目覚めと真の始まり
「もっとよ、エスカルゴ……ほら、私を殺す手前まで追い込んで……目に焼き付けて…………♡」
「やめろッ……それ以上はダメだ、本当に死ぬッ……俺がフランを殺しちまう!!」
「それならそれで……ウフフ、あなたに殺された初の彼女になれるね?後にも先にも、そんなのはきっと私だけ。最高に素敵じゃない?」
「やっ、やめてくれっ…………やめてくれえええええええええええええええええええっっ!!」
◆
「ッ────!!」
目を覚ますと目の前にあったのは見知らぬ天井。消毒液やその他の薬品のような匂い────ここは病院か。まさか、フランによる俺の独占中に誰かに運び出されたのか。
身体のダルさが酷い。目のボヤけもだ。これは、ただ事じゃなさそうだ。そう思い身体を起こそうとすると、見知らぬナースのような格好をした女が、俺を見て叫んだ。
「あああああっ!!めっ、目覚めたっ……!先生っ!あの人がっ、XXさんが目覚めましたぁぁっ!!」
「……?何だあのナース、うっせー……てか、ここ、マジでどこだよ……永遠亭じゃあないのか……?」
すると、ドタドタと複数の足音が向かってきた。医者が1人、ナースが数人入室してくる。そこまで走るなんてこの医者もナース達もどうしてそんなに急いでいるのやら。
「坂田さん、お目覚めですか!」
「さか……た?……?」
「記憶障害か……いや仕方がない、何度も脳死寸前になっている、意識を取り戻しただけでも、いいや、こうして生きているだけでも奇跡なんだ……っ」
「先生、念の為に確認してみましょう。坂田さん、ご自分のお名前は分かりますかっ?お名前ですよ、お・な・ま・え」
「俺の名は……エスカルゴ・スカーレット……種族は吸血鬼……」
「「「「…………?」」」」
病室の全員が、何を言っているんだコイツという目で俺を見てくる。俺は何一つ間違った事を言っていないのに、この反応は腹が立って仕方ない。
すると、眼鏡の医者……霖之助に似た、俺の担当医らしい医者が重々しく口を開いた。
「落ち着いて聞いて下さいね。エスカルゴさんは、駅の階段から落ちてしまい…………何年も植物状態で眠っていたんです」
「……?落ち、た?駅の階段から?」
「言語障害が残らなかったのは何よりの奇跡です、こうして意思疎通が取れるのですから……。ええと、順を追って説明しますと…………エスカルゴさんは、駅の発車メロディを聞いて慌てて電車に向かった。階段を飛び降りたはいいが着地に失敗し、足を砕き頭を強く打ち付けてしまい、そのまま、意識不明の重体に陥ったのですよ。あなたは、平均よりも自己治癒力に優れている。それが関係しているかは不明ですが、何度も脳死に陥りかけてはまた持ち直し……心停止しては何度も持ち直しました」
「足…………?」
そう言われて初めて気が付いた。俺が乗っている布団の膨らみは、太ももの辺りからペタンとして、まるでマットレスに布団をただ乗せただけのように薄く、そして平らだった。
それらが示すのは、俺の両足が無いという非情な現実。
「ああっ!?あああぁあっっ!?足がっ……俺のっ、俺の足がっ…………!!うわああああっ!」
「落ち着いて下さいっ!ちょっ……ああ、もう、皆、彼を押さえて!」
「離せ!離してくれええっ!誰かっ、誰かああっ!鈴仙ッ!永琳先生!巫月!てゐぃぃぃいいいっ!!誰か、誰か助けてええっ!!また人間にっ……また、人間になったよおおおおぉぉっ!!うわああぁっ……あああああ、がああああああぁぁぁぁっっ!!!」
「ちょっと、暴れないで……」
「嘘だ、俺は再生するんだよォッ!くり抜いたこの目もすぐに治癒するんだッ!何で治んねえんだよ、腐れ脳ミソがああぁぁあッ、ぐががぎぐぐぁぁあがああああぁぁあぎぃぃぐぁぁぁあああッ!!」
左目に激痛が走る。視界は右半分になり手の中に黒い瞳の目玉がコロンと転がっているのが見えた。暗転した左半分の視界は中々治らず、更に生暖かい血が溢れシーツが赤黒く染まっていく。
「きゃああああああっ!?せ、先生っ、坂田さんが目をッ!!」
「なんて事をッ!鎮静剤だッ、すぐに!いや眼科の先生に連絡をッ!あと麻酔だ!」
「はい!」
ナースが2人掛かりで俺の動きを押さえ付ける。筋肉がすっかり痩せ細っているようで、腕に両手を添えられるだけで動きを封じられてしまった。
まるで、霊愛の御札で動きを封じられたようだ。そして注射されるのと同時に意識が暗転。次に目を覚ました時は包帯をされ、両手が縛られていた。
「お目覚めですか。ふぅ……。……ともかく、意識が戻って何よりですよ。ご家族にも連絡しましたし、きっともうすぐ弟さ……」
その時、バタンと勢い良く扉が開かれた。そこに居るのは俺の記憶よりも少し幼いたった1人の弟……ヒビキだった。
「兄貴ィ!!」
「っ!?……ヒビキ……か?なんか……幼いな……」
「バカ言えっ、兄貴が倒れた時より成長してンぞ!何年分も!」
「?」
「弟さんの記憶はある……?記憶障害は部分的、か。これは良かった、経過は良好そうです」
「……あれ、ヒビキ、耳はどうした?髪は?」
「耳?耳が何だよ、ピアスなんて付けてねぇぞ?」
「犬耳だよ。白狼天狗だろ、お前……」
「はぁ?夢でも見てたのか?そ、そりゃあよ、俺の推しは椛だけどさっ?へへ、白狼天狗になった俺を夢の中で見たのかよ?」
「………………夢?……………………そう、だよな。俺が、あんなにモテるはず、ないよな。幻想郷でハーレムなんて……夢…………しか、無いよな………………」
「良い夢見てたんだな、こっちの気も知らねぇで。このクソ兄貴がよォ。……ったく、人騒がせなヤツ。あー、あと、オナホの事は母さんにバレてんぞ?」
「?」
「兄貴がクソ急いでたの、オナホの片付けをする為なんだろ?そんで急いで電車に乗ろうとして階段を飛び降りて、挙句の果てには意識不明ってよ…………バ〜〜〜〜〜〜〜〜ッカじゃねぇの!?」
「そんな……そん……………」
「まっ、兄貴はさっさと色んな検査受けるこった。なっ、先生?」
「ああ、そうだねヒビキくん。それからお母様にも伝えておいてくれ、経過は良好そうだと」
「おけまる〜」
「!そ、そうだヒビキ、母さんはっ?仕事中か?」
「……末期ガンだ。死期を悟ったからなのか、自宅で過ごすようにしてるよ。まだ若いし……ガンの進行は異常とも言える速度だってさ」
「な……っ……」
「因みにJのクソ野郎とは離婚したよ、数年前に。とはいえあのクソは婿入りだったから、俺も兄貴も母さんも、母方の姓の『坂田』のままだけどよ」
「………………………………………………………………………………」
────思い出した。俺は『坂田エスカルゴ』、ただのキラキラネームな高専生で、ただのオタク。目立つのが嫌いな……そして、ただの人間。鬼退治の功労者、坂田金時こと金太郎の子孫────。
「…………おい大丈夫かよ?」
「…………」
「なぁ先生、ちょっと兄貴と2人にしてくんねぇ?兄弟水入らずの方が喋れるっしょ」
「ふむ……。分かった、いいよ。互いに、積もる話もあるだろうしね。じゃあ、僕達は検査の準備をしているから、話が終わったらナースコールを押して」
「りょーかい」
「一先ずお大事に、エスカルゴさん」
担当医とナース達はゾロゾロと病室を出て行く。残ったのは俺とヒビキのみ。俺は、未だに脳内での処理が追い付かず、呆然としていた。
「なぁ、兄貴。どんな夢、見てたん?」
「……吸血鬼になる薬……飲んでさ。吸血鬼になって幻想入りして………………ハーレム作った夢……」
「ははっ、ハーレム?そりゃ変な夢だな、兄貴ってハーレム物の二次創作とかクソ嫌いじゃんか」
「自分の事なら受け入れられるだろ……?そういう事だよ。多分な……」
「へー。因みに何度も夢精してたらしいけど、一体誰とどんなプレイしたんだよ?夢の中でくらい童貞卒業できたのか?」
「あ、ああ、童貞卒業の相手はまさかの鈴仙でさ……おかしな話だよな、俺のイチオシはフランなのに。鈴仙との間に娘も生まれてさ……。あの子さ、本当の本当に可愛────ッ!!」
巫月の事を話そうとした瞬間に、何も無いはずの胃袋から、酸っぱい液体が逆流してきた。まるで、トラウマを思い出すのを身体が拒絶しているように感じられる。
そう、俺は夢を見ていた。だから、可愛かった娘という存在も嘘。家族皆で遊んだのも戦ったのも、それら全てが嘘。夢だった……。
「オ゙エ゙エェエエェェエッ……」
「おいおいおい!?ちょ、何だこりゃ……胃液かっ!クソ、ナースコールッ!!」
連打されたナースコールにより、話し終わったのではないと察したナース達が飛んできた。そして、胃液や汚れた衣服の処理を済ませてから、再び弟と2人で話す時間を設けてもらった。
「大丈夫かよ、マジで?」
「…………ああ」
「……じゃ、違う話しよーぜ?兄貴が眠ってる間に、東方の新作が発売されたんだ!どーだ、早く帰ってプレイしてぇだろ?買っておいたから早く退院して原作やろーぜ!俺、まだプレイしてねーから!」
「そっか。……ネタバレ……しろよ、ここで。どーせネットで情報集めてんだろ?」
「おう!えーと、まずは東方鬼形獣!地獄のお隣、畜生界から動物霊が飛んでくる異変だ!首謀者は、6ボスじゃなくて何と4ボス!コイツが、まさかのヤクザでさぁ!鬼傑組っつー組の組長なんだけど、種族は吉弔、名前は────」
「「吉弔八千慧」」
「っつードラゴンの子供……って…………え?な…………なんで、兄貴が……そいつ、知ってんだよ?さっき、目覚めた……んだよな?連絡が来たのさっきだぜ?」
「…………何か……知ってる。夢で見たのかな……いや、何でだろう……」
夢とは、かくも残酷なものだ。悪い夢ほど記憶に残るのに、良い夢ほど、すぐに忘れてしまう。既に俺の脳内では、夢の内容は徐々に薄れてきていた。
「こっわ!ええっ!?生霊として外に出てたのかよ兄貴っ!?じゃあ鬼形獣のキャラ7人言える!?」
「……戎瓔花、牛崎麗美、庭渡久侘歌、吉弔八千慧、杖刀偶磨弓、埴安神袿姫、驪駒早鬼…………だよな」
「こっわ!?こっっっわ!!!ガチで何でだ!?」
「知らないって……」
「じゃあ次!東方酔蝶華!とある居酒屋の話としか言えないかな、今んとこ!連載中の書籍だし」
「……美宵ちゃん……?」
「こっちも知ってんの!?じゃあ東方智霊奇伝と、東方虹龍洞!」
「ちれーき……?は知らないかな。虹龍洞は、確か、千亦……メグちゃん……典……あと百々世……たかね、ミケ……かな」
「あと『駒草山如』な。ええ……兄貴のオタク根性、エグくね?もしかして、兄貴が脳死や心停止だった時って、生霊っつー形でその辺の東方オタクとかに取り憑いてたんじゃねぇの?」
「はは……そうなのかな……」
「兄貴よー、ほぼ毎日死んでたらしいぜ?あいや、厳密には死んでねーのか、こうして生きてるしな」
「……へぇ……」
「だもんで、医学界ではちょっとした有名人だよ。原因解明の為に投資する奴らもいるし、試しに俺が始めたクラウドファンディングじゃ、1000万近く金貯まってんだぜ?ほら見ろよコレ♪」
「……うわぁ」
ヒビキが差し出してきたスマホの画面を見ると、確かにそんな金額が表示されていた。こうして俺が画面を見ている間も少しずつ額は増えている。
「初めは大炎上だった。兄貴が自分から飛び降りてこうなったってのにクラウドファンディングなんて図々しい、とかさ。でも、支援する声の方が僅かに大きくてさ。なんか、死にかけたり復活したりと、そういうのが目立ったっつーの?」
「……」
「言っとくが1円も手ェつけてねぇよ?兄貴がもし目覚めた時の為に、ひたすら貯金しといてる。あ、入院費用は医学界のお偉い方が出してくれてるよ。現代医学でも不明な症例だからよく研究したいって申し出があったからとりあえず俺が交渉しといた。
『ある程度は研究してもいいが入院費用はテメーが全額寄越せ!』ってな♪……いや、当然だろ?離婚の前からクズ親父は家に金を入れなかったから、実質離婚前から母子家庭みたいなもんだった。なのに、どこかの知らねージジイ共が研究に兄貴を利用して対価を支払わないなんてさ、そんなの……クソだ。利用するなら利用させろっつー話だよ。……だろ?」
「……ああ」
「ふん。……さーて、この金を使う時が来たな!」
「ん?」
「なぁ、兄貴っ!何か、欲しいモンは無いか?まだ入院生活は続くだろうから、欲しいモンがあったら言ってくれよな、全部この金で買ってやっからさ!あーでも、精密機器が多いらしいから、電波発するものはできるだけ控えてってさ」
「……ジョジョ、読みたい。1部から全巻欲しい」
「他には他にはっ?」
「えっ……と……ハガレン、エヴァ…………へへ、なんかそういうの全部欲しくなってきちゃうな。じゃあ、俺が好きそうな漫画、全部買っといてよ」
「任せなクソ兄貴。じゃあ進撃も必須だな」
「あ……ギリシャ語、ラテン語……の勉強がしたい。取り寄せてくれる?」
「い、いいけど……なんでだよ?」
「俺が……ギリシャ神話が好きなのは知ってるだろ?本場の本が読みたくなった。ラテン語は何となく」
「……?なんか変なの。まぁいいや、OKだ。他には何かあるか?」
「…………っと……けん玉、かな。暇潰しにはいいし。小学生ぶりにやりたくなった」
「ゲームは?ゲーム機くらいならOKらしいぞ」
「東方以外のゲームは、あんま興味無いな……強いて言うならぷよぷよだけどWiiUとかスマホだもんな」
「オッケー、明日は土曜だし明日で全部揃えるよ。ここに届けられるのは……早くて明日の昼になるか。都度配送でもいいぜ?この金にモノ言わせてな♪」
「……優しいな、お前」
「ああ?何言ってんだ、俺は元からこうだよ」
「……そっか。いや……夢の中のお前さ……なんかさ、ムカつくくらいに生意気でさ……。うん、確かそんな感じ、だったような気がする……」
「えぇ……」
「椛と結婚して、寿っつー男の子まで居たよ」
「ぶはっ!?椛と、けけ、結婚ッ!?子供まで!?うははは、やべぇ!めっちゃ幸せじゃん俺!世界一幸せじゃん!」
「俺はハーレム作ってた……はずだけどな」
「へー、まぁモテたい願望あるだろうしな、兄貴。マジでコンタクトにしろよ、少しはモテるだろ」
「……そうだね。とりあえず、今は視界がボヤけてるのが辛いな。白いモヤが……」
「あーね。じゃ、明日見舞いに来る時に予備の眼鏡持ってきてやんよ。いつも使ってた眼鏡は、兄貴が飛び降りた時に壊れちまったからさ」
「頼む」
「……なんつーか、兄貴、変わったな。口調とかさ」
「え?」
「表情も言葉も、明るくなったよ。後遺症にしちゃイイ方だな」
「……そう、なんだ。元からこうだと思ってたが」
「逆だよバーカ、非モテ童貞クソ短気男が」
「んなっ!?ブン殴んぞテメェ!?」
「ヘヘッ、中学時代が出てるぜ腐れヤンキー?」
「ふん、何とでも言えよクソガキッ……チャリで轢き殺すぞ。新旧
「くくっ……それも悪くねェ。今の兄貴には、負ける気がしねぇし。…………とりまおかえり、クソ兄貴」
「……ただいま、クソガキ」
それから数日後、マスゴミに囲まれて俺は退院。結局のところ、心停止や脳死になりかけの状態を、数年間も繰り返した原因は分からなかった。
まだまだ通院はしそうだが、こうして俺の車椅子生活が始まった。
休学状態だった高専には、一応復学した。ここは国立なのでバリアフリーな設備も完備されている。だから、車椅子初心者でも苦労する事もなく勉学に励む事ができた。
「えー、今日からこのクラスに加わる新しいクラスメイトだ。とはいえ皆、ネットで話題になってたし知ってるな。坂田、新しいクラスメイトへ向けての自己紹介しろ」
「うっせ、ハゲ茶瓶。加齢臭が移るから、肩に手ェ置かないでくれよ?言われなくてもするからさ?」
「ハゲ茶瓶っ……!?どうした坂田ァッ!?頭打ったからかっ!?大人しかったお前はどこに……っ」
「あンなもん素の俺じゃあないッスよ。小中と違い知らない奴が多くなったから、大人しくならざるを得なかったっつーか。……ビビッたんですよ、環境の変化に。情けないですけどね」
「え、えぇ……」
「……えー、今日から復学する坂田エスカルゴです。坂田銀時……じゃあないや、坂田金時こと、金太郎の子孫です。宜しく。……趣味はパソゲー、読書とか、けん玉。ギリシャ語とラテン語の勉強も好きです。あっ、これは入院中に目覚めた趣味でそれ以外だと趣味でピアノやってました。カラオケも超絶大好きです。気軽に誘ってね。キラキラネームですけど、仲良くしてくれると嬉しいです。実年齢は19歳で、今年で20歳らしいけど、トシは気にしないで絡んでくれると嬉しいです。……えと、最後に、彼女募集中です!これから宜しくっ!!」
「「「宜しく〜っ!」」」
やがて、退院から早くも半年以上が過ぎ────季節は冬になった。この頃になると、あの「夢」はすっかり忘れてしまっていた。
俺は元から思い込みが激しい。自己暗示レベルと言っても過言ではない。だから俺が目覚めた当時の記憶の混濁は、きっとそれが原因だったのだろう。夢を現実だと思い込んでいたから────。
両足片目が欠損していては、一部の文化部以外部活ができない。俺は仕方なくどの部活にも加入はしていないので、基本的に、帰宅はボッチである。仕方がない。
そして、クリスマス直前のある日の帰り道の事。冷たい車椅子を押して駅のホームに向かっていると改札前に警官が2人、茣蓙を敷いて座っている少し不審な中年男性の前に立っていた。
「……何だお前ら、お巡りか?」
「通報を受けて来たよ。君ねェ、ダメじゃないか。こんな所で商売なんてしてちゃあ」
「しかも『薬物』なんだろう?麻薬の類かどうか、一応検査させてもらうから署までご同行願おうか」
「ッ!!離せ!俺には使命があるんだッ!!神から仰せつかった大事な使命がッ!俺には使命を果たす義務があるゥッ!!」
「ちょっ、こら、暴れるな!おい、押さえろ!」
「はい!」
不審者。圧倒的不審者。しかし、何故だろうか。今すぐにでもこの場を離れた方がいいのに、何故かあの男を放っておけない気がした。
俺は
「あ、あのー……」
「こらッ、何だ君は、近付くんじゃあない!」
「あの、その人、俺の叔父さん……なんですけど…………」
「「「っ!?」」」
不審者を含めた3人が目を剥いて驚愕する。次に3人の誰かから言葉が出る前に、俺から言葉を続け話を進めさせてもらう。
「またかき氷のシロップ小分けにして売ってたの?金時叔父さん?」
「金時……?」
「そうですよ、お巡りさん。坂田金時、それがこのクソ不審者の名前です。ご先祖様と同じ名前なのに全然英雄っぽくないんだよなぁ、叔父さん?」
すると無表情のまま、ブツブツと呟きながら、ポケットに手を入れた不審者。ナイフでも取り出すのかと身構えた、俺と警官2人。しかし、ポケットの中で紫色っぽい光が見えたかと思うと、手を抜き、一枚のカードを取り出した。
「ったく……このクソガキ。相変わらず口の利き方がなってねぇなぁ?……すみませんねェ、お巡りさん、俺ァこういう者でしてね」
取り出したのは車の運転免許証。写真もきちんと貼ってある身分証明が出てきた。そして俺も「坂田エスカルゴ」の学生証を見せた事で、簡易的だが、親戚という証明ができた。
不審者が売っていた「薬」はそれぞれ、かき氷のシロップのような色が着いていたので、2人で酷く無理矢理ながらも言い訳をして、不審者の方は厳重注意で事なきを得た。
少しガバガバすぎるが、こんなモンか。
「フーッ、何とか没収は免れたか……。ありがとうよ兄ちゃん、お陰で助かった。……兄ちゃんは……エスカルゴだったか、変わった名前だな?にしても何故俺を助けた?見ず知らずの俺をよ」
「オッサンは、ここで捕まっちゃいけないヤツだ。なんかよく分かんねーけど……そんな感じがする」
「……?よく分からないが、まぁ、いい。俺を助けてくれた礼だ、この中で何か好きなモノを1つお前にやるよ。タダでな。……何だと思う?」
「えー。毒とかじゃあねぇよな?」
「聞いて驚け。妖怪になれる薬だ……!!」
「胡散臭い。てか、タダより高い物は無いって言うからなぁ。断るよ」
「ああ、確かに『タダより高い物は無い』。だが、お前は俺をタダで助けてくれた。だから俺もタダで構わないと言っているんだ」
「……そっか。じゃ、有難く1つ────この薬を、貰おうかな」
「おお、これはこれは……!お目が高い、それはかの強大な種族、吸血鬼に成れる薬だ。弱点は多数だ。しかしその分、どんな妖怪より優れた能力、強さを持つという種族だ」
「吸血鬼、ねェ。レミフラやディオとかと同じか。いいね。もしこれが嘘にしても本当にしても希望に包まれて死ねるとするなら、
「ああ、完治だ。吸血鬼に成れば秒速さ!」
「……信じてみるよ、オッサンのこと。これ貰うね」
「毎度!」
「……後さ、オッサン。恩人ついでに1つだけ頼みがあるんだけど、いいかな?」
「あー?薬を融通したからプラマイゼロだろうが」
「そう言わずにさ」
「……何だよ、言うだけ言ってみろ」
「俺の弟に……この中の薬を売ってほしいんだ。でも薬の種類は弟に選ばせてくれ」
「ああ?……売る、なら別にイイが、どうしてだ?」
「…………勘だよ。ただのね」
「……?」
ふと時計を見ると、電車が入線してくる時間の、凡そ5分前になった。
車椅子生活になってから、俺は5分前行動を守るようにしている。なので俺は、ここでお暇する事に決めた。名残惜しいが仕方がない。
「あ、もう電車が来ちまう……。じゃあなオッサン、薬ありがとう」
「おい待て、せめて弟とやらの名前を……」
「ははっ、こんな人が多いとこで個人情報をバラすバカは居ないさ。だけど、いずれ運命がオッサンと弟を引き合わせてくれる!なんかそんな感じがするから、大丈夫!」
「はぁ!?待てやガキ、詳細を話せや!」
「ごめんね。車椅子なんだ、他人より移動が遅い。早く行かせてくれない?」
「……ちっ、分かったよ、仕方ねェな。こうなりゃ、俺も兄ちゃんを信じてみよう」
「へへっ。ありがと。オッサン、良い人だな」
「俺は人じゃねぇ、魔界人だ!」
「まかいじん……?」
「我が主は、誇り高き魔界の創造主ッ!魔界神の、神綺様だ!もしも兄ちゃんが俺を信じその薬を口にして妖怪になれた暁には兄ちゃんは魔界神の息子に成るんだ。神の子だぜ?スゲェだろ?」
「それ以上言うなよー、胡散臭いのが倍増してる。ま、いいや。魔界神?魔界人?どっかで聞いた事があるような気がするけど……ま、いいや。俺は運命に身を任せる。……いや…………俺は自分の運命を自分の思い通りに捻じ曲げてやるんだ。吸血鬼エスカルゴとしてな!」
「その意気だ!……っとと、ヤバいな、もうメロディ鳴ってるぜ?」
「っ!なぁ、吸血鬼ってスグに成れるのかな?」
「ああ、身体能力くらいならすぐに得られる。勿論再生力もな」
「なら、今度こそ階段飛び降り成功させてやる!」
「!!」
青色のピアス型のような容器を開けて薬を飲む。とても苦い。苦い薬の代表格であろう漢方薬よりも数倍苦い。しかも腹に入った途端とてつもない熱を感じられるようになった。まるで胃酸と化学反応を起こしているような、そんな感覚────。
「吐くなよ?ちゃんと飲まないと意味は無い」
「ッ……」
「ところで、家族を捨て去る覚悟は?まさか人間を辞めてもまだ人間界で暮らせるとは思っちゃいねぇよな?魔界に連れ帰るぜ?」
「……あるよ。母さんも弟も大丈夫だよ」
「そうか。……最後に、この薬についての逸話を少し聞いてってくれねェか?」
黙って頷いて答える。残り全てを飲み込むまで、まだ少しだけ時間が必要だ。急ぎたいが、飲めない以上は仕方ない。
「この薬はな、月に居るとても高名な薬師の弟子を連れ去り妖怪を研究させて作らせたんだ。だがな、神綺様はとても優しい。その男が死んだ時は、酷く悲しんだ。そして、この薬を服用させた者の人生も狂う事に、気付いたんだ。気付いてしまったんだ。それでも、薬を作ってくれたその男に報いる為に、俺をこの世界に遣わしたんだ。……もし、兄ちゃんが言うような運命なんてのがあるのなら……兄ちゃんが俺に出会い、その吸血鬼の薬を選んだのも運命なんだろうな」
「…………グッ……苦、しい……ッ」
「おおっ!?背中に膨らみがッ……翼だッ…………!!って、何だァ、こりゃァッ!?あ、おいコラァッ!この男は俺が魔界に連れ帰るん……ギャアアアス!」
胸を押さえて苦しむ俺の背後を見て叫ぶ魔界人。次の瞬間首に軽い衝撃が走り、俺は意識を失った。
◆
「うん?この日傘は八雲紫の……?何でここの地面に刺さってんのよ……」
「お嬢様、その下に誰か倒れてますわ」
「そうみたいね。……そこの人、大丈夫?……あら?人じゃない……もしかしてこの翼、吸血鬼?」
「それにしてはヤケに微弱すぎる気配ですね、既に死んでいるのでは?埋葬してあげましょう、土でも被せて」
「いや、ちゃんと生きてるから。というより土葬はやめなさい。咲夜、連れ帰りなさい。彼を介抱してあげましょ」
「御意。では散歩帰りに拾いましょう」
「今に決まってるでしょっ!散歩は中止!」
「分かりました。……おや、眼鏡さんなんですね」
「あら、じゃあ寝せる時には外してあげないとね。
……ふふ……これはこれは……面白くなりそう♪」
俺は真夜中の散歩中だったらしい、紅い館の主の幼い吸血鬼に拾われたのだった…………。
以上、エスカルゴの謎と強化イベでした。
エスカルゴの出自、どうして鬼に勝てるのか。
茨歌仙の最後を見るに、東方における鬼をちゃんと倒すには、英雄伝説に則る必要があります。なので霊夢は鬼切丸を使い、(恐らくツナの)おにぎりを食べて、擬似的に「渡辺綱」となって、茨木華扇を倒しました。
しかしエスカルゴは、そんなプロセスを経ず何度も死にながらですが、鬼達を普通に倒していますね。
それは、エスカルゴ(とヒビキ)が英雄伝説の英雄本人の子孫だからです。
エピソードに則るのではなく、彼が鬼達を倒す度に新たな「鬼退治」のエピソードが生まれています。
そしてこれは俗説ですが、「坂田」「ワタナベ」の姓の人は豆まきをしなくていいそうです。これは、鬼退治の功労者の子孫だからですね。
紫さんに連れ込まれて幻想入りしたエスカルゴは、この後、幻想入りから896話までの長い長い人生を追体験します。子もハーレムもこれまで通りです。
前回までと変わったこと
・兄弟仲が少し良くなった
・エスカルゴの優しさが増えた
・ネムノとの繋がりが深くなった
・エスカルゴは相変わらず実父を殺害している
・外の世界に残されている「少年E」「少年H」の情報が増えた
・エスカルゴの二次元に対する知識や各種の技能が増した
・焔炎火と出会い日光を克服するまでは、この時の日傘を使用していた
・エスカルゴの実母には、霊夢と霊愛のみならず、鈴仙と巫月も会った