気配が混ざってるかどうかを見極められる者などそう多くない。気や魂、神に精通していなければ、気付けない事だ。
だから、俺が本物でアイツが偽物だというのは、気付けるのは霊夢、霊愛、霊麗、妖忌、幽々子さんだとか、古明地姉妹、神様の面々くらいだろう。
俺の彼女達や知り合い全体の中のほんの一握り。つまり俺が本物でアイツが偽物だという本人証明はほぼ不可能だ。
俺が表立って動いても混乱を招くだけ。不信感を周囲に与えてしまうだけ。
だからここは耐えるしかない。それに、霍青娥は極めて神出鬼没。俺がどこで何をしようとも、奴が本物である俺を監視していないとも限らない。なら俺は自由に動けまい。己が作り出したスキマ空間に滞在しているしかないだろう。
俺こそが本物だ、と知っているのは、残念な事に紅魔館の面々だけ。これでは、自己証明の足しにはならない。
地獄で四季映姫に協力を要請するのもアリだが、地獄の力を使う特訓でもないのに、俺個人の頼みに力を貸してくれるはずもない。嘘も通じない……。
地底に行って、古明地姉妹に助力してもらうのもアリだとは思う。だが地底に行くというのはお空やお燐にも接近する事であり、無垢なお空が騙される可能性もある。
古明地姉妹は騙されないだろう。お燐は慎重だ、簡単には騙されないはず。しかしお空は騙される。そんな予感がする上に、普段の無垢で純粋なお空を見ていればそんな予感に納得もいってしまう。
娘達に手を出されるかもしれないのに、表立って動けないというのは、どうにもこうにももどかしいものだ。青娥の神出鬼没さと、エスカルゴ──俺の顔の広さがこんな厄介な事態を引き起こすなんて。
せめて俺とアイツを見分ける分かりやすい方法が有ればいいのだが…………。
「考えろ。今、考えないと…………また守れない」
真っ暗なスキマ空間の中、坐禅を組み、ひたすら思考を巡らせる。どうにかして、現在幻想郷にいる
「俺」がクローンだという事を周囲に広め、そして信じさせる方法を見つけ出す為に……。
◆
「さて、皆。集まってもらったのは、他でもない。エスカルゴのクローンが解き放たれたという事を、彼の家族にどう伝えるか────。それを、皆にも考えてもらいたい」
レミリアは、紅魔館の主な面々を集めて、会議を開いた。侵入や盗聴などされないように、周囲にはパチュリーの結界、その外側に弦月姫による植物の防護壁を施している。
誰もが口を結び俯く中、真っ先に口を開いたのは勁牙組組長、脳筋の早鬼である。
「んなもんさっさと偽物を捕まえてブチ殺せばいいだけの話だろう?」
「エスカルゴによると不老不死らしいわよ。日光に当たっていない肉片も消えたから、どこかで肉体を再構築したんだろうって言ってたわ」
「チッ。だったらストレートにエスカルゴの家族に伝えればいいだろう、彼のクローンが来るからもし来たら殺せってな。本物も不老不死なんだ、本物が来たなら『ごめんなさい』で済むはずだ。本人とて偽物騒動を知っているんだ、許してくれるだろう」
「だから何?殺しても解決にならないでしょうよ。またどこかで肉体を再構築しての繰り返しよ」
「いいや、繰り返しでいいんだ。そうすればいずれ敵は行き場を失うだろう?そうなれば目的を失い、大人しく封印されてくれるはずさ。博麗の巫女なら封印も可能なんだろう?」
早鬼の率直な意見に対し素直に感心した弦月姫、小悪魔母娘、天子。
そんな従者達に反し、はぁ〜、と大きな溜め息をついたレミリア、パチュリー、咲夜。酷く呆れた、やれやれと言わんばかりの態度だ。パチュリーは、レミリア達の代弁をせんとばかりに口を開いた。
「『行き場を失う』のが何より危険なの。あなた、あんまりエスカルゴという男を
「ゲッ。じゃあどうすれば……」
「それを話し合う為に集まったの」
「……。そういえばフラン嬢が居ないがどうした?」
「あぁ……フランは引き篭ってるわよ。エスカルゴのクローンが現れたっていうのが彼女にとって結構なショックみたいでね」
「そうなのかー……フラン嬢はエスカルゴにとにかくベタ惚れなんだな。ふふ、初々しいじゃないか」
パチュリーは誤魔化すが、早鬼はそれに気付いていないらしい。当然、理由は明白。気付かなかったとはいえクローンとの性行為を受け入れてしまったからである。そのショックは、やはり癒えない。
「どうしましょうか、お嬢様?盗聴を避けるなら、言葉には出せませんよね?」
「そうなるわね。こうして、毎回完全防御するのは無理よ。覗き見を避けるのなら手話も口パクも無理だろうし……」
「暗号化でも出来れば……」
「簡単な暗号じゃ、覗き見されたらすぐバレるわ……もしバレないようにするなら、共通のワードを含むくらいしか思い付かないわ。パチェはどう思う?」
「……まだ、何も。何にせよ、暗号というのは良い。これしかない……と思う。思念に関する術があれば、それを使って伝えるのだけど……それは無理だから」
「ふむ。……なら暗号の伝令役は……咲夜、あなたに任せるわ。賢者を頼りに永遠亭に行くなら、検診を装って行けるから。暗号制作は私と咲夜、パチェで行いましょうか。他の皆は戻っていいわ。ただし、エスカルゴに警戒しなさい。彼曰く、解決までもうここには来ない。もし来たら撃退なさい。本物だと言われても、絶対に殺しなさい。いいわね」
「おうっ!任せな!」
「「「……分かりました……っ!」」」
(ご主人様を殺す、か。私には無理かも……。まぁ、能力で弱点は見えるし……撃退くらいならできるかもだけどさ。でも……やっぱり無理よ……)
皆がそれぞれ帰っていく中、モルモーだけが1人その場に残った。レミリア達は最初は全く気にしていなかったが、全く帰る様子が無いのを察すると、流石に不審に思いモルモーを帰そうとする。
「ねぇモルモー……何で残ってるの?」
「んー?決まってるでしょ?モルモーちゃんがぁ……
『エスカルゴくんがクローンという事を他の家庭に伝える為の暗号』……ってのを思い付いたから☆」
「なっ……いや、そんな……そんな簡単に賢者以外にバレないような暗号が作れるはずが……」
「神代の頃から生きてる私を舐めないでもらいたいものだわー。てことでぇ……伝令役は咲夜でしょう?なら咲夜だけに教えるわ。レミリアもパチュリーも帰ってもらって結構よ〜ん♡」
「横柄ね」
「モルモー!?ここの当主は私よ!私を差し置いてそんな事は許さないわ!」
「はぁ〜ん?時の止まった世界で動けないクセに、なぁに言ってんの?」
「────ッ!?」
「エスカルゴくんのクローンは動けるだろうけど、そんな存在が近くに居ればモルモーちゃんも咲夜もすぐに分かる。だから、暗号を教えるのは、時間を止めてから行うわ。それに、『暗号』なんだから、あまり多くの人数に知られちゃまずいでしょうよ?私の子孫ならそこまで頭が回ってほしいけどね♪」
「っっ…………分かった、モルモーに任せる。咲夜!賢者以外にバレないように尽くしなさい。それから時はこまめに止めて、周囲を警戒しながら永遠亭に向かい、暗号を伝えて。いいわね!」
「御意」
「じゃ、時止めるよーん。咲夜、ちゃあんと覚えてちょーだいねっ♡」
「分かったわ。教えて、モルモー」
「うふふっ、オッケー♪」
◆
ある日、咲夜が永遠亭にやってきた。妊娠の定期検診はもう少し先のはずだけれど、ウドンゲには、
「久しぶりの妊娠で不安になったから……」と言ったらしい。ご尤もな考えではある。前回の出産は実に10年以上前だ、久しぶりともなれば不安になるのも仕方がない。ただあの天然メイドがそんな気持ちに苛まれるのだろうかと、そこに私も首を傾げずには居られない。
「次の方どうぞー……あぁ、次が咲夜だったのね」
「次は無いわ。私が最後の患者よ。ゆっくり、私を検査して頂戴。不安だから」
「不安に思うのなら、それなりの顔をしなさいな。真顔で言われてもねぇ」
「検査が必要だと思ったのよ。私の体調とかも含め知っておきたい。それもこれも紅魔館で働く上での
「急に英語って」
「そうそう、急だけれど出産予定日はいつ頃だったかしら?」
「……予定では9ヶ月半くらい後かしら」
「オーマイガー……あんまり余裕は無いわね。急いで弦月姫を育て上げないと不安で出産に集中できないかもしれないわ」
「妙に横文字使いたがるわね?」
「ああ、分かる?今の私はワクテカモードだから」
「……鬱じゃないならいいわ。明るいならそれだけで何よりよ。妊娠する事で鬱になる人もいるからね」
「へぇ……それは驚きだわ。私からしたら有り得ないけれどね、そんな展開は」
「そうであってほしいわよ、
「ワクワクするわね。次の子が男の子なのか女の子なのか……まだその検査ができないのがもどかしい」
「もう少しよ。来週か再来週にはできると思うわ」
「あら、それじゃあ本当にもう少しなのね。何とかスーンってやつかしら」
「カミングスーン?」
「そうそれ。カミングスーン」
カルテを書き込むフリをして永琳は咲夜の発言の一つ一つをメモしている。咲夜は、常に紙にペンを走らせる永琳を見て内心ほくそ笑んだ。
目の前の医者は気付いている、と。
「あぁそうそう。次の出産、永遠亭で行いたいわ。流石に霊夢みたいに自宅……紅魔館での出産は不安の塊としか言いようがないもの。特に今の紅魔館は」
「あぁ……確かに……」
「それと、出産の時は息が苦しくなるからエアーの準備もお願いしたいわね。酸素が多めのね」
「分かった、それも含め早々に準備しておくことにしましょう」
「後は……あぁっ、そうだわ!先日、旦那様に指輪を作ってもらう約束をしたのよ?ふふ、私たちの眼のような真っ赤なルビーの指輪をね……。出産と同時にそれを受け取る約束をしてるのだけどそれも本当に楽しみなの♪」
「……ふむ。ルビーの石言葉は『純愛』……成程ね、彼らしいわ」
「うふふっ……次の子と同時にそんな素晴らしい石の指輪を受け取れるなんて、凄い幸運ですわ。運命……というものに感謝。お嬢様にも
「それは良い事ね。感謝の気持ちは忘れてはダメ。他人に感謝すれば、回り回って自分も他人から感謝される事になるかもしれないしね」
「OKですわ。これからも感謝の気持ちを忘れず、ありがとう、サンキューの気持ちを忘れずに、永い時を生きる事にするわ」
「そうね」
「ところでなんですが、妊娠中はアイスを食べても大丈夫なのかしら?」
「え?アイス?どうして?」
「霊夢は構わず氷菓子なんかも食べていたけれど、私は不安なのよね。食べると体温が急に下がったりするでしょう?お腹の子に良くないのでは……って、思わなくもないわ」
「急激に下がりすぎるのは、確かに良くないわね。食べ過ぎなければ大丈夫よ。ただ、血糖値にはよく注意しなさい。妊娠糖尿病というものになるかも……だからね」
「今のところは大丈夫だったかしら」
「ええ、問題ないわ。尿検査もしてもらったけれど尿酸値は平均レベル、尿糖も検出されなかった」
「そう……、それなら安心だわ。にしても、どうして私が気にするかもしれない事をそんなにもぴたりと調べてあるんです?怖いわ?」
「妊婦が気にするような事は、大抵同じだからよ。だから前以て検査の項目に加えておくの」
「ああ……成程……。まるでスナイパーの如く狙って検査しているみたいだから、心を読まれてるのかと焦ったわ」
「あっはっはっは、賢者と呼ばれた私でも心までは読めないわよ。行動は読めてもね」
「うふふ……それもそうですわね。……あ、それからもう1つ気になった事があるんでしたわ」
「何?」
「もし……もし、ですよ?吸血鬼の子は、大抵が翼を持って生まれてきますから……その、産道や子宮が、傷だらけになるかもしれないじゃないですか?前は少し傷がついただけで済んだけれど」
「あー……そうね」
「私は旦那様に比べ再生力に優れている訳でもないですから……、もしもこの出産以降、子宮が使い物にならなくなったら……大丈夫でしょうか?」
「それは大丈夫でしょう、流石に再生するわよ」
「だといいのだけれど……もしも再生が遅かったら、臓器移植でもしてくれないかしら?その方が再生も早そうだから」
「そこまで再生が遅くなる事あるかしら?」
「お嬢様は大きな欠損をしたら一晩寝込みますわ。昔は手足丸ごとが駄目になったら一晩。でも子宮は臓器。つまり内臓です。もっと複雑ですわ、多分」
「うーん……まぁねぇ……確かに一晩寝込むよりは、移植でもしてその部分だけの再生に留めた方が楽、そして早くはあるわね」
「やっぱり。でも、吸血鬼用の臓器なんてその辺にあるかしら?」
「無いわ。でも大丈夫よ。そこら辺も考慮してエスカルゴの協力の元、クローン技術を確立させてる。臓器単位でね」
「クローン技術……!?」
「ええ。だから、あなたの細胞を少し拝借して臓器単位でのクローンを作り、あなたに移植すればすぐ再生する事でしょう。吸血鬼の細胞は培養も早いし一晩寝込むより早く復活できるわよ。……多分」
「凄いわね。なら、私が滅茶苦茶になった時には、それに肖ろうかしら」
「ええ、いいわよ。存分に利用しなさいな。追加の料金は頂くけれど」
「あらあら、ふふっ……」
ふと外に目をやった咲夜は、次に懐から普段から愛用している懐中時計を取り出す。パチンと開き、時間を確認すると、腹を労わってなのかゆっくりと立ち上がった。
「そうさせてもらうわ。……さて、早く帰らないと、夕飯の仕込みが……」
「まだ昼間なのに、熱心な事ね」
「仕事ですから。……それじゃ、また来ますわ」
「ええ。エスカルゴにも宜しく伝えておいて」
「勿論です。きっと旦那様も、この子の性別を早く知りたがってるわ」
「そうでしょうね。元から多い女の子だけど、また女の子だと、どういう反応になるかしらね」
「『またか!可愛い子に囲まれて幸せだぁ!』か、
『ロリロリパラダイス〜♡』の二択かしら……」
「旦那を
「いやですわ、貶すはずないじゃないですか。いやでも旦那様ならそう捉えるかしら?……うーん、その意味でも不安になってしまうわ。オーマイガーね」
「それは良くないわ、妊娠に不安は大敵よ」
「永琳先生が不安に感じるようなことを言ったからなんですけどね」
「あらら……。でも不安に負けないで。諦めないの。あなたに倣って横文字を使うと、ネバーギブアップってヤツね」
「ネバーギブアップ……。うん、そうね。諦めないで頑張るわ」
「そうよ。諦めてはダメよ」
「そうね。何だか肩の荷が降りた気がするわ。気が楽になったからかも」
「それなら良かったわ。妊婦の不安を無くすのも、私の仕事の一つだからね」
「話を聞いてくれてありがとう。……なんというか、エネルギー貰えた気がするわ。また来るわね」
「いつでもどうぞ」
「皆にもよろしく伝えておいてね」
「うん?……ええ、分かったわ。気を付けて帰って。竹林は迷いやすいから」
「勿論」
◆
その後、休憩時間と称して永琳は自室に籠った。一先ず鈴仙に仕事を任せ、自分は咲夜と話した時の
「違和感」の正体を掴もうと、先程カルテに記した咲夜の発言をよく見直す事にした。
すると永琳は案外早くにその「違和感」の正体に辿り着いた。
「今日の咲夜はやけに横文字を使っていた。不自然極まりない発言だった。会話も唐突…………なのは、いつもと変わらないわね。じゃあやっぱりこれは、ただの偶然────いや、違う。これは…………」
咲夜が話した、ある特定の言葉を全て抽出した。その抽出が完了したそこ瞬間、永琳は彼女が本当に伝えたかった文章を、完璧に読み取った。
「『皆にもよろしく』…………か。ウドンゲ、てゐ!緊急事態発生よ!診療所は終わり!今すぐ集合!!早く!!」
────集合から数分後には、永琳の『クローン抹殺大作戦』が始まった。本格的に動き出した月の頭脳は、もう誰にも止める事はできない。