「────紅魔館?なんで……」
どうやら、凍った咲夜さんを抱えた愉于奈の如く高速で動いたらしく、位置を設定して俺が転移した瞬間にはもう奴の姿は無かった。
到着したのは紅魔館の門前。美鈴は起きている。
これから起きるであろう事を直感的に感じ取った俺は、寒中水泳をしているかのように、背筋が再びゾワリと震えた。
「あれ、エスカルゴさん?今、大急ぎで館に入ったばかりでは?」
「美鈴…………やっぱり今、ここに俺が?」
「……えっ、何ですそれ。まさかさっきのは……?」
「今、俺、偽物を追ってんだよ。俺の偽物だ。俺の顔をして俺の姿をして俺の声で話す。……そのまさかなのかよ?マジで俺が来たのか?」
「ええ、気もまんまエスカルゴさんですよ。えっ、でもどちらもエスカルゴさんの気ですよ?気を使う程度の能力の私の目をも謀るなんて…………。ただの偽物じゃない気がしますね?」
「っ……」
うーん、と考え込む美鈴。宙を睨み、地を睨み、あちこちに視線を泳がせた後に、こちらに真っ直ぐ視線を合わせてくる。
少々ドキリとはしたものの、その動揺を隠しつつ美鈴に相対する。
「今私と話しているあなたは本物さん……ですよね?合ってますよね?」
「ああ。信じてくれ。……証明できるモノは、多分、無いけど。一応、剣とかならあるよ。ほら」
「と言っても創造魔法で創れるんですもんね……いや信じますよ?もう
「美鈴……」
流石にあの時の事が効いているらしい。あの時は本当に苦しかった。俺もそうだが、きっと彼女達も苦しかったのだろう。
まぁ尤もあの時一番苦しかったのは俺だろうが。
「って、悠長に話している場合ではないのでは!?早く偽物を捕まえないと!」
「そうなんだよ。でも俺がここで……いや、ダメだ、子供達やフランに何が起こってもおかしくねぇな。クソッ…………よし美鈴、頼みがある!」
「はいっ!」
「これから俺は、偽物を紅魔館から追い出すから、解決するまで俺も偽物も、俺の顔をした奴は誰一人館に入れないでくれ。さっきは何故か認めたけど、いつか偽物も『俺が本物だ信じてくれ』と言い出すだろう。紅魔館には、最も俺の家族が集っている。格好の餌食になっちまうかもしれない!」
「分かりましたっ!お任せをっ!解決するまでは、
『あなた』を通すのはこれきりにします!」
「それで頼む。そして、『解決』を知らせるのは俺以外の誰かに任せるのがいいな。俺の偽物がそれを知らせたら意味が無い」
「あっ、そうか……そうですよね……」
よくも、紅魔館に逃げ込んでくれたものだ。即死効果のあるマンドラゴラの声を聞かせたい所だが、それをやると紅魔館が滅んでしまうかもしれない。
やはり、少々片付けは面倒臭くなってしまうが、フランから継いだ破壊の能力を使うしかない。
意を決して館に足を踏み入れたが、そこには俺が最も危惧した事が待ち受けていた。
「────やはり現れたわね、旦那様の偽物」
「本当にお父様の顔してる……!」
「……もー……マジで止めてよこの展開……俺が可哀想だとは思わないのか?」
十六夜母娘が、ナイフを構えて立ち塞がっていたのである。あの時の朝の記憶が、ザザーッと脳裏に流れて止まない。ドクドクと脈拍も上がってくる。胃の中の物が逆流しそうになってきたが、どうにか作り笑顔を浮かべて2人に話し掛ける。
「落ち着いて。俺が本物だよ。大体、おかしいとは思わない?俺が本物なら、偽物を殺すつもりで探し回るよ。なのにここに来た『俺』はどうしたのさ?まさか、偽物の後始末を咲夜さんと弦月姫に任せたとかいうアホな事は無いよな?まさかな??」
「そこは私もおかしいとは思いましたわ。ですが、気配もそのままですし、時間停止も構わず動いた。なので、一応彼の事も疑いつつ、従っています」
「私もです!」
「……疑いつつ、ならいっか。あの時の繰り返しにはならなさそうで安心しましたよ。それじゃ、偽物が知らなさそうな事を言ってあげます。……咲夜さん、
「────ッ!!」
「……お母様?」
「弦月姫。ナイフを仕舞いなさい」
「えっ?で、ですが……」
「大丈夫。私達の目の前に居る旦那様が本物よ」
「え?えっ?何か証拠が掴めたんですか?」
「私の体調を心配した。それが最高の証拠よ」
「……?」
「とは言っても、この方法を使えるのは咲夜さんや早鬼などの極々僅かな人数なんですけどね。まぁ、偽物が咲夜さんの妊娠に気付いてないのが幸いか」
「ええっ!?お母様が妊娠を……」
「ええ。お嬢様、旦那様、永琳先生、鈴仙しか私の妊娠については知らない。だから、それを知ってる事こそが何よりの証明になるわ。だって旦那様は、妊娠している者には会う度に体調を尋ねるからね。でも、先程の旦那様はそれが無かった。……だから、それも疑う要因になったの」
「そうだったんですか……」
(穹ちゃんについては秘密にしておこうかしらね。旦那様に穹ちゃんの尾行が知られているか……は五分でしょうし、あの子の為にもそんな余計なリスクは負わないのがベストかもね)
「やれやれ。これも『日々の積み重ね』ですかね。まさか普段の言動に助けられるなんて。これは賭けでしたけど、俺は見事賭けに勝ったらしい」
「……では『アレ』が偽物と分かった以上、これからどう対応しましょうか?」
「さっき美鈴には頼んだんですけど、今日以降俺の出入りを全面禁止にして欲しいんです。『解決』は俺以外の誰かが皆に知らせると思います」
「でしたら、解決も旦那様以外の誰かが行った方がいいのでは?周囲を混乱させてしまうだけかと……」
「……ああ……確かに。って、偽物は紅魔館に来て、どこに行ったんですか?さっさと追い出さねえと、何が起きるか……」
「私達はここで旦那様を待ち構えていましたから、動向は分かりませんね」
「っっ!!……図書館か!!」
パチュリーが、小悪魔が襲われる。その危険性に気付いた直後、俺は瞬間移動で図書館に移動する。しかしそこにはいつも通り優雅に茶を嗜み読書するパチュリーの姿が。
「あら、エスカルゴ……どうしたの?野放しになった分身でも探しているのかしら」
「あっ、ああ、俺の偽物がここに来たかと思って、パチュリーの事、襲うかもしんなくてっ……」
「……っ!偽物ですって?それなら……フランの方に行ったんじゃないかしら。あなたの気配がそちらに向かったような気がするのだけれど」
「は!?お、俺は最近紅魔館に来たらまず図書館か地下牢に顔を出してから────」
そこで俺は、最大のミスに気が付いた。
アイツは俺のクローン。だから、俺と同じような行動をするとばかり思っていた。だがそれは違う。その思い込みこそが、最大の罠だったのだ。
思い出せ。アイツは
パチュリーと付き合う前の俺のクローンである。つまり、アイツは、パチュリーを彼女なんて思っていない上にモルモーという存在を知らない。だから紅魔館に来たらまず図書館や地下室に向かうという事すらもしないのだ。
ましてやパチュリーと付き合っているのなんて、それこそ彼女間や家族間でしか知り得ない。青娥もそれを知らないはず。モルモーの存在は極秘なので更に知られる心配はない。
つまり、俺がまず向かうべきだったのは、明確に俺の彼女だと知られているあの子────フランの所だったのだ。
「チクショウ最悪だッ!!」
焦って気配を探知する。すると、俺の気配に近い気配とフランの気配がボンヤリ感じられる。場所は俺の部屋。そして、その2つの気配は極めて近くにある。
座標で言うならピタリと重なっているかのように極々至近距離にある。この近付き方、まるで2人のプライベートゾーンに踏み込むかのような……。
「うッ……」
文字通りの「最悪の事態」が頭に浮かんだ瞬間、胃を握り潰されたような強い腹痛、吐き気に襲われ今にも体内の物を臓器ごと吐き出しそうになった。
しかしもうここまで来たらどんな手を使ってでも殺るしかない。
「ちょっとエスカルゴ!?大丈夫!?」
「大丈夫、俺は早くフランのとこ行かねえと……」
腹を押さえつつ瞬間移動したその瞬間────。
「あんっ♡ イイよぉぉっ♡ いつもよりっ、コーフンしてるじゃんっ♡♡」
「フラン……くっ、やば、またイクッ……」
「んちゅっ……はぷっ……んふ、ガッツいちゃって♡今日、なんか可愛いねっ♡ あっ、あんっ♡ そんな♡奥ばっかりぃっ♡ あぁああっ♡ んぁあああぁっ♡♡あつぅい……はぁ、はぁっ……♡ しゅごいよぉ……まだ出てる……………………えっ?」
「……ああっ……」
危惧していた事が、起きてしまっていた。彼女と偽物のセックス。これだけは……これだけは、絶対に回避したかったのに。しかも中出しまでされた。
腹痛、吐き気をも通り越して怒りしかない。
「あーフラン、気にすんな、アレは俺の偽物……」
「死ねクソ野郎オオオオオオオッッ!!」
「ブギッ────」
「きゃあっ!?」
入室直後、躊躇わず敵の《目》を潰してやった。
フランの目の前で「俺」は爆散。俺の部屋中に、血も臓物も全てを撒き散らして、死んだ。フランは呆然としていたが、数秒後、ハッとしたように身を布団の中に隠しつつ焦りを見せ始めた。
「えっ?えっ!?エスカルゴが2人!?」
「フラン……今のは…………俺の、偽物なんだ……」
「嘘っ!?で、でもっ……でも!!気配も何もかも、全てエスカルゴだったわ!……でも目の前のあなたもエスカルゴ……何なのっ!?何が起きて…………えっ?待って…………私、今…………エスカルゴと……エッチしてたのに……今のは………………そんな、嘘よ…………」
「…………ごめん。俺……サイテーだ。フランを……絶対守るって決めたのに…………まさか『俺』がフランを傷付けるなんて……こんなの……」
「どっ……どうしよ、こんなの……なんで、どうしてこうなるのっ……ねぇエスカルゴっ……あなたは本物なの?」
「ああっ、俺は本物だっ!」
「良かっ────」
その時、爆散した『俺』の死体が消えた。日光に当たっている訳でもないのに。しかもこの消え方、まるで不老不死の者の消え方のそれだった。
「まさかっ…………アイツも不老不死…………!?」
「……おかしいとは思ったのよ。エスカルゴが部屋に入って来た時、翼が少し欠けてた。再生しながら、この部屋に入ってきたの。炎火からのペンダントも無かった。どこかに置いてきたって言ってたから、そうなんだなって思った。まさかそれが嘘……だったなんて……。でもそうよ……エスカルゴ、誰かからの贈り物を、どこかに置いてくるワケ、ないもん……。場所を言わないはず、ないもんね……」
「フラ……」
「ごめんね……私……汚されちゃったよ…………」
「大丈夫だフラン、まず風呂にっ……」
「騙された自分が嫌なの……。お願い……死なせて」
「やめろ!!」
燃え盛るレーヴァテインを手元に作ったフランはそれを首元に当てる。近付けるだけでもジリジリと肉が焼け、フランは力を込めてそれを首に押し当て首を刎ねようとする。
俺は急いでベッドに飛び込み、レーヴァテインを握り潰し、彼女を抱き締める。
「やめてっ!騙されたのが嫌なの!あなたじゃない男に犯されたなんて生きてても苦しいだけ!お願い離して!死なせて!もうあなたを幸せにできない、今の私じゃ!!今の汚された私じゃあなたの隣には居られないから!だからお願い!離してよぉ!!」
「フランが死んだら俺に幸せなんて来ねえんだよ!俺を幸せにしたいってんなら死ぬんじゃねえ、何を考えてんだ!ふざけんなッ!冷静になれ!今の俺が冷静じゃないかもしんねーけどな、まずはフランが冷静になれ!とりあえず洗えばなんとかなる、あとアフピル飲め、それでどうにかなるから!!」
「そういう問題じゃない!!気持ち的な問題なの、分かるでしょ!?」
「分かるけど死ぬのは止めろ!必ず奴を殺すから!決着をつけるから、フランには生きてて欲しい!!そうしなきゃ俺は何をするか分かんねえ!絶対に、フランの事は死なせない!!」
「……じゃあ、あなたで綺麗にしてよっ……もう前の私には戻れないかも、だけど…………せめて上書き、してよ……じゃなきゃ立ち直れない…………。あなたは本物、なんだよね?……お願い……さっきのを忘れるくらい激しいエッチしてよ……お願いだからっ……」
「っ……分かったよ…………。それでフランが死なないなら……俺はどんな事でもするから……!!」
正直、寝盗られへの耐性は0なので、今すぐには勃起しないだろう。すぐに奴を探しに行かないと、他の子への被害が出るかもしれない。
けれど、フランを前にしてそんな事を言える筈も無かった。
「……フフ……子供のエスカルゴみたいにちっちゃいおちんちんだね……?良かった……」
「『良かった』?なんで……」
「私と他の男がエッチしてるの見て興奮してたら……どんな顔をしていいか、分からないもの……」
「そんなの無理だ……耐えられない」
「だよね……独占欲強いもんね、エスカルゴ……」
「ああ……っ」
「大丈夫……すぐ勃起させてあげるね。私があなたに
その後フランにより俺の自我は消され……苦しみを忘れるかのように互いの肉体を貪り、長い間肉欲に溺れていた。
夜も更けた頃に、俺の自我が戻った。隣を見るとフランは涙を流しながら眠りについていた。眠った彼女を風呂にて綺麗にし、ベッドに寝かせて、俺は紅魔館を
そしてモルモー、シャロン含む紅魔館の面々には青娥の創ったクローンが幻想郷に居る事を伝えて、神出鬼没な青娥に気付かれる事無く、これを周囲に伝えてほしいと言い含めておいた。俺本人が行くと更に混乱させてしまうだろうから、と付け加えて。
その間唯一の幸運であったのは……初めて「死」を経験したクローンが、オリジナルである俺の襲来を恐れ、幻想郷のどこかに身を隠していた事である。