」
「うむ、仕方ない。ここは一先ず退散か……ッ」
「させないわ。廃線『ぶらり廃駅下車の旅』」
「させてもらう!」
黄泉は自らが楽しむ事を最優先事項としている。だから、凍魔や愉于奈ならしないような逃走だって恥も外聞も無く選択出来るのだった。
紫は相手が相手だけに今回ばかりはスペルカードルールをほぼ無視した。弾幕結界と廃駅下車の旅を同時に発動させ、ほぼ確実に仕留めようとしたが、黄泉の行動は紫の予想を僅かに超えてしまった。
「イデデデデッ……うっ、ぐあぁあああっ!!」
「何を考えて…………って、まずい、そっちは……!」
スキマが開き電車が突撃してくる直前、黄泉は、弾幕結界に自ら飛び込む。弾幕が全身を攻撃して、黄泉はすぐにボロボロとなってしまうが、捨て身の退避は功を奏し、事態は急変してしまった。
「追うな八雲紫ィ!!貴様が私を追えば人間が更に2人死ぬ事になる!!」
黄泉は鎌を近くの女性に突き付ける。それは先程彼女が目を付けていた、あの夫婦の片割れ。黄泉が直接鎌を突き付けているのはその妻の方だけだが、その旦那の事すらも当然の如く人質としてカウントしている。
「きゃあああっ!?な、何ですかあなたは!?」
「おいお前!俺の女房を離せ!」
「黙れ。私は死神だぞ。逆らうのなら今すぐお前達2人の寿命を尽きさせてやっても構わんぞ?」
「なっ────!?」
「案ずるな、黙っていれば今すぐ殺しはしない」
「ッ……」
紫は、血が滲む程に下唇を噛み締めた。まさか、超高密度な弾幕結界を防御無しで突き進むなんて、無鉄砲・無謀・捨て身に定評のあるエスカルゴすら実行しなかった荒業だからだ。
紫の中では彼こそが無鉄砲、無謀、捨て身の頂点だった。蓬莱人の妹紅すらも超越する捨て身さだ。しかしこの一瞬でその評価は不死身でも何でもない黄泉の方へとひっくり返った。
彼なら相殺する。または防御しながら突撃する。それを基準にしていたからこそ、防御、相殺する暇すらも惜しんで退避するという行動は読めなかったのである。
「まさか文字通りの捨て身に出るとは……」
「さっさと去ね!八雲紫!さもなくば────」
「分かった。ここは一先ず引きましょうかね」
「!……よしよし、それでいい」
素直にスキマに身を投じた紫を見送って、黄泉は女性を旦那の方へ押し付けるように突き飛ばし解放すると、痛む箇所を擦りながらフワリと飛び立つ。
そして、いつ紫からの襲撃があってもいいよう、あの2人は再び人質にしておこうと考えた。
「────やはり
遠隔から鎌を振るい、2人の魂にちょっぴり傷を付ける。すぐには殺さず、苦しめず、しかしほんの少しずつ、生命力が零れ落ちていくように……。
「ああ……何だかよく分からないけれど、解放されて良かった……」
「そうね……もし私達まで死んだら誰が小鈴を支えてあげられるというの……?本当に焦ったわ……」
「それもそうだし、遺言も残せずに死ぬなんて……。そんなの御免だ……」
遺言云々を考えているだなんて呑気なものだ、と空から夫婦を見下して嘲笑する。黄泉が魂を傷付け放置しているので、夫婦もとい小鈴の両親は、その魂が癒される事無く、自然に、あくまでも自然に、グッと短くなった寿命で死ぬ事になるのだろう。
一度魂に傷を付ければ、後は遠隔からでも能力を行使する事によっていつでも殺せる。黄泉は遠距離攻撃が得意だと2人に言われるのは、この能力所以である。
◆
「奴を殺すには……やはり一撃必殺でないとダメね。レミリア……いや、フランドールの力を借りるしか、活路は開けなさそうかしら……」
紫は、人里にて黄泉から離れた後、そう呟きつつ紅魔館へ向けて飛んでいた。一撃必殺の能力を持つ敵であるなら、こちらも一撃必殺の能力を持つ者をぶつける必要がある。それなら彼女しか居ない、と考えた。
エスカルゴは現在、冥界にて妖忌の指導を受けて打倒凍魔の特訓をしているので、邪魔はできない。凍魔が暴れる前に彼が彼女を倒すといった流れは、紫や幻想郷にとっても、これ以上無い程に好都合な流れだからだ。都合のいい流れを、紫が壊すはずが無い。
「問題は愉于奈だけれど……何処にいるのかしらね、まさか本当に異世界で待機してるとでも言うの?」
先程は知っているような話し方をしたがその実、紫は現在の3人について殆ど知らない。3人の拠点ないしは目的。そして行動理由なども全て。
ただ1つ分かるとしたら、封印前と違って行動が慎重になっているな、という事だけだった。
もし封印前に3人が顔を合わせていたら、きっと3人同時に暴れていた。そして巫女と手を組んでも止められなかった。幻想郷は滅亡していたはずだ。
だから、本気で暴れたい、幻想郷を潰したいなら3人同時に暴れる方が効率が良いわけだ。なのに、敢えてそうしないという事は…………。
「────単に個人で暴れた方が楽しめる、とでも考えているか、それとも他の誰かが暴れているのを近くで傍観しているのか……かしら。気配は無いし、前者だとは思うけれど……もしそうならこれは、厄介極まりないわね。とりあえず……藍!」
「はっ」
「里の警戒を任せるわ。これ以上、
「御意。紫様は……?」
「近隣の異世界に足を運んで賽鬼愉于奈を探すわ。式神も使って、ね。コイツも、夢摘霊黄泉と大して変わらない厄介さを誇る鬼だから、一度暴れ出すと中々止まらないのよ」
「成程。凍魔はあくまでもエスカルゴに任せると」
「その方が良さそう。彼にとってはチルノも大事……みたいだからね」
「強欲ですね、奴は」
「それに────彼が『分離』の技術を会得すれば面白い事になりそうだし」
「?」
────私の式神を無理矢理剥がす事も、できるようになるのかしら?
己に足りないものを「敵」と言ってのける紫は、彼の特訓を覗き、そんな事を考えていたのだった。
近距離も遠距離もイケるオールラウンダー。
単純さ以外、美鈴のように弱点らしい弱点が無い。熱ですらも彼女の能力で捩じ伏せることができる。もしも単なる熱で彼女を弱体化・制圧するとしたら大焦熱地獄以上の力が必要とされている。
真の力を取り戻せばとある能力が開花するが、我の強いチルノのせいで、融合できても強化されず……。
鎌を持っているので近距離派だと思われがちだが、鎌を物理的に敵を斬る為の武器として使うのは苦手だったりするので、専ら能力に頼りきりの遠距離派である。
「自分こそが最強だ!」という自負も無い為、いざピンチに陥ると迷わず逃走という手段に移行する。
鎌が無くても能力自体は使えるものの死神としてのアイデンティティというかそんなつもりで鎌を所持しているだけである。
圧倒的近距離派。遠距離はからっきし。金棒を使う事もあるが大抵は使わない。自分の手で壊した方が気持ちイイからである。