今日は里の居酒屋、鯢呑亭に来ている。夜限定の蚕食鯢呑亭ではない。人間の時間に営業されている夕方から夜にかけての普通の鯢呑亭だ。
美宵ちゃんに会いに来たのも目的の1つ。しかしもう1つ目的はある。
俺に関する、大事な大事な、この上なく大事な、家族や彼女達に次ぐくらいには大事な目的が……。
「おいーっす、やってるぅ?」
「おー来たか兄ちゃん、ホレ隣空いてるぞ、座れ!ホレホレ!」
「んだよー、またムサいオッサンか〜!たまには、こうさぁ……麗しの美女とかさぁ??」
「来るわけないだろうよ、こんなオッサンだらけの飲み屋によう!なぁ美宵ちゃん!」
「あ、あはは……そうですね……」
「美宵ちゃんが居なきゃ俺も来ねえよ、こんなにも賑わってる店には。俺は静かな店が好きなんだよ。でも相変わらず可愛いよなぁ、美宵ちゃんはさぁ。また介抱してくれよ」
「ふふ、次に前ほど酔ったら出禁にしますよ?」
「だはははははっ、それは堪忍して〜!」
この、飲み屋特有のうるさい雰囲気にも慣れた。
無駄に馴れ馴れしい客に、周囲の
「そういや兄ちゃんよォ、便利屋やってんだよな?里のハズレにあるって言ってたが何処にあんだよ?依頼に行こうと思ったが場所が分かんなくてなぁ」
そういえばそんな事もサラッと言ったんだった。そう言っておけば、俺がオールマイティなヤツでもある程度は説明がつくので「便利屋」を名乗るのは案外悪くない案だったが……。
杜撰だった。まさか酔っていた時の記憶をアテに実際に有りもしない店を訪ねようとしていたとは。あまり、こういう怪しまれそうな行動は良くない。次からは少し言動に気を付けた方が良さそうだ。
「……あー……少し前に廃業にしたんだよなぁ。最近依頼が来なくてさぁ。今、絶賛無職だよ」
「はあぁ!?早く言えよー、飲み仲間だろォン!?イイトコ紹介してやるから少し待ってろ!近い内にイイ職場を紹介してやるから!」
「イイよ、もう少し1人の時間を楽しみたいんだ。ンな事より、酒飲もうや」
「それもそうだな!ガッハッハッハ!!」
スルーしてくれるとは重畳だ。「酒代をどこから捻出してるんだ?」とは聞かないか。一応「貯金を崩してる」という言い訳はあったが……。
美宵ちゃんも彼と客のこんな会話を聞いていては苦笑いしかないだろう。思わず顔に出てしまうのも仕方ない。
「そういや兄ちゃん、名前聞いてなかったなぁ」
「え?そうだっけ?美宵ちゃんには言ったっけ?」
「……聞いてませんよ?」
「迷った!今、迷ったよなッ!?」
「ガハハハハハッ、流石の美宵ちゃんでも全お客の全ての会話は覚えてないだろう!」
せめて、当てずっぽうでいいので「聞いてる」と言ってくれた方が良かった。しかも今の迷い方は、どう答えればいいのかという迷い方だ。2分の1を外すとは、美宵ちゃんも俺もあまり
「俺はヴァルゴ。坂田ヴァルゴってモンだ。改めて宜しくな美宵ちゃん、オッサン」
「ばるご?……変わった名前だな」
「『ば』じゃあない、『ヴァ』だよ。……そうだね、例えるなら……『vampire』だね」
「あー、そっちなら分かりやすいな!」
「!……へぇ、オッサン、もしかして英語分かる人?里じゃ珍しいね。貸本屋の小鈴ちゃんくらいしか、英語が分かる人が居ない印象だったけど」
「いやぁ、ヴァンパイアと言えばアイツが居たなと思っただけさ、ハッハハハ!」
「……アイツって?」
「ほら、兄ちゃんも知ってるだろ?ドデカい魚だかよく分からん生物を売りに来る子沢山のアイツ!!エスカルゴ・スカーレット!」
「魚を売りに来るって話は前も聞いたけど、へぇ、子沢山ねェ。どんくらいなの?」
「10人は居るんじゃないかって噂だな。実際に目にしたのは7、8人だったか」
レイチェルやここあ&シガレット、魅玖、阿弥の存在は知られていない上に、人里にも連れて来れる子供には限りがあるので、知られていないのはまぁ仕方ない事ではある。
「噂になってんの?それくらいで?」
「普通、妖怪は所帯を持たねェ。ガキでも知ってる常識だ。アイツはどこか異質なんだ……屋敷ごと転移してきたっつーあの紅い館の悪魔も、血縁は当主とその妹だけ、後は配下だという噂だ」
「…………まぁそうねぇ、んー、そうだねぇ」
「最近じゃ、子宝に恵まれるかもって事であいつに祈る夫婦まで出てくる始末さ」
「〜〜〜〜〜ッ!?」
予想外の「噂」に、思わず果実酒が鼻に入り強くむせてしまった。アルコールが粘膜に触れ、強烈な熱を感じてしまう。痛いが、机の下で太ももを強く抓り、より強い痛みを与える事で鼻の痛みの意識を太ももに無理矢理引き寄せた。ジンジンとするが、我慢する他ない。
「オイオイ大丈夫かよ?」
「あ、ああ、大丈夫……つーか相手は妖怪だろ?俺ら人間の敵だ、なのに何で畏れず祈るんだよ?意味がわかんな過ぎてむせたわ」
「まぁなぁ〜……でもアイツは気さくなんだよ、俺ら人間が敵意を向けない限りはな」
「誰だってそうじゃね」
「一見そう見える妖怪は他にも居るよ、例えば風見幽香とかな。だがあの笑顔が……」
「笑顔?ああ、幽香は常に笑顔だよな」
「そこが逆に胡散臭いし不気味なんだよ」
「へ!?」
「これは稗田阿求様の著書の受け売りだが『強者は常に笑顔』らしいんだ。その点、エスカルゴは家族だとか妾とかの前でしか笑顔を見せないんだよな。1人で里に来た時はいつだって仏頂面か真顔さ」
「悪かったな」
「ん?」
「あーなんでも。それで?」
「考えてもみな。ただ里を歩いているだけなのに、常にニコニコとしている方が気味悪いだろ。なら、仏頂面だとか真顔のエスカルゴの方が
「……そんなもんかねぇ。自分が弱いから周りの奴が敵に見えるとか、そんなんじゃあねーの?」
「そんな小心者が家族を
「……ふむ、確かに。けどよー、エスカルゴってさ、アレじゃね?雷も操るしヤバい奴らしいじゃんか。神にも愛されてるらしいしさ、ヘンに噂するのならやめとけ。触らぬ神に祟りなしって言うじゃんか」
そのヤバい奴が変装して目の前に居ると知ったらどんな顔をするのだろうか。気になって仕方ないが余計なトラブルを避ける為にも、あまり余計な事はしないでおこう。
「そうさなぁ、奴の怒りを買うのは雷神様の怒りを買うのに近いしなぁ」
「そーそー。なっ、美宵ちゃんもそう思うだろ?」
「へっ!?あ、あはは……そう、ですね……で、でもあまりそういう悪い話はしない方が……」
「だーいじょうぶだって!聞けば、エスカルゴって可愛い子好きなんだろう?美宵ちゃんが居りゃあ、鯢呑亭は平和続きだろうさ!だっはっはっはっ!」
(本人が何を言ってるのかしら……でもまぁ、会いに来てくれるなら別に何でもいっか……)
美宵ちゃんは困惑しながらも話を合わせてくれるので、本当にやりやすい。これなら、多少は突飛な噂でも酒の勢いに任せてまことしやかに流布させる事ができそうだ。
「あーそうだ、なぁオッサン、これは便利屋時代に聞いた話なんだがよー」
「んん?」
「エスカルゴの奴、地獄の神と手を組んで、異国の最高神をブチ倒したって噂があるらしいぜ?ガチで力付けてきてんよ、あの男よぉ」
「最高神ッ!?するってーとアレだろう!?日本で言うなら天照大御神だとか……えっとそういうの!」
「まぁそうだろうなぁ。神学に興味あるから
「そうだなー、ヤバいなぁ」
「絶対にアイツの怒りを買わないよう
「そうしようそうしよう、何なら瓦版に伝えよう。その方が早く広まる」
「!そりゃいい、排他的になると余計なトラブルになるかもしんねーから、あくまで『余計な手出しはしないように』って内容にしなきゃな」
「ああそれは間違いない、キレさせたら里が危機に陥るかもしれないからな」
分かってる側だ、このオッサンは。やはり飲み屋という場所は多くの人間が集まるだけある。中にはこういう人間も居るらしい。
「あ、瓦版といえば私の知り合いに新聞記者の人が居ますよ?その人にも伝えておきましょうか?」
「そりゃいい、そうしてもらおうか!」
オッサンはヤケに乗り気だ。まぁ悪い事は無いし別にいいのだが。そしてきっと、美宵ちゃんの言う新聞記者とは文だろう。蚕食鯢呑亭の常連とまでは言えないかもしれないが、彼女もそこそこ鯢呑亭に来ているらしいので、文にも手伝ってもらおう。
◆
「……全く、エスカルゴさんってば、まぁたそんなに飲んで……大丈夫ですか?」
「らいじょーぶい……ひへへ……」
「もうそろそろ蚕食鯢呑亭になりますよー?今日はお家に帰らなくて大丈夫ですかー?」
「もしゅこしにょむ…………お迎え……来るし…………」
「寝てるのか起きてるのか分かりませんねぇ。はいお冷です、とりあえず水を飲んでくださいな」
「のむん…………はぁ、ちべたぁ……」
「……どうです?少しは目も頭も冷めましたか?」
「ん……少しは…………はふ〜……」
「酔うのも早ければ覚めるのも早いですからねぇ、あなたは……。ところで、どうして自分に関する噂を流そうとしてたんです?」
「…………強く……なる、為……?」
「何故そこで疑問形なんですか……」
「んとね…………強く、なるには……やっぱ……1人じゃ限界……あるからね………………色々と、回りくどい……けどさ……手伝って、もらおーじゃん……ってね……」
「成程……。妖怪が強くなる為には『畏れ』以外にも方法はあるという事なんですね。そして、あなたはその方法を執った────!」
更なる質問をしようとした美宵ちゃんだったが、その時、鯢呑亭の引き戸が引かれ、元気いっぱいの嫁がひょっこり入店した。
「こんばんは〜!旦那の迎えに来ましたよーっ!」
「ひゃっ!?文さんっ!?」
「あやや〜♡」
「もーっ、またベロベロになってー。……ふむふむ、少しフルーティーな酒臭さですね。美宵さん、今日彼は何を飲んだんです?久しぶりに果実酒でも?」
「え、ええそうです、途中に日本酒や焼酎も何合か飲まれてましたが……」
「もーっ!エスカルゴさんっ!!違う種類のお酒を沢山飲むと酔いやすいって言ったじゃないですか!どーして余裕だと思っちゃうんですか、こんなにもお酒に弱いのに……」
「文さん基準だと鬼以外は大抵『弱い』のでは?」
「この人は格別なんです!あぁそれと、彼の変身が解けたのはいつ頃です?この様子じゃあ、夕方から飲んでいたんでしょう?」
「さっきです。閉店してからですのでお客さん達や店主にも吸血鬼である事はバレてないかと……」
「ふむ、それならいいんですがね。いや、やはり、こういう旦那を持つと苦労しますねぇ、うふふ……。私が迎えに来なくては、朝までお山まで帰れないんですから……♡」
「あ〜やや〜♡」
「はーい、あなたのあややですよー♡……という訳で今日のところは連れて帰りますね。旦那がご迷惑をおかけしました♡」
「あのっ、文さん、1つお願いがっ……!」
フラフラの俺を背負って、店を出ようとする文。しかしそんな彼女を美宵ちゃんが引き止める。勿論先程話していたあの話を遂行する為である。
「はい?」
「……あー、その……エスカルゴさんに関する噂とかそういうのを新聞にして頂く事って……」
「……そういうのは、娘に
「娘さん……あっ……えーと、弦月姫ちゃ……」
「私の娘は穹です、お忘れなく」
「はひっ!?」
ニッコリと微笑んだ文は、真夜中の幻想郷の空に飛び出す。気を抜けば彼女の肩を掴んでいるだけの俺は振り落とされそうだ。
「あやや〜……」
「はいはい、どうしました?」
「俺……強くなれるかなぁ…………?」
「フフッ……、愚問ですね。このままあなたが強欲に突き進むのなら、あなたは強くなれますよ。そう、どこまでもね」
「ごーよく……」
「応援してますよ、心から。必ず、あなたの野望を実現させてください。……そうすれば、永遠にネタが尽きなさそうです♡♡」
「……にへへへ……あやや、そればっかねぇ」
「あやややや〜……酷く酔っていてもそこはハッキリ言っちゃいますか。それで、今晩はどうします?」
「ヤる!!」
「そう来なくては♡……では、帰ったら少し、晩酌に付き合ってもらいますよ?お楽しみはそれから♡」
「は〜い!」
────幻想郷では未だ人の恐怖などから妖怪が生まれるシステムが健在。つまりは、「想いは成就する」という事だ。なら、それを利用してどうこうしてやるのも1つの手。
俺は里で俺に関する噂を流し、新たな属性を付与する事で自己強化をしてやる。早苗のような現人神ならぬ、メグちゃんのような現妖神になる為に。
そして、酔っ払った俺達は朝までヤリまくった。穹は眠れなかったそうだ。
現妖神は造語です。現人神が「人であり神である」という状態なら、現妖神は「妖怪であり神である」という状態を指します。
エスカルゴがそうなっても突飛じゃないですしね。
東方においては神も妖怪もそこまで変わりないのは神主も明言されてますし、神要素ありそうな妖怪はてゐ(因幡の素兎?)も龍(飯縄権現?)も居る。
人里(というか幻想郷)での知名度はあるし、色々信仰されたり畏れられそうな事もしている。
というか日本における神格って、ホントにひょんな事で得られそうなんですよね。連想ゲームかよって思うくらいには「そこからそうなるのかよ」という神格がチラホラ散見されます。
むかーしむかしの後書きに書きましたが、彼が雷を落とす度にバリバリゴロゴロうるっさいので、彼が弾幕ごっこしてると里の人間にもすぐ伝わります。
老人は「くわばらくわばら」と唱えます。
現時点で、雷神属性を自覚してはいません。ただ、建御雷の威光に隠れているだけで、実は……?