「……空気が澱んでる」
博麗神社の屋根で昼寝していた俺は、妙な空気を感じ取るなり反射的に目を覚ました。綺麗で自然な匂いの中に、余計な臭いが混ざった気がする。
結界に異常は無いはず。瞬間移動か自然発生かは不明だが、結界の内に湧いてきたようにジワジワと妙な臭いが、気配が現れた。
「霊夢、気付いてるか?」
「ええ。何かが侵入してきたわね。モルモーの時と違って結界に穴は空けてないみたいだし、そこまで強引な奴ではないのかもしれないけど」
「何が来たんだろうな、妙な気配がするよな。少し異質な感じが……」
「そうね。幻想郷に居ない種類の妖怪かしら。多分方々に散ってる。面倒な事この上ないわね」
「は?複数来たのか?」
「え?気付いてなかったの?」
「うっ……妙な気配がする程度しか……」
「あらあら。アンタもまだまだね」
「う、うっせーよっ!……えー、じゃあどうしよう?あちこちに散ってるなら、俺と霊夢は別行動の方がいいよな?」
「そうね、実力者がまとまって行動してたら守れるものも守れなくなるわ」
「んー、それもそーだ。一緒に居たいが仕方ない。霊夢、どの方向に敵がいるのか、教えてくれない?大まか過ぎる方向しか分かんねーや」
「手近な所だと紅魔館」
「あ゙!?嘘、マジで!?分かった今すぐ行く!!」
「それと温泉の下の方……地底方面にも1人────って、最後まで聞いてたかしら、アイツ……?」
◆
「美鈴ッ!!」
「あっ!ナイスタイミングですエスカルゴさん!!何だかヤバそうな悪魔さんが……!」
「やっぱ悪魔か……しかもコイツは────!」
「……」
紅魔館の門前には、見るからに「ヤバい」悪魔が居た。まずその気配がヤバい。間違いなくエリスやモルモーと相違ない、大悪魔クラスだ。
墨のような黒い長髪で、鳥の嘴のように真ん中に線が走った2本の短い角。鳥の頭ではないが、この特徴だと、俺の知る悪魔では「強欲の悪魔」に対応している気がする。もしやコイツは────。
「自ら来たか……我が『強欲』を持つ者よッ!」
「まさか……七つの大罪か?」
「!……ほう、『大罪』を知るか」
「七つの大罪────。『傲慢』『嫉妬』『怠惰』
『憤怒』『強欲』『色欲』『暴食』だよな」
「その通り。我らはそれに対応する悪魔ッ!欲望の渦巻く世界を渡り歩いている……!」
「さっきオメェ、『我が「強欲」』っつったよな?つーことは……まさか……」
「そうか。我ら、大罪の悪魔をも知るのか。そう、我こそは強欲の悪魔・マモン!」
人間の身体に鳥の双頭を備えた、黒き悪魔。金銀財宝が好きで、人間に富や財宝に対する欲、執着を抱かせる事が「強欲の悪魔」の由来だったはずだ。
俺はそこまで財宝などに興味は無いが、そうか。奴の狙いは、足る事を知らずいつまでもいつまでも分不相応を求め続ける俺か。
「1つ聞かせてくれ。どうして俺を狙うお前がこの館に足を運んだ?」
「答えてやる。我が主がこの紅き館を自身の標的に据えたからだ。我はそれに追従し訪れたに過ぎん。ここでひと暴れした後、お前を探し出し、取り憑く算段だった」
「……。嘘は言ってなさそうだな」
「我は、嘘は吐かない主義だ」
「!」
強欲に対する美徳は慈善。つまりコイツの弱点は慈善の心を持つ者だとされている。俺に慈善の心があるのか?否、無いかもしれない。多分、きっと、恐らく無い。
なら俺は、コイツに勝てない。だが勝たなくてはならない戦いだ。ルシファーが、あのルシファーが紅魔館を標的にしたのなら────コイツを殺すか使者にしてしまって、ルシファーに伝えさせよう。手を引かなければ殺すと。
七つの大罪のコイツが「我が主」と言うのなら、その主というのはルシファーに違いないのだろう。ルシファーが紅魔館を標的に、というのは、本当に不気味な話だが……。
「嘘はつかない主義、か。それすら嘘ならお手上げだけど、本当だと信じて、ちょっと質問攻めさせてもらおうかな。ルシファーの狙いは誰だ?」
「知らない。我らは『紅き館に住まう悪魔』とだけ聞かされている」
「ここには悪魔が結構居るんだけどな……。誰の事を指してるんだろ。お前の狙いは?俺に取り憑いて、その先に何を求めてる?」
「知れた事を。その『強欲』によって破滅させる事こそが我が望み!」
「俺に何の恨みがあってそんな……。じゃあ、それはそれとして、他の大罪達は何処にいる?」
「知らない。この世界や近隣の世界にいる事だけは確かだ。それぞれが、それぞれの『欲』に対応する者を探している頃だろう」
「よし。情報は吐かせた。殺す。ルシファーの事も返り討ちにしてやる事にした」
「フフ、貴様に我が殺せるかな?我に取り殺されるのがオチだろう」
「……美鈴、レミリア達に伝えて。悪魔と悪魔以外を緊急隔離だ。大悪魔が攻めてくるから、適当に館を徘徊されないように悪魔は悪魔で固まって行動するよう、伝えて。その後、美鈴は妖精メイド達を保護するよう指示されると思うけど……マジで頑張って。下手すると死ぬ」
「はいっ!!エスカルゴさんも……お気をつけてっ!ご武運を!!」
美鈴が紅魔館の中に入っていくのをマモンは特に止めたりはしない。黙って背中を見ているのみだ。
その間、俺は奴を警戒して、一挙手一投足をよく見ていようとしていたが、動くどころか、微動だにしていない。瞬きすら最低限しかしていない。
奴が纏う空気はどこか異質……。逆らえば一呑みにされそうなこの気迫。創作物で見掛けるような長くカールした角ではないが、とてつもない強さを持つ悪魔だというのは何となく分かった。
そも、コイツらは何故、幻想郷に来たのだろう。七つの大罪が幻想入りするはずはない。創作物では現代でも引っ張りだこだ。幻想入りするなら七つの大罪の前身とされるアレだろうに。
つまり、奴の言う「欲望渦巻く世界」に幻想郷が当てはまってしまったという事だろう。
そんなに欲望が渦巻く世界なのだろうか、と頭を悩ませていると、マモンが重々しく口を開いた。
「お前に倣って我も質問させてもらおう。何故我の狙いを知っても尚、従わず逆らう?我は、戦闘など望んではいない。それはお前にも伝わったはずだ。尤も、闘ったとしても我は誰にも負けんがね」
「従うワケがないだろ?破滅させられるんだから。この俺に取り憑いてもいいのはこの世でただ1人、亡霊の姫君だけさ」
「我に逆らっても無意味だというのに……。何とも、愚かな事だな」
「愚かで結構。何と言われようと俺はお前を殺す」
「理解に苦しむ。我に逆らっても無意味なのは世の歴史が証明している。誰が逆らえた?誰が我らへの反抗を成功させた?」
「過去に誰に取り憑いてたかは知らねえけど、ま、俺なりに反抗してみるさ。……さぁ、来いよマモン、返り討ちにしてやるよ」
「……愚か者め」
鴉のような漆黒の翼を広げると、彼女は勢い良く空へ飛び上がり、黄金色に輝く何かを弾幕のように降らせ始めた。
弾速は遅い。しかしそれでもしっかりと見切って回避しようとするが、どうやら黄金色のソレは金貨らしかった。硬貨に関しては大した知識を持たない俺でも、金ピカに輝いているなら金貨だという事は分かる。少なくとも、日本で使われていた硬貨では無さそうだ。
どこの国の物だろうか。単位が表記されていれば分かりそうなものだが、無いものは仕方がない。
降り注ぐ金貨を避け、俺は空を飛ぶマモンに接近していく。するとギリッと歯を食い縛ったマモンが唾を飛ばすかのような勢いで叫ぶ。
「貴様ァ!何故拾わん!我が富を少しばかり与えてやろうと金貨を降らせているというのに!」
「オメーを倒してから拾ったって、遅くはねえさ。いーからオメーはさっさと俺に倒されて……この俺が成長し、大悪魔を倒したと有名になり、女の子達にチヤホヤされるようになる為の踏み台になれェ!」
「……見せたな?『強欲』を……!!」
「あ?」
ニィッと口を繊月のように細めた笑みを覗かせ、ゴオオッと飛び込んでくる。
真正面から飛び込んでくるなんてバカだ。速度もそう速くはない。剣を取り出し構えた俺だったが、マモンを一刀両断しようとした、その時。
「ガッ……!?」
マモンは剣をすり抜け俺と衝突────したかに思われたが、そうではなかった。霊のように透けたマモンは俺の肉体に侵入したのである。
瞬間、ドクンッと心臓が飛び跳ねた感触がした。そして心臓を鷲掴みにされたかのようにギリギリと痛んでくる。次第に身体の動きも重くなっていき、遂には意識だけが残って、肉体の主導権をマモンに奪われてしまった。
「クックックッ……そこで大人しくしていろ。お前が真に『強欲』に身を委ねたその時、肉体の主導権はお前に戻る。欲に身を任せるんだな、悪魔よ」
《勝手な事を言ってんじゃあねェよ、このクソが!テメェ、それだけが目的じゃあねェんだろうが!?何を企んでる!?》
「この紅き館でひと暴れすると、言ったと思うが?順序は逆になったが、お前のこの肉体で暴れるのも悪くはないだろうと思ってな。フフフ……!」
《はァ!?ふざけんなっ、この、クソが!!》
「頭に血が上ると語彙力が低下するのだな。だが、まぁ、それもいいだろう。我はお前の良き面も悪き面も全てを受け入れてやろう。『強欲』だからな」
《テメェなんかに受け入れてもらわなくたって別に構わねーよ!!いいからさっさと肉体を返せ!!》
「ならば欲に身を委ねよ」
《これ以上、欲に身を任せてどうなるってんだ……!破滅の道しかねェだろうがよ!?どーなんだ!!》
「それが目的だと言ったはずだが?」
何という無力感か。凍魔に取り込まれたチルノもこんな気持ちだったのだろうか。まさか、コイツがこんな力を持つなんて、流石に読めなかった。
言い訳ではないが、剣がすり抜けるなんて全くの反則だ。チートだ。ズルすぎる。本気で斬り殺す気だったのに、こうなってしまうなんて。
《建御雷〜……》
《理解した。説明は任せろ》
《あ、良かった。話はできるんだ》
《何をホッとしているんだ、バカ。肉体の主導権が無いのは変わらないんだぞ》
《いやぁ……こうして話が出来るだけでも、俺は1人じゃあないんだって思えるからさ》
《男相手に何を言っているんだお前は。大体──》
《ほう!貴様……神々から力を借りているのか……!悪魔の風上にも置けぬ能無しがッ!!》
マモンはそう言いながら俺と建御雷の会話に突如割り込んできた。精神的なやり取りなのにマモンも入って来る事ができるなんてズルいにも程がある。
肉体と精神は紐付けされているという説がある。俺はその説を信じている。心が疲れると息子が勃起してくれない事があるからだ。
つまりマモンが俺の肉体に取り憑いた事により、加護はされていなくとも会話程度なら割り込める。恐らくそういう理由なのだろう。
だが、これは良い。コイツをどうこうする口実ができた。
《おやおやぁ?全てを欲する「強欲」が、神の力は拒否するの?へぇ〜ッ!?つまり俺の方がお前より
「強欲」って事では!?ねぇねぇ!?え、待って、本場の悪魔さんより後天的に悪魔になった俺の方が
「強欲」の称号を受け継ぐのに相応しいのでは!?あっはマジかよクッソウケる!!プギャーじゃん!プギャー!プギャーッハッハッハー!!》
《口だと舌が縺れるからと、脳内で……しかも早口で煽るな、器よ……》
《誰が貴様に劣るとッ!?バカも休み休み言えよ、この、史上最高の愚者がッ!悪魔の誇りも捨てたか愚図め!誇りを捨てた貴様には、絶望が相応しい!我が与えてやるぞ、正しき絶望を!教えてやろう、神に頼る事の愚かさを!無意味さを!この館の者を皆殺しにしてなぁ!!》
《いいよ〜?やってみなよ、紅魔館の住人の殲滅!大悪魔だろうと、お前なんかに殺される程、うちのお姉様達は甘くねンだわ♡》
《フンッ!ならば貴様の望み通り、この館の者共を皆殺しにしてくれる!!》
ザッザッと勇敢に敷地内に足を踏み入れたまさにその瞬間。紅魔館の大きく厚い扉を突き破り真紅の槍が飛び出し、マモン……つまり俺の肉体を、深々と貫いた────!!
☆次回、紅魔館vsエスカルゴinマモン────!!
七つの大罪の悪魔
それぞれが司る「欲望」がある。自身が司る欲望を強く持つ者を探し世界を渡り歩いては、見つけ次第その者に取り憑き、思い思いの方法で破滅させる。
基本的に7人は同じ世界で行動する。次の行動は、長であるルシファーが定めているとされている。
一時期は外の世界にも滞在していたようで、とある戦争を引き起こした大悪魔とは7人共が旧知の仲。しかしその悪魔の「狙った者を破滅させる欲望」があまりに強すぎた為、かなりドン引きした。
7人同時に取り憑いたものの、自身の司れる範疇を大きく超えてしまった為、長年行動不能にされた。
それ以来、その悪魔を酷く恐れている。
「司る」とは言うものの、司れる欲望の
因みに、現在では「新・七つの大罪」というものがあるようです。
遺伝子改造:遺伝子操作
人体実験:倫理的に議論の余地のある実験
環境汚染:ゴミ等の不法投棄等
社会的不公正:基本的人権の侵害
貧困:貧困の押し付け
過度な裕福さ:過剰な富の蓄積
麻薬中毒:薬物
の7つですね。いずれ、創作でもこれらに対応する悪魔が設定されたりするんでしょうかね。もしそうだとしたら人体実験はマッドサイエンティスト的な悪魔が宛てがわれそうですね。